ブログ記事17件
齋藤史の短歌「白きうさぎ雪の山より出でて来て殺されたれば眼を開き居り」雪山から出てきた白ウサギが殺されて、目を開いたままでいる。無垢なウサギと、悲しい最期の姿の対比が強烈だ。いま世界各地で続いている戦争の中で奪われる生命と、人間の残酷さを訴えているかのようですね。
齋藤史の短歌「しなやかな若いけものを馭しゆけり蹄にかかり花は散るもの」若いけものを馭するという言葉に、生命の動きや野生の力、人間の意志が込められる。ヒヅメにかかる花が散るさまに、自然のはかなさと危うさがただよう。爽やかでロマン的な世界にさそわれますね。
12/7仕事終わりに久しぶりに稲美中央公園を散歩してきた。万葉の森は秋明菊・石蕗が咲いていて紅葉も逆光の光が差し込んでいて、公園の池に映える紅葉が予想以上に綺麗😍人出も少なくゆっくり楽しめますが、万葉の森は16時まで…という事で花を見ながら駆け足で見て回った公園では野球の試合?があり大賑わい。遊具付近は子供がいっぱい。公園の近くの洋菓子店で丹波栗ロールケーキを買ってベンチでいただきました♪万葉の森の入り口付近に秋明菊がいっぱい咲いてた秋明菊貴船菊の色も終わりしきのふ今日白より冷えし雨
10月5日土曜日、図書館主催の講演会へ。ノンフィクション作家の梯久美子さんの著作「二・二六事件と旭川〜渡辺和子と斎藤史、娘たちの昭和史」取材にまつわるお話。💙渡辺和子は、著名なシスターであり、旭川第7師団師団長・渡辺錠太郎の娘、斎藤史は、著名な歌人であり、旭川第7師団参謀長・斎藤瀏の娘、その父は、共に二・二六事件に関わっている。渡辺錠太郎は、青年将校に殺され、斎藤瀏は、青年将校を擁護し、監獄に入れられる。💙渡辺和子は、父が殺された同じ部屋
占星術や四柱推命のブログを読むのが好きです。アラカンBBAになっても、人としての土台が出来てないので、何か指針的なものがほしいんだと思います。今週は、「7歳から15歳までにしでかした事、傷つけた人に、イメージの中でしっかり謝って、罪悪感を癒やす。」週なんだそう。見栄っ張りで怠け者。性格の悪い子供だったから、しでかした事も多過ぎる…っていうか、今もしでかしているんじゃないか。申し訳ないです。😢昨日、👴夫が✘焼いて(⭕焦がして)くれたパン。追記:たそがれの鼻歌よりも薔薇よりも悪事やさしく
💜2023-03-26『風人*とみかぜ*拾参風』たんぽぽの花には花の風生うまれ中村汀女(『花影』より)たんぽぽの花のまわりにはほのぼのとした風がただよっているような気がしますたとえ冷たい風が吹いていてもた…ameblo.jp🩵✨2022-12-27『風人*とにかぜ*拾弐風』人生はまわり持ち誰からか受けた好意を私はいま別のかたちでお返ししているのかもしれません。高田敏子(『女の喜びと悲しみ』より)恩送り🌿という言葉があります恩返し…ameblo.jp💚20
暴力のかくうつくしき世に住みてひねもすうたふわが子守うた作者は女流歌人の斎藤史。父は陸軍少将の斎藤瀏である。戸籍係が間違えてしまって史子が「史」になってしまったという。2・26事件に決起した青年将校の栗原安秀中尉とは幼馴染であった。栗原は首相官邸の襲撃を指揮した。非公開の特設軍法会議で死刑を宣告され、昭和11年7月12日に銃殺された。あのときには東北の貧困は悲惨であり、娘を売りに出さなくてはならなかった。この歌を解釈すれば「青年将校の決起には大義があった。作者は、もはや残像しかとどめ
わが上の九十年を流れたる月日痕跡あとなきことのやさしさ齋藤史(『風翩翻』より)跡形もなく流れ去っていく月日・・・・それを私たちはどうしてもはかないとか空しいと思ってしまいますでもやさしいとするとらえ方もできるのですねたしかに過去がすべて現実のものとして目の前にあるとしたらぞっとしますつらいことも苦しいことも恥ずかしいことも時と共に過ぎ去っていくもの残そうとしなければ消えていくものですだからこそ私たちは生きていけるのでしょう過去
ビジネスの話です。個人の技を個人の優れた技倆を、見える化して共有可能なものにする、再現性を担保することは組織にとっては大事なことのようです。※一粒で二度美味しい企画笑昨年の本日の日めくりから素晴らしい歌人斎藤史さんでした。『謹製日めくり斎藤史さん11/20』ここ数日のテーマの締めは、斎藤史さんの歌。アイデンティティメタモルフォーズ変身円還多義性でぐるぐる回ります〜斎藤史全歌集1928‐1993Amaz…ameblo.jp
今日も曇天の中、裏山にある春光台公園を散策。いつもと違うコースを歩いて若山牧水の歌碑を見つけた。「野葡萄のもみぢの色の深けれやからまつはまだ染むとせなくに」歌碑の建立は新しいが、牧水がここを訪れたのは大正15年のこと。当時、旭川には日露戦争で活躍した第七師団があり、そこの参謀長を務めていた齋藤瀏(りゅう)を訪ねたとある。齋藤瀏は軍人であり歌人でもあった。東京に異動してからは、二・二六事件で反乱軍を援助したとして入獄した。旭川第七師団の幹部には、他にも二
旭川に災害派遣している陸上自衛隊第2師団。実は、最近の散歩コースの常磐公園には、現在の陸上自衛隊第2師団につながる物語がある。公園の開演は大正5年だが、昭和3年に設置された園名碑を揮毫したのは、当時旭川の第7師団長だった渡辺錠太郎。渡辺錠太郎は、二・二六事件で反乱軍に殺害された。間近でその現場を見ていたのが、お嬢さんの渡辺和子さん。この本の表紙写真が、渡辺錠太郎と和子さん。旭川生まれの渡辺さんはノートルダム清心学園理事長であり、「置かれた
ここ数日のテーマの締めは、斎藤史さんの歌。アイデンティティメタモルフォーズ変身円還多義性でぐるぐる回ります〜斎藤史全歌集1928‐1993Amazon(アマゾン)6,970〜20,000円斎藤史歌文集(講談社文芸文庫)Amazon(アマゾン)1,500〜16,238円ひたくれなゐに生きてAmazon(アマゾン)694〜15,263円斎藤史歌集記憶の茂み―和英対訳Amazon(アマゾン)3,100〜19,665円
近くのバラ園に行ってきた。今年の春のバラは、新コロナで休園だったので、秋のバラ。秋咲くバラは、春に比べて種類も数も少ないが、香りが楽しみ。でも、少し時期が遅いのか、香りのバラも開いてしまって、マスクを外して、鼻をくっつけても、あまり香りはなかった。なぜか、赤、それも暗い赤色のバラがやたら目に付いた。暗い赤は、血を連想させる。途中で休憩している時に、斎藤史(ふみ)の歌のことを思った。年月を逆撫でゆけば足とどまるかの処刑死の繋ぎ柱に『ひたくれなゐ』私は「ひたくれなゐ」(197
パラリンピック、オリンピックはアジア開催が続きますね。東京の時には何かの競技を見てみたいです。日本人なので大相撲と歌舞伎も一度だけでいいのでみたいな今日の名言「老いてなお艶(えん)とよぶべきものありや花は始めも終わりもよろし」斎藤史
斎藤史という歌人に興味があります。三島由紀夫が「豊饒の海」四部作に彼女をモデルとした女性を登場させたというのもそうですけど、近代短歌の世界にどのように天皇を持ち込んだのかという観点から、二二六事件で幼馴染みが処刑され、退役軍人だった父親が関与罪でつかまったそして、彼女自身が事件を自らのテーマとして、直接間接に詠っていたというその背景に興味を覚えました。学生時代に受けた講義で、他の君主制の国に比べて、日本は断然、文学作品に天皇が登場することが少ないということを知り、そのときに扱われた
山坂を髪乱れつつ来しからにわれもしなのの願人(ぐわんにん)の姥斎藤史鹿教湯温泉一泊の後、無言館と信濃デッサン館を訪れた。これらの館はちょっと高台にあって、刈り取り前の稲田が広がる向こうになだらかな山々が連なっていた。同行のYさんが「あれが斎藤史の詠った修那羅峠よ」と教えてくださった。思いがけなかった。そうなのか、こ
月影に喰はれる夢におびえつつひもじくて猫は眠れぬなり蒲公英(たんぽぽ)の花花のなかにおちこぼれ消えたいのちは星かわからぬ噴水のなかの世界よりながれくる春になる音(ね)が今日も聞えるわがねむり夢にとられてゆく頃は月夜の空に虹かかりをれ靑や黒の美しさ知らぬ赤ん坊の頃の眼が見たやさしさ知らず長い路に鈍(のろ)い驢馬らをあゆませて花見てまはる春の苑なり人間の見たこともない國の映りゐる泉(みず)飲み暮らす獸(けもの)たちなり花咲かぬ草花となり晝も夜も水飲まされし季節も過ぎて眞
松本良三『飛行毛氈』栗田書店〈日本歌人叢書第一篇〉1935(昭10年)良三没後に刊行された歌集で、編集およびタイトルは旧制中学以来の友人石川信雄(歌集『シネマ』)によるもの。タイトルは良三の中近東好きに因んだもののよう。飛行毛氈とは空飛ぶ絨毯のことですが、歌の内容は千一夜物語の中近東というより、メソポタミア文明のそれという印象です。壁掛の動物たちが生きてゐた遠いしあはせはもうかへり来ぬケルビムの唄が聞える昼頃は花花の咲きて園もふくるる小鳥らや魚や獸らのかかれある石など掘りにわれもゆ