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博物館、中は一切撮影禁止でしたから、パンフからになります。外は撮れてます。スクリューでかいんです。海事博物館を横から斉明天皇は、スーパーマザーです!天智天皇、天武天皇の母。後醍醐天皇をよく助けた、悲劇の皇子。と私は受け止めてますが。源平関係は、たくさん奉納なさってる。木曽義仲平重盛弁慶源為朝和田義盛ら。頼朝さんに義経さんなど。他に刀だったかな、北条時宗さんの名前もあった。室町時代以前が、多いのは間違いないです。
満席となりました🈵今回の「日本の始まりを辿る1日」はおかげさまで満席となりました。お申込みくださった皆さま気にかけてくださってた皆さま、応援してくださる皆さまいつも本当にありがとうございますm(__)m今回、ご都合が合わなかった方も、また次の機会にご一緒できたら嬉しいですどうなるか分からないキャンセル待ちですがキャンセル待ちは受付しておりますのでご希望の方は公式LINEよりご連絡ください。お待ちしておりますに🙂↕️今回の“らく❤️たの”のテーマは「
https://ketsuko.click/23302/皇極天皇から斉明天皇へ‼️母であり、天皇であるという選択|40代女子の顔のゆがみと心と人生を整える福山市の小顔矯正サロンオーナーmiwaketsuko.click
4月3日かつては「神武天皇祭」がおこなわれていたそうだが、知らなかった!戦後に消された行事なんだね~。「神道廃止令」か・・・。😢そんなこと・・・、理由はともかく武力で勝ったからと言って、よその国の歴史や法律まで勝手に自分たちのいいように変えようとするから、いつまでたっても世界は平和にならないんだよ!!!(お怒り、ごもっとも!)ところで、645年、昔は「大化の改新」と習い、年号を「虫殺し(むしごろし)」と、覚えた。今は、乙巳の変(いっしのへん)というらしく、それを
斉明天皇(位642~645年・皇極天皇/位655~661年・斉明天皇)は、初めて譲位と重祚を行った天皇です。舒明天皇の皇后であり、息子の中大兄皇子(→天智天皇)、大海人皇子(→天武天皇)は、いずれも天皇になりました。斉明天皇の陵墓も、宮内庁が認定するもの(越智崗上陵=車木ケンノウ古墳/奈良県高市郡高取町)と、学術上その可能性が高いもの(牽午子塚古墳(けんごしづかこふん)/奈良県高市郡明日香村)が別々にあります。両古墳は、約2.5㎞の距離にあります。両古墳とも、今回、初めて訪問してき
山桜がハクモクレンと同じ頃に咲いています。これは鉢植え🪴ですが、裏山の山桜も満開です。3月19日(木)午前10時より、恒例の光蔵寺史談会を執り行いました。参加者の中からお2人がそれぞれ、斉明天皇伝説と今治城についての話をして下さりました。自主的にお題を出して説明して下さり、大変ありがたいです。次回は、4月22日(水)午前10時よりの開催となります。今治市近郊の方でご興味ある方は、ぜひご参加下さい。初めての方は、詳細をお伝えしますので、先ずはご連絡下さいませ。拝
伊予国風土記逸文による碑文を刻んだ石碑が飛鳥乃湯泉と椿の湯の入口に建てられています。失われた湯の岡の石碑を復元してみた!ってことでしょうね。碑文によれば聖徳太子が道後温泉を訪れたのは596年とのこと。推古天皇4年、飛鳥寺が出来上がった年でもあります。ちなみに温泉好きな御一家のおひとり、孝徳天皇が生まれたのも596年らしいです。碑文には温泉の素晴らしさ以外にも風光の良さが褒め称えられており、とりわけ太子が椿の木や花を愛でられたことがわかります。椿は松山市の市花になっていますね。
斉明天皇元年(655年)一月三日、皇極天皇が飛鳥板蓋宮にて再び即位されました(斉明天皇)。旧暦では昨日が1月3日でしたので、1371年前の昨日ということになります。※古来より何度も改暦がされていますので単純に旧暦にあてはめています。これは史上初の重祚ですが、重祚は後の孝謙天皇が称徳天皇として重祚された2例しかなく、両方とも女帝です。孝徳天皇が即位されたのは、乙巳の変の直後、皇極天皇が史上初の譲位をされたことによるものでした。これ以降光格天皇まで五十四例の譲位が行われています。(北朝
生まれも育ちも奈良県で、明日香が大好きなみくるです飛鳥のミステリアスな石造物を巡るシリーズ、第8弾をお届けします。今回は、竹藪から飛び出して、冷暖房完備の「飛鳥資料館」へここでしか会えない、とってもユニークで美しい「本物の石」をご紹介します。資料館の顔!ロビーで迎えてくれる「石人像」飛鳥資料館に入ってすぐ、ロビーで釘付けになったのがこの「石人像」です。鼻の高い異国風の男性が椀をすすっていて、その右腕に女性がぴったり抱きついているんです……。1400年前のものとは思えないほど、独創的
生まれも育ちも奈良県で、明日香が大好きなみくるですこれまで大切に温めてきた、飛鳥の「謎の石造物」を巡るシリーズ。第7弾となる今回、アメブロでもこの不思議で魅力たっぷりな世界をお届けしていくことにしました!記念すべきアメブロ初投稿(シリーズ第7弾)でご紹介するのは、私が飛鳥の中でも特に「ハイテクな美しさ」を感じる「酒船石(さかふねいし)」です。住宅街の奥、静寂の竹藪に横たわる巨石万葉文化館のすぐ近く、住宅街の端にある小さな入り口から、竹藪の階段をトコトコと登っていきます。階
前回の続きです。今回は観世音寺です。太宰府展示館にある立体模型です。現在地の客館にある地図です。学校院跡を東に進めば観世音寺があります。観世音寺の入口です。この付近は上図より広場でした。現在は右側に無料駐車場があります。入口にある境内図です。拡大するとクスノキの巨木です。クスノキは太宰府市の市の木です。南大門跡です。観世音寺絵図観世音寺は天平18年(746年)に完成斉明天皇は百済救援のため九州に行き、九州で亡くなったので、子
「大化改新」論(三―四)――「狂心の渠」と「前期難波宮」について――一、第二次防衛設備の整備構想(一)必要性唐の侵攻を予測した際、「都」のある本拠地「太宰府」を拠点に戦うことの不利を考え、その主戦場を「瀬戸内海」に引き込むこととした場合、最も重要なことは自らの拠点をそこに置いたままとすることはできない、ということである。「唐」の侵攻に対し、あたかも敗走するかのように見せて、「唐軍」の追撃を誘発させることが必要となろう。これはあたかも、朝鮮半島に
日本の古代からの日本史には全く無縁だったのが、一昨年の大河ドラマ「光る君へ」で平安時代初期の面白さと藤原氏の台頭栄華を興味深く見ておりましたが、、、、、その後、やはり飛鳥時代の話題が好きなので、皇極斉明天皇を調べたりしていたのですが。。。。。額田王皓月(皇極斉明天皇が主人公:未読_に続いて母の面会に差し入れようと探したのがこれでした。『天上の虹〜持統天皇物語〜』里中満智子著:講談社漫画文庫随分と前に出版されていたようでしたが。。。。全く読んでなかった。こ
「三輪山」◆三輪山祭祀にみる神話と歴史の循環体系【4】2日ほど空きましたが再開します。◎【1】『◆【1】三輪山祭祀にみる神話と歴史の循環体系』「三輪山」◆三輪山祭祀にみる神話と歴史の循環体系【1】新しい企画物ではなく、「大美和」第150号の寄稿をピックアップしたものです。あまりに深い内容であるため…ameblo.jp◎【2】『◆【2】三輪山祭祀にみる神話と歴史の循環体系』「三輪山」◆三輪山祭祀にみる神話と歴史の循環体系【2】イレギュラーな記事が入り1日飛びましたが…【
「三輪山」◆三輪山祭祀にみる神話と歴史の循環体系【2】イレギュラーな記事が入り1日飛びましたが…【1】からの続きです。『◆【1】三輪山祭祀にみる神話と歴史の循環体系』「三輪山」◆三輪山祭祀にみる神話と歴史の循環体系【1】新しい企画物ではなく、「大美和」第150号の寄稿をピックアップしたものです。あまりに深い内容であるため…ameblo.jpちなみに…3回程度で記事を終えるとしておりましたが、到底ムリそうな感じ。【前編】としていたのを【1】へとこっそりと変えております
「三輪山」◆三輪山祭祀にみる神話と歴史の循環体系【1】新しい企画物ではなく、「大美和」第150号の寄稿をピックアップしたものです。あまりに深い内容であるため、そちらでは収まり切らないと考え独立させました。第150号という記念すべきものであったのに、特段何も無い?いやいや…ドえらいテーマの論稿をぶっ込んでこられました。おそらく3回程度に渡る記事になろうかと思います。~*~*~*~*~*~*~*~*~*~著作権等に配慮してぼかしを入れています。◎歴史から神話へ、祭祀の本源
初日は崎の湯の立ち寄り湯から始めて牟婁の湯の立ち寄り湯、白良浜と歩き、お昼は予定していた「くろしおマルシェ」が何故かお休みだったので「喜楽」で熊野路丼を食べました。くろしおマルシェの熊野牛のビフテキ丼を楽しみにしていたのに…😢喜楽さんの熊野路丼も美味しかったですよ!山海の幸が盛られた丼にとろろと卵をかけていただきます。お刺身が新鮮で歯応えがあり、付け合わせの金山寺味噌や梅を入れて味変したりもできて、和歌山を感じられました〜😋喜楽さんではウツボや太刀魚が食べられるようでしたが、「時価」で
かつて斉明天皇や中大兄皇子、有間皇子、持統天皇、文武天皇が訪れた牟婁温湯または紀温湯にあたると思われるのが白浜温泉にある崎の湯です。崎の湯を見下ろす台地には斉明天皇行幸時の行宮跡とされる「行幸芝」の碑が建っています。私が宿泊するSHIRAHAMAKEYTERRACEHOTELSEAMOREのほぼ敷地内。坂を降りる途中には崎の湯の源泉でもある行幸源泉があります。崎の湯は白浜町が管理する公衆浴場になっています。料金は500円。入口にある100円のコインロッカーに貴重品
読み終わりました。先日読み終わった(といってももう10月末でしたか、、、)「小説壬申の乱(星空の帝王)」:著樋口茂子が天智天皇の皇子、大友皇子を主人公に描いていたのが、女性である樋口茂子であったのに対してこの「額田女王(ぬかたのおおきみ)」:井上靖著では、井上靖という男性が女性の額田女王の目を通して描かれているのが面白い。作者は男性なのに、よく、妃たちの間にいる額田の気持ちの綾がわかってるなあ、、、と感心したり。この小説では、ほとんど真ん中くらいにやっと大
愛媛県の歴史研究家が『非時香菓ーー斉明天皇・天智天皇伝説ーー』という小説を書きました。斉明天皇についての新しい視点に立つ歴史小説です。というのも、愛媛県には斉明天皇に関する伝承が数多く残っているそうです。本業が忙しい中、未完に終わることなく書き上げたものです。『古事記』や『日本書紀』に第11代垂仁天皇が田道間守(たじまもり)を常世国に遣わして、「非時香菓」(ときじくのかくのこのみ)を求めさせ、10年もの歳月をかけて持ち帰りましたが、その間に天皇は崩御したという話が出てきます。その「非時香菓
壬申の乱を読んでいた時にいただいたコメントでリコメンドいただいた額田女王(新潮文庫)額田女王(新潮文庫)文庫井上靖(著)を購入して今、読んでいる。とりあえず、壬申の乱」を紹介、本をくれた母にお礼にこの本を、、、と思っているのだが、なんせ、私。母と違って読むのが遅い。ということで、皇極斉明天皇について明日香を訪ねたYouTubeを発信している梅前佐紀子氏の著作皇極斉明天皇についてのフィクション物語皓月〈1〉―皇極・斉明天皇物語〈第1部〉
「社会サンカク」を知っていますか?高市早苗新総理の誕生で、「四角四面」な男性中心社会に、新たな風が吹き込んでいます。「社会参画」とは、単に社会の活動に参加するだけでなく、より良い社会の形成に向けて、企画・計画の段階から主体的に関わり、意見を出し合い、責任を分かち合うことです。具体的には、地域活動や政策立案、環境保全、子育て支援など、様々な分野で自分の能力や意見を活かして関わっていくことです。11月25日は「OLの日」。どちらかというと、オフィス・レディーに対するイメージは事務仕事や
来月の白浜温泉の旅のために本を探していますがなかなか良さそうなものが見つかりません。古代の斉明天皇や持統天皇の行幸、有間皇子に関するものがあればいいのですが、そうそううまくはいきませんね。白浜温泉が舞台の小説となると何故か殺人事件系ミステリーばかり😅西村京太郎さんの『悲運の皇子と若き天才の死』を見つけ、まさに白浜温泉と有間皇子に関連しているかと期待をこめて読みましたが…作者が何をテーマにして書いたのかさっぱりわからない😩強いて言えば第二次世界大戦の日本軍と東條英機の愚行について
2022年復旧が終わった奈良の牽牛子塚古墳(けんごしづかこふん)の石の八角造形は異様です。陵の主は飛鳥時代の女帝、斉明天皇の可能性が高いといいます。斉明天皇は天智天皇の母親で、天智天皇は中大兄皇子のことで、乙巳の変(昔は大化の改新と学校で教えていました)と呼ばれる当時の権力者蘇我入鹿を倒した首謀者の一人です。MAPで眺めていたら、またまたあることに気が付きました。牽牛子塚古墳の東に吉備姫王墓があり、その東に鬼の雪隠があり、その東に亀石があり、その東に酒舟石があり、定規を置くと一直
25.11/09sun.10:21-15:45藤原宮跡から別所町を南西に、春日神社の森集落を南に東に折れて天香久山に向かう山麓を左回りに、天岩戸神社拝殿本殿?天照大御神(あまてらすおおみかみ)が隠れた天岩窟(あまのいわや)または天岩戸(あまのいわと)と言われる巨石がご神体とのこと…聖徳太子御遺跡二十八霊場第十三番の日向寺(にっこうじ)に立ち寄り損ねてひたすら南に、大官大寺跡平城遷都で寺籍を大安寺に移す明治中期まで、金堂跡と塔跡が残り礎石も…明治22年、橿
2回目の明日香村訪問不思議な巨石たち当時の人たちどんな技術を持って加工していたのか謎ですとにかくデカい11m×8m×4.7mの長方体をしていて、天面には約1.5m×1.5m四方の穴が2つ開いています古墳の中におさめる石槨と言われていますが、作業途中に亀裂が入り未完成のまま放置されたようです亀裂から水が漏れるのも確認できます天面の穴、キレイにカットされてますね削ってる跡ですねこれが益田岩舟ですこちらも不思議な石酒船岩舟綺麗に削られてますが、何に使われていたかは謎です両
☆酒船石大和国高市郡奈良県高市郡明日香村岡字酒舟(「奈良県立万葉文化館」P利用)「酒船石」と「亀形石造物」・「小判形石造物」及び砂岩石垣・版築などの周辺の遺構を含めて「酒船石遺跡」呼ばれています。「酒船石」がその遺跡とは関連が無く別個のものであると、川上邦彦氏等は見ていますが。小高い丘上に座しています。花崗岩製で大きさは長さ5.5m幅2.3m厚さ1m。主軸はほぼ東西を向いているとのこと。写真のように岩面に円と直線を組み合わせた不思議な模様が彫られています。円形窪を直線溝で樹系図状
☆亀形石造物(酒船石遺跡)大和国高市郡奈良県高市郡明日香村岡字酒船(「奈良県立万葉文化館」P利用)*入場料(文化財保存協力金)300円(石舞台古墳とセットで700円)◎明日香村観光ポータルサイト亀形石造物|明日香村観光ポータルサイト|旅する明日香ネット亀形石造物。明日香村で開催される情報をお届けします。今日開催されているイベントはもちろん、週末の「どこ行こう」に役立つ情報が満載!定番イベントから季節の旬なおでかけ情報。。asukamura.com酒船石と「亀形石
「大化改新」論(三―三)――「狂心の渠」と「前期難波宮」について――一,「専守防衛」に向けた方針①国内軍事力増強のための方針ⅰ国内兵力の戦闘地・防衛地への迅速な終結と派兵ⅱ国内にある武器の最大限の活用これについては、(三―二)で論述した。ここでは、次の②、③について論ずる・②物理的な防衛体制の整備方針ⅰ九州にある「都」を守るための防衛施設の整備ⅱ「都」が破られた時の,二次的防衛設備の整備③交戦となった際の「戦略」の
牽牛子塚古墳(けんごしづかこふん)/別名「あさがお塚古墳」.......................................〈特徴〉・八角墳・巨大な凝灰岩をくり抜いて2つの墓室を造った・横口式(よこぐちしき)石槨(せっかく)・夾紵棺(きょうちょかん)の破片、七宝亀甲形飾金具、ガラス玉、歯牙が出土.......................................飛鳥駅で借りた電動自転車に乗って自然豊かな住宅・田畑地を約5~10分くらい