ブログ記事1,070件
わが子またもやインフルです。去年11月にA型に罹り今回はB型です。前回はインフルと合唱コンクールが重なってしまいしかも学級閉鎖になり一生懸命に練習をした合唱コンクールに参加できなかったという未消化の悲しい過去があります。今度はなんだと思います…?もうねどうしてこんなについてないのかな。今回は…文集の表紙ですクラスの文集の表紙を息子が描くことになったのですがなんせスロースターターの息子元々締め切りが短かったので完成するかど
手放して満ちてゆくなんてなんて心理なのでしょう。藤井風に夢中です。人生は、1本の映画です…を卒業文集に書いた彼は、すごすぎる!達観した知識と、人生の心理をわかってらっしゃる。ような気がする。
番外㉕:「幸せの三つの形」「子どもが一通りでないように、もちろん大人は一通りではない。一人一人が考える幸せの形も違う。だから、大人の数だけ幸せの形はあるはず」そうなら、私に、幸せのたくさんの形を教えてください。私は、もうすぐ高校を卒業します。でも、それから先、自分が幸せになれるのかどうか、あまりうまくイメージできないのです。親や学校の先生は、迷わずにとりあえず大学に行っておきなさいと言います。それが幸せになる道なのか、ただ不幸せにならないための道なのか、よくわか
金曜日に復習テストがありますが、正直なところ、家庭学習は思うように進んでいません。対策どころの話ではなく……。理由は、学校の文集。クラスで文集を作成し、その中で人気投票を行い、1位に選ばれた作品は全校文集に掲載される、というものです。本音を言えば、「ほどほどにして、家庭学習に時間を回してほしい」という気持ち。ですが、娘は1年生の頃から連続して全校文集に掲載していただいているので、今年も「掲載されたい!」と、かなり張り切っていました。この文集、内容は自由。作文でも、詩でも、俳句でも、
僕は、学生時代も優しい委員長でしたし。別に、内申点目当てじゃあく、素で極力、女子には『少しだけ優しくして』あげてました。まあ、学生なんで、ジュースや、パン、奢ってあげたり、勉強、タダで教えてあげたり、文集のイラスト、可愛く書いてあげたり程度。ですけどね。してあげたのは。
発表会無事に終わりました裏方仕事の方はあれもこれもで反省点は多いけれど子どもたちの頑張りや先生方の素晴らしい芸を見ることができてほんとうに嬉しかった写真を撮っていませんが夜は懇親会で盛り上がりました女の子たちはシール帳のボンドロ交換男の子たちは途中からゲームお父さんたちは明日健康診断ですと言いつつ飲む飲むお母さんたちもたくさん飲めるのでびっくりでしたそして今回はお母さんの自己紹介文集を作成さすが皆さんただものではない!!読み応え
三島由紀夫紀行文集(岩波文庫緑219-1)[佐藤秀明]楽天市場読み始めました。20年前くらいは三島の小説を読んでいましたが、何か気持ち悪くなるので、しばらくは辞めていました。今、わたしは紀行文にハマっているので、こちらを図書館で借りてきました。いや〜、難しくて理解できない部分もあるけど、知らなかった言葉に出会え、きびきびした文体が心地よい。檣上読み方はしょうじょうとルビが降ってありましたが、初めて出会った言葉でした。檣はほばしらの意味でした。1951年年
高校生の時、『文集』作る時、『ワルイ余計な一言』書いたら、真面目な女子副委員長に、『消すよう言われてめっちゃ怒られました』。ああ、雑誌なんて、この程度のものだなんだな、って、学生心に思いました。
修武55日本陸軍航空士官学校55期文集(21完)昭和17(1942)年3月に日本陸軍航空士官学校を卒業した第55期生徒の文集です。太平洋戦争の真っ只中、「お国のため」に「士官を育成」の大号令のもと意気盛んな20歳前後の若者の心意気が伝わってきます。雑題Pg氏名題名補足356池上洋吉碧魂359中野成信時代的使
私【母親】40代無職うつ病で通院中長男君7歳小1健常児次男君5歳年中自閉症スペクトラム+重度知的障害次男君が2024年の約3ヶ月間、児童相談所で一時保護されていました。今朝、次男君の登園の準備中に連絡帳を開き、金曜日に聞かれていた返事を書いてないことに気づきました書かれていたことは…文集に載せる内容について①好きな色②将来なりたいもの③年中さんで一番楽しかったこと更に①〜③のどれか1つにその理由も書くこと。ん〜ん困った次男君は
修武55日本陸軍航空士官学校55期文集(20)昭和17(1942)年3月に日本陸軍航空士官学校を卒業した第55期生徒の文集です。太平洋戦争の真っ只中、「お国のため」に「士官を育成」の大号令のもと意気盛んな20歳前後の若者の心意気が伝わってきます。第8中隊麻生隊332増谷哲電波にのせて333中村正次通信生徒としての所感333増田實随感334山崎一雄水車小屋334田鍋秀雄批
修武55日本陸軍航空士官学校55期文集(19)昭和17(1942)年3月に日本陸軍航空士官学校を卒業した第55期生徒の文集です。太平洋戦争の真っ只中、「お国のため」に「士官を育成」の大号令のもと意気盛んな20歳前後の若者の心意気が伝わってきます。第8中隊麻生隊310種市忠四郎同期生に寄す310森田英一感激310井上武雄偶感310市川幸夫和歌310刈谷一夢春秋312中村友
こんにちは先日misaさんの放送を聴いて「私のブログ」のことを振り返ってみようと思いました。大人気の「稼げるわたしの育て方」シリーズ↓🅿︎稼げるわたしの育て方/noteのアクセスデータ公開するよ|暮らしと備えのアドバイザーmisa「misaの暮らし片づけおやつのじかん」/Voicy-音声プラットフォーム音声放送チャンネル「暮らしと備えのアドバイザーmisa」の「🅿︎稼げるわたしの育て方/noteのアクセスデータ公開するよ(2025年12月16日放送)」。Voicy-音声プ
修武55日本陸軍航空士官学校55期文集(18)昭和17(1942)年3月に日本陸軍航空士官学校を卒業した第55期生徒の文集です。太平洋戦争の真っ只中、「お国のため」に「士官を育成」の大号令のもと意気盛んな20歳前後の若者の心意気が伝わってきます。第8中隊麻生隊麻生政太郎45身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留めおかまし大和魂吉田松陰辞世の句Pg
修武55日本陸軍航空士官学校55期文集(17)昭和17(1942)年3月に日本陸軍航空士官学校を卒業した第55期生徒の文集です。太平洋戦争の真っ只中、「お国のため」に「士官を育成」の大号令のもと意気盛んな20歳前後の若者の心意気が伝わってきます。第7中隊大久保隊246木履悌順偶感247小澤博勝整備寸言248木本太助技術魂248上田厚士雑感三題249米津政夫
修武55日本陸軍航空士官学校55期文集(16)昭和17(1942)年3月に日本陸軍航空士官学校を卒業した第55期生徒の文集です。太平洋戦争の真っ只中、「お国のため」に「士官を育成」の大号令のもと意気盛んな20歳前後の若者の心意気が伝わってきます。第7中隊大久保隊寶田清吉39大久保到41数ふらぬ身にしあれども願わくば錦の旗の下(もと)にぞ死なん平野国臣(ひらのくにおみ)?
図画の時間わたし「みんなー今日は描きたい絵大きく描いて!」みんな「はーい」昨夜文集編集で徹夜してしまった私教卓でいねむりふっと目覚めみんなを見てぎょっ!誰一人描かずじっとしてるまじめな顔でわたしを見てるケイジくん「せんせ起きたん?長いこと寝てたなぁ笑」わたし「ごめん寝てたなぁ」あたまをゴシゴシみんな大笑いわたし「みんななんでじっとしてたん?」ヒトミちゃん「サブちゃんがせんせ寝てはるから声を出
修武55日本陸軍航空士官学校55期文集(15)昭和17(1942)年3月に日本陸軍航空士官学校を卒業した第55期生徒の文集です。太平洋戦争の真っ只中、「お国のため」に「士官を育成」の大号令のもと意気盛んな20歳前後の若者の心意気が伝わってきます。第6中隊黒田隊黒田武文少佐45203前田淸慶大空に死す203渡部久一随筆204森本吾一同
修武55日本陸軍航空士官学校55期文集(14)昭和17(1942)年3月に日本陸軍航空士官学校を卒業した第55期生徒の文集です。太平洋戦争の真っ只中、「お国のため」に「士官を育成」の大号令のもと意気盛んな20歳前後の若者の心意気が伝わってきます。【注】この記事の2人目(p.187)「空を征く」作者の平塚勝は私の叔父です。彼の太平洋戦争中の足跡については次を参照してください。「空を愛した男の死闘譜」『空を愛した男の死闘譜平塚勝手記(1)』叔父平塚勝の
修武55日本陸軍航空士官学校55期文集(13)昭和17(1942)年3月に日本陸軍航空士官学校を卒業した第55期生徒の文集です。太平洋戦争の真っ只中、「お国のため」に「士官を育成」の大号令のもと意気盛んな20歳前後の若者の心意気が伝わってきます。第5中隊松尾隊167大畑一也操縦漫筆168佐藤隆航士校生活雑詠168堀部正恒操縦日誌所々169衣笠隆介単独第一歩169原田保尭自警17
修武55日本陸軍航空士官学校55期文集(12)昭和17(1942)年3月に日本陸軍航空士官学校を卒業した第55期生徒の文集です。太平洋戦争の真っ只中、「お国のため」に「士官を育成」の大号令のもと意気盛んな20歳前後の若者の心意気が伝わってきます。第5中隊松尾隊松尾政雄少佐43命だに惜しからなくに惜しむべきものあらめやは君が為には
修武55日本陸軍航空士官学校55期文集(11)昭和17(1942)年3月に日本陸軍航空士官学校を卒業した第55期生徒の文集です。太平洋戦争の真っ只中、「お国のため」に「士官を育成」の大号令のもと意気盛んな20歳前後の若者の心意気が伝わってきます。第4中隊前川隊138立神瑞樹死處139笹川勉思い出139井之内誠二郎櫻井駅小感140崎村寛一和歌140空哲雄
ブログを読んでくださりありがとうございます😊いいね、コメントなどなど感謝しております。〜今回の登場人物〜上の子➖️聴覚過敏、LD、HSC(診断済)、ADHD(未診断)とてもデリケートで神経質、自家中毒👦いよいよ、文集作成の時期がやってまいりました。上の子は文章を書くのがひじょーに苦手ですちょっとした日記でさえやっとです。担任の先生が考慮してくださって、みんなとは違うタイプの日記(短い文章の日記)を時々書いては提出していますがかなり苦労しています。文集のテーマは決まっていて、上の子
修武55日本陸軍航空士官学校55期文集(10)昭和17(1942)年3月に日本陸軍航空士官学校を卒業した第55期生徒の文集です。太平洋戦争の真っ只中、「お国のため」に「士官を育成」の大号令のもと意気盛んな20歳前後の若者の心意気が伝わってきます。第4中隊前川隊前川圀雄少佐45事(こと)しあらば我が大君(おほきみ)の大御為(おほみため)人もかくこそ散るべかりけれ
修武55日本陸軍航空士官学校55期文集(09)第3中隊浦中隊85宮野入實死86吉田好雄臺名拝受86森田浩次慣熟飛行の思い出87武市茂三私見87寺崎賢至五隊雑記88山井孝読書雑感89井上雅文修武断郊発表90櫻木薫随感91堂道美咲戯言91中山英三間抜けの寝言92尾方正康
修武55日本陸軍航空士官学校55期文集(08)昭和17(1942)年3月に日本陸軍航空士官学校を卒業した第55期生徒の文集です。太平洋戦争の真っ只中、「お国のため」に「士官を育成」の大号令のもと意気盛んな20歳前後の若者の心意気が伝わってきます。第3中隊浦中隊浦中直市少佐43大君(おほきみ)の御楯(みたて)とならん身にしあれば鍛(きた)えざらめや磨(みが)かざらめや
「日本領土である沖縄の返還は、日本人民の意志と願いである」毛沢東が1967年に残した言葉が、中国共産党発行の「毛沢東文集第八巻」から発見された。毛沢東が1976年に亡くなると、建国者の精神を否定する「売国奴」が「沖縄は中国領」と言い出した。そういうのは毛沢山じゃ。…pic.twitter.com/33gexmZiKb—橋本琴絵(@HashimotoKotoe)December7,2025
修武55日本陸軍航空士官学校55期文集(07)昭和17(1942)年3月に日本陸軍航空士官学校を卒業した第55期生徒の文集です。太平洋戦争の真っ只中、「お国のため」に「士官を育成」の大号令のもと意気盛んな20歳前後の若者の心意気が伝わってきます。第2中隊高山隊56中神晴雄新兵を迎えて57安西爲夫和歌57瀧口廣和歌58綿貫幸男回顧58秋根陽一
修武55日本陸軍航空士官学校55期文集(06)昭和17(1942)年3月に日本陸軍航空士官学校を卒業した第55期生徒の文集です。太平洋戦争の真っ只中、「お国のため」に「士官を育成」の大号令のもと意気盛んな20歳前後の若者の心意気が伝わってきます。第2中隊高山隊高山茂雄少佐44身のために君を思うはふた心君のためとて身をも思はで楠公Pg氏名
修武55日本陸軍航空士官学校55期文集(05)昭和17(1942)年3月に日本陸軍航空士官学校を卒業した第55期生徒の文集です。太平洋戦争の真っ只中、「お国のため」に「士官を育成」の大号令のもと意気盛んな20歳前後の若者の心意気が伝わってきます。第1中隊松元隊38岡野且筑波山麓にて39吉尾泰輔妄想39井上敬一随想39菅沼實偶成39大貫明伸雑想4