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日本を蝕む”朱子学”の闇その23韓国の偽キリスト教会「摂理」は完全に頭のイカれた教祖によえう単なるセックス教団である。韓国MBCが製作してNetflixで配信されたドキュメンタリー『私は生き延びた:韓国を揺るがせた悲劇の中で』は、韓国のセックスカルト宗教団体「摂理」から名誉毀損や人権侵害にあたるとして“放送禁止の申請”がソウル地裁に提出されていたが、無事配信されることとなった。このドキュメンタリーの前作『すべては神のために:裏切られた信仰』には冒頭に性的虐待への言及について注意喚起があ
日本を蝕む”朱子学”の闇その22すっかり「ダムブログ」のようになってしまったが、日本人の美意識が投影されるのはもちろん建物も着る服も食べる物も飲み物も、日常で使うものから特別な日に使うものまで、全てにおいて美意識に基づいている。この美意識を究極まで高める人こそが「職人」であり、日本人の美意識を体現する人たちだからこそ日本人は尊敬するのである。日本の職人に「手抜き」は許されない。手を抜いた瞬間にバレるからで、たとえそれが寿司だろうが中華料理だろうが、革製品だろうが服の縫製だろうが、ダレる
とても興味深いです”摂理”と言うものの一端を見た気がします”フラクタルと人体構造と自然”pic.twitter.com/yEaPt17uQWhttps://t.co/NAbSJAY6kr—仁木洸平🌲|NIKIKohei|@MTRMethodLab®︎(@ninnikinene)January23,2026テンセグリティはフラクタル。足・骨盤・背骨・胸郭・頭蓋。すべてが独立したパーツではなく、同じ原理で成り立つテンセグリティの部分構造であり
世阿弥『風姿花伝』──時の間にも、男時、女時とてあるべし、力なき因果なり(再々掲)良いこともそうですが、悪いことばかりは続きません。良いことがあると、不思議に良いことが続きます。先日も、偶然、仲の良かった元レスラー、ソルジャーの牧田理さんに、滅多に行かない神田で、偶然に8年ぶりに再会することができました。広い東京で奇跡的なことです。それ以外にも良いことが続いていて、2023年6月29日(木)は、私の人生の節目になったと言えるかもしれません。そして、昨日、長年疎遠にな
そこで二人は始めての激しい交わりをもった。卓也は素裸になっている。私は奇異に感じたのでその理由を問うた。元々、ワンワンスタイルでやる即席の交尾であるから上着まで脱ぐ必要はない。たとえ人が来ないところだと言っても万が一のこともある。それにヤブ蚊だっているのだ。上着は着ておいた方が良い。すると”ヤルときは素っ裸にならないと気が済まない”という答えだった。なんとなく神の摂理を感じさせる哀れな言葉である。純朴な青年だなと私は思った。うぬぼれではなくただの評定であるが、私は既に愛されているのかもしれ
【昨年七月の再掲載です】統一家の36家庭、教会長、公職者、そして全ての食口達に真のお父様が懇切に心から話す。真の父はお母様を愛しとても大切にした。そして世界各国の真の父母様を見つめる子たちをとても大切に思い愛しながらこの生涯を生きてきた。何よりも、もっと悠久な歳月を経てメシアを待っていた神様、私の父が可哀想で、難しく大変な時も最後まで耐え抜いてきた。統一家の食口達よ!私の子らよ!しかし、天上の真の父は他の誰よりも真の母よりも統一家の私の子たちがあまりにも可哀想に
【昨年12月のブログ記事を再掲載します。一言プラスして・・・韓鶴子オモニの誕生は、文鮮明先生・アボジの「み言」からも、アボジの歩みからも、摂理の観点からも、原罪を持っての誕生!ということが明らかなのですが、アボジの聖和後(死後)から、オモニの無原罪誕生説が、広められてきたのです。そんなデタラメを進めると大変なことになるよ!!!と何年も前から、真理を愛する人たちから警告を受けてきました。私も何年か前に気がついて、それから真理に戻りましょう!と意見を述べ続け
私、コルの地元(東海エリア)でスピリチュアルなお勉強会を定期的に行っています。瞑想、サイキック、ヒーリングなどエネルギーワーク、霊的真理の簡単なお話などメニューは毎回様々です。参加者はみな気持ちの良い方ばかりですので、ご興味持たれましたら是非ご連絡下さい。参加費は低料金です。物販、何かへの勧誘などありません。都合の良い時のみのの参加も歓迎しますが、能力向上は地道な学び、経験が必要です。オンライン上でも開催しています。どちらも主に平日、どららかを毎
神から人へ、祈り求むは、ただひたすらの帰依(きえ)なれば、余計な思い、諂(へつら)いは、神の心に遠く適わぬ。神から人へ与えしものは、ただ純粋の魂なれば、汚せし泥は禊ぎて返せ。残りし汚点の一つもなきよう、浄め改め、磨き光らせ。神から人へは、古き時世(ときよ)の、与え恵みし、流れなり。人から神へ、今戻せ。賜り、お借りし、使いし全て。感謝の祈りで、禊ぎ浄めて。神から人へ、流されて、人を潤し、豊かに富ませし、全ての恩愛、慈愛の恵みを、人から神へ、今返さん。感謝と報恩、下座と帰
季節が変われば衣替えをするように、時代が変われば流行も変わるように、世の中は時の流れと共に常に転換しながら変化を繰り返しています。そして、それはごく自然なこと。だから私たちも季節や時代、年齢などに応じて変化していくことが自然の摂理。変化って怖かったり面倒くさかったりいろいろ大変なこともあるけれど、状況に応じて変化していった方が実は後から楽できるんですよね☺️変化を恐れているそこのあなた。怖がらずに変化を受け入れましょう。きっとその先には明るい未来が待ていますよ🍀✨
みなさんこんばんは、きむちぴった日詩初めますよろしくお願いします。投票✴️投票をした僕の考えでも僕の考えに何人かの人は反論をしたでもそれ以上に何人かの人が僕の考えを受け入れてくれたから僕の考えは正論になった勝てば官軍負ければ賊軍きっと世の中はそういう風にできている本当はみんなに受け入れてほしいけどそれはできないなんとも悲しい世の中の摂理に僕は憂いてる。今回はこんな感じです今の政界にはその摂理すらないと思います離れたらくっついてただその場
黄昏昏は氐(てい)+日で刃物の底(人の足元)、日が落ちた象形。日暮れを表す「昏」を表す意に。陽の沈む時間が日に日に進み、黄昏時が直ぐに訪れる。太陽の傾きも北に移り、眩しさも早い。お八つ過ぎから釣瓶落としのように陽が暮れる。昼間の暑さも気づけば少し寒い程、四季は裏切らない。季節は進む
摂理(JMS、キリスト教福音宣教会)被害者支援団体「エクソダス」キム・ドヒョン氏が証言教祖によって繰り返される性暴行の実態(2025.9.20)摂理(JMS、キリスト教福音宣教会)の被害は、日本にも及んでいます。ご相談は、異端・カルト110番まで。HOME-異端・カルト110番参照名古屋の「主の栄光教会」は、韓国カルト「摂理」です。ご注意を!:北風と太陽
人間関係のプロ・イエス様に学ぶ「善い人間関係のために」ザアカイを反面教師として学ぶ5「善い人間関係のために」大切なことのためにはプライド捨てること「いちじく桑の木に登った。」ザアカイ。罪人でも神様を求める熱意があれば誰でも出会える救いの木が準備されています。プライド捨てて、いちじく桑の木に上ればイエスが見え、御父に出会えるように、プライド捨てて、イエスの十字架の木で御父に出会い神様と和解できます。いちじく桑の木はエリコのどこにでもある、ありふれた上りやすい木です。十字架の福音も子供で
韓国カルト「摂理」の被害予防のために投稿しました。拡散して頂ければ、幸いです。ブログ「北風と太陽」から主の栄光教会(名古屋)とは:北風と太陽
大霊は人物ではありません。神々しい個的存在ではありません。個的存在を超えたものです。摂理と愛と叡智と真理の究極的権化です。大霊は、この広大無辺の宇宙で絶え間なく作用している無限の知性です。シルバーバーチ今日のことばより有限であり、時間に束縛された肉体の脳で無限なる大霊(神)を完全に理解することは出来ないでしょう。宇宙の隅々まで、といってもどこまでも隅っこがないのですから考えているとボーっとしてきます(笑)物質世界、非物質世界、あらゆる階層の世界は
(この手紙はもともと、日本でお世話になった方宛てに数年前から書き始め、最近加筆修正したものです。)お元気でお過ごしでしょうか?私は真の御父母様の三男の顕進様を支持していますが、そのことについて詳しく説明したいと常々思っていましたが、どのように伝えたらよいか分からず思いを廻らせているうちに時だけが過ぎていってしまいました。私自身は人に偉そうに何かを言える基準ではないし、今まで葛藤の連続で信仰を失いそうになる時も何度もありました。日本においては多くの兄弟姉妹が大変な犠牲と苦労の道を
解説当時、青年、文顯進は19歳になったばかりで、馬術の韓国代表選手に選ばれ、1988年ソウルオリンピック出場準備の真っ最中だった。東西両陣営に分かれて、二度も片方の陣営がボイコットするいわゆる片肺オリンピックを行った世界は、1988年ソウルオリンピックをきっかけに再び和合することを願った。摂理的には成約時代を迎えるために、カイン・アベルの東西陣営が一つになって、必す冷戦が終結されなければならない重大なポイントたった。このみ言に紹介されている、神様のみ旨と摂理に対する19歳の青年の信念と観点は、
Netflixにて視聴ネットフリックスのドキュメンタリー番組全8話『韓国を震撼させた凶悪事件を生き延びた人々が、おぞましい出来事を振り返るドキュメンタリーシリーズ』1話~3話までは韓国版アウシュヴィッツと呼ばれている、兄弟福祉院事件を扱っていて、こんな酷いことが行われていたとは絶句でした。釜山だけじゃなく、国家レベルでの隠蔽なのに加害者たちは生き延びて悠々自適なのが韓国の闇でしかないです。4話は以前ドキュメンタリーで取り上げられたS○X中毒の変態教祖を
笑顔を向ければ笑顔が返ってくる文句を言えば文句が返ってくるどちらを選ぶかはじぶん次第前のめりで獲得したように錯覚しても澱んだ心でやった行いなら泥水が還ってきますどんなに文句を言ってもその泥水はじぶんが飲むのですじぶんが放ったことしかじぶんのもとへやって来ません#因果応報#プラスのエネルギー#摂理#循環
今存在する時間が永遠の彼方へと消え去る、これはいわば私のオリジナルな使い方としての「永遠」なのであって、周りの人たちにスナオに理解させるのは困難だ。二人の愛が永遠に続く、というふうに使われるのが一般的だということは無論判っているが、既述のように私にとって永遠とは過去を指すものであり、日々遠ざかっていって、しまいには見えなくなってしまうもの、という観念的な印象に満ちた言葉だ。2010年との出会い、こんな衝撃性に富んだエピソードを、当初の感覚よりずっと容易く迎えてしまう驚きが私の内に
永遠について余談をひとつ。シンガーソングライター大貫妙子の幾多の曲の中に、他とは異質に聴こえる曲がある。「黒のクレール」という初期の曲だ。クレールというのはフランス語で光による明るさを意味するらしいから、黒の光という意味ありげなタイトルとなるのだが、この曲のおしまい部分に「走り去った時の中で夕映えが永遠を映す」、というフレイズがある。これを見て瞬時に反応したのが私だった。これは女が書いた詩ではないと。偏見も甚だしいものだが、女には夕映えと永遠を結びつける感性はない、とするのが私の主張
(五)来年2010年というのは、父親の他界から38年に当たる。父親は63歳で病死しており、つまりあと3年で私も父親の生きた年月に並ぶわけだが、それはちょうど40年の経過を意味するもので、この40という数字は父が私を儲けたトシと合致する。私は父が40の時の子なのだ。たとえば生まれた直後に25歳の父親に死なれてしまった子は、その父親の年齢まで到達するのに25年を要する。殆どの人がおよそ考えないような「数字遊び」を大真面目に頭の中で繰り返しながら、私は今日までやってきた。2010年
俗っぽい言い方をするならば、死は万人に平等な結末であり、己一人がいつまで経っても死なせてもらえない状況に陥る形はない。これほど判り切った、何ら特別でない終わり方が待っているというのに、人は死から逃れたがる。余命何ヶ月と宣告された者が、その残りの時間とどのように向き合ってゆくか、といった映画やドラマがいつも必ずヒットするが、全くといってよいほど私には興味がないテーマだ。死んでゆくための心構えなど無意味このうえないものであって、死ということを私は大仰に捉えていない。中学卒業を記念
死を恐れぬ大胆さ、との評価を受けたことがある。35歳頃のことで、言った相手も状況も覚えていないが、いずれにせよこれは面白い評価だ。そういえば学校生活の時代から迷信をバカにする子供ということで親を困らせていた。学生服を身に着けたままボタンを取り付けさせるわけだが、「脱がなければ付けない」、と言い張る親に、「それなら付けなくていい」、と抗戦したのが私だった。その日の安全を保障できないということらしいが、仮に私がその日に命を落とすことがあっても、それはボタン付けとは無関係と、固く決めてしまって
永遠の彼方とは、例えばドライヴした相手に死なれてしまったあとの、そのコースを指すものなのだ。134号線を眺めているうちにあらためて気づいたことだった。あの同窓会は、女子たちがそろそろ結婚期に入ってゆく頃のことで、まさに見納めの集まりといった様相を呈してもいた。一堂に会せないどころか、あののち二度と出会うことのなかった仲間も実際大勢いる。しかし、急に改まって述べるわけではないけれども、26才頃までは職をあれこれ変えたが、ひとたび離れた場所にみだりに立ち戻るのを弱者的思考と戒めた私で、