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ひとつ前の当ブログで、昨年の参院選で「参政党」の「さや」(シオイリ清香)という女性候補が「皆さんのお母さんにしてください!」と絶叫していたのが気味悪いと書きました。「参政党」は徴兵制が必要とか主張している極右政党ですからね。これに関連して、当ブログ2022年2月11日に書いた「木下惠介監督の『陸軍』のクライマックス、戦意高揚も軍国主義も吹っ飛ばす」を以下に再録します。***このところの当ブログで、木下惠介監督について取り上げています。実験的な映
勝った!!夕方、この記事を書いた↓『賭けろ!』賭ける勝負事や当てっこなどで勝った者、当たった者などが取る約束で金品などを出すweblio辞書より賭ける当てっこ、って。ウケるね、weblio辞書。勝った…ameblo.jp20年ジャグラー打ってきて、大事なことを失念していた。それは「賭ける」ということだ。詳しくは、夕方の記事に書いたとおりだが。とにかく、確率論だの、直感を絡めるだのと、目先の細かい事にこだわりすぎていた。作戦決行今日は18時からバイト入ってる。夕方、いつ
戦争が長引いて、兵隊に行ったお父さんは何年も帰ってきません。お母さんは、すっかりつかれてしまいました。これまでお父さんがしていた力仕事をしなければなりませんし、戦争のために食べ物や着る物など、生活に欠かせない物が不足していたからです。それだけでなく、鉄などの資源がない日本は、武器をつくるために、使っていない鍋や釜まで出さなくてはならなくなってしまいました。戦争のために生活が苦しくなって、戦争はいやだと思う国民が増えるのをおそれたのでしょう。軍部はこの戦争は「アジアの植民地を解放する正義
有料会員向けサービス朝刊・夕刊:日経電子版日本経済新聞の電子版。日経や日経BPの提供する経済、企業、国際、政治、マーケット、情報・通信、社会など各分野のニュース。ビジネス、マネー、IT、スポーツ、住宅、キャリアなどの専門情報も満載。www.nikkei.comご遺族の苦しみはいかばかりかと。今も英霊とか崇める傾向が強くなってきており、異様さを感じる。亡くなられ方々は、普通に生きたかった。英雄ではなく、父や母や友人や子でありたかった。それを忘れてはならない。戦死者を英雄視し特別視
※12月8日は、太平洋戦争開戦の日ゆえ、恒例戦争関連の記事を載せます。過ごし易くなった日和の中だった。主人と町内の、小さな画廊を観に出かけた。主人は、地理や歴史が好きで、同好の会に入っている。そのメンバーの勧める、太平洋戦争関連の展示を観るためだった。玄関のチャイムを押すと、やがて表の二階から声がした。主人と私は、見上げて挨拶を交わした。木立の木洩れ日が燦めいていた。表の階段を昇って、インテリ風だが穏やかな風貌の、翁と対面した。十畳余りの画廊に、写真、図説、家屋の模型...と
UNIQLO公式アプリandroid版iOS版山あり谷あり、波乱の人生ドンブラコ!ようやくたどり着いたあこがれの年金生活夢見た悠々自適ゆうゆうじてきの年金生活は、なぜか幽遊自虐ゆうゆうじぎゃくの耐乏生活にに様さま変わりそんな自虐生活の中で気づき考察したアレコレを勝手気ままに綴つづっております!こちらからどうぞ9月18日の朝日新聞天声人語は「ふたつの9月18日」と題して、満州事変の勃発と、戦後GHQから受けた同紙の発行停
その3.お金から見た戦争・ひめゆり学徒隊※この記事は常に新鮮なネタを提供すべく、随時、更新されています。・沖縄戦:紙幣及び硬貨から見た戦争左が戦時中に発行された紙幣でデザインも楠木正成像や八紘一宇、靖国神社といった戦時色の強いものが使われている。一方、右は戦後間もなく発行された紙幣で、平和のシンボルのハトや議会制民主主義のシンボル的存在である自由民権運動の指導者板垣退助、国会議事堂が使われている。いずれにせよ紙幣発行当時の政治情勢が露骨なほどにそのデザインに反映されている。また左右双
やぎりん訳詞《海はふるさと》(大海啊故郷)は戦意高揚の歌か?海はふるさと王立平・作詞/やぎりん訳詞こどもの頃に母さんから聞いたわたしのふるさと海のまち海辺に生まれ海で育った果てしなく広い青い海原吹く風やさし海はふるさと母さんのまなざしわたしを包む(間奏の旋律は唱歌《うみ》のメロディ)わたしが生まれた海辺のまちは母さんも生まれたふるさとよ海辺に生まれ海で育った果てしなく広い青い海原吹く風やさし海はふるさと母さんの思い出白い砂浜忘れないわ
モスクワで生物・化学兵器部隊のトップが側近と共に殺害された。爆発物が仕掛けられていてモスクワ捜査当局では明らかにテロだという。ウクライナの仕業だとする見方が出ている所でウズベキスタン出身の男が逮捕された。ウクライナの情報機関からカネと海外移住を条件に殺害を引き受けたと自供してるそうだが真相は不明だ。ウクライナ政府によればロシア軍はウクライナ兵に対して4800回以上化学兵器を使用してるので暗殺されたのはその命令を出した責任者で明白な戦争犯罪者だと主張してる。
Ledonneitalianenell'arte(Italianwomeninart)「美術にみるイタリアの女性像」第16課Unbacioallamammaevia(Akisstoyourmotherandoffyougo)母に贈るキスUn'immaginediesaltazionedellacombattività(Animageofexaltationofcombativeness)戦意高揚イメージUnbaci
劇場版アナウンサーたちの戦争2023年日本監督:一木正恵脚本:倉光泰子製作:ナカチカピクチャーズ出演:森田剛(和田信賢)、橋本愛(和田実枝子)、高良健吾(館野守男)、浜野謙太(今福祝)、大東駿介(志村正順)、藤原さくら(赤沼ツヤ)、水上恒司(朝倉寿喜)、降谷建志(チャーリー吉井)、渋川清彦(長笠原栄風)、中島歩(川添照夫)、眞島秀和(並河亮)、遠山俊也(中村茂)、古舘寛治(松内則三)、小日向文世(下村宏)、安田顕(米良忠麿)ほか音楽:堤裕介語り:橋本愛撮影:佐々木達之介照明
日頃、標準語を使っている人たちにとっては、特に意識することはないだろうが、方言を日常語としている地方の人にとっては、標準語で話す時は少し構えてしまう。私は両刀使いのようなもので、バイリンガルであるが、今の若い人たちはほとんど標準語で話す。いずれ方言は消える運命にあるのかも知れない。地方文化でもある方言が消えるのは残念な事であるが、昭和40年代の初めごろからまでは、方言は悪い言葉であり標準語を使用するように学校教育が行われていたのである。実際に秋田県の南部の小学校では直接に校長が先頭に
はじまりのみち2013年6月1日公開「二十四の瞳」「楢山節考』など数々の名作を生み出した映画監督・木下惠介生誕100年記念作。戦中、松竹に辞表を出した後から再び戻るまで、その後の彼の人生を大きく変えた数日間の実話を基に原恵一監督が映画化。あらすじ政府から戦意高揚の国策映画づくりを映画界に要求されていた時代。木下惠介が昭和19年に監督した「陸軍」は、その役割を果たしていないとして当局から睨まれ、次回作の製作が中止になってしまう。夢を失った木下は松竹に辞表を提出、病気で倒れた母、たま
今日8月15日は「終戦記念日」。昔は、テレビでもこの時期に「戦争」や「終戦」に関する番組が多く放送されていましたが、最近はめっきり少なくなったような気がします。昨日の14日、夜10時からNHKスペシャルドラマ『アナウンサーたちの戦争』が放映されていたので観ました。このドラマは「日本放送協会」のアナウンサーたちが太平洋戦争の勃発とともに「電波戦」に駆り出され、結果的に戦争に加担してしまう様を描いています。「電波戦」というのはラジオを通じて、国威発揚、戦意を煽り、時には敵に対して偽情報を流すなどの
還暦を過ぎて、70になるまであと2年余と言う歳になり、祖母や両親(明治からの歴史)が時代の変化の中で、何を感じどう生き方を選んできたかということに、関心が高まっている。幼い時に、日本が戦争に負けたことについて「どうしてアメリカに勝つと信じたのか」「満鉄の株を買ったのはなぜなのか」「同じ日本人なのになぜ天皇を現人神と思えたのか」、両親に質問をしたが明快な返答はなかった。義務教育での社会などの授業でも、この問いに対する答えは「軍国主義によるもの」と言う簡単なもの。なぜ6000万人もの国民がそうい
式典、記念祭等のロシア海軍のイベントで配布されるメダルだそうです。まぁ、相当数配布される為かどうかは分かりませんが、とてもシンプル。一見すると何処の国のメダルかも判別不明。まぁ、戦意高揚が目的な感じのメダルなのかな。制定日付、枚数は当然ながら不明。裏は何もない。大量生産のためだろうか。
付け加えれば覚醒剤の横行も戦後の負の遺産戦争で兵士に恐怖が走らないように与えていた物が戦後に流れ出した伯父も手軽に手に入れられた薬物で廃人になったアフガニスタンでもイラクでも同じように薬物が使われた軍隊に招集された兵士達に配られた薬物昔だからの話じゃなく今だってそうだからこういう人生が待っているかもしれない生き延びたからって無傷でいられる人間なんてきっと人に命令を下す人種のひと握りだけなのさ。
1942年5月26日、北海道紋別郡下湧別村(現在の湧別町)のポント浜※1に漂着した国籍不明の機雷を爆破処理するために移動していたところ、機雷が爆発した。警察官や村の警防団、見物人など112人が死亡、112名が負傷した。事件の舞台となった下湧別村は北海道北部・オホーツク海に面した漁村である。昭和17年初頭の当時、太平洋戦争は開戦から半年ほど、日本軍が快進撃を続けていた時期であり、この地には平穏な空気が流れていた。季節はうつろい、流氷は南からの風を受けて去り、根雪が融けて畑土が顔を覗かせ
今から90年余り前の1932(昭和7)年1月18日、勤行中の僧侶が支那人に襲撃され1名が死亡、2名が負傷した『上海日本人僧侶襲撃事件』が勃発。これらを契機として日本と中華民国との間に緊張が高まり、同月28日~3月3日にかけて両国が交戦状態に入ったのが、〝第一次上海事変〟。その戦闘の最中であった2月22日、敵陣に突入するため鉄条網を破壊する作戦が決行されました。志願兵の中から選ばれた江下武二・北川丞・作江伊之助3名の工兵が点火した破壊筒(爆弾)を抱え敵陣に突入。3名は
ロシアは東部の占領地域を守るのが精いっぱいの状況のようだ。前線では一進一退の攻防が続いている模様。ウクライナも手を変え品を変え抗戦しているように見える。8日朝にあったクリミア大橋の爆発で3人が死亡した。橋上で民間トラックが爆発し、付近にいた1台の車に乗っていた人たちが犠牲になったという。橋は一部が崩落した。ま、車の爆発では橋が落ちる事はまず無いし、増してや、上の線路を走る列車にまで影響がある筈も無いから、海上からの燃料を輸送する列車を狙った破壊工作と思える。クリミア大橋はロシ
2014年4月に出版された、早川タダノリさんの『神国日本のトンデモ決戦生活』を読み終わりました。太平洋戦争中、今見たらナンセンスすぎる戦意高揚の雑誌記事などを紹介した本です。読み終わって一番印象に残ったのは、現在も存在している会社や雑誌の宣伝や記事の内容。特に主婦の友のぶち殺せはないよね。戦争に反することを書けば雑誌の存続自体が危うかったし、そういう時代だったってことはわかるけれど、今のイメージとはあまりにもかけ離れすぎる。内容も戦争に関することばかりで、定期購読を取りや
‘うんのじゅうざ’は名前を知っていただけ。日本のSF作家のはしりと言われる。‘少年倶楽部文庫’というのも珍しい。パラパラ見ると、帝國海軍が活躍する冒険活劇のようだ。のらくろのロゴにも惹かれて購入決定。イラストがすげー。椛島勝一はいつもすごい。南シナ海の‘香港とシンガポールの間’の海上に、英海軍が巨大な洋上基地を建造、ソ連と組んで大艦隊を伴い、多くの爆撃機を擁して日本を襲い来る。忍び込んだ川上機関大尉(きかんだいい)と杉田二等水兵が幾多のピンチを機転で乗り越え、ついに巨大な‘飛
今日は2021年4月15日にTV録画保存した『吾輩はカモである』を視聴しました。紹介動画解説、https://ja.wikipedia.org/wiki/我輩はカモであるより『我輩はカモである』(わがはいはカモである、DuckSoup[注1])は、1933年のアメリカ合衆国のコメディ映画。レオ・マッケリー監督、マルクス兄弟主演。パラマウント映画によって公開された最後のマルクス兄弟主演作であり、また、末弟ゼッポ・マルクス最後の出演映画である[2]。
タイトルとは関係ないですが昨日の情報番組で、亡くなった神田沙也加さんへの弔意を表すためか、出演者の多くが黒い服を着ていた中で、いつも通り真っ赤なスーツで出演したカズレーザー。人は毎日亡くなってます。さて今は亡き「軍人勅諭」には、「世論に惑わず政治に拘わらず」という一文があります。明治時代に確立した日本の軍隊は、もともと専門教育を受けた軍人の集まりですが、第一次大戦を遠くから見ていた日本のトップは、新兵器の開発で戦死傷者の増大を受け、招集など一般大衆の動
昨日は、太平洋戦争開戦の日でした。そこで、戦時中の代表的な映画『ハワイ・マレー沖海戦』を紹介します。ストーリー・・・昭和十一年、海軍兵学校の生徒、立花忠明は休暇で帰省した。忠明はその時、従弟の友田義一が海軍少年飛行兵を志願しているのを知り、義一の頼みで、志願を許してくれるよう義一の母を説得した。翌年、義一は土浦海軍航空隊予科練習部に入隊、厳しい訓練を受け始めた。昭和十四年、義一は予科練を卒業して海軍飛行隊の一員となり、一人前の操縦士となるための猛訓練が毎日の日課になった。そんな中で
今日は戦争中の勇ましいポスターを探してみました敵(アメリカ)はがダルカナルを攻略しアッツ島サイパン島も奪還され今や沖縄戦線国民よ決起せよ敵の飛行機の見分け方これは日中戦争初期と思われます満州との定期航空便開始前線の兵隊さんへ家族の写真を送ろう写真機会社には富士写真のほかに小西六と言う会社がありました備えあれば憂いなし空襲恐るるに足らず屋根に迷彩色を塗ろう流言飛語を取り締まる警視庁雑誌の表紙も勇ましい女子挺身隊か?
2010年のクリスマスに品川区台場小学校で公演した1930年の教育映画「毬の行方」が、松波里香さんのピアノと共に2020年10月25日に、感染症対策に特化させて今年8月にオープンしたライブハウス壱岐坂BonCourageにて甦ります!!14時開場14時30分開演料金税込み2970円(1ドリンク付き)教育紙芝居「あなたもわたしも」昭和19年運輸通信省鉄道総局委託作品脚本稲庭桂子絵書羽室邦彦製作日本教育紙芝居協会※こちらは、音楽なしで語りのみとな
あああの顔であの声で手柄頼むと妻や子がちぎれる程に振った旗遠い雲間にまた浮かぶああ堂々の輸送船さらば祖国よ栄えあれ遥かに拝む宮城(きゅうじょう)の空に誓ったこの決意ああ傷ついたこの馬と飲まず食わずの日も三日捧げた生命これまでと月の光で走り書きあああの山もこの川も赤い忠義の血がにじむ故国(くに)まで届け暁にあげる興亜(こうあ)のこの凱歌NHKの連続テレビ小説『エール』が再開してから、物語の舞台もいよいよ戦時色が強まってきまし
ミステリとしてはとんでもなくB級作品。しかし自分にとっては乱歩作品の中でも絶対に外せない1つである。はっきし言って書かれた時代を反映したような強烈な「戦意高揚」小説である。そうした事もあってか、この作品に関する好意的な評には出会ったことがない。しかししかし自分的には好きなんだな~、これ。ラストの地下室のシーンは感動的ですよ。映像化してほしい!ネタバレになってしまうので詳しくは書けませんけど、このラストの地下室のシーン、とにかく感動的なんだな。探偵役
1932(昭和7)年1月18日、勤行中の僧侶が支那人に襲撃され1名が死亡、2名が負傷した『上海日本人僧侶襲撃事件』などを契機として日本と中華民国との間に緊張が高まり、同月28日~3月3日にかけて両国が交戦状態に入ったのが、〝第一次上海事変〟。その戦闘の最中・・・今から87年前の今日・2月22日、敵陣に突入するため鉄条網を破壊する作戦が決行されました。志願兵の中から選ばれた江下武二・北川丞・作江伊之助3名の工兵が点火した破壊筒(爆弾)を手にして敵陣に突入。3名は爆死