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LucienBecker(1911.3.31-1984.1.25)『リュシアン・ベッケル詩抄(前)』LucienBecker(1911.3.31-1984.1.25)リュシアン・ベッケル詩抄∮昼はもはや灰色の四角な形になって顔のない空にはりついて…ameblo.jpリュシアン・ベッケル詩抄∮一つ一つの言葉の間に死の為のすき間がある二つの巨像が墓地の入口を守っているそれは空間と時間だ永遠は沈黙している口には泥がつまっているから刈り入れの人々も地面は取り
LucienBecker(1911.3.31-1984.1.25)リュシアン・ベッケル詩抄∮昼はもはや灰色の四角な形になって顔のない空にはりついて残っているばかり揚げ蓋のように再び閉じた闇の底で人は小声で語り合っている街の上では鎖のひびきがしている街では押し合いへし合いをしていると見えるほど立てこんだ家々それに沿って人々が歩いている夜はもはや戸口に押しつけられた耳に他ならないこの地上で言葉はもはや流れない風はどんな伝言を運んでよいか判らない石になった人
(2017年1月28日に記す。なお、詩歌作品および作者名等については著作権に配慮して一部省略し、タイトルおよび内容も適宜修正した)たんたん評論「歌人であることの意義」短歌研究社様が発行する短歌専門誌「短歌研究」の2017年2月号を読む。今回は最初に特別寄稿について触れる。それは岩田亨氏が「屋良健一郎君へ」と題して記した手紙風の文である。公開質問状とも呼べるだろう。ちなみに、ブログ主は昨年末に角川短歌2017年1月号の評論として手紙風の文章を書いたが、新聞でも
(2015年12月1日に記す。なお、詩歌作品および作者名等については著作権に配慮して一部削除し、タイトルおよび内容も適宜修正した)たんたん評論「模倣」角川学芸出版様が発行する短歌専門月刊誌「短歌」の2015年12月号を読む。今月号の特集は「平和」と「結社」であった。まず、平和であることは、凡そ現状に満足する者にとって生きる上での前提である。言い換えると、当時の秩序に挑戦しようとする者は平和を望まず、数々の革命を起こしてきた。例えば、現在の中東における紛争
親しみやすい詩を書き続けた戦後詩人の谷川俊太郎が11月13日に老衰のため92歳で亡くなった。大衆向けには「鉄腕アトム」、教科書向けには「スイミー」、詩人派向けには第一詩集『二十億光年の孤独』や後の『日々の地図』がある。哲学者の谷川徹三(法政大学の学長に)の息子として1931年に生まれた谷川(たにかわ)は奥多摩高校を卒業するも大学には行かず三好達治の紹介で「文學界」の文壇へ。「万有引力とはひき合う孤独の力」などと詠んで1952年に第一詩集を出し、新しい叙情詩と絶賛された。そこから茨木のり子ら
菅原克己・明治44年(1911年)1月22日生~昭和63年(1988年)3月31日没詩集『日の底』昭和33年(1958年)12月20日・飯塚書店刊ブラザー軒菅原克己東一番丁、ブラザー軒。硝子簾がキラキラ波うち、あたりいちめん氷を噛む音。死んだおやじが入って来る。死んだ妹をつれて氷水喰べに、ぼくのわきへ。色あせたメリンスの着物。おできいっぱいつけた妹。ミルクセーキの音に、びっくりしながら細い脛だして椅子にずり上る。外は濃藍色のたなばたの夜。肥ったおやじ
『夭逝シュルレアリスム散文詩詩人・千田光(1908-1935)後編』千田光・明治41年(1908年)生~昭和10年(1935年)没『千田光詩集』(小野夕私梓)森開社・昭和56年(1981年)11月十日刊・限定参百部『夭逝シュル…ameblo.jp町医祝算之助夜とともに、町医者はやつてきた。家来をつれて。その家来は、たぶん同じ猟ずきな仲間ででもあろう。ちいさな部屋のなかは、黄いろい絵具が、べたべたちらかっている。私はどのようにも、片ずけきれないのだ。そのまんなかに、金魚
お話の内容のメモ(原稿)をnoteにアップしました。有料で開催させていただいたレクチャーの内容ですので、noteでも有料とさせていただいています。恐縮です。第2回「1940年代の詩」お話しのメモ|上念省三はじめに(お話し用に作った原稿メモです。粗いところや、引用個所の不十分なところもあるかもしれませんが、あくまでメモとしてご覧ください)1941年に始まり1945年に終った太平洋戦争、そして戦後、1951年にサンフランシスコ講和条約によって日本が(一応の)主権を取り戻すまでの
黒田三郎(大正8年/1919年生~昭和55年/1980年没)『黒田三郎の詩「ひとりの女に」「小さなユリと」ほか(前編)』黒田三郎(大正8年/1919年生~昭和55年/1980年没)黒田三郎(大正8年/1919年2月26日生~昭和55年/1980年1月8日没)は広島県呉市に生ま…ameblo.jp黒田三郎(大正8年/1919年2月26日生~昭和55年/1980年1月8日没)は広島県呉市生まれで鹿児島に育ち、戦国詩の詩人グループ「荒地」に拠った詩人です。詩集は『ひとりの女に』(昭森社・昭和2
黒田三郎(大正8年/1919年生~昭和55年/1980年没)黒田三郎(大正8年/1919年2月26日生~昭和55年/1980年1月8日没)は広島県呉市に生まれて鹿児島に育ち、戦国詩の詩人グループ「荒地」に拠った詩人です。詩集は『ひとりの女に』(昭森社・昭和29年/1954年6月)、『失はれた墓碑銘』(昭森社・昭和30年/1955年6月)、『渇いた心』(昭森社・昭和32年/1957年6月)、『小さなユリと』(昭森社・昭和35年/1960年5月)、『もっと高く』(思潮社・昭和39年/1964年7
現代詩を読む会第2回を開催します。レクチャー中心の第一部と、読書会の第二部の二本立てです。片方だけでも結構です。少しでも興味をお持ちの方は、ぜひお越しください。①1940年代の詩戦争賛美、マチネ・ポエティク、鮎川信夫②最果タヒの言葉を味わう2023年7月16日(日)①13:30~14:30(担当:上念)②15:00~17:00(担当:上念、シーレ布施)西宮市大学交流センター講義室3(阪急西宮北口駅直結アクタ西宮東館6階)参加費:各500円、通し800円(定員20人
石原吉郎・大正4年(1915年)11月11日生~昭和52年(1977年)11月14日没、享年62歳『石原吉郎「世界がほろびる日に」昭和47年(1972年)ほか』石原吉郎・大正4年(1915年)11月11日生~昭和52年(1977年)11月14日没、享年62歳『石原吉郎「相対」(詩集『足利』昭和52年より)』石原吉郎・…ameblo.jp涙レストランの片隅でひとりこっそりと食事をしているとふいにわけもなく涙があふれることがあるなぜあふれるのかたぶん食べるそのことがむなしいの
石原吉郎・大正4年(1915年)11月11日生~昭和52年(1977年)11月14日没、享年62歳『石原吉郎「相対」(詩集『足利』昭和52年より)』石原吉郎・大正4年(1915年)11月11日生~昭和52年(1977年)11月14日没、享年62歳相対石原吉郎おのおのうなずきあったそれぞれのひだりへ切…ameblo.jp世界がほろびる日に世界がほろびる日にかぜをひくなビールスに気をつけろベランダにふとんを干しておけガスの元栓を忘れるな電気釜は八時に仕掛けておけ(初出
石原吉郎・大正4年(1915年)11月11日生~昭和52年(1977年)11月14日没(享年62歳)『石原吉郎「葬式列車」昭和30年(1955年)』石原吉郎・大正4年(1915年)11月11日生~昭和52年(1977年)11月14日没(享年62歳)『石原吉郎「夜の招待」昭和29年(1954年)』石原吉郎・…ameblo.jp自転車にのるクラリモンド自転車にのるクラリモンドよ目をつぶれ自転車にのるクラリモンドの肩にのる白い記憶よ目をつぶれクラリモンドの肩のうえの記憶のなかのク
石原吉郎・大正4年(1915年)11月11日生~昭和52年(1977年)11月14日没(享年62歳)『石原吉郎「夜の招待」昭和29年(1954年)』石原吉郎・大正4年(1915年)11月11日生~昭和52年(1977年)11月14日没(享年62歳)夜の招待窓のそとでぴすとるが鳴ってかあてんへいっぺんに…ameblo.jp葬式列車なんという駅を出発してきたのかもう誰もおぼえていないただいつも右側は真昼で左側は真夜中のふしぎな国を汽車ははしりつづけている駅に着くごとにかな
石原吉郎・大正4年(1915年)11月11日生~昭和52年(1977年)11月14日没(享年62歳)夜の招待窓のそとでぴすとるが鳴ってかあてんへいっぺんに火がつけられてまちかまえた時間がやってくる夜だ連隊のようにせろふあんでふち取って――ふらんすはすぺいんと和ぼくせよ獅子はおのおの尻尾をなめよ私はにわかに寛大になりもはやだれでもなくなった人と手をとりあっておうようなおとなの時間をその手のあいだにかこみとるああ動物園にはちゃんと象がいるだろうよ
『山本陽子「遥るかする、するするながらIII」(「現代詩手帖」昭和45年/1970年10月号より)』「現代詩手帖」昭和45年(1970年)10月号山本陽子・昭和18年(1943年)生~昭和54年(1984年)没『夭逝シュルレアリスム散文詩詩人・千田光(19…ameblo.jp町医祝算之助夜とともに、町医者はやつてきた。家来をつれて。その家来は、たぶん同じ猟ずきな仲間ででもあろう。ちいさな部屋のなかは、黄いろい絵具が、べたべたちらかっている。私はどのようにも、片ずけきれな
LucienBecker(1911.3.31-1984.1.25)『リュシアン・ベッケル詩抄(前)』LucienBecker(1911.3.31-1984.1.25)リュシアン・ベッケル詩抄∮昼はもはや灰色の四角な形になって顔のない空にはりついて…ameblo.jpリュシアン・ベッケル詩抄∮一つ一つの言葉の間に死の為のすき間がある二つの巨像が墓地の入口を守っているそれは空間と時間だ永遠は沈黙している口には泥がつまっているから刈り入れの人々も地面は取り入
菅原克己・明治44年(1911年)1月22日生~昭和63年(1988年)3月31日没詩集『日の底』昭和33年(1958年)12月20日・飯塚書店刊ぼくらにある住家菅原克己ぼくの信ずるものを信じてくれ。ぼくらにある住家。お前が裂く小さい魚。鱗にちりばめる光。なにもない皿の青いパセリ。それは日なのだ。ぼくらなのだ。ぼくの信ずるものを信じてくれ。扉を開くようにしか先が見えないぼくら。ぼくはいつも感ずる、ぼくらの手のなかにある重みのように朝が来た、昼が動い
菅原克己・明治44年(1911年)1月22日生~昭和63年(1988年)3月31日没詩集『日の底』昭和33年(1958年)12月20日・飯塚書店刊野菅原克己そのとき一本の樹が、さらに大きい自分のなかに沈みこみ、そのたっぷりとした容量だけでやさしく自負している。光が駈けおりて、物にぶつかりながらたちまち自分の躯を切りとって過ぎてゆく。小麦はこそばゆい穂さきをしきりにうるさがり、雲雀はまだ土くれのなかで誇らしげな自分の声に追いつこうとせっかちに喉毛をふるわす
菅原克己・明治44年(1911年)1月22日生~昭和63年(1988年)3月31日没詩集『日の底』昭和33年(1958年)12月20日・飯塚書店刊詩集『日の底』より「サークル園」より三篇菅原克己やさしい友だち――小児麻痺の娘に蕨(わらび)のような手。自分の足につまずく足。ほほえみをとり出せない唇。人は意識しない、裂けてゆく萎えた枝に。ふかい眠りのなかでそれは叫ぶ、ふいに目がひろがるように。空間に飛び散るものを娘はけんめいに心にくくりつけた。そ
吉増剛造(昭和14年/1939年生~,『我が詩的自伝素手で焔をつかみとれ!』2016年・講談社新書より)吉増剛造詩集『黄金詩篇』昭和45年(1970年)3月・思潮社刊現役詩人のなかで巨匠格にしてもっとも旺盛な活動を続けているのが吉増剛造(1939-・東京生れ)で、国際的評価も高く、もし次のノーベル文学賞が日本の詩人から選出されるなら最大の候補と目されている存在です。作風はシュルレアリスムとビートニク、また先行する日本の戦後詩から強く影響を受けたものですが、数行でこの人とわかる独自の文
岡田隆彦(昭和14年/1939年生~平成9年/1997年没)『岡田隆彦詩集成』令和2年(2020年)4月1日・響文社刊史乃命岡田隆彦喚びかけるよびいれる入りこむ。しの。吃るおれ人間がひとりの女にこころの地平線を旋回して迫っていくとき、ふくよかな、まとまらぬももいろの運動は祖霊となってとうにおれの囲繞からとほくにはみでていた。あの集中した、いのちがあふれるとき、官能の歪みをこえて、おまえの血はおれを視た。世界をみた。しびれてすこしくふるえる右、左の掌はお
岩田宏(昭和7年/1932年生~平成26年/2014年没)岩田宏(昭和7年=1932年3月3日生~平成26年=2014年12月2日没・北海道生まれ)には『独裁』昭和31年(1956年)から始まり『いやな唄』昭和34年(1959年)、『頭脳の戦争』昭和37年(1962年)、詩画集『グアンタナモ』昭和39年(1964年)、『岩田宏詩集』昭和41年(1966年・既刊5詩集全編に未発表詩篇を追加した全詩集)、詩文集『最前線』昭和47年(1972年)の6冊の詩集があり、以降は小説・翻訳に専念しています
堀川正美(昭和6年/1931年2月17日生~)『太平洋詩集1950-1962』思潮社・昭和39年=1964年刊『堀川正美詩集1950-1977』れんが書房新社・昭和53年=1978年刊新鮮で苦しみおおい日々堀川正美時代は感受性に運命をもたらす。むきだしの純粋さがふたつに裂けてゆくとき腕のながさよりもとおくから運命は芯を一撃して決意をうながす。けれども自分をつかいはたせるとき何がのこるだろう?恐怖と愛はひとつのものだれがまいにちまいにちそれにむきあえるだろう
渋沢孝輔(1930-1998)渋沢孝輔詩集『漆あるいは水晶狂い』昭和44年(1969年)10月・思潮社刊弾道学渋沢孝輔叫ぶことは易しい叫びにすべての日と夜とを載せることは難かしい凍原から滑り落ちるわるい笑いわるい波わるい泡波さわぐ海のうえの半睡の島遙かなる島半分の島半影の島喉につかえるわるい沈黙猫撫で声のわるい呪い血の平面天体図をめぐるわるい炎きみは鋏のように引きちぎられてわたしの錠前がその闇のなかで静かに眠ることもなくおまえはだれ鬼はだれわるいだれで
高橋睦郎(1937-)高橋睦郎詩集『薔薇の木・にせの恋人たち』昭和39年(1964年)・現代詩工房刊後年は古今東西の古典に通じた学匠詩人の風貌を帯び、清岡卓行、那珂太郎、飯島耕一、入沢康夫らの逝去を継いで今では芸術院会員の現役長老詩人となりましたが、高橋睦郎(昭和12年/1937年・北九州生まれ)は1歳下の歌人・春日井健(歌集『未青年』昭和35年/1960年)と並んで日本で初めて本格的なゲイの詩集を上梓した詩人と言える存在でした。母子家庭に育ち、苦学を重ね、三島由紀夫に認められた1960