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施設長の若山三千彦が書いています。GinJにパートナーができました。今、GinJは夜、パートナーさんのお部屋で、同じベッドの上で寄り添って寝ています。GinJのパートナーになったご入居者様は、実はマロン君とポリーちゃんのお婆ちゃん(飼い主のご入居者様)です。★2024年11月撮影。マロン君(右)とポリーちゃん(左)とお婆ちゃんです。この一か月後にポリーちゃんが、半年後にマロン君が虹の橋へ旅立ちました。お婆ちゃんは、マロン君が旅立ってから、ずーっと寂しがっていま
第1章ペンシー高校の夜物語の語り手であり主人公のホールデン・コールフィールドは、十六歳の少年。冒頭で彼は、療養施設のような場所にいることを匂わせながら、自分の過去を語り始める。舞台は彼が通っていたペンシー高校。その学期の終わり、彼はまたも退学処分を受けた。理由は単純で、五教科のうち四つも落第したからだ。ホールデンは自分の失敗に対して反省しているようで、どこか他人事。学校という場所にも、教師にも、周囲の「大人ぶった偽善」への苛立ちを募らせている。彼にとってペンシー高校は、偽りと退屈の
第1章没落する家――貴族の終わりと新しい罪のはじまり敗戦後の東京。かつての華やかな貴族社会はすでに崩れ、街には焼け跡と貧しさが漂っていた。その廃墟のような時代の中で、物語は静かに始まる。語り手はかず子(和子)、没落した華族の娘。彼女は母と弟の直治とともに、郊外の古びた別荘に暮らしている。父はすでに亡くなり、家の財産もほとんど失われた。残っているのは、貴族としての“形だけの上品さ”と、現実を知らない“誇りの幻影”だった。しかし、そんな上品さは、戦後の現実の前では何の価値も
9月も後半に入りました。ここへきて、暑さも少し和らいできたようです。ここに、最近の出来事をいくつか、記しておきます。一昨日、軽井沢高原文庫の春の企画展「戦後80年戦後文学を拓いたひとびと~荒正人宛サイン入り献呈本約五〇〇冊一挙公開~」(4/26~7/14)の資料返却のため、東京・杉並の故荒正人氏のご遺族、長女・植松みどりさん(和洋女子大名誉教授)と次女・荒このみさん(東京外国語大名誉教授)のお宅にうかがってきました。展覧会はすでに2か月前に終了していますが、辻邦生展の開催が連
きょうは、寒い一日でした。きょうの軽井沢は最高13度、最低9℃。先日、軽井沢で29℃近くまで上がったことが嘘のようです。軽井沢高原文庫は4月26日から「戦後80年戦後文学を拓いたひとびと~荒正人宛サイン入り献呈本約五〇〇冊一挙公開~」を開催しています。まもなく1か月が経とうとしています。このテーマに関心のある方が遠方からもお見えになっています。共同通信が記事を配信したくださったことによって、北日本新聞、下野新聞、静岡新聞、福井新聞、山陰中央新報、沖縄タイムスなどに載ったようで、戦後文
きょうは大型連休の後半の5月4日。みどりの日。軽井沢は晴れ。空には少し雲が見えていますが、暖かい一日となりそうです。ここに、さきほど軽井沢高原文庫庭で撮影したサクラソウの開花した様子を載せます。サクラソウは軽井沢町の町花でもあります。春の展示「戦後80年戦後文学を拓いたひとびと~荒正人サイン入り献呈本約五〇〇冊一挙公開~」が始まり、1週間がたちました。朝日や信濃毎日に続き、4月28日には共同通信が記事を全国の地方紙に配信してくださったようですので、これから遠方からも関心のある方がお見
軽井沢は新芽が萌え出し、春の訪れを感じる季節となりました。ここに、さきほど撮影した軽井沢高原文庫とその周辺の様子を載せます。軽井沢高原文庫は4月26日から、企画展「戦後80年戦後文学を拓いたひとびと~荒正人サイン入り献呈本約五〇〇冊一挙公開~」がスタートしました。今回、総勢154人の作家・評論家のサイン本を紹介しています。戦後日本に誕生した多くの名作にふれることができるでしょう。今日は、信濃毎日新聞の記事を見たという学校の先生をされている中年のご夫婦が、諏訪市から車で片道2時間半かけ
きのう(4/26)から、軽井沢高原文庫の春の企画展「戦後80年戦後文学を拓いたひとびと~荒正人宛サイン入り献呈本約五〇〇冊一挙公開~」が始まりました。7/14まで。本展は、戦後文学の草創期に活躍した文芸評論家の荒正人(1913-1979)に宛てて、作家たちが贈ったサイン入り献呈本約500冊を初めて一挙公開するものです。野間宏『暗い絵』、安部公房『終りし道の標べに』、原民喜『夏の花』、三島由紀夫『仮面の告白』、大岡昇平『野火』、堀田善衛『広場の孤独』、吉行淳之介『驟雨』、北杜夫『楡家の人び
軽井沢高原文庫では、4月26日(土)から、企画展「戦後80年戦後文学を拓いたひとびと~荒正人宛サイン入り献呈本約五〇〇冊一挙公開~」を開催いたします。7月14日まで。この展覧会は、戦後80年という機会を捉えて、戦後文学の草創期に活躍した文芸評論家の荒正人(あら・まさひと、1913-1979)に献呈された約500冊を一堂に紹介するものです。荒正人は、敗戦直後の1946(昭和21)年、埴谷雄高や平野謙、佐々木基一、本多秋五、山室静らと文芸雑誌「近代文学」を創刊しました。荒は第2号に「第二
笠井潔の「探偵小説と記号的人物」を読んでいたら、疑問が文字化されていた。われ得たり、と小膝を叩きたくなりましたね。スティーブン・キングと言うストーリー・テラーがいる。今は語られませんが、村上春樹はキング推しが凄かった。トラウマとは、語り得ないが語る。どうしても言えないこと以外を語る。論は、戦争の影響が齎したものとして探偵小説(その特有の形式)を語っていて、長年の疑問が氷解しましたね。真に迫っているような。最近、アーネスト・ヘミングウェイの「河を渡って木立の中へ」が翻訳が出ましたが(新潮社は
『戦後の先行者たち同時代追悼文集』(埴谷雄高/影書房/1984.4.28初版)私の手元にあるのは第2刷であるが、初刷のわずか1か月後の日付。予想外に売れたということか。内容は副題に端的に表れている。埴谷が見送った、戦後文学の旗手たちに対する思い出を綴ったものだ。あえて付け足すとすれば、これは埴谷が創刊にかかわり、敗戦後の日本文学の牽引役となった文芸同人誌「近代文学」のメンバーたちへのレクイエムと言える。メンバーとは次の人々だ。原民喜、梅崎春生、三島由紀夫、高橋和巳、椎名麟三、花田清輝、武
Adagioind-mollcomposedbyHikariOeI'mespeciallyfondofthis"Dminoradagio","Thenightcaprice","EminorSiciliano"and"Snow".IthinkthissecondCDhasbeenimprovedremarkablycomparingwithfirstCD.(私は、特にこのニ短調のアダージョ、夜のカプリース
時折、埴谷雄高の『死霊』を紐解く。今は文庫にもなってるよね。困った時の埴谷雄高。前半は筆が突っのめってカッコイイけど、大病したあとの後半は食い足りない。作者死亡で未完みたいになったけど、本来はもっと壮大な大長編小説を想定していた。釈迦とジャイナの対話、全肯定の釈迦が、全否定のジャイナに論争で負ける。勝ったジャイナは、砂となって消える。言葉なんて根拠がなかった。というようなお話。
■『今夜はひとりぼっちかい?日本文学盛衰史戦後文学篇』高橋源一郎講談社今夜はひとりぼっちかい?日本文学盛衰史戦後文学篇Amazon(アマゾン)2,090円「文学史そのものを小説にする「日本文学盛衰史」の次なるテーマは「戦後文学」。誰にも読まれなくなった難物を、ロックンロールやパンク、ラップにのせ、ブログやtwitter、YouTubeまで使って揉みほぐす。そんなある日、タカハシさんは「戦災」に遭う…。前作の興奮をふたたび」Amazon商品説明より
🌃訪問ありがとうございます梅崎春生は戦後文学の代表的な作家の一人です。梅崎春生「幻化」という記事です。作中の主人公・久住五郎は45歳。当時、基地で航空用アルコールのドラム缶の一つに小さな穴が空いてるのを見つけ、福という部下を含む何人かでこっそりと飲んでいたのは、飲料用アルコールではないので、発覚したら懲罰を受ける。ある夜、したたか酔った福が泳ぎたいと言いだしたので五郎は付き合って海に入ることにした。暗い海で星を仰ぎゆらゆらと海月のように漂っていると、五郎は「何ならここで
列島詩集は1955年3月の第12号が最後になります。1955年7月に戦後日本の「革命運動」の中心にあった日本共産党がいわゆる「6全協」路線を打ち出し、それまでの武装蜂起路線を放棄した年です(武装闘争の指導者であった徳田球一氏は既に1953年に死亡している)。このような時代にあって、政治と文学、社会的運動と文学についての論議も活発になっていたはず。ただ、その論議の場は「列島」においてではなく「新日本文学」。列島詩人たちの多くは「新日本文学」でおおいに論を展開していたようですが、「列島
昨日の通勤時間帯での新宿はかなり「密」でした。あれ?緊急事態宣言って終わったのだっけ?と思ってしまうほど「コロナ前的」人手でした。これは・・・、数週後にはかなりやばいんじゃないか?と思いました。“オリンピック絶対やるからとか、五輪会場には児童生徒を大量動員するから(学徒動員?)とか、ワクチン大量摂取しているから大丈夫”とかの、政府/JOCサイド/協賛企業(ここが一番問題かもしれない)の「五輪だけは別」の姿勢が、なんとなく「では私たちもそれなりに、自由勝手に動きますよ」という「街の気持
「列島詩人」として、その中心に居続けて詩を作り続けたのは、関根弘です。「列島」は戦後日本の左翼文化運動における「党」/「前衛」の方向性を指し示すものとして登場しました。野間宏、壺井繁治、小野十三郎、木島始、安東次男、菅原克己・・・・、戦前に「転向」したり「沈黙」した文化活動家たちが「列島」に集まり、そして「前衛」たる存在をめざしました。『「列島」詩集は、「荒地詩集」が戦後の内なる叫びであるのに比べずいぶんと政治的でした。』日本の「戦後詩」を語るとき、「荒地詩集」とともに欠かせない
「列島詩集」第7号は1954(1954年年1月に発行されています(この号だけ、通し番号ではない「1月号」とされています。心機一転という気持ちがこもっている?)。7号は「詩とはなにか」の特集で、目次(下の写真)にあるように関根弘による長~い「詩とはなにか」という巻頭"論文"があり、それを受けるように「詩の言葉について」(壺井繁治、黒田三郎、岡本潤、大江満雄)があり、その特集を挟んで「風刺詩集」「農民詩集」「労働詩集」「オルグ詩集」「社会詩集」というように分類化た「列島詩人」の作品が掲載
「列島詩集」を読み続けています。正直言って、「列島詩集」は「詩の雑誌」としては、まったく面白くありません。だからか、「荒地詩集」と並び語られることが多い「戦後詩」の代表格とされるのに、Web上の情報はほとんど無く、いまでは忘れ去れつつある「列島」。そんな「列島」をブログで取り上げても、カウントはまったく上がりません。寂しい限りです。語られない、忘れられつつある大きな理由の一つは「(現在読んだときの)つまらなさ」ですが、もう一つは「列島」に参加した詩人たちが、「列島」を語らないから
大江健三郎の『万延元年のフットボール』(1967年)を読了しました。著者の代表作の一つで、ノーベル文学賞の受賞理由ともされる名作です。大学時代に読んだものを、長い時を経ての再読。万延元年(1860年)、四国の森の中の寒村から発生し城下町まで迫った百姓一揆の首謀者の兄を曾祖父とする、蜜三郎(=「蜜」)と鷹四(=「鷹」)の兄弟。「蜜」は親友の奇怪な自死と、脳に障害のある息子の誕生によって、妻とともに絶望の中にいる。そこに、安保闘争に敗れアメリカを放浪した「鷹」が帰国して、「蜜」と妻に四国
【砂丘へ昆虫採集に出かけた男が、砂穴の底に埋もれていく一軒家に閉じ込められる。考えつく限りの方法で脱出を試みる男。家を守るために、男を穴の中にひきとめておこうとする女。そして、穴の上から男の逃亡を妨害し、二人の生活を眺める部落の人々。ドキュメンタルな手法、サスペンスあふれる展開のなかに、人間存在の象徴的な姿を追求した書き下ろし長編。20数ヶ国語に翻訳された名作。(「BOOK」データベースより)】世界的に有名な名作ですが今回はじめて読みました。学校の教師である主人公の男は休日を利用して趣味
本日は書籍紹介をいたします。今回取り上げるのはこちら、埴谷雄高『埴谷雄高全集第三巻死靈』講談社、1998年埴谷雄高の代表作『死靈』は、戦後すぐにまず『近代文学』に発表され、その後1995年に第九章が『群像』に掲載されるまで書き継がれ、単行本もいろいろな形で出版されていますが、未定稿まで含めて第一章から最後までをまとめ、一冊にした決定版『死靈』とも言えるのが本書です。これは戦後日本文学を代表する観念的・形而上的小説であると同時に、なかなか類を見ないくらいの奇書でもあると評せ
本日は書籍紹介をいたします。今回取り上げるのはこちら、大西巨人『神聖喜劇』光文社文庫、2002年戦後日本文学の金字塔のひとつとも評される大作『神聖喜劇』も、本書が五分冊の最終巻、いよいよフィナーレを迎えることになります。銃剣の鞘のすり替え問題をめぐるゴタゴタはひとまず決着するのですが、その後も「模擬死刑」事件であったり、物語の最初から主人公・東堂太郎が意識し、確執を繰り返してきた大前田軍曹が引き起こす騒動など、さまざまな出来事に彩られつつ、東堂は新兵としての教育時代を
本日は書籍紹介をいたします。前回の続きで今回はこちら、大西巨人『神聖喜劇第二巻』光文社文庫、2002年戦後文学の最高傑作のひとつとも称される巨編『神聖喜劇』、本書は文庫本五分冊の第二巻となります。補充兵として召集を受け、対馬で教育を受けることになった主人公・東堂太郎の内務班生活も、いよいよ佳境に入っていくことになります。軍隊独特の奇妙な思考法や言葉遣い、そこで出会われる同輩の新兵や上官たちに対する東堂の思弁的な観察は相変わらずで、軍隊的なものの実態について微に入り細に入り論理
宮本正人の「ゆめネットみえ通信」「差別と抑圧に対して芸術は武器になりうるか」への応答はじめまして、三重県松阪市に住んでいる宮本正人と言います。私は、1979年から今日に至るまで、人権運動と何らかの形で関わってきましたが、この「ゆめネットみえ通信」の「ゆめネットみえ」というのは、1996年11月に松阪市で私たちが立ち上げた人権NPOの名前です。(なお、私の詳しい「歩み」については、宮本正人『未来へつなぐ解放運動絶望から再生への〈光芒のきざし〉』明石書店に書いています。)さて、二年ほど前
さて、帰宅してしまう前に、書いてしまわなくちゃ。⭐芥正彦さんVS三島由紀夫さん冒頭に続く時代を語る様々を見ながら、その時に十歳だった自分を思いました。ニュースの意味は遠かった。そして、この論争にも、そのとき何歳だったのか、そのとき何を経験したのかを重ねている自分がおりました。映画から台詞をうろ覚えに引用はまことに非礼なのですが、芥正彦さんが三島由紀夫さんとの共通項として〝敵〟を上げておられました。〝曖昧で猥褻な日本〟ああ、と思いました。それを幾つかの戦後
開戦、そして敗戦。印象的と言いますより、昭和にあった転換点としましてはもっとも大きいものと思います。そして、学生運動とその最後あさま山荘事件。これは印象に残っております。合わせて三島由紀夫自決。次の転換点のように思います。それもございまして、この自粛期間で拝見できず残念に思っていますのは、映画「東大全共闘VS三島由紀夫五十年目の真実」でございます。戦後の一面がそこに見える気がしております。三島由紀夫、作品は女子高時代に新潮文庫でコンプリートしました。少年愛全盛期
「るろうに剣心展」2021年に延期、新型コロナ影響でニコニコニュース【女子旅プレス=2020/04/10】10日、漫画『るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-』(著:和月伸宏)初の大規模作品展「25周年記念るろうに剣心展」が、新型コロナ...疫病の退散願い境内に「茅の輪」特別に設置京都八坂神社NHKNEWSWEB夏以外の季節に設けられたのはコレラが流行した明治時代以来、143年ぶりです。続きを読む.疫病の退散を願う大きな輪「茅の輪」は、かやを束ねて作られた...明