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4月21日東京博物館にて撮影ヤマザクラ・・・かな❓トマトの花―句集Amazon(アマゾン)1,415〜7,018円後れ馳せながら、句集「トマトの花」を読みました。真っ赤なトマトを思わせる表紙カバーの色。イラストは、トマトとトマトの花とその萼でしょうか。表紙はカバーより少しオレンジがかった色で、とてもおしゃれな装丁です。高野ムツオさんと「童子」主宰の辻桃子先生が栞文を寄せています。帯には「若き女性主宰」と謳われているし、桃子先生も「まだ若い一子さん」といろいろなところに書か
鴇田智哉『エレメンツ』素粒社1700円+税①生えている句数か月前ツイッター上でバズった動画がある。娘の「小川がキラキラしていることを讃えるダンス(多分)」がすごく尊いので良かったら見てください。pic.twitter.com/kJ3xlRN2gi—だいふく(@ydaifukuchan)March17,2020小さな女の子が小川のきらきらに合わせダンスをしているように見える。なんだか「表現すること」の原点を見るようでもあり、また、この子自身の存在がもう「草
寒来暑往秋収冬蔵(かんらいしょおうしゅうしゅうとうぞう)〜花鳥諷詠に馴らされて来ると人はどういう人生観を抱くようになるか。「この世をあるがままに見て、安んじて行く」「在るがままにあると観じて、自然と共に居る」(在るが如く在るということは)「あきらめ」に似てゐますが「あきらめ」は消極的である。諷詠するのは讃美の意味であって積極的である。」「春夏秋冬のもろもろの現象を諷詠してゆくと云ふ事に馴らされて居りますといふと、それが人生に対しても何時の間にか知らず識らず同
結社を継いで一番大変だったこと―。一番若い自分がどうやって結社をひっぱってゆくか?句会での全句講評?毎月の選句?毎月の編集作業?毎月の校正作業?印刷所の締切?各種執筆?いえ、一番大変だったこと、それは―。「会費振込の為の郵便振替口座の開設!!」これにつきます。そんなこと!と笑わないで下さい。もう思い出したくないほど(笑)何度、郵便局に通ったかわかりません。最寄りのT郵便局の局員さん、局長さん…。あまりに私が何度も来るものだから、
霜の墓抱き起こされし時見たり石田波郷抱き起されたのは墓?それとも波郷?いろいろ物議を醸した俳句ですが。「文意が明瞭な文章は、互いに関係し合う語は密着しておかれねばなりませんから「抱き起こされる」は当然に墓になります。「作者が抱き起され、その時墓を見た」というのが真意でしたが、文章の上から、また事実の上から甚だしい無理があることは言うまでもありません。墓という目的語と動詞見るの間に、突然に一つの大きな文章が挟まったので、読者を混乱させます」。「「俳句を読み馴れてい
閨怨のまなじり幽し野火の月飯田蛇笏(けいえんのまなじりくらしのびのつき)※閨怨(けいえん)夫に捨てらた妻が、ひとりねの寂しさをうらむこと。(広辞苑)上五中七「閨怨のまなじり幽し」で「言いたいことは尽きている。作りものの弊害」「一方、句を文学的に詠もうとしてもこうした弊」「現代俳句の模索時代」(※今だに模索は続いていますね、笑)「季題の自然としての実感ではない」「季語は象徴的意味合い」(以上安東次男)かりがねに乳はる酒肆の婢ありけり蛇笏(かりがねに
鈴の音のかすかにひびく日傘かな飯田蛇笏白菊のしづくつめたし花鋏〃明治37年以前、と前書き。115年以上も前の句。令和になった今でも、同じような句がたくさん。同じ句材を用いたからといって蛇笏になれるわけではありません。みなさんの大好きな「何でも鑑定団」偽物、贋作と分かった時、それを持っていた人も残念だし、恥ずかしい。けれど俳句は意図的に「偽物を作ろう」として作る人はあまりいないように思います。先行句がうっすら頭
③藤田湘子の一日十句「藤田湘子は定年後三年間、一日も休むことなく十句作った」「それを全部「鷹」に発表した」―「滝」の創刊主宰である私の父、菅原鬨也にそれを聞かされた時の衝撃。初学の私にとって「一日十句」とはなんとも恐ろし気で気の遠くなる「荒行」としか思えない行為でした。湘子の第一句集『途上』をまずはノートに全部書き写すこと、湘子の句集を少しずつでもいいから全部に目を通すこと、それが私が父から命じられた初学の第一歩の勉強法でした。書き写すのも目を通すのも
(〜その①からつづき)②小川軽舟『朝晩』小川軽舟先生の著作は大変読みやすくわかりやすいので、初学の方にもよくお薦めしています。先生の新しい句集が届きました。おだやかな日常詠、身辺詠が特徴的な句集です。行秋や漱ぎてにほふ歯磨粉しぐるるや近所の人ではやる店季語以外の部分は「あるある」の共感性がありますが「季語」の斡旋のうまさで普遍的価値を獲得することに成功しています。歯を磨いている時には気づかなかった歯磨粉の匂い。漱いだ瞬間に鼻腔に広がるすーっとした感覚。そこに過
①「楽しむのが第一、添削しないで」「農作業の合間に仲間三人で俳句を楽しんでいます。私は俳句が上手くなりたいという気持ちが実はあまりなくて、この三人の中で楽しめればいい、この人たちだけにわかってもらえばいいという感じ。楽しむことが第一なので、あまり添削してもらわなくていいです」私は現在、結社の主宰の仕事のかたわら、通信講座やカルチャーセンターなどで主に初心者の方を対象に、俳句の指導や添削を行っています。冒頭は初対面のある女性からいきなり伝えられたことばなのですが、
菅原鬨也前主宰が「俳句をやる意義」として四番目に掲げた「自己再発見」という項目に関して今回は触れたいと思います。〈俳句を作ろうとこちらの心がはたらけば、それまで見ていた空、花、鳥のすべての様相が違って見え、自分でも意識しなかった自分の「ものの見方」を知ることとなる。それはとりもなおさず「自己再発見」というべきものであり、「自分とは何ものか」という人生の大きな問いへの答えに一歩近づくことになるのだ〉というこの見解は俳句にかかわる人々に大きな希望をもたせるものであるように思います。〈今
①人はどうして詩を書くかあなたはどうして俳句を作るのですか。そう尋ねたら、百人に百通りの回答があるように思います。日々の出来事を日記のようにつづる事で、生きの証を残したい。もともと本を読んだり文章を書くことが好きだった。小説を書いてみたいけれどとても難しくて。俳句なら手っ取り早く始められそう。あるいは脳トレ、言葉は悪いですがいわゆる「ボケ防止」のために。答えはひとつではないし、「正答」を求めるものではないので実に様々あって良いと思います。理由はいろいろあれど、