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その日のまえに某日のことだ。「ブックオフ」へ古本を持ち込んで、査定待ちをしている間、文学書コーナーへ足を運んで、書棚を眺めていたら、ある単行本に、はたと目が止まり手に取った。「その日のまえに」著者、重松清と言う名は知らなかった。目次を見ると、短編小説が七編収録されている。最後の三編に目が吸い寄せられる。「その日の前に」「その日」「その日のあとで」表題だけで、死を迎える人の、死の前後が三部作として描かれていることは、想像に難くない。その発想に、やけに興味が湧く
最近耳にしなかった日本の歌謡曲の格言「歌は世につれ、世は歌につれ」♫お父さんが小中学生の頃、TV歌謡番組の司会者、玉置宏さんの名セリフでした(笑)今日は「終戦の日」でもあるので、太平洋戦争前後の曲をご紹介させて頂きます(^^♪我が家で、音楽ボランティア用に利用している歌本『昭和思い出の歌』(野ばら社)この本の良いところは、目次が「50音順」だけでなく、「年度ごと」に表示されていることです(^^♪これらの曲の中で、戦地で歌を披露する慰問団が人気を
北帰行旧制旅順高等学校愛唱歌(5番まで)成立昭和16年作詞者、作曲者宇田博旅順高等学校1回生(1922ー1995,8/5)-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be北帰行(Wikipediaから一部抜粋)作詞、作曲の宇田博は、旧制一高の受験に失敗し、建国大学余科(満州国南京)に入学半年で退学になり、開港したばかりの旅順高
昨日の朝、義兄が旅立ちました。僕の姉の旦那さんです。一昨日、僕のブログをみた姉が。珍しく12月8日は、亡き父母の結婚記念日だねというLINEを送ってくれました。小椋佳の生前葬コンサートや僕のブログにコメントをくれて、義兄も小椋佳さんと同じ年だからかもしれませんが、少しの間珍しくチャットをしていました。思えば、姉に予感があったのだと今は思えます。義兄を偲んで僕たちの父は、教員でした。母の兄弟は、商売人ばかりでした。唯一のサラリーマンとして就職する僕の相談相手は、義兄でした。サラリ
ご訪問誠にありがとうございます。「楓坂四駒堂」耄碌妄想日記木曜版No.183でおます。当ブログは日・木曜日午前0時むっちりと…違うか!週2回更新しております。二兎の除霊師たまには新しめの漫画の話をします。「週刊ヤングジャンプ」本日(11月14日)発売の50号を以って「推しの子(赤坂アカ×横槍メンゴ)」が完結。実績のあるコンビとは言え最初読んだ時はこれほどのヒットになるとは…!入れ替わるように先月末から始まったのが「二兎の除霊師
平穏。とりたてて、することもない。陽だまりの中に、村が眠ってる。思い出、その情景の断片が意味もなく、老人の脳裏を過っていく。流れゆく記憶イメージの断片、どうでもいいことなのに、結構仕込んでいたのかもなぁ・・・。老い先短い老人を弄ぶ、この記憶映像の断片に酔い痴れていると、苦楽を共にした級友から電話が掛かってきた。「つもらんのォ~」思い通りにならない老境、そのぼやきである。お互いが体験した思い出の共通項を引き出して、記憶の七並べでもしてみようかと思ったが、根暗。老人
詩遠き別れにたえかねてこの高殿に登るかな悲しむなかれ我が友よ旅の衣をととのえよ別れといえば昔よりこの人の世の常なるを流るる水を眺むれば夢恥かしき涙かな君がさやけき瞳のいろも君紅の唇も君が緑の黒髪もまたいつか見んこの別れ詩の意味と考察1連遠くなるだろう別れがあまりに辛くて耐えかねて、高いところにのぼってきてしまった…でも、悲しむことはない、旅の準備を整えなさい。高殿とは、大きな御殿とか2階以上の建物とかいう意味なので、ひとまず高い
私は、お金持ちを、羨ましいと思わない頭のいい人も、イケメンも羨ましいと思わないそんな開き直りの人生に、何の不満もないが、ピアノを弾ける人は、羨ましい・・・私はド音痴、当然楽器が弾けません。楽しそうにピアノを弾く人が好きです。あるピアノ教師のブログをフォローしています。NHKの『街角ピアノ』が好きです。5/4、街角ピアノスペシャル~ハラミちゃん・ロンドンを行く~ハラミちゃんの笑顔が、輝いていました。と言っても、ハラミちゃんを、チャンと見たのは、この番組が初めてです。
2024,4,18(木)リバレインの出勤日でしたルーティン業務を終わらせて向かった先は高校同窓会福岡支部会長の事務所総会翌日のツアーイベントについて行程と役割分担の打合せ参加者が集まるといいのだが昼食は和さびのチキン南蛮弁当今どきに750円はありがたい12時を過ぎると席待ちの列ついつい早食いになってしまいますでも、美味しく味わえました少し足りないくらいが腹八分で丁度いいのかも夕方からは大学学員会北九州支部の例会でした初めて参加します会場は観山荘本館昭和の料
ヘタレエンジェルス見直した!最後の最後に、、、漢らしい、、素晴らしいコメント!ごめんね!モレノさん、、散々悪口、悪態ついて、、このコメントは再度言うけど、、漢らしい!でも、これ言わせたのは更に、漢の中の漢!SHOHEI大谷翔平の別れの言葉やけどね、うっしっしっ!「THANKYOUSHOHEI」古巣エンゼルスが大谷翔平に異例の惜別声明「6年間、とても幸せでした」(デイリースポーツ)-Yahoo!ニュースドジャ
末期癌の同級生の死から、もう1年。(先月が一周忌でしたが)今年もこの時期にその面影を思い出す。そして、この島崎藤村の「惜別の歌」も。遠き別れに堪えかねてこの高殿に昇るかな悲しむなかれ我が友よ旅の衣を整えよ思えば、癌が分かった頃から、しきりに同窓会をしたい事を強く言ってたけど、生憎コロナの影響で開催されず仕舞いで、80歳の恩師の顔も見ずに逝ってしまった。抗がん剤の影響で、体の不調が続く時でも、出会えばいつも笑っていたその姿は今も目に焼き付いている。葬儀は、家族葬
お断り:この記事について見直したところ、長すぎたと思い、前編と後編に分けましたのでご了承ください。●基本的な髪の色天然に見られる髪の色には、基本として写真左より、黒髪、栗毛、金髪、赤毛があり、その人の出身である民族に由来する。そして、その色味の元になるメラニン色素にはユーメラニン(黒褐色素)と、フェオメラニン(赤黄色素)の二種類があり、その総毛やバランスによって髪の毛の濃淡が決まる。なお、メラニンの無いのが白髪である。●黒髪自分の髪と同じ黒髪は、北欧の民族、特にスカンディナヴ
惜別の歌作:島村藤村カーキ色の綿のザックを背負って出掛ける人は皆カニ族と呼んだいつも使うザックは雨の匂いも草の匂いも汗のにおいも全てが入り混じって男の匂いがした綿のストライプ柄の長袖を着てジーンズにキャラバンシューズ首にはバンダナを撒き頭にかぶるのは麦藁帽をカーボーイハット風にすれ違う旅人にはコンニチハと挨拶するただそれだけ長い一本道を歩く蝉がうるさいように鳴いている今日の泊りは久し振りにユースホステ
この間、中学校時代の先生方のことを書いたが、今日、数学を教えてくださった男性の先生が亡くなったことを知った当時30代前半今その年齢の人を見てもまるで若い(長男より若いよ)が中学生だった私にはとても大人に見えたその先生の数学の時間はとても楽しくておかげで数学が好きになった(その頃は、だけど(^_^;))担任ではなかったがとても印象に残っている自分の教育実習中になぜか急に先生のことが懐かしくなり、手紙を書いたそれ以来年賀状だけはやり取りしていたその先生の結婚のいきさつについてについ
日本の夏、、、キンチョールちゃうよ、、暑すぎて蚊も木陰で夏眠蝉も鳴かぬ再度、日本の夏広島長崎原爆、、お盆、、終戦記念日そして、、お彼岸と、、、お別れ、惜別の追憶が甦る、、、それぞれに!それぞれのシーンで!まさに!口惜しい別れが!お盆、亡き人々をお迎えする静かに、、島崎藤村を吟じよう、、高楼わかれゆくひとををしむとこよひよりとほきゆめちにわれやまとはん案内人は大
短編小説:惜別の歌はじめに:こんばんわ。ミッツマングローブです。今回こちらのブロガーさんが英国のマンチェスターに出張しているので、私がお留守番を承っています。私の大好きな藤村の詩による抒情歌謡ということで、躊躇なくお引き受けした次第です。こちらのブロガーさん、藤村の初恋をもとにした記事を載せられていました。夏帆ちゃんとディーンフジオカさんによるドラマも計画されているとのこと。ぜひ私も出演したいわ。ふだんは、ビートルズやストーンズの熱狂的なファンで、その関
https://youtu.be/Cw0Gpv_kgWY惜別の歌小林旭
百日草のことです。なんにしても書き留めておくことだと思いました。「4月22日、百日草を蒔く」とカレンダーに書いていました。ゴールデンウイーク中に蒔いたと記憶していましたが、それ以前に蒔いていたのでした。それから約二ヵ月がたって、こんなに育ちました。今朝の百日草です。百日草、実をいうと、そんなに好きな花ではありませんでした。じゃなぜ蒔いたのかといえば、仏前にお供えするために。でも育ってみるととってもかわいいのです。で、俳句にはどう詠まれているの
今晩は、せっこくです。昨日の雨は朝には止んでいました。今日はあまり気温が上がらず少肌寒かった。さて今日の「昭和の歌謡曲」は小林旭さんで『惜別の歌』を聴いてもらいます。『惜別の歌』は島崎藤村の詩。若草集中の高楼。戦時中、中央大学から戦地に赴く学友を送り出す歌として「姉」を「友」に代えて歌われた。曲は藤江英輔が作曲しました。この曲は今回で3回になりますが私の好きな曲で何度聴いても飽きません。小林旭さんの曲は3番までで藤村の詩では4番まであります。最後
『4月2日㈯開場13時、開演13時半から✨』ご来場、心よりお待ち申し上げております💛今回は、かねてからのご要望にお応えし、「島崎藤村先生」のお話を中心に、「旅情」をテーマにお届け致します🎵人生には様々な「旅」があり、そこにはそれぞれの「想い」があります。島崎藤村先生の人生の旅、惜別の歌に描かれた旅、椰子の實の旅、そして、旅情と「初恋」繋がりで、森繁久彌さんの「しれとこ旅情」の物語を紐解かせて頂きます。貴重音源と共に、穏やかに、心が温かくなる・・・そんな会🎵をお楽しみ
なんでだかわからないけど今日のおススメ動画にあった曲御三家と呼ばれた彼と橋幸夫さん、そして西郷輝彦さんつい先日、オーストラリアから訃報が届いたと聞いた(オーストラリアといえばウルル行ってみたい)同じ時代を生きた彼らはほとんど個人交流もなく亡くなってから「一度一緒に飲みたかった」なんて…ちょっと悲しいコメントがあったらしい😭学生時代の終わりごろ、クラブでバイトをしていた時にその方の元奥様が来店されたことがあったなぜかぼくが彼女の前で歌を歌うことになりある曲を歌いだしたら急に
備忘録(2021年8月12日)随時更新・永遠に工事中★★自民党の自宅療養主義で日本滅亡!?特ダネ!厚生労働省内部文書暴露。病床逼迫は嘘。菅首相と田村厚労大臣が隠す、実は公的な病院のコロナ受入は殆ど進んでいないという事実。元朝日新聞記者ジャーナリスト佐藤章さんと一月万冊清水有高125,600回視聴2021/08/08に公開済み★★デモクラシータイムス【児玉龍彦×金子勝新型コロナと闘う】感染爆発!大事なのは診断と治療【児玉龍彦×金子勝新型コロナと闘う】2021080
こんにちは。今日は朝早く起きって市民病院に紹介状をもって、親知らずを診てもらいに行ってきました。随分深い所にあり部分の麻酔ではダメらしく全身麻酔で、両方の親知らずを抜歯することに。予定がいっぱいで、8月5日に麻酔科の診療をそして手術は8月30日に手術前日に入院31日に退院の予約をしてきた。偉く大事じゃん‼それまでまた何回か消毒に行かないと…さて今日は久しぶりに「昭和の歌謡曲」小林旭さんで「惜別の歌」それではお聴きください。小林旭
激励(げきれい)誰かを励ましたい、誰かに元気を出して欲しいといった感情は、どこから出てくるのでしょうか。何か期するところがあって新天地に赴く、あるいはリタイアをして悠々自適の生活に入る等、何かの区切りの時に、激励(げきれい)の会が開かれることがあります。激(げき)という文字には、激しくうちあたる、きびしい、感情を激しく動かす等の意味があります。また、励(れい)の文字は、力を振り絞ってはげむ、励ます等の意味があります。すなわち、激励(げきれい)とは、相手の心に響くくらいに
車を買い換えることになりました。中古車ですけど。お金使うなら、他に使いたいんですが、チケットとか旅行とかチケットとか……でも、もうポンコツなので、もう一回車検通すのもね、ってことで。手続きが済んだので10日ほどで今の車とお別れです。たとえボロボロの車でも、やはり別れがたいものがあります。そんなわけで、愛しのマイカーに惜別の歌を捧げたいと思います。金子由香利さん風の、シャンソンの雰囲気でお読み下さい。さよならお別れだね初めて微笑みを交わしたあの日からこの日を
2月18日(木)❄☁-1→4℃正に三寒四温日本海側の大雪予報に触れて、ついつい思い出し投稿、…雪国なればこそ長い冬に耐え、そして春を待つ気持ちは一際強いものがあると察するに、その「春を運ぶな」と、雪の海に願う乙女の淡き恋心、岡林信康「春を運ぶな雪の海」、かなり前の曲ですが今も心に残ってますね、…🎵1)今朝は目覚めたなんだか早く・・、で始まり、2)冬はいつでも雪解けを指折りながら待ったけど桜咲く頃村を出るあなた思えば春待てぬ、5)あなた連れてく春よりもふたりで逢える冬でい
12月17日(木)☀☁0→6℃今朝も積雪あり島崎藤村…*まだあげ初めし前髪の*、で始まる「初恋」や、*遠き別れに耐えかねて*、で始まる「惜別の歌」に「椰子の実」など、最近改めて彼の詩に触れております、↓中山道馬籠宿「藤村記念館」、久し振りに訪ねて来ました、…↓ここ藤村記念館は馬籠宿の旧本陣跡、そして彼の生家でもありますね、…貴重な資料が展示してありますが、館内展示物は撮影禁止のお達しあり、…建物の外観のみの紹介になりますが、…藤村の若かりし頃の生活が偲ばれます、どうぞご覧下さい、
2020.10.19嶋田功さんが亡くなったあのハイセイコーが初めて負けた時のタケホープに乗っていたのが嶋田功さん牝馬の帝王と呼ばれ950勝を越える名騎手事故がなければ一千勝は固いと言われた私はいつもタケホープから買っていた2着はイチフジイサミだった私はそれを獲った後日私は代々木と汐留の新店舗を立ち上げる為に茅場町に見習いに入ったそこで半年間毎朝嶋田功さんに会った長年の習性からご飯は100gに指定カレーのルーが大好きだった余りにも偉大な人だったから気安く話しかけられな
母がよく歌っていた歌金木犀の香りと共にふと母の歌声がよみがえりました。里の秋里の秋Youtube~里の秋~倍賞千恵子里の秋うた:倍賞千恵子作詞:斎藤信夫作曲:海沼実この歌がはじめて放送で発表されたのは終戦の年、1945(昭和20)年12月24日です。当日の午後1時、南方で戦っていた兵士を乗せた引き揚げ船の第一便の浦賀港入港を迎えるため、NHKがラジオ番組、「外地引揚同胞激励の午后」という特別番組を放送すると...youtu.be惜別の歌惜別の歌Youtube惜
小林旭-惜別の歌