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西はマラッカから、東は日本、北はそうですね、朝鮮半島から、南はフィリピン南部、およそこの辺りを私は海賊海域と呼んでいます。一言で言うなら、倭寇の大乱に関与している海域ということです。前回は、南米を回ってマゼラン海峡を踏破したマゼランが、帰り道で立ち寄ったフィリピンで討ち取られてしまい、残念ながら本国に生きて変えることが出来なかったというところまで書きました。海賊海域の武力的な恐ろしさを世界的に知らしめた一件と言っても良いでしょう。マゼランの蹉跌の後、最初に世界一周を成し遂げたの
皆様、おはようございます。今日は岡寺・壷阪寺旅行から、岡寺(龍蓋池他)編をお送りします。本堂の南東には岡寺を創建した義淵僧正が、飛鳥の地を荒らしていた悪龍を法力で封じ込めたと伝わる龍蓋池があります。現在は龍ではなく、魚達がすいすいと泳いでいます。そこから境内東側の山に上がって行くと、弥勒菩薩を祀る奥之院石窟堂があります。その後は両脇にシャクナゲが植わっている山道(花の時期は終わっていますが)を西へと進みましたが、途中写真のようなキノコが生えていました。
今年は、スペイン風邪大流行から100年目。さらに・・・ヨーロッパでのペスト(黒死病)大流行から【660】年目でもあります。(イタリアシチリア島から伝わり北部で発症したのがその10年前で、ヨーロッパ全域に行き渡ったのは10年後)歴史家が提唱し定説となっているのが・・「黒死病」は中国の雲南省地方に侵攻したモンゴル軍が、ペスト菌を媒介するノミと感染したネズミを通じてヨーロッパまでもたらした[13]。当時ユーラシアの一大勢力を築いていたモンゴル帝国ではチンギス・ハーン末裔の諸家どうしの権力抗争
平家物語の中で、最強の武士として登場するのが、鎮西八郎為朝です。いかにも平安時代的な豪傑で、武将と言うよりも金太郎などに近い、怪童の類として登場します。いまだ童子の十数歳であるにも変わらず、すでに身長は七尺を越して怪力を誇ったと言う伝説の人物で、いたずらが過ぎて家族に迷惑をかけていたというから、スサノオの命の直系の人物だと言えましょう。いたずらが過ぎたあまりに西に放逐となるというのも日本神話を下敷きにした物語構造を観ることができます。とはいえ、このいたずらというのもすさまじく。
岡寺『☆西国三十三所巡礼の旅☆第七番・岡寺②悪龍を封じ込めた池と龍玉』岡寺『☆西国三十三所巡礼の旅☆第七番札所・龍蓋寺(りゅうがいじ・岡寺)①三大仏のひとつです』東光山真珠院龍蓋寺(岡寺)真言宗豊山派ご本尊/如意輪観世音菩薩…ameblo.jp写真が続きます。開基・義淵僧正の廟所です。開山してくださったおかげでお参りができます、と合掌させて頂きました。お大師さま後幼少期のお姿の稚児大師さまです。福々しい大師堂の前にいらっしゃいますこちらは修行大師さまの足元なのですが、
岡寺『☆西国三十三所巡礼の旅☆第七番札所・龍蓋寺(りゅうがいじ・岡寺)①三大仏のひとつです』東光山真珠院龍蓋寺(岡寺)真言宗豊山派ご本尊/如意輪観世音菩薩開基/義淵僧正塑像(土でつくられた像)としては日本で一番古いものです。弘法大師の作と伝えられてい…ameblo.jp写真が続きます。龍玉(願い珠)がたくさんかかっています。中に願い事を書いた紙を入れるそうです♪みなさんの願い、叶うといいですね龍蓋寺の始まりを表した石版これがその悪龍を封じ込めてあるという龍蓋池十三重石塔こ
東光山真珠院龍蓋寺(岡寺)真言宗豊山派ご本尊/如意輪観世音菩薩開基/義淵僧正塑像(土でつくられた像)としては日本で一番古いものです。弘法大師の作と伝えられています。写真の代わりにポスターで三大仏のひとつでもあります。三大仏とは”銅像”の東大寺毘盧遮那仏(奈良の大仏)”木像”の長谷寺御本尊十一面観世音菩薩”塑像”の岡寺御本尊如意輪観音菩薩です。坂を登ります。見えてきました朱塗りの仁王門です。腰のラインが素敵です手水階段を登ります。梵鐘岡寺は明日香
この時期だけど、ドラクエのお土産ゲットに、今年初の遠出をしました。金閣寺だけ、車からというわけにいかずに入場。前に行ったのは、20代の時だと思う。初めて見た金閣寺は、金です!金であります!と、言わんがばかりに、神々しくて、ほんまに「金」閣寺なんや~と感動したものでした。息子は初めてなので、どんな反応かと思いきや、淡々としてました。パパの子やな。普段がどんなのか知りませんが、人出は普通のお寺並み。平日だしね。関西のおばちゃんに負けじと(?)大きな声で話すので目立つ、中国の方々を
今日の龍神カードは悪龍の正位置◆大意恐怖◆意味空しさ何をしてもつまらない、意味がないと感じてしまうかも。意味がないことは起こらないですし、必ず意味は存在します。違う見方、違う視点で今、起きていることを考えてみて。
いつも読みに来て下さって、ありがとうございます。今日は、桜井識子さんのリブログです。不動明王の炎は、煩悩や災厄を焼き払うという風に認識していましたが、まさか、迦楼羅という鳥が正体だったとは!!だから、不動明王は酉年の守護神だったのか~!!と、昨夜、びっくりして、ホクホクしてました。いやあ~私は知りませんでしたよ~。私がチャネリングの学びを始めた時に、今もさほど興味があるとは言えないエジプトのイメージが湧き、貧祖な皇子が浮かんできて、同時にイメージで火の鳥か鳳凰かが表れて、それ
『イラガ』って知ってます?昨日植木切ってたら、手首がチクチクするので見たら、そのイラガの幼虫が三匹くっついてたんです。とっさに反対の手で払い落としたのがいけなかったのでしょう。刺されましたよ。噂には聞いてましたけど痛い。のたうち回るほどではありませんがら、別名電気虫と言われるだけのことはあります。こんなこと起こると、山とかで薮とか熊笹とか漕ぐの躊躇していましますよ。ま、その頃には忘れて突入するんでしょうけどね。さて、延喜式神名帳河内国の式内社に向かいますが、目的地はとりあえず龍泉
智恩寺に立ち寄りました。京都市内に知恩院がありますが、全く違うので注意。智恩寺日本三文殊のひとつ。通称切戸(又は九世戸)の文殊堂。文殊菩薩の霊場となります。こちらの山門は、黄金閣とも呼ばれる市の指定文化財。楼上に釈迦如来を中央に両脇士・十六羅漢を安置する、禅宗様式・三間三戸二重門の丹後地方最大の山門だそうですよ。すぐ目の前が海のだからかな??智恵を授かる文殊さんとして有名なので、受験シーズンは合格祈願で参拝する方も多いそう。三人寄れば文殊の知恵は、ココからきてます。九世戸
こんにちは、tenです。アメブロ投稿、113日目です。そしたら、今日は、何の日?7月24日は、日本初の国定公園、(琵琶湖国定公園)誕生の日、『祇園祭』山鉾巡行(京都市)、宮津市で天橋立『文殊堂出船祭』、定期闘牛大会和霊大祭場所、芥川龍之介の忌日で河童忌(龍之介忌)、谷崎潤一郎生誕の日、劇画雑誌『ガロ』を創刊した劇画の日、地蔵盆・地蔵会(地域によっては8月24日)になっています。『日本初の国定公園(琵琶湖国定公園)誕生』昭和25年7月24日、日本初の国定公園として、琵
何年かぶりで(ノ_<。)仕舞のお稽古をして頂きましたこの16日の京の会で舞わせて頂きます「玉取海女」の元となった能『海士』の玉ノ段です海女はお姫様でもお妃様でもなく市井の女性なので声もあまり高く女らしくしすぎずにその中で一人の女性の極限の状況を表現するのは舞も仕舞も私には非常に難しい事に変わりはありませんが(;^ω^)歌詞は地歌でもほとんどそのまま使われておりますので改めて意味を説明して頂き勉強になりましたその時人人力を添え。引きあげ給えと約束し。一つの利剣を.ぬきも持って。かの海底
岡寺の山号は「東光山」院号は「真珠院」寺号は「龍蓋寺」です。しかし古来より土地の名から「飛鳥の岡にあるお寺」で「岡寺」と親しみをこめて呼ばれており、現在では宗教法人としての名も「龍蓋寺(りゅうがいじ)」ではなくか「岡寺」となっています。「龍蓋寺」という名は、飛鳥の地を荒らし農民を苦しめていた悪龍を、義淵僧正がその法力をもって池の中に封じ込め大きな石で蓋をし改心をさせたことからその名が付いたと伝わっています。その後悪龍は改心し善龍となって今でもこの龍蓋池に眠ると伝わっています。奥の院へ進みます
日本で最初の僧正義淵僧正が開いたお寺で門下には東大寺の基を開いた良弁菩薩と仰がれた行基などの他に奈良時代の名だたる高僧は義淵僧正の教えを受けたと伝わります。さらに龍を鎮めた伝説から日本で最初の厄除け祈願のお寺としても知られています。お参りは生憎の雨でしたがやがて楼門あたりではすっかり止んで境内に進むと龍神さんがいらっしゃって訪問時の雨も吉祥と捉えました。厄除け祈願をして奥の院にお参りをしましたが、洞窟から放たれる強いチカラなんて氣の強い場所なんでしょう山々の豊
天武天皇の皇子で27歳で早世された草壁皇子の住んだ岡の宮を仏教道場に改め、663年義淵(ぎえん)僧正が創建されたとされる。義淵僧正は法相宗の祖であり、その門下には東大寺創建に関わった良弁や行基などがいる。仁王門は約400年前の1612年建立義淵僧正は優れた法力の持ち主でもあった。その頃この寺の近くに農地を荒らす悪龍がいた。義淵僧正はその龍を法力によって小池に封じ込め、大石で蓋をした。この伝説が岡寺の正式名称『龍蓋寺(りゅうがいじ)』の原点になっている。こうした伝説は「災いを取り除く
アシュラ健です。今日から2019年の営業を始めました。昨年も相変わらず、成功と失敗を繰り返しながらの一年を終え、新年を迎えることが出来たのですが、皆さんは笑顔で新年をお迎え出来ましたか?昨年は、アシュラショップに「龍」を2龍もお迎へ出来ました。福井の黒龍神社から黒龍の色紙をそして、年末は、米原市の山下先生から一筆龍🐉龍の氣が渦巻くアシュラショップは、更にパワーアップされました。これらの龍は波動が渦巻く現象を感じ取れますが、それは「絵」として目で見る場合と心で見て感じる場合の二面性があ
昨日は天橋立で出船祭がありました悪龍を善龍にして人々を守護するお祭りです2匹の龍が火を吹いて舞います最後は近くから大きな花火見たらボクたん怖い怖いって逃げるように帰ってきました
インド神話に登場する炎の様に光り輝き熱を発する神鳥。ヴィシュヌのヴァーハナ(神の乗り物)である。仏教において、毒蛇は雨風を起こす悪龍とされ、煩悩の象徴といわれる為、龍(毒蛇)を常食としている迦楼羅天は、毒蛇から人を守り、龍蛇を喰らうように衆生の煩悩(三毒)を喰らう霊鳥として信仰されている。#オーラ#お守り#スピリチュアル#ヒーラー#ヒーリング#ヨーガ#健康#厄払い#厄除け#来世#浄化#無病息災#病気平癒#瞑想#祈祷#除霊#難病治癒#魔除け
西国三十三所第七番札所東光山龍蓋寺りゅうがいじ通称岡寺仁王門岡寺は花の寺としても知られてます今回、巡礼で訪れた時は手水舎の水場に、たくさんお花が浮いていてとっても綺麗でした創建は663年天武天皇の皇子であった草壁皇子が住まいとしていた岡の宮を仏教道場に改め義淵僧正に託してお寺が建立されました。江戸後期に30年かけて造られた立派な本堂龍玉願い珠龍が持つ願いを叶える珠「如意宝珠」になぞらえて紙に書いた願い事を、玉の中に納め蓋をします。境内に
皆さま、一日お疲れ様でしたm(__)m朝は雨が降ってなかったですが、昼頃からは降ったり止んだりの天気でしたね。夕方には、ほとんど降ってなくて運転がしやすかったです。6月18日(月)10時より旧暦5月5日端午の節句「成功の儀」を執り行います。端午の節句」は5月5日にあたり、「菖蒲〔しょうぶ〕の節句」とも言われます。強い香気で厄を祓う菖蒲やよもぎを軒(のき)につるし、また菖蒲湯に入ることで無病息災を願いました。また、「菖蒲」を「尚武〔しょうぶ〕」という言葉にかけて、勇ましい飾りをし
今日は別格の3番のお参りでした。知る人ぞ知る!そうです穴禅定のお寺です。穴禅定とはお大師さんが悪龍を閉じ込めたという、真っ暗闇の洞窟にロウソク1本を持って、穴禅定の先達さんの教え通り、身体を動かさないと通れないという体験をするものです。終えられた方に聞くと、怖かった!えっ(;゜O゜)何故(?_?)こうすると大丈夫とベテランに教えてもらいながら入るのに、怖い?見方を変えれば先達さんを信じてないのか!って話しになりますよね。自分の心に、大丈夫だという気持ちが持てないだ
次は第7番札所東光山/岡寺(龍蓋寺)です。日本最初の厄除け霊場。飛鳥の里の落ち着いたお寺です。ご本尊は如意輪観世音菩薩。開祖「義淵僧正」がこの村の民を苦しめていた龍を法力で池に封じ込め蓋をした事から「龍蓋寺」という名がつけらてと言われています。上記の写真はその池です。
皆様、お久しぶりす。( ̄ー ̄)ノ前回、“色で開運”を書くと申しておりましたが、今年最後の修行の旅に行ってきましたので、今日は、穴禅定について書きます。日本中に、空海こと弘法大師様が修行なさった場所は、沢山ありますが、徳島県の慈眼寺もその1つです。お寺も相当山奥で、こんな所を通るのと思うぐらい、山の中へ進んで行きます。前日11月13日は、慈眼寺から車で約40分ぐらいの所にある月の宿に泊まりました。温泉の大浴場と、お部屋にも外の景色が眺められる檜風呂。お部屋のお風呂は
三人よれば文殊知恵と、言われる文殊様。ここ智恩寺は、切戸の文殊堂と言われる有名なお寺です。日本三文殊のひとつでもあります。天橋立の所にあります。天橋山智恩寺門前町です。沢山の方が、参拝に来られるそうです。知恵をいただこうとか、受験者とか、とにかく、試験に関することならすべて。右が、天橋立、左が、智恩寺さんこの小天橋は、廻旋橋です。山門ですが、黄金閣とも呼ばれる丹後他方最大の山門です。釈迦如来を中央に、両脇士十六羅漢が安置されています。凄く立派な山門ですね。文殊堂扇子
久しぶりの夕日夕日から後ろ振り返れば虹がかかっていました虹の付け根は鐙摺山富士山から龍が飛び出したような雲天を駆け霧を吐き、どこか湖の主かな?江ノ島も、この地を荒らした悪龍の死骸が島になったという伝説があります。なんだろう?オーブ見たいのが浮かんでる。やがて海岸線に火が点り、闇に包まれます。あと2日早ければ、山小屋の明かりが見えるんですけど山小屋閉まってた・・・・山小屋の明かりはこちらの記事にほんブログ村