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日常的スピリチュアル、安田です。悟りの境地というのは人それぞれで違う境地であり自分で悟ったことから価値を生み出すことができます。私たちは自分の境地しか分からないのですが自分の境地から異なる価値を生み出す歩みができるようになるのです。私たちには唯一無二の個性が与えられているので個性を発揮することで価値を生み出すことができるのです。独自の個性でもあるので独自の価値を生み出すことができより大きなことに連結され貢献する歩みができます。今の時代に悟りが必要なのは今の時
こんにちは、しゅんすけです。今日はぐるぐるする理由というお話です。⋯⋯⋯みなさんは考え事をしている時、ぐるぐるした体験はありますか?言い換えると、堂々巡り、というものです。図にしてみるとこんな感じです。堂々巡りになるということは「枠がある」ということです。赤い部分が枠です。枠がある(見たくない何かがある)からこそ、ぐるぐる巡っていくのです。始めは枠に近づいて、自分の枠を超えていこうとするよだけど、枠に近づくと怖さや不安が出てきて進路変更して折り返しちゃいます。
5月2日、満月からの~こんにちは本からの紹介です一つだけ座右の銘をあげろといわれれば、躊躇なくこのことばをあげたい。「苟日新、日日新、又日新」(まことに日に新たに、日々に新たに、また日に新たなり)中国・商(殷)時代の湯王が言い出した言葉で、「今日なら今日という日は、天地開闢(かいびゃく)以来はじめて訪れた日である。それも貧乏人にも王様にも、みな平等にやってくる。そんな大事な一日だから、もっとも有意義に過ごさなければならない。そのため
日常的スピリチュアル、安田です。自覚というのは悟りの境地の前段階であり自覚ができないと悟りの境地に至れないのです。ただ、自覚をすることで違和感、居心地の悪さ感じたくない感情という生みの苦しみを感じるようになります。悟りの境地に至るにはそれ相応の時間がかかるのですが自覚は意識をすることでできるようになるのです。生みの苦しみを感じることなので反射的に避けてしまい自覚することができなくなります。私たちの本能は痛み、苦しみを避けようとするので自覚する意識をしないように
こんにちは、しゅんすけです。今日は近況報告というお話です。⋯⋯⋯➀煎餅がブームに4月に入ってから煎餅ブームになっています。バリバリ、カリカリという食感が好きになって食べています。美味しいです♪⋯⋯⋯②手足のケア爪の縦割れが気になってきてケアをしています。お風呂上がりにワセリンを塗って蒸発を防いだりしています。蒸発防止のためのワセリンでしたが、イイ感じで滑ってくれるので、手足のリフレクソロジーもやっています。嬉しい誤算でした(笑)内蔵、背骨、肩、頭の
日常的スピリチュアル、安田です。心理的な土台を築くことでどんな感情を抱いていてもやるべきことができ前に進むことができるのです。心理的な土台は感情を動かすくらいの歩みをすることで築くことができるのでありその心理的な土台を基準にすることでより高い次元の基準での歩みができるようになります。これからの時代ではより心理的な土台が必要であり心理的な土台を築くことによって歩み、努力がしやすくなり続けやすくなっていくのです。時代の基準が上がっているのでより高い基準の歩みが求め
こんにちは、しゅんすけです。今日はどう生きるのかというお話です。⋯⋯⋯最近、看護師で何百人もの人達を看取ってきた方の言葉を聞くことがありました。その方曰く、もうすぐ死ぬとわかったほとんどの人が口にする言葉があるそうです。それは「もっと自分の気持ちに素直になればよかった」だそうです。それを聞いた時、人間しゅんすけさんが思ったことは「そうだよね〜」という感じでした。ただ【ほとんどの方が言う】ということは、8割〜9割の人が言うのだと思います。つまり今のご年配の方々の8割〜
こんにちは、しゅんすけです。今日は後ろを意識するというお話です。⋯⋯⋯今の時代、みんなスマホやパソコンを使っています。電車に乗るとスマホを触っている人が7割くらいです。そんな生活を続けていると、どうしても前に意識を向けている時間が長いです。なので⋯昔の人に比べて、前以外に意識を向けることが不慣れになってきてる気がします。例えば、横や後ろ、上や下へ意識を向けることが減りがちなのかな⋯なんて思います。⋯⋯⋯たまには、後ろに意識を向けてみるのをいいかもしれません
【頓悟と漸悟】頓悟とは、段階的な修行を踏むことなく、何かがきっかけになり、一挙に悟りを開くこと。漸悟とは、修行を積んで、順を追って次第に悟りに至ること。頓悟と漸悟を二項対立ではなく、『認識の転換』と『定着のプロセス』という、車の両輪のような関係で捉えたい。『知る』と『成る』は違う。知識として「知っている」状態と、全存在をかけてその心理に「成っている」状態には大きな隔たりがある。六波羅蜜などの修行(布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧)は、一見遠回りに見えるが
前回の記事の続きを1週間後に書こうと思っていたのですが、その前に、どうしても先に書いておかねばならないことがあるので、1週間前倒しして、大事なことを続き記事の前に投稿致します。今まで書いてきた記事の流れから行くと、これからの時代、「AIを使えば悟れる」「AIに問いかければ本質に至れる」と勘違いする人が、必ず出てくると容易に想像がついたからです。既に、そういう流れもあることでしょう。だから、先にここを明確にしておきます。AIは、悟りについて語る
こんにちは、しゅんすけです。今日は事実と虚構というお話です。⋯⋯⋯人間には創造力があります。作り話(虚構)を事実のように語ることもできます。例えば、人間しゅんすけさんが小学校で最初に友達になったのは後ろの席の子でした。初登校の帰りに帰り道が一緒で話をしたのがキッカケでした。↑この話はフィクション(作り話、虚構)です。⋯⋯⋯作り話は、創造力がある存在にしか通用しません。例えば、猫ちゃんに今の話を聞かせたところで通用しません。ただ、話し手の感情や雰囲気に反応す
こんにちは、しゅんすけです。今日は神様ごっこというお話です。⋯⋯⋯みなさんは、もし、神様がいたとしたら、どんなものだと思いますか?人間しゅんすけさんは、すべてを愛してくれる存在だと思っていました。もし、神様がいて「おい、しゅんすけ。それはダメだ。そんなことをするんじゃないっ!」なんて言ってきたら「そんな心の狭い神様は、神様なわけがないじゃないかっ!」なんて思っていました。内観で自己観察を深めていったある日、この考えに基づいて『神様ごっこ』をやってみようと思いまし
日常的スピリチュアル、安田です。今の時代に求められているのは学んだことをそのまま教育することではなく学んで悟ったことを教育することが求められています。学んだことを教育しても単なる伝言ゲームであり人工知能でもできる教育なのです。「悟ったことを教育する」というのは理屈的には何となくでも分かるのですがまず悟るのに時間の投資が必要であり努力の継続が必要なのです。教育をしていくには感じている境地の言語化が必要になっていくので言葉を身につける学びの努力も必要になります。今
日常的スピリチュアル、安田です。自覚の境地というのは悟りの境地の前段階であり自覚の境地に至ることで違和感、居心地の悪さ感じたくない感情を感じるので生みの苦しみを感じるのです。悟りの境地に至るにはそれ相応の時間がかかるのですが自覚の境地は意識をすることで簡単に至ることができます。ただ、自覚することは生みの苦しみを感じるので反射的に避けたくなるのです。自覚をすることで悟りの境地に至れるので自覚をしたい思いとしたくない思いで葛藤してしまうのです。自覚をするというの
こんにちは、しゅんすけです。今日は対処か受容かというお話です。⋯⋯⋯温かくなってきたからか、寝る時に虫が入ってきました。「うわっ嫌だな」という気持ちが湧いてきました。その気持ちの後に「窓のスキマ空いたかも⋯しめた方がいいな」という対処が湧いてきました。人間は多くの場合➀気持ち→②対処という順番で湧いてきます。そして、多くの場合②対処をして終わってしまいます。現実的には②でOKなのですが➀を蔑ろにすると、少しずつ心に溜まっていきます。それは、いつか悩みになり、ト
いつも本当にありがとうございます。慈しむ恩を保つと書いて慈恩保(じおんたもつ)です。第三の覚醒後の話をしています。私は三十六歳の時に悟りの経験があり真理を知り、四十代で真理が腑に落ち、五十代で真理が明確になりました。その、三十六歳の時の悟りの経験を第一の覚醒とすれば、私は四十代で第二の覚醒を経験し、五十代で第三の覚醒の経験をしました。私は生まれてから三十六歳までの間を、悟り前の修行。そして三十六歳から四十代で真理が腑に落ちるまでの間を、苦行。五十代で第三の覚醒があるまでの間を、修行であっ
こんにちは、しゅんすけです。今日は愛のありかというお話です。⋯⋯⋯本質的な目線でみれば世界に愛が満ちています。例えるなら、空気のようなものです。地上で生きる人間は、空気から逃げることはできません。もし、逃げることができたら、死んでしまいます。空気は、人間に絶対に必要です。海中に行くにも酸素ボンベが必要です。本質的な目線で見れば、この空気以上に、愛はあらゆるところに満ちています。体の中にも、海の中にも、宇宙にも。では、なんで人間は愛を感じられないのか⋯?みたいな
前回のブログでは、占いとの向き合い方や、AIとの向き合い方について書きました。では、その先に何があるのか。当たる外れるを越えた先で、なお人間が見つめるべきものは何なのか。真に人間が目指すべきものは何なのか。今回は、それについて語りたいと思います。それは、今現在見えている価値観における、幸不幸でも、吉凶でも、安心でもありません。もっと深いところで、自分という存在そのもの、存在の本質に触れ、それを掴み、実感し、確信していくことなのです
こんにちは、しゅんすけです。今日はそのまんまというお話です。⋯⋯⋯先日、服に醤油がはねてしまいました。気づいた時すぐに対応したので、大事には至らずよかったです。それで、この一連の出来事は、精神的なことでも言えるなと思ったので、今日はコレをテーマに書いてみたいと思います。⋯⋯⋯人間、生きてると、感情が揺れ動きます。嬉しかったり、悲しかったり。嬉しくなって喜ぶのは、醤油がはねて、すぐに対応できた場合に似てるなと思います。気持ちは晴れて、スッキリだし、後腐れもありま
こんにちは、しゅんすけです。今日は花粉症というお話です。⋯⋯⋯この季節になると、花粉症の相談を受けます。それで、ほぼ全ての方が小麦粉食(パン、パスタ、麺類)が好きチョコ、お菓子(甘味、油)が好きです。小麦粉、甘味、油を3日やめてもらって様子を見てもらうと、大体の方は少しマシになったかも?という感じになります。3日で手応えがあるならば、一週間も続けられます。そんな感じで、小麦粉、甘味、油の取り過ぎをバランス取っていきます。と、一般的な話をしたところで、内観の話に入
いつも本当にありがとうございます。慈恩保(じおんたもつ)です。第三の覚醒後の話をしています。今日はエンジェルナンバー「111」と「333」を妙に見ます。絶好調です!ちなみに「111」は転換期を意味し、やってることが間違いないので、迷わず行きましょう!的な意味。「333」は、神様からの強力なサポートが期待できるので、自信を持っていきましょう!的な意味合いがあります。さて、覚醒後、より明確になったのは、みんなと生きているという感覚です。たとえば私は車に乗ってますから、車検が二年
日常的スピリチュアル、安田です。自意識過剰というのは誰にでもあるのですが自覚ができないことで誰かに見られている錯覚になり窮屈な感覚の歩みになってしまうのです。自意識過剰によって他の誰かに見られていることを基準にした歩みになってしまい自分の歩みができなくなるのです。見られているという錯覚は見て欲しい、認めて欲しいという願いでもあるのです。自意識過剰を自覚することで誰にも見られていないことを悟ることができ自由な感覚の歩みができるようになります。見て欲しい、認めて欲
こんにちは、しゅんすけです。今日は不安と希望というお話です。⋯⋯⋯人間しゅんすけさんは、ふと将来の不安を感じることがあります。例えば引越し先でうまくやっていけるかなとか車ないのに田舎生活とかできるのかなとかお金は足りるのかなとかそんな不安です。こんなブログで「不安を愛してあげてください」とか「不安は感じていると消えていく」とか言ってる立場ですけれども不安はやってきます。「しゅんすけさんでも、そんな不安になることあるんですね」とか言われたりもしますが、人間です
こんにちは、しゅんすけです。今日は身軽になっていくというお話です。⋯⋯⋯人間は成長していくと、たくさんのモノを身に着けていきます。記憶、知識、思想や考え方を身に着けます。恋人や家族を作ったり、子供を育てたり、お金を稼いだりします。そして「何かを得た」と感じたりします。何かを得ることは嬉しいことかもしれません。確かに、恋人や家族を得たり、社会的立場を得たり、お金やよい生活を得るのは嬉しいことかもしれません。けれども、いいことばかりではありません。今の恋人や家族、社会
日常的スピリチュアル、安田です。人が理屈教育をする時代は終わったのです。人工知能が理屈教育をしてくれる時代になったので人が理屈教育をしても何の価値もないのです。今の時代、これからの時代は悟れるように導く教育努力ができるように導く教育が主流になっていきます。悟れるように努力ができるように導くためには影響力が必要なのであり実感が伴った教育によって自然に影響を与えることができるのです。実感が伴った教育とは経験、体験してきたことからの教育であり自分ができていることを
心が広いなと思う人は?▼本日限定!ブログスタンプ心が広いなと思う人っているのだろうか。お釈迦さんだってキリストさんだってこころを広くもとうと努力して悟りの境地に。でも修行を続けたのはすぐに心が狭くなるから。かな?
こんにちは、しゅんすけです。今日はピンチはチャンスというお話です。⋯⋯⋯人間には「恒常性」という機能があります。なにやら難しい言葉に聞こえるかもしれませんが、そんなでもありません。例えば暑くなったら汗をかいて体温を保つとか血糖値が高くなったは低くしようとするとか体温や血糖値を一定に保とうとする機能です。体温や血糖値などは物理的な話ですが、個人的には精神的にも同じよう機能があると思っています。例えば相手の機嫌が悪くなったら機嫌をとったりとか暗く重い雰囲気になった
日常的スピリチュアル、安田です。感情の不安定さというのはそれだけ感情が動いているということであり感情が動くことによって生み変えられるのです。私たちは感情の安定さを求めているのですが成長し続けているのであれば感情が不安定なのは当然なのです。とくに転換時期というのはより感情が動きやすくなるのでより不安定になりやすいのですが大きく生まれ変わる時期になります。ただ、歩めなくなる努力ができなくなるのは感情の不安定さに振り回されてしまうことが大抵の原因なのです。不安定な
こんにちは、しゅんすけです。今日は内観も不要になるというお話です。⋯⋯⋯このブログでは、自分を知っていくための内観をオススメしています。自分を知っていくと、幸せに向かっていくからです。内観のサポートを仕事にしていますし、内観は素晴らしいものだと感じています。そんな内観ですが、内観することそのものが邪魔になっていく時があります。悟りに近づいていくほど、その傾向が強くなり、最終的には、内観することに対する執着や依存も断ち切っていく必要があります。内観をサポートして、内観を
こんにちは。金銭感覚がしっかりしている次男坊は、某ドラッグストアで1.5リットルの炭酸飲料が99円で売っていることを知ってからというもの、時々買っては1週間程度かけて飲んでいます。昨日、私がその某ドラッグストアに買物に行くと声をかけるとついてきました。その道すがら『手応えのあった学童でのヘルプ』こんにちは。昨日、我が家の地域は絶好のお花見日和。学童迄の道すがら、真っ直ぐの道の両脇に桜がずーーーーーっと並んでいるところがあるんです春休みの学童ヘルプの楽…ameblo.jpこの時