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古い街並みが残る街、什刹海を歩いてみようと思う。この街には恭王府と呼ばれる保存状態の良い旧王族の邸宅・庭園である歴史的建造物があり、人気の観光スポットとなっている。恭王府周辺は人力車に乗って観光するサービスがあるので、まるで北京の浅草みたい。1776年に建造された邸宅は廊下に絵が描かれていて、ここも絵の鑑賞をしつつ移動してみるのも楽しい。敷地内の博物館には展示物があるが説明が中国語だけなので何もわからなかった。人が多くてゆっくりできなかったが、庭園で休憩したりすると気持ち良さそ
ずっと行きたいと思っていた恭王府へ!ワイロで有名らしい恭王府:清の最大の王府建築群恭王府は中国で一番よく保存されている王府で、乾隆四十一年(1776年)に建てられました。王府の主の中で、かつて極めて有名で、権力が非常に大きい二人がいました。japan.visitbeijing.com.cnここは、乾隆帝の家臣が建てた家で、この人が桁違いの貢ぎ物をもらっていたらしい。現地に説明などは特になかったけど、下記のブログによると、ここに保管場所があって、上にある窓の形によって
うわー!!マジかぁ~~折角途中まで書いたのが全部消えた~~はて?何やったっけ??あ、シャオ・ジャンの『蔵海伝』クランクアップから割と直ぐに出た中国各地の観光地紹介みたいの…昨日遅くに北京のを見つけて…いきなりが『天壇』だったから興味ありすぎでしばし見入ってしまったwBeijingTourismUpdate"Let'sfollowXiaoZhan'sZhanghaiZhuantoexperiencetheancientBeij
昨日BSプレミアム「清朝秘宝百年の流転」の再放送がありました。清朝末期の辛亥革命(1911年)の後、恭王府(恭親王の住まい)から放出された清朝の秘宝を一手に扱ったのが山中商会でした。『ハウス・オブ・ヤマナカ』(朽木ゆり子新潮社2011年初版)でほぼその全貌が語られた美術商です。第2代恭親王溥偉(ふい)は、清朝第12代皇帝宣統帝(後の満州国皇帝溥儀)の退位に反対し、袁世凱討伐と清朝再興の資金に充てるために、自身の住まい恭王府に蒐集保存していた清朝歴代の秘宝を売りに出しました。その大
先日(3/19)、恭王府に行きました。恭王府に行くのは2回目です。前回は早足だったので、今回はじっくり見学しました。乾隆帝御製の福の字(=^x^=)
先日(12/27)、レンタル自転車で恭王府に行きました。恭王府はかつて親王が住んだ館だそうです。入場料は40元(約600円)でした。(=^x^=)
恭王府は女主人を失った。喪の沈黙の中、生まれ落ちた赤子は双兄弟である代王世子府に引き取られた。恭王楚青籟のたっての頼みに代王世子楚渾犼は漸く首を縦に振り、世子妃白蓮華は二つ返事で快く迎え入れた。そして今、その喪を彩る白い部屋に青籟が一人佇む。自分の中にある感情をどう整理してよいのか、立ち昇る香煙ばかりが槍の様に突き刺さる。美淑。今更に、思う。君は一体何者だったのか?『夫君。夫君は時々……厳しい…恐い顔をなさるの』ドキリとして彼女を見つめる。夢見る様に光を宿す美淑の大きな双眸は、
恭王府楚青籟は一つの文を書斎にある文箱に収める。文箱には既に幾つかの文が積み上げれて入っており、その表書きには全て玉風との文字がある。あの日から三年余りの間、楚青籟は引天籟との約束通り、周天佑が秦玉風(引凰華)宛に書いた手紙を預かっている。表向き、秦玉風(引凰華)はこの恭王府で預かり、ここで鍼治療を学んでいる事となっている。その為、周天佑は全ての手紙をここ恭王府宛に人づてで送ってきている。時に文と共に美しい歩容や、綾絹なども贈られてきており、周天佑の秦玉風(引凰華)への気
夫:故宮へは、僕も30年程前にチャーちゃん(母)と一緒に行ったことがあるよ。あぁ、広かったなぁ。妻:日本に留学経験のある通訳の学生さんがいつも一緒に案内して下さったの。まぁ、広かったわ。
晦日から降り続いた雪は年をまたいでも終わらず、そのまま降っては止みを繰り返している。白銀に染め上がった庭は子供達の歓声の溜まり場だった。正月の主だった行事も終えたのを見透かした子供達に急かされて彼女は代王府へ訪れる。行く道々、馬車の窓から覗き見る街は未だ正月の喧騒を忘れてはいない様で、白い息を吐きながらも皆騒々しく賑やかでどこか楽しげだった。自然、子供達の顔も上気してきて声高に話を弾ませる。「母上、代王府も雪は降っていますか?」子供らしく期待を押し隠す事が出来ずに
2019年5月2日(木)北京市街の旧邸:恭王府入園料40元
ジャージャー麺のお店の近くには、オシャレな複合ビルがたくさん建っています。ある商業施設では、地下がスケート場?と思いきや、氷ではなく、氷に近い状態のローラースケート場でした。昔見た「天国の階段」の1場面を思い出します。(あれは韓国)またまた、強烈なお散歩のはじまりです(;゚Д゚)どこをどう歩いたか覚えていませんが。。。牛乳プリンのようなスイーツ屋さんです。トッピングは色んな種類から選べるんですが、小豆?にしました。
こんにちは台風警報3号になりました。お天気不安定の香港です。さて、北京編その1の続きです。お付き合い頂けましたら幸いです。北京2日目。朝イチで向かったのは天安門広場ひ、広い特に日頃、狭い香港ローカルエリアで過ごす私には、とてつもなく大きく感じる!天安門故宮世界遺産故宮内カフェで一休みお隣のお店で、お洒落なお土産を買えました。観光の続き景山公園からの眺め言葉を失うほど広大。さすが都じゃのう〜↑完全に、中国の南方から来たおのぼりさんそのあとは什剎海シー
北京の中華料理で外してならないものは?と言えば「北京烤鸭」(北京ダック)三時間も恭王府を歩き回り、疲れたので一休みしたいところですがホテルのチェックインには向かわず、そのまま夕食を済ませてからホテルへ行くというスケジュールでした。今朝は四時前に起きましたから、起きてからもう丸々半日過ぎたことになります。恭王府観光を終えた後のバス乗り場は、降りた時とは違う場所でした。普通は、観光バスの駐車場でおりてそのままバスは待っているというのが多いのではないかと思いますが、今回の旅行
初めに少しだけ時代の流れを・・・清王朝の最盛期を創出した乾隆帝(在位:西暦1736年-1795年)は、清の第六代皇帝ですが、その皇帝に重用されていた奸臣和珅(わこん)が乾隆41年(西暦1776年)に彼自身の豪邸を築き(当時「和第」と呼ばれていた)、後に「恭王府」と呼ばれるわけです。(王府とは皇族の邸宅のことをいいます。)どこにあるのかと言うと・・・天安門から北方向へ約4kmくらいの所、赤○印の所です時の帝の寵愛を受けて(しかし他のほとんどの人々には嫌われ
帰国当日6/25の21世紀ホテルカウンター6/25早上21世紀饭店服务台ホテルロビー饭店的前厅ホテル出口饭店出口YUYIの車(北京空港まで)YUYI的汽车(到北京机场)空港までの途中位置GPS画面从饭店到机场GPS画面空港までの途中从饭店到机场途中空港までの途中从饭店到机场途中YUYIの車(北京空港で)YUYI的汽车(在北京机场)空港のスターバックスでコーヒーを飲むYUYIYUYI在机场的星巴克店喝咖啡空港位置GPS画面机场的地方GPS画面空港のスタ
地下鉄亮马桥駅地铁亮马桥站6/23,24の宿泊ホテル21世紀ホテルのカード6/23,24住21世紀饭店的卡6/23,24の宿泊ホテル21世紀ホテルのカード6/23,24住21世紀饭店的卡ホテルで飲んだビール在饭店喝啤酒ホテルで飲んだビール在饭店喝啤酒本文(YUYI中国旅行34)を合わせて見て下さい。#请参看本文(YUYI中国旅行34)吧
21世紀ホテルの近く(6/23昼食した所付近)21世紀饭店附近(6/23我们在那儿一起吃午饭)前門付近前门附近前門大街前门大街前門大街前门大街前門大街スターバックス前门大街星巴克店前門大街前门大街前門大街前门大街前門大街前门大街前門大街前门大街前門大街前门大街前門大街スターバックス前门大街星巴克店前門大街前门大街前門大街前门大街前門大街前门大街地下鉄亮马桥駅地铁亮马桥站本文YUYI中国旅行(31,32,33)を合わせて見て下さい。
恭王府恭王府恭王府恭王府恭王府恭王府恭王府恭王府恭王府での気温在恭王府时的气温恭王府出口恭王府出口恭王府付近の胡同恭王府附近的胡同恭王府付近の胡同恭王府附近的胡同恭王府付近の胡同恭王府附近的胡同地下鉄北海北駅地铁北海北站地下鉄6号線地铁6号线地下鉄6号線車内地铁6号线车内地下鉄呼家楼駅にて10号線に乗り換え在地铁呼家楼站10号线换车站地下鉄呼家楼駅にて10号線に乗り換え在地铁呼家楼站10号线换车站地下鉄亮马桥駅到着到地
地下鉄北海北駅付近地铁北海北站附近恭王府入場券恭王府门票恭王府入場券恭王府门票恭王府恭王府恭王府恭王府恭王府恭王府恭王府恭王府恭王府恭王府恭王府展示品恭王府展品恭王府恭王府恭王府恭王府恭王府展示品恭王府展品恭王府展示品恭王府展品恭王府展示品恭王府展品恭王府展示品恭王府展品本文(YUYI中国旅行28,29)を合わせて見て下さい。#请参看本文(YUYI中国旅行28,29)吧
故宮チケット売り場付近售票处附近故宮チケット売り場付近售票处附近午門付近午门附近午門付近午门附近午門付近午门附近午門付近午门附近午門付近午门附近午門午门午門午门午門午门午門付近午门附近日本語ガイドイヤホーン日语引导耳机日本語ガイドイヤホーン日语引导耳机(导游讲解器)日本語ガイドイヤホーン日语引导耳机(导游讲解器)本文(YUYI中国旅行26)も合わせて読んで下さい。#请参看本文(YUYI中国旅行26)吧
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第37話中国旅行記録第8日目6/25No.3/4星期六(土曜日)#中国人不都是这故事里的人,很多好的人。但是这故事里的YUYI大不一样。◉行程(以后全部当地时间)(YUYI)是假名。◉行程(以後全て現地時間)(YUYI)は仮名⚫︎そしてスタバの店でコーヒーを飲みながら、私はYUYIが24日の夜に会ってくれなかった事についてYUYIに質問した。#在星巴克店我喝咖啡质问YUYI24日晚上没有和我见面的事。⚫︎YUYIは自分のスマホを使
第35話中国旅行記録第8日目6/25No.1/4星期六(土曜日)◉行程(以后全部当地时间)(YUYI)是假名。◉行程(以後全て現地時間)(YUYI)は仮名⚫︎わたしは朝食を食べた。我吃早饭了。8:00に「お早う」とYUYIに連絡した。我联系YUYI“早上好”了。9:00にYUYIはホテルにむかいに来た。YUYI来酒店接我了。私たちは北京国际机场に着いた。#我吃早饭了。早上8点我联系YUYI早上好。9点YUYI来酒店接我。我们到达北京国际机场。⚫︎私はY
第34話中国旅行記録第7日目6/24No.9/9星期五(金曜日)中国人みんながこの物語の様な人ではない、いい人が多い。だがこの物語の中のYUYIはだいぶ違う。#中国人不都是这故事里的人,很多好的人。但是这故事里的YUYI大不一样。◉行程(以后全部当地时间)(YUYI)是假名◉行程(以後全て現地時間)(YUYI)は仮名(前話からの続き)しかもYUYIは“今天下班后去吃晚饭”と言って、仕事が終わってから行った事を自分自身で認めているのです。明らかに、YUYIは私と
⭕️第33話中国旅行記録第7日目6/24No.8/9星期五(金曜日)◉行程(以后全部当地时间)(YUYI)是假名。◉行程(以後全て現地時間)⚫︎私はその様な状態(YUYIは仕事が終わっていても、私に連絡もしないで、他の人への夜の食事の接待をしていて、私からの連絡を受けない様にしていた)になっている事をYUYIから知らされていなかった。だから、YUYIに“あなたは仕事をしてない。クライアントと一緒に食事にいているのだ。”と(22:06)に連絡しました。#YUY
⭕️第32話中国旅行記録第7日目6/24No.7/9星期五(金曜日)◉行程(以后全部当地时间)(YUYI)是假名。◉行程(以後全て現地時間)⚫︎後でYUYIは第31話の行動品行の言い訳を言いました。私には全く理解できない言い訳でした。“上司に言われてクライアントと一緒に食事に行く様にされた、断れない“と“我的BOSS,让我和客户一起吃晚饭,不能拒绝(私のボスは私対しクラアント一緒に食事をさせる事をさせたた。断れない)”と言った。本当は断れるのです。私はアンケートで調査した結果8
⭕️第31話中国旅行記録第7日目6/24No.6/9星期五(金曜日)◉行程(以后全部当地时间)(YUYI)是假名。◉行程(以後全て現地時間)⚫︎私は饭店をでて(19:26)に亮马桥站に行きました。そして私はYUYIに“抱歉”“在哪儿?”と聞きました。#我离开酒店,(19:26)到亮马桥站,问YUYI:抱歉,你在哪里?⚫︎前门にあるYUYIの好きなスターバックスの店で会えたらいいなと思いました。だから前门に行きそこでYUYIからの連絡を待つ事にしました。結果的
⭕️第30話中国旅行記録第7日目6/24No.5/9星期五(金曜日)◉行程(以后全部当地时间)(YUYI)是假名。◉行程(以後全て現地時間)⚫︎YUYIは仕事が終わったら私に連絡すると言ったのに連絡はありませんでした。YUYIの仕事はすでに18時には終わっていたのです“YUYI的工作已经18点结束了”。それでもYUYIからはどんな联系もありませんでした。YUYIは私をすっぽかしたのです。彼女は社会人として最低の行為を行ったのです。しかも、
⭕️第29話中国旅行記録第7日目6/24No.4/9星期五(金曜日)◉行程(以后全部当地时间)(YUYI)是假名。◉行程(以後全て現地時間)⚫︎私は(16:52)に“说真的我想跟你一起逛街了”“本当は一緒に街を歩きたい”と連絡をしましたが、YUYIからは具体的な返信はありませんでした。恭王府を一人で見学しました。YUYIは私をすっぽかしたのです。(続く)#我说“真的想和你一起逛街“。但是YUYI没有回信。我独自一人