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皆さま、こんにちは。清荒神の『風雷堂』の林明鏡です。今回は前々回、前回に続いて「観心寺の如意輪観音さまその3️⃣」になります。『観心寺の如意輪観音さま御開帳その1️⃣』皆さま、こんにちは。清荒神の『風雷堂』の林明鏡です。今日は朝5時に起きて、観心寺の如意輪観音さまの御開帳に行ってきました。如意輪観音像御開帳は、年に2日間、4…ameblo.jp『観心寺の如意輪観音さまその2️⃣』皆さま、こんにちは。清荒神の『風雷堂』の林明鏡です。前回のブログ「観心寺の如意輪観音さま御開帳」からの
4月6日に急遽私の祖父母と両親の御位牌を母の部屋から引き取って来たのですが、その時私はお仏壇と一緒に観音様の木像と不動明王様の懐中仏も連れ帰って来ました。観音様は元々母の実家のお寺の書院に飾られていたもので私もよくその光景を覚えています。末期がんと診断された祖母を母が引き取った時に祖母は観音様を持って来て、最期まで手元に置いて自分の部屋に飾っていました。祖母はお寺の跡取り娘で曽祖父が急死した後祖父は急遽祖母のお寺に婿入りしました。だから観音様はおそ
令和八年如月十三日。虚空蔵菩薩ご縁日となりました。本日も、念持仏である虚空蔵さんで朝の勤行です。今は亡き母から、私が初めて念持仏として贈られた小ぶりの虚空蔵さんです。振り返ると何十年拝んで来ただろうか。嬉し時も、悲しい時も変わらぬ智慧を頂いて来ました。白山虚空蔵のうぼうあきゃしゃきゃらばやおんありきゃまりぼりそわか南無虚空蔵菩薩合掌
御誕生所善通寺へ授かりにまいりますこんぴらさんにお詣り申し上げまして、今日の第二の目的の為に、お大師さん御誕生所であります、善通寺にお詣りいたしました。JR善通寺駅です。最寄り駅ですが、歩くと結構距離がありますよ。約1.5キロありますんで、お詣りは、そのあたりを考慮して計画してくださいね。屏風浦五岳山誕生院善通寺真言宗善通寺派総本山であります。四国八十八箇所霊場第七十五番霊場でもあります。金堂にてお詣りさせて頂きまして、堂内に参入し、お薬師さんに病気平癒をお願
都心の小さな町寺に勤めている。坊主である。仕事は、昔から一掃除二勤行となっている。勤行には、朝のお勤めがある。ほかにも、お檀家さんの年忌法要を行うことがある。ときには、知り合いのお花屋さんから法要を依頼されることもある。都営墓地の近くにお店を構えているのである。先日も連絡が入った。ご供養の日、まずはお花屋さんへ向かう。「こんにちは」初めに、お花屋さんへ挨拶をした。「お待ちしていました」お施主さんは、先にいらしていた。8
お読みいただきありがとうございます😁お盆前この日のお出かけの目的は三十三間堂(「我が家のお盆」記事参照)先ずは高島屋7階へ。銀行のキャッシュコーナーと郵便局🏣で用事を済ませ食堂街の糖朝へ糖朝|香港デザート(香港スイーツ)レストラン香港本店の味を再現した香港デザート(香港スイーツ)レストラン「糖朝」の公式ホームページ。体に優しい食材を使用し、美味しいものと出会う喜び、楽しさを通じて心の健やかさも提供する「心と体に美味しい」お店を目指しています。t.rt-c.co.jpラ
尾道七佛めぐり『2025-06-29天寧寺(尾道七佛めぐり⑥)病気平癒祈願』尾道七佛めぐり千仏寺から参道を下って天寧寺に向かいます。『2025-06-29千光寺(尾道七佛めぐり⑤)開運厄除祈願』尾道七佛めぐり⑤『2025-06…ameblo.jp天寧寺から持光寺に向かいます。最後のお寺です。こちらではにぎり佛づくりの体験ができますよ。二か月くらいたっら送ってきます。待ち遠しいですね。
須坂にある藩主:堀家の菩提寺「寿泉院」です。奥に見える赤い屋根の建物が本堂です。「北向観音を祀る観音堂」があります(後述)。「北向観音堂」と呼ばれている建物です。この御堂には秀吉の念持仏が祀られている関係で、福島正則が自身の屋敷の正門を寄進したと言われています。正則は広島49万石を改易となり、川中島4万5千石の身分だったので、比較的質素な屋敷門です。「観音堂」には、秀吉の念持仏が祀られています。福島正則は、何度も此の寿泉院を訪れたようで
先日のハイキングで、訪問した『塚山公園』春の暖かさを感じながら、京急田浦🚉駅を出発して、およそ9kmの散策を楽しんできました。ソメイヨシノや山桜など1000本ほどが植えられており、神奈川の景勝50選…ameblo.jp鹿島神社と浄土寺へ再訪。桜が満開でした。間に合うように、仕事を切り上げて。御朱印帳を持参したのだけど、今日は担当不在との事、残念。念持仏観音像と言うらしい、です。浄土寺は、畠山さん建立のお寺。涛江山浄土寺公式ホームページ浄土寺は、親鸞聖人を宗祖とする浄土真
太田神社のメイン鳥居の直ぐ脇に建っている石碑には、太田神社安置の那須輿一公の念持佛像がどのような経緯で同神社にあるのかにつき、説明が彫られています。参考の為、碑文を下記に記しておきます。再拜【八幡大菩薩像由緒碑】那須輿一宗高と守本尊由来記源平盛衰記の花形、那須輿一は後世に弓矢の神といわれた武人である。この武人の守本尊と伝えられる八幡大菩薩像と太田神社との因縁は、次のように伝承されている。この地に川島百太郎という旧家があり、徳川時代、この家(当主定右衛門)の女人が将軍家御奥の局方
本日、己巳の日ちょっと行って見たい場所が有ったので東京タワー🗼に向かいます増上寺にお詣りしてから増上寺塔頭の松蓮社さんへ〜松蓮社の山門松蓮社は、三縁山松蓮社と号し、増上寺の塔頭寺院です本堂は太平洋戦争で焼失🔥現在は松蓮社の管理者の住居のみですが、裏側に弁天洞窟が有ります住居横の細い道を歩いて行くと弁天洞窟が有ります弁財天の縁起案内板松蓮社は、徳川家光の長女で徳川光友の正室になった千代姫の位牌殿として、元禄12年(1699年)尾張徳川が建立したと言いますご開帳される1日と17
こんにゃく閻魔こと源覚寺から善光寺に移動します🏃🏃🏃小石川善光寺善光寺には2ヶ所の山門らしき入口が有りました六地蔵月参堂と彫られた石碑石灯篭と本堂の月参堂月参堂浄土宗寺院の善光寺は、月参堂縁受院善光寺と号します善光寺は、慶長7年(1602年)に傳通院の塔頭寺院縁受院として聖冏上人が開山創建しました徳川家康の生母於大の方の念持仏を安置する寺を別途設けましたこれが当寺の起源とされています明治17年(1884年)傳通院から独立すると共に、信州の善光寺と関係を深め善光寺と寺号
『「観音堂」看板製作中』秩父曼荼羅小屋の観音堂は、母の念持仏だった聖観音さんを中心に観音さんなどをお祀りしておりますが、母の七回忌を機に観音堂の看板を製作することにいたしました。板材…ameblo.jp母の念持仏だった観音さんを祀る観音堂の看板ですが、ようやく彫りが終了しましたので今後は着色となります。着色を終えれば完成となり秩父曼荼羅小屋の観音さんの前に掛けることになります。
昨日・・・・アマゾンで・・・・桐の箱を・・・・ポチッたところ・・・・今日・・・・届きました。。。。ハガキ大の・・・・桐の箱ですが。。。。一昨日・・・・お寺さんの・・・・先生から・・・・お師僧の亡くなられた・・・・おばあ様の着物を・・・・再利用して・・・・裁縫した巾着・・・・と共に・・・・お坊様のお人形を・・・・頂いたのです。。。。私に似て
お天気が良いので、午前中に京都に行ってきた。今回は冬の特別公開をしている廬山寺なんの予習もなく御所の地図を見ていて見つけた場所。紫式部が執筆していた邸宅後ってなっててびっくり。ほんとに御所のお隣に住んでいたのね。光る君へがはじまる日だったしなんか不思議な気持ち!その上特別公開をしていてラッキーでした。源氏物語や紫式部にあまり興味はないのですが、軸に書かれている歌が、全く読めないのは悲しいなぁと思います。大河ドラマを見たら、興味が出るでしょうか?反田恭平さんのピアノを聴きた
日本の天神地祇(王統譜)とは、「天神=メソポタミア・中国経由の日本人(徐市・国狭槌尊の系譜)、狛犬は両方角なし」。「地神=メソポタミア・ユダヤ系・インド経由の日本人(クナト王ほかシャカ族・ナーガ族などの八大龍王の系譜など)、狛犬は両方角あり」「ハイブリッド地神=大山積・大山祇=地神寄りですが、天神地祇の両方に理解を示す日本人(国常立尊に始まる系譜)、狛犬は阿形が角なし・吽形が角あり」だと分かってきました。天神の主な人達は、神武天皇・高皇産霊尊などの徐市系日本人たち地神の主な人
徳川総家菩提寺である蓮花院(れんげいん)で、豪華な夕食を食べて、貸切状態の広いお風呂にゆったり入って、部屋に戻ると、お布団が敷かれていました。眠るつもりはなくて、少し休むつもりでお布団に入ったら、まだ夜8時前だというのに、うっかりそのまま眠り込んでしまいました。目が覚めたら、夜中の11時過ぎでした。毎朝6時半から、執り行われる蓮花院のお勤めに万一寝坊して参加できなかったら、元も子もないので、それまで寝ないで、次の日のブログの準備をすることにしました。僕が
太子関わりの地太子との関わり六角堂四天王寺建立の用材を求めて聖徳太子がこの地に入った時、池で身を清めるにあたり、念持仏【51】の像を木に掛けたところ、重くなって動かず、その像がこの地に留まり、人々を救いたいと告げたので、太子はここに六角堂を建て、【51】を本尊として安置したと伝わる。広隆寺聖徳太子建立七大寺の一つで、【52】が太子から賜った仏像を本尊とし、建立したとされる。【53】推古天皇2年、聖徳太子が父・用明天皇の菩提を弔うために
あの読売ジャイアンツの本拠地東京ドーム。(後ろの白い恐竜の卵?みたいなやつ)から北へ歩いて20分くらい。静かな街並みに突如!現れるY字の分岐点。↖左の坂を登る。善光寺坂。ぜんこうじざか山門がふたつ⁉️ひとつ目。ふたつ目の山門をくぐる。たのも~う。松の木が印象的🌳月参堂善光寺。がっさんどうぜんこうじ屋根上にぴょ~ん立葵の御紋?御紋のことはよくわからない。さっそくお参りを徳川家康公生母於大の方。おだいのかた本尊傳通院殿念持仏。でんつういんでん
鎌倉殿の13人ゆかりの地巡り…金沢文庫から駅に戻り、ちょっと離れた東光禅寺へ…🏃🏃🏃🏃🏃金沢文庫駅から徒歩25分くらい寺号標と山門がやっと見えてきました東光禅寺の寺号標東光禅寺の寺宝案内板山門山門の扁額境内永代供養墓本堂臨済宗建長寺派寺院の東光禅寺は、白山東光禅寺と号します建仁年間(1201〜1204年)に開基畠山重忠、開山に勅諡大興禅師が創建と伝わります東光禅寺は、もと鎌倉薬師ヶ谷(鎌倉宮辺り)にあり、医王山東光寺と称していました畠山重忠の開基により弘安5年(
秩父曼荼羅小屋の「妙観」観音私が此方の観音さんを拝む様になって何れぐらいの年月を経たのであろうか。私がまだ小学生の4か5年生位だったと記憶しておりますが、生まれ故郷の長野県は戸隠飯縄の麓で物産展があり、そこが此方の観音さんとの出会いでした。母が一目惚れし、父を拝み倒して手に入れた観音さんです。母は若い頃より観世音菩薩に帰依し、後に真言密教の師僧につき、観音行者、氣学鑑定士としても活躍することとなった母の念持仏です。当然の如く、小学生の私も毎朝「十句観音経」を唱える様に云わ
蔵出し京都画像〜京都画像クイズNo.183。今回は久しぶりの人物クイズです😊。3枚の画像と文から共通する人物をお答え下さい。この寺院は季節限定で拝観できます。本人というより一族のお寺やね🤔。ここは・・・・世界遺産大ヒント🤣
背の高い猫のフードボウル、花峰窯で絶賛販売中です。新型は脚部と皿部が着脱出来て洗うのが簡単です。器の高さを出すことで、関節への負担を軽減し、吐き戻しのリスクを下げることが出来ると言われています。様々な高さ、大きさ、ワンちゃん用もありますので、是非、花峰に一度お越しください。作品の一部はCreemaでも販売中です。Creema(渡辺元気)花峰窯ブログは過去記事はシーサーブログにありますが、今後はアメーバで続けていこうと思います。ブックマークはこちらでお願いします。今後と
光明寺(浜松市天竜区山東)に行ってきました。(2023.3)こちらは、家康公が奉納した、兜入れ摩利支天像があります。が、実は、こちらの摩利支天像が徳川家康の念持仏だってことは、現地に行って初めて知ったんですよね。もともとネット検索で出てきた情報では、狛猪と摩利支天の石仏があるということだけだったのですが、行ってみてよかったです。さてさて、まずは、狛猪を確認するために奥の院(摩利支天堂)に直行します。山のかなり上に見えますが、駐車場から歩いて15分かからないくらいです。
山本勘助が持ち歩いていた(兜の中に入れていた)とされる摩利支天像を見せて頂くため、豊川にやって参りました。(2023.3)長谷寺(ちょうこくじ)豊川市牛久保町奈良の長谷寺(はせでら)の薬師如来の木の端っこで如来様を作ったことに由来するお名前とのこと。ただし、読み方を変えて、こちらは「ちょうこくじ」。本家の長谷寺の如来様は火事で燃えてしまい、今はこちらの如来様だけが残っているそうです。さて、お電話でお問い合わせして、山本勘助の念持仏として伝わる摩利支天像(市の文化財)を拝見さ
東福門院の菩提寺である「光雲寺」の文化財のひとつに興味をそそるものがあった。厨子に安置されている東福門院の念持仏(身につけたり、私室に安置して信仰する仏像)の聖観音像(しょうかんのんぞう/30㎝ほど)。その厨子の天井にはほんの少し色が施されている見事な龍が描かれている。火から守る水の神様としての龍がこんな小さな厨子の天井にまでも描かれているのは、東福門院の念持仏聖観音像への思いが深かったのだろうと想像する。大きなお堂の天井龍にも劣らない美しさと迫力に驚かされる。リポート&写真/渡邉雄二
愛知県の小野小町の伝承を見ていて、ここには小町塚が伝承されているのですが、伝承には何の間違いも無いようなのに、小野小町と伝えるだけで怪しくなっている典型的な所だと思います。場所は、愛知県のあま市で、(https://cmeg.jp/a/castles/4365/pins/33924より引用)この様に祀られています。裏面には文字が陰刻されていて、上記のページに書かれているものを引用すると、「小町東へ下るとき此処で死せしを埋葬せし跡なり、伝え今法性寺に安置する小町の持念仏と称する
Sanmén-daïkokuténdel'ÉntokuinàKyoto.----------2022年7月29日撮影。三面大黒尊天といえば比叡山延暦寺にあるのが有名ですが、秀吉も三面大黒尊天を自分の念持仏(個人が身辺に置き私的に礼拝するための仏像)としていたため、こちらにもあるのです。こちらの三面大黒尊天のお堂は京都御苑から移築したもので、三面大黒天は元々は秀吉さん個人のものです。開運・出世・財運の大黒天を中心に、武の勝利の神毘沙門天、知恵の象徴弁財天と、三天合体のご利益があり
先日、大河ドラマのシーンで唱えられた言葉が話題となっておりました。ドラマの中では「おんたらくそわか」そう、十三仏の十三番目の仏。弘法大師空海が修行した「求聞持法」の本尊虚空蔵菩薩の真言です。此方は、母から頂いた自宅(峯龍)の念持仏、守り本尊の虚空蔵さん。右手は与願印(剣)左手に宝珠を持ちます。実は、守り本尊としての虚空蔵さんは、私も妻も母も義母も全員虚空蔵菩薩となり、まるで虚空蔵一家です(笑)虚空蔵菩薩の主な真言「おんばさらあらたんなうおんたらくそわか」「