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忠臣蔵のふるさと「赤穂大石神社」、そして御津町・綾部山梅林を巡る親睦日帰り旅行に参加。高野ひさのり枚方市議会議員を支える皆様と、ゆっくりと言葉を交わし、想いを共有できた一日となりました。こうした“顔の見える関係”こそが、地域を支える力になると改めて実感。終始笑顔の絶えない、素晴らしい時間でした。本当に楽しかったです。
2020年3月暫定開業、2025年3月全面開業した「高輪ゲートウェイシティ」にぶらり散歩に行きました東京車両センター(田町)を見直して創出された約13ヘクタールの敷地に再開発されています「高輪ゲートウェイ駅」はJR山手線・京浜東北線の駅で品川~田町間にある橋上駅です「高輪ゲートウェイシテイ」の玄関口です隅健吾氏が設計の木材を多用した駅舎が特徴です駅の2Fに「北改札」「南改札」があり1Fホームからエスカレータやエレベータで上がりますホームは1Fです駅の構内は木製の床です駅前の
始まりましたん10日間一生懸命に勤めさせて頂きます初日は、新太郎街道明日は、忠臣蔵人生二度目の片岡さん、、楽しみだなんよろしくお願い致します🙇♀️
出雲・松江藩の藩札は大黒様や恵比須様、布袋様や毘沙門様といった神仏に加え、麒麟や獅子、孔雀や十二支等が札面を彩り、そのセンスのよいデザイン性に個人的にも大いに魅力を感じ、ご縁があるものを一枚ずつ揃えていくのがとても楽しみなところでもありました。もっとも、松江藩の藩札自体は当地の方には誠に失礼ながら全国的にはさほど知名度のあるものでもないと感ずるわけですが、初期の札と考えられているものには入手の難しいものが多々あり、「両町印札」はまだしも、「平田屋札」はただの一枚を手にするだけでもかなりの時
日本を蝕む”朱子学”の闇その81「赤穂浪士」が討ち入りを果たした話には、後世の作も混じっているためどこまでが本当のところは定かではない。しかし、最も重要なのは「賛否両論」が巻き起こったことだ。ここが朱子学に狂った中国や李氏朝鮮と日本が決定的に異なる点である。朱子学に毒された国では「賛否両論」とはならないのである。皇帝や官僚が「右」と言えば全て「右」にされてしまうわけで、異論を挟む余地はない。その意味で幕府にも学者たちにも「賛否両論」を巻き起こさせた大石内蔵助という人物は非常に聡明で、赤穂浪
江戸博とすみだ北斎美術館以外も、両国を散策してきました。駅からすみだ北斎美術館までの北斎通りでは、ちょうどツツジが満開の時期できれいに咲いていました。江戸博近くでは家康像帰りに正面から撮ろうと思って、撮りそびれました国技館にも行きましたあいにく相撲博物館はお休みでしたが、売店だけでも相撲の熱気を感じられます。国技館のあとは、友だちとの待ち合わせのために、両国駅へそしてランチは、JR両国駅直結の「両国NOREN」へ。入ってすぐ、歌川国郷の
1963年公開作品、大脱走。第ニ次世界大戦時、ドイツ軍の捕虜となった多国籍軍の兵達が収容所からの脱走を試みる、実話を元にしたお話。不朽の名作として有名な作品ながら、観たことなかったので鑑賞。脱獄ものはこの映画以降もショーシャンクの空など沢山ありますが、本作はどちらかというと収容所とは言っても、文化運動も許されていたりジュネーブ条約の範疇で比較的軟禁状態な中での脱出劇で、序盤は緊張感が無い感じなんですが、脱出実行日前後からトラブルが起こって一気に面白くなってきます。実話ベースなので最終的
次の満月は2日の2時23分です。本日は旧暦では3月14日ですが、旧暦では15日が満月となりますので誤差が1日ということで、15日前後が満月の時期であるのがわかりやすいです。その満月の時期である元禄十四年三月十四日(1701年)に起きた有名な事件が、浅野内匠頭の殿中での刃傷事件です。皇居の東御苑は、江戸城の本丸跡でもありますが、ここに行くと広場になっている本丸跡に松の廊下の場所が示されています。この松の廊下で刃傷事件は起きたのです。江戸時代、城内での刃傷事件は何度か起きていますが
日本を蝕む”朱子学”の闇その80赤穂浪士は吉良上野介邸に討ち入りを果たした。浅野内匠頭による「殿中松の廊下」での刃傷事件当時、江戸城では幕府が朝廷の使者を接待している真っ最中だったことから、場所柄もわきまえずに刃傷におよんだ浅野に対し、第五代将軍徳川綱吉は大激怒、浅野内匠頭は即日切腹、浅野家は所領の播州赤穂を没収の上改易されたが、吉良に咎めはなかった。当時、殿中での刃傷は理由の如何を問わず死罪と決まっていた。まして幕府の権威づけのために綱吉が重視していた朝廷との儀式の最中に刃傷に及んだの
≪忠臣蔵、赤穂四十七士の歴史を感じさせる!萬松山・「泉岳寺」!≫萬松山泉岳寺にやって来ました。宗派:曹洞宗寺格:江戸三箇寺慶長17年(1612)に徳川家康が外桜田の地に門庵宗関を招いて創建した寺院。赤穂義士のお墓が有る事で有名!住所:東京都港区高2丁目11-1泉岳寺!!大石内蔵助良雄銅像ドアップでみましょう!曹洞宗のご本山は二つあり、一つは道元禅師が開かれた福井県の永平寺、
2026年4月18日(土)撮影日輪寺のツツジがそろそろ見頃かなって思って行ってみたけど、既にほぼ終了状態・・・。今年は早いらしいという話は聞いてたけど、流石にもう終わってるとは思わなかったな。せっかく来たので日頃の運動不足を解消するためにもと思って一番上まで登ってみたけど、結局カメラを出すこともなく到着。そのまま下まで降りてきて、お寺の方へ行ってみるとこちらは新緑が見事!紅葉が美しい場所は新緑も美しんだと実感。おびんずる様の大仏。
日本を蝕む”朱子学”の闇その79『忠臣蔵』の人気に反比例して、五大将軍・徳川綱吉への評価は著しく低い。現代における評価はテレビドラマによるところが大きい。綱吉がドラマに登場するのは基本的に『忠臣蔵』関連か『水戸黄門』関連のドラマのどちらかであることが多いためで、一方で八代将軍・徳川吉宗の評判はすこぶるいい。もちろん長年放送された「暴れん坊将軍」の影響で、いかにも素晴らしい将軍なのかと思わされてしまうが、そのおかげで松平健が今でもキンキラの格好の将軍でCMに登場するし、アニメやパチンコの
日本を蝕む”朱子学”の闇その78「武」に偏っては正しく国を運用できない。「文」に偏っても民衆を守ることが出来ない。よって「文武両道」が武士に課せられた目標になったのが江戸時代である。そこに大きな影響を与えた軍学者であり儒学者だったのが山鹿素行だった。素行の学問と思想は、一体どのようなものであったのだろうか。素行の士道に対する研究は続き、明暦2年(1656年)には「武教要録」などを著し、「山鹿流」を完成させ、士道をより明確にさせていった。幕末の吉田松陰が相続した吉田家は、代々「山鹿流」を家学
おはようございます´ω`)ノ最近、夜に一人でスマホをいじりながら邦画を探す時間が好きで。Amazonプライムをスクロールしていると、なんとなくNHKのブラタモリの忠臣蔵の回を思い出しました。あのとき、寺社とか歴史の話が意外と面白くて、つい最後まで見てしまったんです。それを思い出したら、「身代わり忠臣蔵」っていうタイトルをたまたま見つけて、忠臣蔵をコメディにした話なんだって興味が湧いて、つい再生ボタンを押してしまいました。……正直、最初はちょっと入りづらかった。ムロ
ムロツヨシ——千両役者の本領発揮本作の最大の功労者は、紛れもなくムロツヨシだろう。嫌味たらしい吉良上野介と、人情あふれる弟・孝証という正反対の兄弟を1人2役で演じ分けるという難役を、見事にやり抜いている。(C)2024「身代わり忠臣蔵」製作委員会特筆すべきは前半と後半のギャップだ。前半はコント的なノリツッコミで笑いを連発させ、「ムロのいつもの芸風」と思わせておきながら、後半になると目の色が変わる。「世を拗ねた戯画めいた眼差しが透徹した澄んだ目になり」、命を賭して大義に捧げる
【2026/04/04放送分】今回は東京駅近くのホテルから始まりました。今タモリさんがいるのは東京丸の内にあるホテル。宴会場のような大きな広間に入ります。皇居がよく見えます。美しい眺めです。ということで、今日の舞台は皇居です。宮内庁の好意で皇居の中で撮影が特別にできることになりました。ブラタモリだからでしょうね。しょうもないバラエティだったら許可せんでしょう。皇居と言えば元々は江戸城があった場所。皇居となっているのはかつての江戸城の中心部分です。今回の舞台は皇居の中にある
赤穂城で100名城スタンプを押して駐車場へ戻る道すがら、時間がないので「大石神社」の境内には入らず入口だけ通り抜けました赤穂大石神社〒678-0235兵庫県赤穂市上仮屋131−7赤穂城のすぐ隣かつての筆頭家老、大石内蔵助の屋敷跡に建てられています大石神社の表参道(入口)には、討ち入りを果たした四十七士(赤穂浪士)の石像が両脇にずらりと並んでいます時間の都合で境内へは入れませんでしたが、入口に並ぶ四十七士の石像に見送られ、忠臣蔵の熱い歴史を感じることができました
高学年の例会は『狂言ラーメン忠臣蔵』【笑いの座】狂言の説明から始まり、狂言ならではの表現が随所で楽しめます本日4月26日18:30開演場所はJ:COM北九州芸術劇場中劇場一般券一人3000円です。古典芸能の素晴らしさを感じ、そして新しい!子どもも大人も大笑いしてくださいご興味がある方は、北九州子ども劇場093-884-3834までhttps://kitakyukogeki.sakura.ne.jp/
おすすめの邦画は?▼本日限定!ブログスタンプ古い映画になりますが、記憶に残っている順番で言えば、菅原文太の「トラック野郎」高倉健の「幸せの黄色いハンカチ」渥美清の「ふうてんの虎さん」です。時代劇では「忠臣蔵」の物語が好きで、役者で言えば勝新太郎の「座頭市」も大好きでした。
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ガチャガチャ(カプセルトイ)でこんなのを見つけました切腹最中!!なんだこれはっ!?再び!!切腹最中を簡単に説明すると、東京港区新橋にある御菓子店「新生堂」さんで実際に売られている商品です。江戸時代、5代将軍・徳川綱吉の時代に起きた江戸城松の廊下で起きた刃傷沙汰・赤穂事件(のちに忠臣蔵として描かれる)で切腹となった赤穂藩主・浅野内匠頭がお預けになり切腹された田村屋敷跡にこのお店があり、忠臣蔵ゆかりのお店ということでイメージして作られたお菓子です。もう随
泉岳寺のガイドをしました。ご高齢者15名です。高校のクラブの同窓生だそうです。高輪ゲートウェイ駅から泉岳寺、旧高輪消防署、元イギリス公使館などを巡ります。忠臣蔵に関連した名所巡りで見どころ満載ですが、おしゃべりに花が咲いたり思い思いにマイペースで歩いたりでなかなか時間通りにすすみません。足並みも乱れます。みなさんの疲れ具合に応じてのゆっくりの行脚で、励まし励ましなんとか全行程を脱落者を出さずに無事終えることができて一安心。いつもと違ったハラハラドキドキのガイド経
前から行きたかった泉岳寺に行ってきました。それと高輪ゲートウェイシティです。泉岳寺、この日は、ほとんどの参拝客が外国の方でした。「忠臣蔵」は海外でも人気なんですかね。主君の仇を討つために、その家臣が長い時間をかけて計画を練り、見事本懐を遂げる・・・外国の方にはどのようにうつるんでしょうか。1964年のNHKの大河ドラマは「赤穂浪士」でした。私は小学校5年生、母親にどうして(タイトルが)「忠臣蔵」じゃなくて「赤穂浪士」なの?と質問したことを覚えています。母親の答えは覚えていません。大
2024年12月この年の12月も大きな改善はなく良くなったり戻ったりを繰り返す状態が続きました。例によって「3歩進んで2歩下がる」状態です。少し良くなったと思うと数日でふらつきが戻るというその繰り返し。12月の末にいつもの耳鼻咽喉科で診察がありましたが最近の様子をお話ししただけでこれまでと同じ薬の継続でした。また苦手だった美容院ですがシャンプー台には横になれるように…以前は頭を右左に寝たまま動かされるとくらくらしたのですが少しずつその動きには
2026年4月新橋の和菓子屋さん新生堂切腹最中で有名なお店土曜の訪問周りのビルは人出が少ないのにこのお店には人だかりテレビ取材も多いお店入り口には切腹最中の模型がどーんと鎮座口上、言われも書かれている忠臣蔵赤穂浪士ようかん歴史好きにはたまらない切腹最中は少し日持ちするので柏もちも購入した白味噌あんと草餅につぶあんの柏もち切腹最中は日が経っても最中パリパリあんこの中には求肥、もちが入っていて食べ応えもあるもちがあるから、あんこはちょうどいい分量口の中
以前は、年末の風物詩。「年末といえば忠臣蔵」と言われるほど、テレビや舞台で毎年のように取り上げられていたような?ただ、忠臣蔵には興味薄の圭那です。と言うことで・・・「2026年02月・1泊2日岡山&兵庫の弾丸旅」の付属記事です。因みに、2日目のネタです。赤穂市⇒赤穂浪士⇒忠臣蔵⇒大石内蔵助が圭那の少ない知識です(笑)まぁ、興味が無いとこんなものですよね。。。赤穂城に登城の後、食事をしてから次の目的地を目指そうとしていた時に、道路標識で・
「嘘だろ。なんでそんなに。もうじき1千万じゃないか」と言いながら私のケツが浮く。「昨日あんまり話す時間がなかったからナンなんだけど細かい振り込みが多いのよ。小原食品とか道下保育園とか地元の企業だとおもうんだけど、、、。細かいたって30万から50万あるのはあんのよ。なんなんだろうね?」「食品に保育園、ナンじゃそりゃ?サッパリわからん」私は意味不明で首を捻った。スポンサーまたは協力者なのかね?「マ、いい。ここで唸ってたってどうにもならない。末野の関係だとオレは思う。みっちゃんとも
いくりんさんお誕生日おめでとう御座いまぁす🎉初コメント有難う御座います^_^千穐楽まで楽しんで下さいね✨忠臣蔵も観て頂き有難う御座いましたm(__)m僕も拝見しましたが、描き方がとても斬新で勉強になりました‼️さて、来月の台本が揃いました昼の部の義賢最期から頑張りまぁす20年ほど前に義賢を初役で勤めさせて頂きましたのが、この大阪松竹座でした。現松竹座の最後は義賢で締めくくりたいと思い、義賢最期にて頂きました。顔に大怪我をしたので、この役はもうしないでおこうと思いましたが、松竹
千葉市美術館は、小村雪岱展に続いて、「日本の美術」との展覧会です(撮影可のみ)。中が広くて展示物が豊富、見て回りやすい美術館ですね。北尾重政の「歌仙絵」に、人麻呂と中務と狂歌の組み合わせの妙。忠臣蔵の早野勘平は、三枡徳次郎。艶めかしい明治後期の美人画は、山本昇雲の「今すがた絵まきもの」から。やはり、役者絵に目がいきます。木村黙老の「芝翫帳」に、国貞えがく三代目歌右衛門の松王丸など。「相州袖ケ浦」は、北斎らしくダイナミック。
赤穂大石神社に来ました⛩️ご祭神は大石内蔵助良雄以下四十七義士命と中折の烈士萱野三平命を主神とする神社です。元禄14年–第一の事件元禄14年(1701)春3月、江戸城中松の廊下で、勅使接待役の浅野内匠頭長矩が、指南役の当家筆頭吉良上野介義央に刃傷におよぶという一大事件が起こった。長矩は将軍綱吉の独裁をもって即日切腹、浅野家は取り潰しとなる。これが第一の事件である。元禄15年–第二の事件元禄15年(1702)12月14日の夜、長矩の家臣大石内蔵助良雄ら四十七義士が吉良屋敷に