ブログ記事202件
徳島のホテルに到着し、敷地内の居酒屋でいろいろ食べた🏮久しぶりにビール飲んじゃった翌朝は、ノロノロと遅めの出発。この日の予定は、眉山にある剣山神社に行く去年の10月に夢で眉山と漢字が出てきて、とっても気になったので、Sさんに聞いたところ…眉山に行くなら、眉山の上にある剣山神社そこは『お祝い』『言祝』という字が出るから、もうちょっと待ってからで良いと思う。と、去年の12月に言われていた。その後、今年の2月にもう一回聞いたら…『自分自身をよく見る場所』なのかな。『地球創生のための
OPENING!生きるってことは~一夜限りのワンナイトショー~♪矢のように走る~時のはざまで踊ることさ~♬今夜おまえはヒロイン~もう泣かないで~♫おばんかだです日本イスラエル同祖論研究+∞へようこそ(^▽^)/はじまりはじまり~日本上陸北イスラエル国の日本上陸は淡路島と出雲、計二回あったかと思われます。南ユダ国の日本上陸は一回はあった。まず最初に、北イスラエル国の船団での淡路島上陸次に、その北イスラエル国の出雲への拡大。さらに、陸路で来て朝鮮半島から別な北イスラエル国部
鳴神社は、わかやま電鉄貴志川線:日前宮駅から東へ1㎞にところに鎮座されます。鎮座地:和歌山市鳴神1089番地鳥居に向かって左前に、鳴武(なるたけ)神社が鎮座されます。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー鳴武(なるたけ)神社別名:壺の御前由緒当社は五世紀頃創建された古社で、御祭神は武甕槌命(たけみかづちのみこと)である。古来から「壺の御前」と称され、広く世人から崇敬され親しまれてきました。
こんばんは!@Ricoです。あけましておめでとうございます⛩元旦の七福神巡りからの帰省👣元旦の気づき|七福神巡りから五百羅漢寺まで──いにしえからの教え|Rico|神仏巡礼結びナビゲーター@Ricoです。先日お知らせしました「江戸最初山手七福神巡り」おかげさまで、無事にミッションコンプリートいたしました!今回は、「商売繁盛」ルートではなく「無病息災」のルートとなりましたので、白金高輪駅から向かいます。※白金地区から目黒地区へ巡礼するルートです”覚林寺→瑞聖寺→妙圓寺→大円寺→
前回からの続きです。(↓前回の記事はこちらです↓)『『サイトウ』の起源⑥水の女神に守られた海洋民の世界汽水の港湾に栄えた「葦原の国」』前回からの続きです。『『サイトウ』の起源⑤二つの『サイトウ(斎藤)』の誕生海洋民を取り込んだ藤原氏の戦略』前回からの続きです。(↓前回の記事はこちらで…ameblo.jp前回は、千葉県北部から茨城県南部に及ぶ領域に、栄えたとされる・『菟上之国(うなかみのくに)』について、書きました。・『大杉神社(おおすぎじんじゃ)』(茨城県稲敷市阿波9
👑古代国家の深淵:三位一体の「忌瓮」祭祀が築いたヤマト王権の構造【あなたは今、古代ヤマト王権の根幹に触れようとしています。】もし、古代の王権が、単なる武力や経済力ではなく、**「神の意志を体現する、厳密に設計された祭祀」**によって築かれていたとしたら?日本最古の国家体制、その揺るぎない礎は、**「神霊の顕現」「清浄の物理化」「空間の警護」という、三つの絶対的な要素が、一つの神聖な器、「忌瓮(いわいべ)」**を中心に統合されることで完成していました。本稿は、古代史の深淵を**考察し
💎【究極分析】古代ヤマト王権の祭祀を支えた三つの柱:大田田根子・物部氏・忌部氏と神霊の器「忌瓮」の秘密⛰️「なぜ、古代のヤマト王権は、あれほどの強大な力を手に入れられたのだろう?」もしあなたが、日本の根源的な精神構造や、初期国家の祭祀体系に深い関心をお持ちなら、この問いは、まるで三輪山の霧のように、常にあなたの心を覆っているかもしれません。国家の礎を築いた祭祀には、必ず「神」と「人」と「道具」を結ぶ、確固たる構造が存在します。本記事では、その中でも特に核心的な五つの要素
🐢甕(かめ)と亀(かめ)の聖なる融合:大神神社・忌部氏・神名の究極解析💡序章:古代の神秘への問いかけもしあなたが、悠久の歴史を持つ大神神社(おおみわじんじゃ)の拝殿に立ち、灯籠や手水鉢に刻まれた「亀(かめ)」の意匠を見つめ、ふと疑問に感じたことがあるなら―「なぜ、この**大神(おおかみ)の聖域に亀がいるのだろう?」「この亀は、古来の大物主神(おおものぬしのかみ)**の信仰と、どう繋がっているのだろうか?」その疑問は、古代の祭祀体系の最も深遠な核へと繋がる、最高の知的好奇
⛩️忌部氏と忌瓮(いわいべ):倭大物主櫛𤭖玉命に秘められた古代祭祀の究極の暗号【清浄と霊力の融合】🔮あなたの知的好奇心を満たす、古代日本の「神聖」への探求「なぜ、大神神社の祭神名に『𤭖(みか)』という祭祀の道具が隠されているのか?」古事記や日本書紀を紐解いても、その真の繋がりが霞んで見えていた、古代日本の祭祀の核心。大神神社の主祭神、倭大物主櫛𤭖玉命(やまとのおおものぬしくしみかたまのみこと)。宮廷祭祀を司った職能集団、忌部氏(いんべうじ)。神酒を捧げ、神の依
👑忌瓮と忌部氏の究極的な関連性:古代祭祀の核心を読み解く💡こんな疑問はありませんか?「忌瓮(いわいべ/いんべ)」と「忌部氏(いんべうじ)」、発音は似ていますが、一体どのような語源的・機能的な関係があるのだろうか?日本の古代史、特にヤマト王権の祭祀を深く知る上で、この二つの関係性はどこまで重要なのだろうか?もしあなたが、古代史の核心に触れ、神聖な祭祀の裏側にある氏族と道具の深遠な結びつきを解き明かしたいと願っているなら、この記事はあなたの知的好奇心を満たすための究極の羅針盤とな
このブログを含む各SNSは私個人の投稿です。古代史研究会、音楽交流会の詳細はメッセージボードをご覧ください。投稿したタイミングで関連配信、動画を毎回のように発信されるのは迷惑です。ご自身の考え、言葉で発信しましょう!ご依頼、お問合せは各メッセージにてお願いいたします。こんばんはいつもブログを読んでいただきありがとうございます古代史研究会の記録11月11日、18日中部地区某所にて21時ごろから先日も投稿しましたが、忌部氏と物部氏は同族ではありません。再度まとめを添付
黄金の簒奪者たち:その106明治維新を”秘密結社”に例えるなら、その精神的支柱もその組織を作ったのも吉田松陰といえる。吉田松陰の思想の根幹は徳川光圀が南朝こそ正統と説いた「大日本史」のベースとなる水戸学であり、それに具体的な諜報活動と軍略(暗殺・戦闘)を加えて弟子たちに教えたのが松陰の松下村塾だったのである。”松陰の”としたのは、最初の松下村塾とは異なり、吉田松陰による後期松下村塾は「維新革命」の実践活動に立ち上がることを誓い合い、門下生をはじめ藩政府当局などに宣言したことにあり、現在も
九頭大明神(和歌山市朝日)紀伊国名草郡和歌山市朝日(詳細住所不明、アクセスはGoogleMapをスクショした下部写真にて)(ローソン和歌山和田店より東へ400mほど)(P無し、近隣停め置き不可)■祭神(不明)和歌山市南部の田園地帯、「朝日」に鎮座する小さな社。当社についての資料は見当たらず詳細は不明。当地で「九頭」を冠する社は紀伊国造家(=紀臣、大伴氏・久米氏・忌部氏同祖)に関わる一社ではないかと考える次第。御祭神は天手力男神(=磐排別命)が祀られているのでしょうか。右側(
◆「祝詞新講」次田閏著(~22)長々と続ゐた「祈年祭」も今回が最終回。「祈年祭」が一番長いのかな?やうやくここまで來たかといつたところ。当ブログにお越し頂く方々には退屈なものでせうが、私にとつては大變に栄養となる企画物記事。どんどんと進めて參ります。*此の企画物記事は「祝詞新講」(次田潤著)を教科として~*~*~*~*~*~*~*~*~*~■過去記事一覧『◆【過去記事一覧】「祝詞新講」次田閏著』「祝詞新講」次田閏著昭和二年発行。近代において最高の「祝詞」研究者である
このブログを含む各SNSは私個人の投稿です。古代史研究会、音楽交流会の詳細はメッセージボードをご覧ください。投稿内容を無断で配信されるのは迷惑です。誤解を招くような考察等はしないでください。質問、ご意見、ご感想は各メッセージにてお問い合わせお願いいたします。こんにちはいつもありがとうございます以前から何度も言っていますが、物部氏の方々はなぜ出雲、忌部、尾張と同族にしたがるんでしょうね。傍流の傍流の傍流の縁戚の縁戚の縁戚⁈それってもう別の氏族ってことでだれも異論はないと思い
杉山神社は、鶴見川沿いに多く分布天太玉命(アメノフトダマノミコト)を祖とする忌部氏の阿波一族が安房神社を祀り674年に現在の横浜である都筑に創設したのが始まりとされる。歴史が古い。生田の杉山神社は1613年に一旦再建されたとあり、それ以前に既に存在していた。<主祭神>日本武尊(ヤマトタケル)狛犬は本殿前に配置天保11年(1840年)生まれ石づくりで風化具合が絶妙で良いおかっぱのようで親しみがわく尻尾もバームクーヘンのよう
ようこそ!!神様、スピリチュアル、料理に漫画好きなことを好きなように好きなだけ発信中。新地亜紀と同居人みっちゃんです。いつもご訪問ありがとうございます。*・・・*★*・・・*★*・・・*★*・・・*布刀玉命ーふとだまのみことー『日本書紀』では、太玉命や、天太玉命ーあめのふとだまのみことーと表記。思金神ーおもいかねのかみーが考えた、天照大御神を、天岩戸からお出まし頂く方法が、良い策かどうか、天児屋命ーあめのこやねのみことーと共に、太占ーふとまにーで占った神様です。
ほんの200年前まで、歴史から消されたといわれる「タルタリア帝国」がありました。そして、その消し方が複数の核兵器〔もしくはそのような爆発物〕。ロシアには、それが爆発したといわれる巨大な穴〔悪魔の穴〕が複数存在します。タルタリア帝国は、フリーエネルギーを使っていました。建物のてっぺんにアンテナのようなものがあり、建物を伝って電気が流れるようになっている構造を解説した動画も以前のツイッターにありました。ジュディさんレポートに、200年程前、全人口の98%が消えた、という記事がありました
こんにちは😃少し前から行きたいところがありますそれは、「安房神社」※画像お借りしました日本三大神社の一つで、金運UPのパワースポットだそうですーーーーーーーーーーーーーーー安房神社が「最強」と呼ばれるのは、日本三大金運神社の一つであるためで、特に商売繁盛や起業、ギャンブル運を高めるご利益があるとされています。祭神の天太玉命が、祭祀を司る忌部氏の祖神であり、金運の神様として知られていることがその理由です。ーーーーーーーーーーーーーーーギャンブルは全く興味ないとして、商売繁盛や
お読みいただきありがとうございます。人生の彩どり師・関みゆ紀です。奇異ワード72と884は惹かれ合う-112"家紋"の続きです。昨日の9月11日で、アメリカ同時多発テロから24年経過しました。この事象も「エグスプロージョン(爆発)」の話です。宇宙の真ん中で愛智を学ぶー117「二十宝玉・フトマニ」「エグスプロージョン(爆発)」の繋がりで4.松永久秀と岡本太郎へとルートを進めます。クリスマスの鶴見神社で突如投入された「本能寺の変byエグスプロージョン(爆発)」「爆発って、芸術
お読みいただきありがとうございます。人生の彩どり師・関みゆ紀です。奇異ワード72と884は惹かれ合う-104"花火"の続きです。「柑橘系シリーズinクリスマス」のカボス、いや、カオス。なぜ、急に「本能寺の変」が出てきたのかの謎を更に追う。これ、一石で何鳥も狙ってるというか、ルートが多岐に渡っているのです。この時の私は、北陸の「劔神社」は織田氏の氏神で「織田信長のルーツは忌部氏説」が頭の中でグルグルしておりまして。「日枝大神社」は、「天台宗の総本山・比叡山延暦寺」と「神仏習
再び、『北天の魁』より参照。竜飛岬の方に「イシカホノリ」という信仰があったそうです。竜飛岬6人の首長が崇拝していたという。その6人とは、・馬止部(耶馬世=やませ)背高のっぽ・貴羅部(止辺地=とべち)まっしろ白髪・阿止部(多駄羅=ただら)ずんぐりもっく・阿舎羅(茶保=ちゃほ)髪ぼうぼう・阿蘇部(志辺礼=しべれ)ひげもじゃら祭壇の中心に石神あり。この中心に座るのは、白い髭がひざまで垂れている・石北部(阿摩礼=あまれ)というもの。阿摩礼は、イシカホノリの神に近づけるとされ
天太玉命(あめのふとだまのみこと)神社は、JR桜井線:金橋駅から東へ1㎞、葛餅で(奈良では)有名な天極堂からは西へ100mのところに鎮座されます。赤マーク天太玉命青マーク天極堂鎮座地:奈良県橿原市忌部町153天太玉神社の前に、車1台分くらいの神社専用駐車場があります。この日は、天極堂で葛餅を買った後に参拝しました。天極堂。私が好きなのは、「葛餅」、夏に冷やして食べる「ぷるるん」、「苺みるく本葛氷」です。「苺みるく本葛氷」はTV番組で何度も紹介
『卑弥呼と台与の真実』その3川崎一水2卑弥呼と台与〝卑弥呼〟とはだれか?卑弥呼の本名は一般には〝ヤマトトトヒモモソヒメ〟といわれている。〝ヤマトトトヒモモソヒメ〟は『日本書紀』では倭迹迹日百襲姫と書かれる。これは〝十十日百回世襲する大和の姫〟の意味である。つまりこれも本名ではない。あえていえば〝迹迹日姫〟か〝百襲姫〟が本名に近いものになる。ところが『古事記』では〝ヤマトトモモソビメ〟と書かれる。漢字では万葉仮名のように〝夜麻登〟+〝迹〟+〝母
古代朝廷で重要な氏族の祖神シリーズ2回目天神は天津(あまつ)神とも称され、元々高天原にいらして「天孫降臨」の時に御伴をして地上に降りてこられた神々です。平安初期に編纂された『新撰姓氏録』は、現代では完全な本は残っていないそうですが1182の氏が記録されてヤマト政権下で豪族が組織化されていることを物語っているとか。そのうちのごく一部ですが神別(天神)氏族をご紹介します。神別(天神)氏族の場合は「天岩戸神話」で、天照大御神の復活に、どの神様がどんな役割分担をしていたか?につながって
《前編》より【真名井御前と空海】嵯峨天皇以外に、空海と大変縁の深かった人物に、空海と恋仲であったのではと想像されている真名井御前という尼僧がいます。私は当初、もしかすると、この真名井御前がかぐや姫のモデルではないか?と考えたこともありました。真名井御前は、年は空海よりも30歳近く若く、生まれは元伊勢の一宮・籠神社の神官海部氏の娘で、幼名は厳子(いつこ)と言います。厳子は10歳の時に京へ出て頂法寺六角堂に入り、本尊の如意輪観音に帰依して修業に励んでいる時に空海に出会って
上小倉神社紀伊国名草郡和歌山市下三毛508(鳥居横に空きスペース有)■旧社格村社■祭神手置帆負命彦狭知命[配祀]誉田別命伊弉諾命伊弉册命須佐男命和歌山市の最東部、長閑な田園地帯「下三毛」に佇む社。◎創祀は和銅年間(708~715年)とされています。創建由緒は不明。明治に改称されまでは「九頭神社」と称されていたとのこと。◎「紀伊続風土記」によると「九頭」は「国主」であり、大国主神のこととしていますが、これは後世の附会によるもの。「紀ノ川」流域に多く鎮座する九頭神系の
奈良県北葛城郡にある讃岐神社は馬見古墳群の南・巣山古墳の隣にあります。讃岐というと香川県の讃岐うどんですが、やはりこの一帯は讃岐国の斎部氏(忌部氏:いんべ)が移り住んだ地で、讃岐の故郷の神を勧請し創建したものとみられます。竹取物語に登場する「竹取の翁」が名を「讃岐造」ということから、これが大和国広瀬郡散吉郷のことであるとして、「竹取物語ゆかりの神社」となっています。忌部氏・阿波忌部、讃岐忌部、紀伊忌部・中臣とともに祭祀を行う家柄であった
[紀伊国名草郡]上小倉神社■表記彦狭知命(ヒコサチノミコト・ヒコサシリノミコト)■概要工匠の守護神として崇められる神。紀伊忌部氏の祖とされます。◎紀の巻二神代下第九段第二一書に登場しています。━━時高皇産靈尊勅大物主神汝若以国神爲妻吾猶謂汝有疏心故今以吾女三穗津姫配汝爲妻宜領八十萬神永爲皇孫奉護乃使還降之卽以紀國忌部遠祖手置帆負神定爲作笠者彦狹知神爲作盾者天目一箇神爲作金者天日鷲神爲作木綿者櫛明玉神爲作玉者乃使太玉命以弱肩被太手繦而代御手以祭此
忌部ゆかりの地先日、勝浦にある【遠見岬神社】(とみさき神社)にてご祭神の天冨命(あまとみのみこと)や千葉の成り立ちについて知る機会がありました。その夜のこと眠りに就くときなぜか涙が流れてきました。なんの感情も湧かず、悲しいわけでもなく止まることなく流れる涙。脳裏に浮かぶのは展望台から見た海。なんで涙が?と思いながら眠りにつきました。数年前に安房神社に参拝した時のブログを読み返してみると『190頁目〜日本三大金運神社【安房神社】と【洲崎神社】〜』まだまだ受付中💕のタロ