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大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺』で江戸城の傀儡師として陰謀家ぶりを発揮した『江戸城の怪人~御三卿一橋治済の野望~』のについて大河『べらぼう』でも、怪人ぶりを発揮している一橋治済、将軍家斉の実父として隠然たる力を発揮する(『NHK-英雄たちの選択』より)番組について大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺』の蔦重が活躍したその時代に自身は将軍にはなれなかったが、将軍家斉の実父として長きにわたり隠然たる存在にもかかわらず、力を大いに発揮した一橋治済(1751~182
第百十八代後桃園天皇は江戸時代の天皇です。現在の大河ドラマは蔦谷重三郎ですが、後桃園天皇は蔦重よりも後に生まれ、若く崩御されましたのでまさに現在の大河ドラマでの前半の時代といっていいでしょう。御父、桃園天皇の第一皇子、御母は一条富子。御名は英仁(ひでひと)、二宮(にのみや)。宝暦八年(1758年)生。在位、明和七年(1771年)から安永八年(1779年)。桃園天皇が崩御されたのは、英仁親王が五歳(満年齢四歳)の時でした。第二皇子の貞行親王もまだ二歳と幼い上に既に伏見
おはようございます「べらぼう」も動いております三十話からの十話では、徳川家治の薨御もあり、それに伴い重臣であった田沼意次の立場も危ぶまれ、懇意にしていた蔦重や周りの方々も苦境に立たされる場面が多く、まさに「闇の時代」自然災害や現代の「米不足」を、風刺しているように感じる話もあり、昔も今も「無策な政」に迷惑をこうむるのは、私たち庶民なんだなぁと感じながら見ていました歌麿も、幸福の絶頂から奈落の底へ未だ、写楽が登場していませんが、そこを楽しみにしながら、残り三ヶ月、見届けたいと思います
2025-09-27コスモスが沢山咲いてる場所がありましたトコトコ〜ここからはずーっと同じ感じの景色の中を歩きますあら、ここにも飲食店ホント、ランチ早まったなぁチッ西国街道安永五年?調べたら、徳川家治の時みたい。ガッツリ江戸時代だね〜トコトコ〜くぐりまーす⑯北真経寺入りまーすご挨拶〜トコトコ〜⑰内裏公園またまた線路をくぐりますトコトコ〜
江戸時代徳川家による支配で脈々と続いた幕府は15代慶喜で終焉を迎えたその過程で9代家重は側室が難産だったことから脳性麻痺を負い話す言葉も排泄もままならなかったが一方家重は頭脳明晰だった身体の不自由さを補う家臣と側近に恵まれ将軍になる実話を基にした<まいまいつぶろ>は側近と家重の死までが描かれて読後は湖に居るような深い感覚に、、その続編が村木嵐<またうど>家重が将軍となる前目から鼻に抜ける様なずば抜けた賢さを持つ青年の田沼意次に出会う意
9月17日が命日・忌日の有名人・著名人1786年(天明6年8月25日)49歳没(脚気衝心)徳川家治さん江戸幕府第10代将軍父:徳川家重1938年満28歳没(赤痢)山中貞雄さん映画監督『丹下左膳餘話百萬兩の壺』1956年69歳没(?)岩崎輝弥さん実業家、鉄道ファン(撮り鉄)鉄道趣味の先駆者1965年86歳没(?)櫻井忠温さん陸軍軍人、作家『肉弾』1979年満56歳没(肝不全)吉田満さん小説家『戦艦大和ノ最期』⇒『吉田満(1923年1月6日生
友だちとみとむやさんでランチしたあとは、移動して『八点鐘』でお茶して来た。仲の良い友人宅に行く途中にあり、前々から気にはなっていたんだよね。1763年に建てられた蔵を利用したカフェ。十代徳川家治の代からある建物ってすごい中もレトロ〜。スタバにいた娘から、パンどろぼうの新刊出てたよってラインきたのでお店の写真送ったら、ばりおしゃれやんって返事が来た店内をキョロキョロ見渡すと、いろいろなものに小さな付箋で説明書きがしてあって面白かった。今は懐かしい土壁。若い子は知らないだろうな〜。
9月10日水曜日大河ドラマ「べらぼう」主要登場人物牧野貞長(大鷹明良)牧野貞長(まきのさだなが)は、江戸時代中期の大名。奏者番、寺社奉行、大坂城代、京都所司代、老中。常陸笠間藩主。成貞系牧野家5代。官位は従四位下・侍従、備中守、備後守。牧野家4代の牧野貞通の五男として江戸藩邸に生まれる。幼名は道五郎といい、のちに沢翁(たくおう)と称す。五男であったが、長兄の忠敬が越後国長岡藩主となり、次兄の貞隆が早死したので、寛延2年(1749年)に継嗣となり家督相続
皆さぁ〜ん、大河ドラマ「べらぼう」見てますかぁ〜今回は自然災害から始まったけど…怒りが爆発しそうだったなって第31話の感想ぉ!前回の最後から始まった大洪水。利根川が決壊し江戸市中も大洪水で大災害…市中は…お救い小屋に民が集まり…しかし、物価は上がり…なんか…今の世も物価高騰だなこんな時に…幕府は…どいつもこいつも!!将軍、家治は優しすぎるし…側室は自らの保身ばかり、大奥は腹黒いし…こいつ、松平定信は田沼意次落としに夢中…1番の悪、一橋治済は民のことなど考えすらせず、策略ば
徳川家治ロスだけどーー天からミテルゾ!あー良かったー徳川家治べらぼうの後は!!TBSで日曜日の劇場です21時🕘だよ!全員集合!毎日毎日暑くてね、、、アイス🍨🧊さんに日陰を作ってあげる殿優しさが溢れておりますべらぼうの後観てねー!瀬川めっちゃ頑張っているので!19番目のカルテ観てねー!健康と病院🏥のお話し毎回めっちゃ涙活ですいつもめっちゃいいお話しなんです!!
大河ドラマ「べらぼう」第31回の紀行で、寛永寺などが出てきましたね。上野、寛永寺。四代将軍、家綱の霊廟が造営されたあと、将軍家の菩提寺になり、6名の将軍がここに眠っています。十代将軍、家治もその一人。徳川家治公御宝塔。後の将軍や大名は命日や正月などに寛永寺の霊廟を訪れたと言います。江戸の転換期ともいえる時代に、老中、田沼意次を重用した家治。今も上野から
今回は、色々な人の死が描かれた回でした。田沼意次の力の源、将軍徳川家治がかえらぬ人に。本人が言うように、風邪でも引いたのか、お知保の方と将棋をしている際、(彼女もそうとは知らずに)少しづつ毒を盛られていたのか、上様は体の不調をきたしており。心配したお知保の方は、全くの善意で滋養をとってもらおうと、手ずから『醍醐』を作って上様に食べさせたのですが、これがいけなかった(;_;)体が悪いのに、普段食べつけないものを食べたから余計に調子を崩したのか、単なる食中毒なのか(夏だしね…)、それとも毒が
8月20日水曜日大河ドラマ「べらぼう」主要登場人物大崎(大奥御年寄)(映美くらら)大崎(おおさき、生没年不詳)江戸幕府第11代将軍・徳川家斉付きの大奥御年寄。大崎というのは大奥での通称であり、出自などは不明。徳川家斉の乳母であるという説もあるが、「徳川諸系譜」によれば大崎は元は一橋家の奥向きで仕えており、家斉出生時の御誕生御用掛(助産婦)を務めたとある。長じて江戸城西の丸へ異動しており、安永7年(1778年)前後の「分限帳」の記録によると、この頃は御客会釈(
「べらぼう」が面白いことは、何度も書きましたが、森下佳子、ここまで非情になれますか。渡辺謙扮する田沼意次は、ついに老中の座を追われます。後ろ盾だった将軍、徳川家治が亡くなったためですが、自分の周りにいたシンパたちも、一斉に意次を遠ざけます。家治も、亡くなる前に、生田斗真扮する一橋治済に、まつりごとの根幹を説きますが、治済は、もはや上様は、正気ではないと取り合いません。これから、どういう政治になるかが、よくわかります。時代が動いたのです。そこまでは、歴史を知っていれば予想出来たのですが、森下
NHK8月20日水曜日夜🌉22時🕙から大河ドラマべらぼうコラボスペシャル10代🔟将軍🔟徳川家治役真島秀和さん!!出演してくれるの嬉しい10代🔟将軍徳川家治さんが真島秀和さん私の中ではとても良かったですありがとうございましたべらぼうの10代🔟将軍徳川家治良かったなあかっこいい😎
今夜のべらぼうです。利根川の堤防が決壊して濁流が市中に流れ込みました。幕府は、救い小屋を建てて、対応しました。市民は、濁流の後始末に必死になっています。長谷川さんです。取り締まりの仕事で市中に来ました。これからは、米や水、油、何でも値上げします。幕府が値上げ中止のおふれを出しても無駄になりました。松平定信です。老中になりたくてたまりません。知保の方が弱った家治に滋養食を作って持って来ました。醍醐と言う滋養食です。田沼意次は、老中職を退く事を勧められています。家治に辞職を出
江戸幕府十代将軍徳川家治は、天明6年(1786)8月25日に亡くなったと言われています。13年前に書いた記事です。家治の死は隠されて、8月(今なら9月になる)と言う暑い日もまだまだある時期でありながら遺体はしばらく放置されて悪臭もあったようです。その上、死が発表されたあとは夜陰に紛れて寛永寺まで運ばれてました。将軍の死としてはあまりにも悲しい最後です。
こんにちは、果実帽子です。昔から歴史小説を読むのが好きだったので、中学生のときからNHKの大河ドラマは視てました。今放送しているのが、江戸時代の中期から後期を舞台にした「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」で、江戸時代のメディア王と称される蔦屋重三郎を主人公にした物語です。以下は、ネタバレになるので、それが嫌な方は、こで閲覧を止めて離れて下さい。↓↓↓↓↓↓↓↓天明6年(1786)秋が来ても洪水の影響で実りは期待できません。蔦重は深川の長屋を訪れ、
8月12日火曜日大河ドラマ「べらぼう」主要登場人物高岳(たかおか)(冨永愛)高岳(たかおか/たかだけ、生没年不詳)江戸時代後期の大奥女中(上臈御年寄)。江戸幕府10代将軍・徳川家治、11代将軍・徳川家斉の時代には大奥で筆頭老女を務めた。高岳は宝暦期には大奥の御年寄である松島局に続く実力者だったが、明和期になると大奥の筆頭老女として権勢をふるった。明和2年(1765年)、仙台藩主・伊達重村が自身の官位昇進を実現するために高岳を含めた松平武元(老中筆頭)・田沼意
こんにちは、果実帽子です。昔から歴史小説を読むのが好きだったので、中学生のときからNHKの大河ドラマは視てました。今放送しているのが、江戸時代の中期から後期を舞台にした「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」で、江戸時代のメディア王と称される蔦屋重三郎を主人公にした物語です。以下は、ネタバレになるので、それが嫌な方は、こで閲覧を止めて離れて下さい。↓↓↓↓↓↓↓↓天明6年(1786)7月折からの大雨により利根川が決壊、その影響で江戸の町にも水が押し寄せま
江戸幕府11代将軍・徳川家斉みなさんは、徳川幕府第11代将軍と聞いて、すぐにその名前を思い出せますか?幕府を開いた初代将軍・徳川家康や、生類憐みの令を出した5代将軍・徳川綱吉などと比べると、歴史上では少し影が薄いかもしれません。しかし、11代将軍の徳川家斉(とくがわいえなり)は、とあることでとても有名なんです!それは、彼の夜の生活の派手さ!徳川家斉は、江戸幕府の第11代将軍です。1786年(天明6年)に第10代将軍徳川家治(とくがわいえはる)が亡くなると、家斉は15歳という若さ
こんにちは、果実帽子です。昔から歴史小説を読むのが好きだったので、中学生のときからNHKの大河ドラマは視てました。今放送しているのが、江戸時代の中期から後期を舞台にした「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」で、江戸時代のメディア王と称される蔦屋重三郎を主人公にした物語です。以下は、ネタバレになるので、それが嫌な方は、こで閲覧を止めて離れて下さい。↓↓↓↓↓↓↓↓施政の中枢を担っていた重臣が、後ろ盾とする城主が亡くなると、その地位を追われることは江戸時代の幕
前回、放送された大河ドラマ「べらぼう」で、浅間山が噴火、江戸の町に、火山灰が降り積もるシーンがありましたね。これが、田沼意次、失脚の原因となる訳ですが、その経緯を、雑誌「歴史街道」の今月号から。歴史街道2025年7月号(特集1「田沼意次と松平定信」)Amazon(アマゾン)田沼意次は、第八代将軍、徳川吉宗の時代に、600石の旗本の子として生まれます。父、田沼意行は、元紀州藩士で、徳川吉宗が、将軍となる時に、江戸に連れて来た50人ばかりの藩士の中の一人。意次は、16歳の時に
明和4年(1767)7月1日、田沼意次が側用人になりました。『べらぼう』が始まるときから5年前の話。田沼時代の始まりとも言われている出来事です。15年前に書いたものを貼ります…
英雄たちの選択「田沼意知殺傷事件」を見ました。1784年田沼意次の息子・田沼意知が江戸城で佐野政言に斬り付けられ、2日後死亡します。このとき、目付衆16人が目撃したが、止めに入らなかったそうです。目付衆は将軍や老中によって任命されます。徳川家治には田沼意次がいて田沼一派で重役が固められてると思われます。目付衆は当然田沼意次が任命したと思われます。しかしその目付の中に、佐野政言がいたのです。仲間をうまく懐柔したと思われます。この事件で田沼意知の遺体は葬儀中に百姓に石
スマホのマップに「庚申塔群」というのか野田警察署の近くにあって、前から気になっていた。マップの示すあたりは共同墓地であり、どうしてこのへんだろうと思っていたが、よく見たら、共同墓地の一郭に庚申塔があるのがわかった。共同墓地は鍵が掛かっていて部外者は入れないので、外から撮ってきた。左の群5基並んだ群と少し離れて同じくらいの群があった。5基の方は一部裏も見ることができ、一番外(左)寛政九十月、次が明和九十一月と読めた。ネットで調べたら寛政は西暦1789~1801年で江戸幕
こんばんは!セドナさん!暇なので来ました。今日は1日中大雨で肌寒く、散歩できませんでした。こんばんは、ヌシさん!セドナです🌌今日もお越しいただき、ありがとうございます!1日中の大雨と肌寒さ、お疲れさまでした☔💦散歩に行けないと、体も気持ちも少し重くなりますよね。でも、そういう日は内省したり、ゆっくりするにはちょうどいいタイミングかもしれませんよ🌙🍵-前回の1892年木星編あまり人気がない感じでした!ここのまま土星編に行ったところで結果が目に見えてます。なぜ明治以降になると興味がなく
【島津重豪(しまづしげひで)】田中幸太朗延享二年~天保四年(1745-1833)島津家第25代当主で薩摩藩第八代藩主。島津分家の加治木島津家当主・島津久門の長子。幼名善次郎。母の島津都美(島津一門出身)は善次郎出産後、産後の日だちが悪く19歳で死去している。宝暦三年(1753)父が本家に復し薩摩藩主(将軍家重の偏諱を受け重年)となると加治木島津家を継ぎ兵庫久方と名乗る。翌四年八月、重年の嗣子として本家に入り又三郎忠洪と名乗る。同五年六月、父の死により11歳で家督を相続、同八年(175
皆さぁ〜ん、大河ドラマ「べらぼう」見てますかぁ〜唐丸改め歌麿が戻ってきてどうなるかなぁ〜?って第19話の感想ぉ!先に江戸城では…将軍・徳川家治の側室で亡き家基の生母、知保の方が毒を含んだと騒ぎが起きましたが…これは知保の方や周りの女たちの謀…家治の気を引きたい知保の方や田安家の狂言…家治さん大変だなところでこの女⬆️…薬に詳しいらしいけど…家基や松平武元を暗殺したんじゃ…家治は子を作ることを諦め、一橋家から養子を迎えることに決めるのです。これって一橋の謀じゃないの?さらに家
【11代将軍家斉と松平定信】先日、鈴木荘一著「遊王将軍・徳川家斉の功罪賢臣・松平定信との相克」(花伝社)を読んだ以下は一部抜粋はじめにわが国の骨格を形成したのは、二百六十四年におよぶ平和を確立した徳川政権である。家康が幕府を開いてから慶喜が大政奉還するまで、最も在任期間が長かった将軍は十一代家斉の在位五十年であり、徳川二百六十四年の約二割に及んでいる。これは八代吉宗の二十九年をはるかにしのぐ長期政権だった。だから江戸時代=徳川政権を理解するうえで、家斉の功罪を