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とある金曜日の夜🌉…、家内と"徳一@会津若松"でディナー🥢自身の注文は、天ざるそば🥢挽きたて(きっと…💦)、打ちたて、茹でたての三たてで美味い😋会津の郷土料理、鰊の山椒漬け🐟天ぷらは、海老🍤などの定番🍤に紛れて饅頭が鎮座‼️お客様をご案内すると十中八九『えっ⁉️饅頭の天ぷらですか⁉️』と言いますが、食すと…、『なるほど…、コレはアリですネ❣️』となる、不思議な饅頭です😁家内は、安定の鴨ざるそば🦆店主👨🍳は、私が食べるものと思い込み『そば…、少しだけ盛りを良くしました❣️』との
小室直樹の蔵書を会津柳津温泉花ホテルが預かっています。つい先日、その蔵書を整理していたら、三島由紀夫の『暁の寺豊饒の海㈢』の文庫本に付箋が四カ所してあるのを見つけました。小室が三島の仏教思想に共感していたことは、その著書『三島由紀夫と「天皇」』を読んでいたこともあり、私なりに分かってはいましたが、それで改めてその部分を読み返してみました。三島は大乗仏教の一派であり、日本には法相宗として伝来した唯識の思想を、誰でも理解できるようにノート的にまとめたのでした。仏教がアートマン(我)を否
柳津町の福満虚空蔵尊、日本三所の虚空蔵菩薩の一つに数えられる福満虚空藏菩薩。今からおよそ1200年の昔、大同2年(807年)名僧徳一大師によって開創され、本尊の福満虚空藏菩薩は弘法大師により刻まれたと伝えられています。本堂脇の境内には、数体の牛の像があり、開運撫牛として親しまれている。本堂から反対方向に歩を進めると、この日初めて気づいた絶景ポイント、紅葉の向こうに只見川と橋そして、見事な紅葉庫裏の白壁とのコントラストに目を奪われる。丑歳・寅歳生れの守り本尊
2025年11月10日。西村慎太郎です。今日も引き続き大字小野田字清水の古刹清水寺の縁起を『奥相志』(東京大学史料編纂所蔵写本四一四一・二六―二〇。原本は相馬市指定文化財)から見てみたいと思います。----------------------------------------延暦中於標葉郷小野田邑宮(ママ。営)建仲善寺〈至大同二丁亥年移今之寺沢、本尊十一面観音、慈覚作〉、又営建一寺于會津石梯山號大寺、又称清水寺、或又田村丸与沙門延鎮一心創洛陽東山清水寺、徳一住石梯山清水寺、後附
早朝晴れ、おや大です訪問者の皆さんおはこんばんちはでございます昨日は日中37度!!!全国ニュースに登場する程の暑さでした・・・酷暑は熊谷や山形と思っていたのに我が街でも体温より暑い日がくるとはひたすら涼を求める1日でしたそんな感じでお昼は久しぶりに徳一さんへなめこおろし蕎麦やらトマト蕎麦を注文するおかみと娘を横に灼熱のカレー南蛮蕎麦を注文し暑さに抗うおやじ熱いけど徳一さんのカレー南蛮美味しいよねぇこの暑さがこれから続く予報で
2月初旬、会津の大雪☃️が連日全国ニュース🖥️で放映されていた日の夜🌙、温かい蕎麦が食べたくなり市内の人気店徳一🥢へ🚙💨18時30分に店舗到着🤚いつものこの時間であれば、平日でも5〜10名程の先客がいるのですが、なんとゼロ💦店主曰く『大雪❄️で閑古鳥🐣ですわ、ハハッ…😅💦』とのこと。少しでも売上げに貢献しようと、鴨南そばの大盛りを注文🦆ちょっと湯気♨️ってますが、鴨出汁スープと焼き目が入ったネギ、そしてちょっと柔らかめの蕎麦は、抜群に美味いですネ😋漬け物盛合わせは、店主の心遣い❣️
▶︎『身代り』の邪義◀︎PL教団では【身代り】の〝神事”よって信者たちの病気・惨事すべて〈教祖自身に振り替えて解決する〉と言うがしかーしこの「身代り」は《PL教団独自のモノでは無く》すでに!ヒトノミチ&徳光教で【お振替】と称してオコナッテいたものでアリ教団では当初〈天象-テンショウ-〉と呼んでいたひとのみち教団発行の【信仰の本道】には《をしえおやは悩みを一身に引受けることによって毎月20日頃から身体が役に立たないやうになってくるヒトの苦しみを現実に〝自分の肉体
この会津の3人旅も、そろそろ終わりになってきた。何事も終わり、というのは寂しいものである。我々のような年齢になると、どことなく、いつも、そこはかとなく、いつ終わりになるものかと頭の隅で意識している。大体、そういうものは突然やってくるものでもあるし・・・・。この旅の友人たちとは、いつもラインのやり取りをしている。朝起きると、先方から、手元のスマホには数十の項目のラインが届いてくる。この送信に対しての返信が、朝起きてからの最初の重要な仕事になる。まあ雑談のようなものだ
この会津三十三観音巡りの最大のハイライトが、これでした。すごいとしか言いようがない。およそ形容のしようがない。あまりに圧倒的な印象でした。そういうものが、駐車場から数百メートル離れたところに、突如として森・・・と言うか、山中に忽然として現れた。二十一番札所という。左下り(さくだり)観世音である。地元観光協会の案内によれば・・・この通りから、600メートル山道を登りますと岩を穿って私法が10メートル、高さが13メートルのすばらしい三層閣の観音堂がある。
つぎの行き先は,『中ノ沢観音堂』であった。正直、初めて聞く『名所』であったが・・・・。こうした名所の選定は、すべて友人の一存であったが、こうしたものが選定されるところに、友人の眼力の凄さ、確かさがあった。その眼力の凄さは、この旅の後になるほど益々、いよいよ驚かされるものがあった。『中ノ沢観音堂』は、御蔵入三十三観音の第11番札所であり、僧徳一によって建立されたと伝えられています。ほう・・・・ここにも徳一の名が登場してきましたね。どうやら、いまに至るも、
ドッグランのできる道の駅ばんだい高速を使う旅が面倒になってきて、一般道での旅が増えてきた。そうなると道の駅はありがたい休憩ポイント。道の駅「ばんだい」は2009年8月16日のオープン。広いドッグランがあるのは、愛犬家の旅人用?それとも地元の人たちのための気遣いなのかな?ちょっとびっくりしたのは「徳一の里きらり」という看板。徳一上人は、平安期に存在した東北における仏教界の巨人。この磐梯地方に、「東北仏教文化発祥の地」という誇りがあるんだろうね。最澄に論争を仕掛けたことで有名
10月です潮騒の湯では新たな個展のスタートです今回はマリー先生(画家)クリック徳一先生(書家)のコラボ展クリック~~10/31(木)までとにかくお近くでぜひこの圧巻のパワーを感じてくださいませ初日からすで売れてしまった作品もありますがぜひぜひお早めにお越しくださって大好きな作品をお手元に~~もちろん温泉のついでにお食事のついでにどなたでも大
実は街に出てきてて、えらいこっちゃ、パソコンないわ。しかし、たまたま当たった札所、六月にお詣りした所ばかり。写真あるから、更新!二十五番筑波山大御堂開基徳一法師中興弘法大師といわれる。関東平野のビューが圧巻二十六番清瀧寺開基は、行基菩薩で、徳一法師の中興という。二十七番飯沼観音円福寺開基弘法大師、ごっつい霊場です。素朴な修行大師。帰り道、とんでもない遠回りしたが、奇跡的にレンタカー返せ、最終ののぞみ号で帰りました。
【Kohほぼ日刊】エナジーカウンセラーエナジーコーチKoh煌です。本日も皆様からのリクエストにお応えします。本日のエナジーチャート(気流図)は、奈良時代から平安時代前期にかけての法相宗の僧、最澄との間で交わされた、いわゆる三一権実諍論や、空海に対して密教についての疑義を提示し
6月の金曜日☀️早々に仕事にケリをつけ、家内と待ち合わせて"手打ちそば徳一🥢"へ🚙💨何かこの日は、"手打ちそば"だけをガッツリ食べたい‼️気分だったので、注文は🗣️もりそばの大盛り🥢コレは…、なかなかのそばタワーです…🗼💦家内は安定の鴨南そば🥢この鴨汁が絶品です😋そして、今が旬の"会津のアスパラ🌱の天ぷら"こちらはサービスの漬け物🈂️マスターに感謝です🙏先日、ランチでお客様と全7名で訪問しましたが、ほぼ🈵でした💦繁盛しているようで、何よりです👍美味しくいただきました👏
雨引観音を出てからも県道41号を南下する。やがてこれが14号と合流し、しばらく行きますと左筑波山と出てきます。途中からさすがにワインディングになります。けどこちら側はそんなすごい山道でもなかったですね。停めた駐車場から、ほぼ直線的な斜道と石段が本堂に向かう。途中に鐘楼が。何や、きれいなお寺。こうです。葵の紋やな。御三家の国やもんね。いや、そうでなくとも讃岐、伊予でも葵の紋揚げてる寺は見かけます。
ぶっちゃけ人様の思想など、どうでもよいけど、マジでだれが言ったんだ?極楽浄土に行きたいなんて。私はマジで思っていない。極楽浄土のことなど。何?それ?涅槃のこと?悟りの世界のこと?仏になるってこと?一発逆転の意味?そんなに甘いもんじゃないでしょうに。←(長老の話し方マネてみたw)もちろん、解脱を目指してはいるが、極楽浄土など目指していないし、結果などどうでもよいと思っている。ましてや輪廻から抜け出せるなんて大それた考えもない。ただ、下心に、輪廻のサイクルをなるべく遅らせてもらえない
四国へ行った乗り鉄旅で食べたものをやっていきます。なんかラーメンばっかり食べてた気がするな(^^;危うく4日滞在で4回行くとこでしたけど、3日目がラーメン屋さんが駅からホテルと反対側でやめたんで。(でもこれがちょっと違うラーメンで心残り😨)乗り鉄の方は年始めのもまだなんで、いつになるかは未定ということで😓JR徳島線石井駅近くの徳島ラーメン徳一!石井駅が良い駅舎の駅で、テッチャンには一度に二度美味しい石井駅😆今このメニューを見たら、生卵一人一個無料ってなってる。しまった😵💧知らんかっ
先週の金曜日🌙家内と退社時刻を合わせて合流し、徳一でそばディナーをしました🥢注文は、いつもの鴨南ざるそばの大盛り🥢正に山盛り👍鴨のつけ汁🥣そば完食後は、蕎麦湯で割ってもちろん完飲しました💯店主から、"ふきのとう🌱"と"タラの芽🌿"の天ぷらをいただきました🙏今年の初物です😄なんでも、知り合いが南会津で今日採ったブツとのこと…🌱ふきのとう🌱の苦味が春を感じさせてくれます😆あー、美味い😋美味しくいただきました👏
はてさて、3月31日に行われた東京女子プロレス「GRANDPRINCESS‘24」大会で、プリンセスタッグ選手権が行われ、デイジーモンキー(鈴芽選手・遠藤有栖選手)がベルト奪取に成功したであります🤩🤩🤩遠藤有栖選手は、会津若松出身で会津若松市の観光大使をされてる女子プロレスラーです。意外と身体は、小柄なのですが、意外と力持ちで、自分の2倍ある選手を水車落としで投げてました。遠藤選手、ベルト奪取おめでとうございます🎉✨😆✨🎊みなさん、おはようございます☀️🙋♀️❗️昔、ジャーマンス
日本での最大の思想的論戦は、日本天台の開祖最澄と法相宗の僧徳一とが激突した三一権実論争といわれます。9世紀初めのことで、徳一が会津にあって一歩も引かなかったことはよく知られていますが、そこでの最大の争点は『法華経』をめぐってでした。最澄は「誰もが成仏すると述べているお経だ」と主張したのに対して、徳一は「成仏できない人もいる」と真っ向から対立したのでした。だからといって徳一が『法華経』を否定したかというと、そうではありません。「方便」としては容認したのです。信仰心を持つためには希望が失っては
念願の徳一念願のアジフライ定食🐟アジフライ定食¥930-幸せなランチ🥰🥰#徳一#アジフライ定食
このような行事が行われるのですね。もし叶うならばこちらのお寺で年越しの法要に参加し,この1年に思いを馳せられたら素晴らしいだろうな感じました。茨城県潮来市に「水雲山潮音寺」という,法相宗に属するお寺があります。こう申し上げると日本史に詳しい方であれば「法相宗というと,南都六宗の一つだね」と仰ることでしょう。法相宗に限ったことではありませんが南都六宗のお寺は檀家を持たないのが原則で「我が家の宗派は法相宗」という方はきっといらっしゃらないでしょう。このため法相宗のお寺というのは少ないのですが,
この年齢になっても僕には分からないことが多過ぎる。『財界福島』で「福島の自由民権運動」を連載していたのが8回で一区切りとなったが、新しい発見ばかりであった。次回からは『財界福島』で徳一ゆかりの寺を紹介することになっている。以前は福島県内で24ヵ寺とか言われていたが、そんなことではすみそうにもない。主に会津や浜通りが中心であるが、それ以外の中通りにも、かなり徳一開基の寺がある。それを一つひとつ訪ね歩くのである。何年かかるかも見当がつかないし、途中で打ち切りになることも予想される。僕は
会津磐梯山ウルトラマラソンの出走前日、慧日寺趾に寄った。仙台空港行きの機内で司馬遼太郎の「街道をゆく33」の”白河・会津のみち”の項を読んでて、初めて「徳一」という僧を知った。(呼び捨てもなんなんだが、以降「司馬遼太郎」「徳一(とくいつ)」「最澄」「空海」と呼ぶ)「善通寺五岳山空海トレイル」(空海関連)「比叡山回峰行のみち」「京都トレイルラン」(最澄関連)「東京多摩川ウルトラマラソン」「燃えよ剣の舞台」(司馬遼太郎・新撰組関連)と、過去youtubeに投稿した動画を思いつく
今日は徳島市へ出掛けました。徳島市の眉山⛰新町川お船にも乗れますよ😃新町橋帰りは徳一さんで徳島ラーメンを🍜久々の徳島ラーメン美味しかったですよ😊
みちのく会津にいながら、法相宗の徳一が9世紀の初めに天台宗の最澄と論争したのが三一権実論争である。法相宗は唯識の思想を根本にしているが、唯識の思想をわかりやすく解説したのが、多川俊映前興福寺貫首の『はじめての唯識』である。多川氏とは取材などで五回ほどお会いしたことがあるが、お話をお聞きし、その本を読むことで、薄ぼんやりながらも、唯識の奥深さに触れたような気がしてならなかった。『はじめての唯識』において多川氏は、唯識について「もう少し詳しく言うと、それは『唯識所変(ゆいしきしょへん)』というコ
僕は今回の『土俗と変革』(論創社)において、北一輝や大川周明などのラディカルな思想家を俎上に載せることで、僕なりの思いを語ることができました。政治思想はリアリズムに徹しなければなりませんが、未来に向かって国家を超えた新たな枠組みも追求しなければなりません。そこでアジアというものを問題にしてみました。ぜひ一読してもらえれば、と願っています。もう僕は古希を迎えましたから、金儲けをするつもりはありません。話を聞きたいという申し出があれば、少数であろうとも、交通費程度でお受けしたいと思っています。
―表紙は勝常寺の薬師如来坐像—皆さんの手もとにある、浪花屋書店の『会津の美術』からお話をしたいと思います。昭和49年の発刊ですが、その当時この本を出すというのは、大変な冒険だったはずです。発行責任者であるブックスなにわの猪俣和孝会長さんがこの会場にいらっしゃっていますが、僕はこの写真集を今も持っています。半世紀近い前のことですから、もうボロボロです。その当時はまだ僕は大学生で東京にいましたが、いつ買ったかは思い出せません。ただし、昭和45年前後に法相宗の唯識の思想が話題になった時代と
会津の仏教を考える上で大切なのは、最澄と論争をした徳一が、法相宗の僧であったということだ。法相唯識の思想をベースにしているが、それを体系化したのが、ガンダーラ国(今のパキスタン)に4、5世紀頃に住んでいた、アサンガとヴァスバンドの兄弟であった。兄のアサンガは小乗の説一切有部において出家したが、大乗の教えである「空」の思想を理解できなくて絶望のどん底に突き落とされた。しかし、自殺一歩手前までなりながらも、一念発起したアサンガは神通力によって兜率天(とそつてん)に昇り、マイトレーヤ菩薩から直接