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(『新・人間革命』第2巻より編集)96〈民衆の旗〉3「信心の目的は成仏であり、幸福になることであります。それには、仏法の真髄であり、大聖人の出世の本懐である御本尊への信心以外にありません。それを人びとに教え、事実の上に、民衆の幸福を打ち立ててきたのが創価学会です。私どもが目指す広宣流布とは、一人ひとりが幸福を実現することであり、そのための宗教革命であります。ヨーロッパのある哲学者は、”人を幸福にすることが一番確かな幸福である”旨の言葉を残して
カーテン開けたら、今日はどんなお天気かな?って思ってたら、そこそこ過ごしやすいお天気だった(´・∀・`)昨日は処暑!こんばんは、のの子ですそんな昨日は山本不動尊に行って来た綺麗な空気を保ってくれてる森に囲まれて、奥へ奥へと、川から流れて来る冷たい水で手を洗い七福神にご挨拶御本尊が安置された霊堂はこの先130段の階段は…キツ(유Д유〣)ハァハァ途中2回程止まった3キロ位減ったかと思ったえっ両側には三十六童子やっと到着手を合わせたら、戻ります( ̄・ω・ ̄)下る階
ギリギリ、間に合いました…よくわかりませんが、お盆が終わる今日中に仕上げなくては…と、お盆休みはひたすら曼荼羅を❣️79番札所天皇寺十一面観世音菩薩制作過程はこちら↓79番札所天皇寺「十一面観世音菩薩」:四国88カ所曼荼羅の旅今年のお盆も…親戚の集まりもなく、ただひたすら曼荼羅を描く日々。明日から仕事ですが…やったぁ〜完成です😊79番札所天皇寺十一面観世音菩薩制作過程スプレーを吹いて仕上げしてめでたく完成\(^o^)/blog.livedoor.jpお盆にこの世に帰ってき
(『人間革命』第4巻より編集)15〈生命の庭〉15(つづき)宇宙自体がすでに生命そのものであり、地球だけの専有物とみることも誤りである。われわれは、広大無辺の大聖人のご慈悲に浴し、直達正観事行の一念三千(※)の大御本尊に帰依したてまつって、『妙』なる生命の実態把握にはげんでいるのにほかならない」※直達正観(じきたつしょうかん;成仏のこと。)事行の一念三千{真理を具現化したもの、衆生の生命(一念)に現象世界(三千)のすべてが収まるこ
(『人間革命』第4巻より編集)7〈生命の庭〉7彼は、仏の生命というものの本体がわかった。三世にわたる生命の不可思議な本体が、その向こうに遠く、はっきりと輪郭を現してきた思いがしたのである。その後も、彼は、さらに法華経を読み進めていった。幾つもの難解な章句も征服していった。そして、獄中での春が去り、夏が去り、秋も終わうとしていた。この間のたゆみない思索と精進によって、少なくとも文々句々については、ほとんど理解できるまでになっていた。
虚空蔵菩薩虚空蔵こくうぞうとはその文字が現しておりますように虚空即ち大空(宇宙)を意味するものであります。その大空の中には種々の物々即ち日月、星をはじめ一切の山川土地、草木などあらゆる森羅万象生物をことごとく包容し余すところないように納めておりますことはちょうど世間で云う大きな宝蔵に多くの財宝を収めておりますのと同様であるというようなわけで虚空の姿を宝蔵になぞらえて虚空蔵というのであります。法輪寺HPより
(『人間革命』第3巻より編集)62〈結実〉7戸田は、真の仏道修行は、現世安穏のみを追うものではないことを、はっきりさせておこうとした。一切を含んだ、何ものにも揺るがぬ金剛不壊の生命を確立していくという、高い次元の信心の決意がなくてはならないと、訴えたかったのである。広宣流布という偉業は、死身弘法の決心なくして、とうてい遂行できるものではない。いくら会員の数が増えても、この決意と実践が、多くの人々の胸にみなぎっていかなければ、
こんばんは善光寺が7年ぶりに御開帳するとのことで善光寺で御本尊が見られるラストチャンスかもしれん!と長野まで行ってきました人多し…この日は群馬と違い長野の方が暑い日でした1人で来たお爺ちゃんに声をかけられ写真を撮ってあげたんだけど、一生懸命スマホのカメラを操作してる感じが可愛かった中は写真は撮れなかったし、御本尊の幕が上がったのも体感20秒位でした上がるタイミングは案内の人が教えてくれたけど遠かったのと思いの外幕が小さくて…「え、どれ?あれなの?」とワタ
(『人間革命』第3巻より編集)51〈漣(さざなみ)〉10現実の悪徳政治家の問題と、広宣流布という理念が、彼らには、どうしても具体的に結びつかなかったからである。「まだ、わからんかなぁ。では教えよう。君たちは、もう既に、このような社会悪に対して、いかにすべきか、ちゃんと知っているんだよ」「そうじゃないか。君たちの家族に、一人の手のつけられない不良息子がいたとする。その場合、君たちなら、どうする?」「なんとしても信心させ、御本尊の力に
善光寺本堂GW初めに長野県に行ってきました。ちょうど善光寺の御開帳と重なったので、お参りすることにしました。内陣に上がり、お朝事に参加。前立本尊を拝見することができました。席は200人程度に抑えられていたのですが、満席でした。(今は350人までに増えたそうですよ)そのあとはお戒壇巡り。真っ暗と聞いていたのですが、電池式のライトがたくさん置かれていて、拍子抜けでした(笑)*撮影禁止だったので、写真はありません回向柱
(『新・人間革命』第2巻より編集)14〈先駆〉14彼は、全国を駆け巡り、自ら民衆の海のなかに身を投じて大波を起こしていった。彼は走った。そして、川崎市民会館での鶴見・京浜・横浜の三支部合同幹部会にやって来た。鶴見は、伸一にとって、懐かしい思い出の地であった。戸田城聖の事業が暗礁に乗り上げた、あの試練の時代に、彼は仕事で、この地に毎日のように足を運んだ。胸を病み、体も最も憔悴していた時代である。彼は、その思いから、語り始め
(『人間革命』第3巻より編集)39〈群像〉14彼女(大島英子)は、そうした家庭の事情など、今まで、人に話すのがいやで仕方がなかった。話を聞いた人たちは、誰も軽蔑しなかった。いや、それどころか、口をそろえて彼女を励ますのだった。「それが見事に解決するのよ。あなただって、幸せになる権利はあるわ」その温かさに心を打たれた大島英子は、この日、入会を決意した。英子が入会して間もなく、英子たちが家を出るか、継母が家を出るかという、破滅的な事
7年に1度行われる善光寺の御開帳に行ってきました、写真の空を見ると分かるように晴天、空気が乾燥しているのでカラッとした気持ち良い日です。何が御開帳されるのか?善光寺の御本尊「一光三尊阿弥陀如来」は絶対秘仏で見せて貰えません、その後本尊を模した分身仏「前立本尊」が御開帳されるということです、仏像は3体で45~30センチなので近くに寄っても小さかったですよ。仁王門から入ります次は山門拝観券をセット(1200円)で買ったので
今年は長野の善光寺が七年に一度の御開帳ですねー🙏本来なら昨年が御開帳の年に当たりましたが、コロナの影響で一年延期で今年になった事はニュースでも皆様ご存知でしょう^_^更にひと月伸ばして6月末までやってます❗️私も長野県に行ってこようと計画中💖それに合わせ各地の善光寺も御本尊の御開帳をしています六善光寺信濃善光寺・飯田元善光寺・甲斐善光寺・関善光寺・岐阜善光寺・善光寺東海別院今回はお隣の岐阜県の善光寺さんへ🚗Goー✨☆*。✨✨.o🌟o.✨✨。*☆✨岐阜伊奈波
そろそろお寺で行なわれるたぁくんの一周忌のご法要に、色々揃えとかなきゃだね…言っとくけどお母さん、無宗派だから!私が死んだらお骨を宮崎の青島に少しでいいから流してねこれは、たぁくんと私の約束だったよね?なのに、たあくん先にいっちゃった……たぁくんも、母さんと海に流される?息子の夢は『世界を旅すること』でした。その事を、確信に変えて下さったのが霊能者さん達です。娘と一緒に、霊能者さんの所へ行ってきました。「ごめんね」これが、その方の口から出た初の言葉で
長野県善光寺の御開帳へ行って来ました❀神社仏閣の参拝にはよく行きますが神社なら二礼二拍手一礼寺なら合掌して参拝するくらいしか知りません7年に一度の御開帳と言われてもなんか特別なんだろうなと思うくらいなので観光案内所でいただいたガイドと善光寺参拝のしおりに詳しく書いてあるのを読みました御開帳善光寺のご本尊『一光三尊阿弥陀如来像』真ん中に阿弥陀如来右に観音菩薩左に勢至菩薩絶対秘仏とされていますのでご本尊と同じお姿をした分身仏の前立本尊(まえだちほんぞん
4月も終わりの週ですが11日の続きに戻ります。4月11日、西国のお参りに4寺院を回ってきました。壺阪寺「壺阪山南法華寺」壷阪寺の「変ったお雛様」次は、奈良県から和歌山県に!風猛山粉河寺粉河産土神社槇尾山施福寺この日最後のお参りです【紫雲山葛井寺】西国三十三ヶ所第五番札所寛政二年(1790)建造三間一戸の隣門、入母屋造本瓦葺。【楼門】楼門から境内に!過去の訪問ブログ御本尊御開帳(毎月18日)。
4月も終わりの週ですが11日の続きに戻ります。4月11日、西国のお参りに4寺院を回ってきました。壺阪寺「壺阪山南法華寺」壷阪寺の「変ったお雛様」次は、奈良県から和歌山県に!風猛山粉河寺粉河産土神社次は、西国三十三所屈指の難所と言われている第四番札所「施福寺」「山上大堂立体曼荼羅仏の世界」本堂には多数の仏像が安置過去の訪問ブログ2019年4月、秘仏拝観に⓵施福寺(三十三所屈指の難所)②施福寺(立体曼荼羅仏の世界)
うー、やっとできた❣️71番札所弥谷寺千手観世音菩薩最後、ちょっと手間取りました😅完璧にお任せして描いてるつもりですが、最後の1周を描きながら???あれ?なんか違うよなぁ…💦静まれ〜考えるな〜直感だけを研ぎ澄ますてなことを思いながら、うん、これでよし❣️に着地制作過程はこちら↓71番札所弥谷寺「千手観世音菩薩」:四国88カ所曼荼羅の旅気づけば桜も終わり…4月も3分の2が終わってしまいました😅足かけ6日やっと完成しました\(^o^)/��71番札所弥谷寺��
4月11日、西国のお参りに4寺院を回ってきました。先週は駐車場まで大渋滞で諦めた「壺阪山南法華寺」通称、壺阪寺未だ桜は残っているか?渋滞を避けるために早朝6:00出発途中、通勤の渋滞は少し有りましたが先週のような駐車場の大渋滞は無く寺院にはすんなりと着。過去2回の西国巡礼ブログ2019年4月2019年6月桜はほぼ終了、春休みも終わり平日なの参拝者は数人人気の「桜大仏」を期待しましたがもう桜は終わってました!残念
瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。こちらのURLからラヂオきしわだのラジオが視聴できます。http://www.radiokishiwada.jp/simul/瀧本先生のHPはこちら。-------------御本尊についてのお話です。先生:「御本尊って聞いたら何を思い浮かべる?」年美さん:「お寺を思い浮かべます。」先生:「例えば、お寺がお祭りしている仏像とかを見て『このお寺の御本尊は”
(『人間革命』第2巻より編集)24〈光と影〉4「君は、まだ気がついていないが、君の前途は、実に明るいのだよ。それは間違いない。ただ、それには新しい思想、新しい信仰で、人生を生き切っていくことだ。その当体である御本尊を、抱きしめるか否かによって、決まってしまう。自由と思いながら、狭い、暗い鉄管の中を歩むか、それとも大宇宙の法則に合致した、明るい自由な人生行路を、自信と希望をいだいて乱舞していくかーそれによって、君の長い未来図は、決定されてしまう。それは
(『人間革命』第2巻より編集)23〈光と影〉3戸田は、どの質問にも、穏やかではあるが、厳然と応答した。「しかし、君が、ここで考えなければならないことは、心から信じるに足るものが、果たしてこの世にあるか、ないかということだ。結論的に言って、日蓮大聖人は、一切の不幸の根本は、誤った宗教・思想にあると断言していらっしゃる。そして、正しい宗教・思想は、なんであるかをご存知じだったから、あらゆる迫害に屈せず、命をかけ、大確信をもって、お説きになったのだ。
ご訪問ありがとうございます昨日の朝、仙台はまるで真冬に戻ったかのような寒さでした。一昨日がかなり暖かかっただけにびっくり朝イチの仕事を終えいつも歩かない道をテクテク歩いていたらマンションやビルが建ち並ぶ中に神社発見。ここだったのか青葉区一番町とは言え街からちょっと外れた場所にあって、今まで車で通った事しかなかったので、イマイチ場所がうろ覚えだった柳町大日如来(大日堂)未年と申年の守り本尊です。いましたよ〜ひつじさん
昨日は春のお彼岸♡3/3の淡島さんの時、母を連れて行かなかったら住職さんが「お母さんは?」と気にしてくれて昨日、母を見たら、にっこり笑ってくれました^^足がだいぶ弱ったから、階段がなかなか大変だけど💦ヤエ子がんばれー❣️私もがんばるー笑お彼岸なので、御本尊さま、ご開帳♡最後のお説法♡空海さんの言葉を、教えて頂きました↑「物の興廃は必ず人による人の昇沈は定めて道にあり」今のウクライナで起こっていることについて、ロシアの独裁者に教えてやりたい言葉だ、と。本当、その通
おはようございます。本日、新潟県より御本尊さまをお迎えし、動くお寺にご奉安させていただきます。
良い天気の相模原です昨年末に気胸で入院し、お正月に一時退院して来た父ですが、一昨日、病院で検査をした所。。。「状態が悪くなってる。このままでは、命が危ない。」っと言われ、再入院しました私は、信仰してまして、「父の気胸が良くなります様に」っと毎日、朝晩、御本尊様に祈っているのですが、電話をする事があまりなく、母に「元気がないから、たまには電話してあげて。」っと言われ、「そういえば、電話しないよなぁ」っと反省して、電話をしてみました始めは、弱々しく話していた父。でも、穴はふさがり、あとは肺
先日、私が住職を務める本光院の檀家さん宅へ月回向に伺った時、「お上人、これをお寺にお納めしようと思います」と言われ、出されてきたのが・・・村雲瑞龍寺の第十世、日栄尊尼の御本尊日栄尊尼は、■日栄尊尼没年:大正9.3.22(1920)生年:安政2.2.17(1855.4.3)明治大正時代の日蓮宗の尼。尼門跡村雲瑞竜寺の第10世。諱は瑞法光院。伏見宮邦家親王の第8皇女,九条尚忠の猶子。文久2(1862)年,8歳で叔母の瑞正文院日尊尼を師として得度受戒。村雲
ご門徒さんのお宅で入仏式(にゅうぶつしき)が勤まりました入仏式って?…文字通り、仏さまを我が家にお迎えする儀式です。こちらのお宅では奥様がお浄土に還られたことをご縁に「お内仏のある生活」を願われて、御本尊(本当に尊いもの・こと)である阿弥陀さまをお迎えしましたいわゆる仏壇…のことを私たちは正しくお内仏(おないぶつ)といいます内にお迎えした御本尊が中心で、大事であるということです。御本尊の前に身を置き、手を合わせてなむあみだぶつと申すこと…親鸞聖人の書かれた正信偈を日々読むことが