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やっぱり、この映画は日本の戦国時代の最高傑作だと思うな。何が凄いかって、やはり合戦シーンが凄い。引いたカメラでも、戦場の中にいる感じがする。けしてカメラの前だけで戦いが行われている感じがしない。当時、CGも殆ど発達してない中、あれだけの人馬を使っての映像は、本物だからでしょう。以前から思っていたのだけど、この映画、役者のアップがほとんどない。日本人だと、配役が何となくわかるが外人が見たらやかるのかな?と思ったりもする。この影武者が作られてから、戦国時代の映画は何本も作られたけど、これを超える
私の二人の先輩とひとりの後輩について話をしよう。クロサワの『影武者』(1980)には私の学生時代の先輩が映っている。エキストラに応募したら採用され、撮影時には徒歩の役だが、「おい、そこの髭。隊列の一番前に出ろ」と言われて徒歩の梯団の一番前の右端に移動して撮影された。撮影は1979年の秋だ。映画作品の最後の合戦のシーン。隊列で行進しているところの遠景と、激戦後に死ぬところがややアップの一人カットで映っている。カメラがパンした時に左腕を地面に落とす演技もしていた
NHKBS仲代達矢主演。巨匠・黒澤明監督が、武田信玄の影武者として生きた男を、壮大なスケールと映像美で描き、カンヌ映画祭パルム・ドールを受賞した戦国スペクタクル巨編。仲代達矢さんのご冥福をお祈りいたします天下統一の夢半ばにして倒れた信玄。遺言に従い、弟の信廉は信玄にそっくりの盗人を影武者に仕立て上げるが…。黒澤監督ならではの重厚な演出が高く評価され大ヒット、黒澤監督を敬愛するフランシス・フォード・コッポラとジョージ・ルーカスが製作に協力したことも話題となった。【出演】仲代達矢、山崎
江幡高志さん江幡高志(えばたたかし)本名:江幡高志別名義:江波多寛児江波多寛志1928年12月15日生まれ、97歳。東京都出身(京都府説あり)の俳優。中里事務所を経て、北斗七星プロジェクト所属。1951年、劇団俳優座の3期生出身。1952年、東映の『泣虫記者』で映画デビュー。デビュー時は江波多寛児という芸名で、70年代初頭は江波多寛志名義での出演作もある。時代劇・現代劇問わず「小悪党の代名詞」として多数の作品に出演。その一方で、気のいい
仲代達矢さん仲代達矢(なかだいたつや)本名:仲代元久(なかだいもとひさ)愛称:モヤ1932年12月13日生まれ、2025年11月8日、92歳没。東京府東京市目黒区(現・東京都目黒区)五本木生まれの俳優、演出家、歌手、ナレーター、声優。無名塾主宰。仕事所属。1954年年4月26日公開、映画『七人の侍』監督:黒澤明脚本:黒澤明、橋本忍、小国英雄音楽:早坂文雄出演:三船敏郎、志村喬、津島恵子、藤原釜足、加東大介、木村功、千秋実、宮口精、小杉義男、
こんばんは!村井理子さんの”兄の終い”が映画化されたので観に行ってきました。原作と大きく異なるのは、多賀城市を去る時に、良一君(理子さんの甥)のクラスメート、担任の先生とのお別れのシーンが涙を誘いました。映画では、その様なシーンは別なものに置き換えられていました。エキストラで使う小学生の数が半端ないからかもね。私は原作を読み返しています。今3回目wさてと、NHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第47回「饅頭こわい」では、一橋治済が毒饅頭を仕掛けて定信や蔦重たちを追い
小泉防衛大臣。お米はライス。日本はジャパン。それを説明すること自体がセクシーじゃない。詩的でなければ、それはポエムではない。なんて言っていた頃とはとても思えない発言ですねぇ。画像:AI生成ストレートすぎるけど、的を射ています。中の人が変わると顔つきや表情は勿論、紡ぐ言葉さえも変わります。(^_-)-☆-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして
山崎努さん山﨑努(やまざきつとむ)1936年12月2日生まれ、89歳。千葉県東葛飾郡松戸町(現︰松戸市)出身の俳優。妻:黛ひかる(元宝塚歌劇団星組)娘:山崎直子(女優、モデル)1960年、岡本喜八監督作品の『大学の山賊たち』で映画デビュー。1963年、黒澤明監督作品のサスペンス映画『天国と地獄』で誘拐犯・竹内銀次郎役を演じ、一躍注目を浴びる。この年、前年のNHKドラマ『アラスカ物語』での共演がきっかけで交際していた元・宝塚歌劇団星組の黛ひかると結婚。結婚の際
散髪したて『ほぼ丸坊主』でGAGAは寒いんで、懐かしのPOPEYEフリースキャップ(ネックウォーマーにもなる)を被って行ったら・・・完全にカブッた後姿なんて、影武者やん遠目で見たら、レヂェンドか僕か判らん因みにレヂェンドのオレンジ頭髪の色合いが薄いのは、『頻繁に温泉に行くと、すぐ色が抜ける』との事。ダイビングに次いで、温泉ねぇ・・・
正観さんによると…。(知って楽しむ情報集~人間観察40年の情報いろいろ)●サービスの総量が報酬「今までに投げかけたサービスの総量が報酬となって戻ってくる」という原理・原則があります。お金持ちになった人で、給料がこれくらいだから、この給料の分だけ働いて、「どうして、こんなに給料が低いのだろう」と文句を言っていた人は皆無だそうです。お金持ちになった人は、貰っている給料の何倍も働いて、宇宙に向かって投げかける量がものすごく多かった。嫌々働いていた人が一人もいないらしい。(イラ
今までフェイクだと思っていた、陰謀論者界隈の話が、実は本当だったという。サラエボハンティング。ボスニアへの「民間人狙撃ツアー」に多数参加と告発イタリア当局が捜査着手(BBCNews)-Yahoo!ニュース一部のイタリア人が1990年代前半、業者に大金を払って紛争中のボスニア・ヘルツェゴヴィナに出かけ、現地住民らに向けて銃を発砲していた――。そんな「スナイパー(狙撃手)サファリ」と呼ばれる旅行ツアーにnews.yahoo.co.jp富裕層が人を狩るツアー。真実は小説よりも奇なり?
プロデューサーにコッポラ、ルーカスを従え、改めて“世界のクロサワ”を印象付けた戦国時代劇。活劇の面白さではなく、一枚絵で魅了する絵画的な芸術性へと移行した作品。ストーリー戦国時代。甲斐の武田信玄が「我もし死すとも3年は喪を秘せ」との遺言を残してこの世を去った。弟の武田信廉ら重臣たちは、織田信長や徳川家康が放った間者の目を欺き、「信玄死す」との噂を打ち消すため、信玄と瓜二つの盗人を影武者に仕立て上げる。1980年製作/179分/日本配給:東宝劇場公開日:1980年4月26日Ka
十月二十三日、前回記事『三河紀行(1)三明寺:三重塔(重要文化財)等』十月二十三日、静岡県御前崎市からバスとJRを乗り継いで小生は一路愛知県豊川市へ。宿泊先のホテルに荷物を預けると、まずは駅から程近い三明(さんみょう)寺という寺…ameblo.jpで取り上げた三明寺を訪れた後、小生はJRに乗って豊川駅から野田城駅に赴いた。無人の同駅に降り立つと、駅名になっている城跡へと歩いて行った。途中、横浜ゴムという会社の工場の傍には「タイヤランド」という名の広場があり、そこでタイヤで作ったゴジラ
先日、仲代達矢さんが亡くなられた。昭和をいや日本を代表する役者さんだった。彼の代表作といえば黒澤明監督の乱や影武者ということになるのだろうが私は「切腹」(1962)を推したい。浪人になった武士の悲哀復讐する凄まじさ物語の運び方など何度見ても飽きを感じない。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
影武者・ゴムマスクを被った有名人たち影武者・ゴムマスクを被った有名人たち|TOYONOTEこんにちは、TOYOです。数年前から世界中の政治家、財界人、芸能人等の大量逮捕が行われており、今世界の皆さんが見ている人たちは、クローンや、声も複製できるゴムマスクの別人、ダブルと呼ばれるソックリさんです。ゴムマスクは宇宙テクノロジーによって創られており、音声も複製することが出来ます。耳の穴が開いておらず、喉仏がなく、首筋で見分けられます。皇室…note.com
ご来訪ありがとうございます☺️帰って来たおやじのブログさんからの…リブログです…これは本当に影武者なのか…違いすぎるやん…………おやじさんも…『何号?』…と仰せです…本物はまだいるのかな…残り影武者だらけだったりして…
去る11月8日、俳優の仲代達矢さんが亡くなられた。92歳だった。私が仲代さんを初めて観たのは、大河ドラマ『新平家物語』(1972)の主人公・平清盛だった。私が通しで大河ドラマを見たのは小学6年のときの『国盗り物語』からだから、その前作の『新平家物語』は総集編か何かで、清盛が死の床にある場面で初めて仲代さんを観た。大河ドラマ『新・平家物語』で平清盛を演じる仲代達矢さんNHKアーカイブスよりその次に観たのは、角川映画で金田一耕助シリーズ『女王蜂』(1978)だ。仲代さんはヒロイン役を演
2025年11月8日に役者仲代達矢は旅立っていった。享年92歳。昭和29年の黒澤明映画「七人の侍」で銀幕デビューし、数多くの役を舞台、ドラマ、映画で演じてきた。主演作品としては令和2年の「帰郷」が最後の作品となった。昭和から令和にかけて常に輝いていた役者であった。同時代に活躍した三船敏郎、丹波哲郎、鶴田浩二、勝新太郎、高倉健等が男の色気を持ったスターとしての存在であったことに比べると、仲代はどこまでも役者としての生き様を見せてきた存在であった。1960年代から80年代の日本映画の大作や話
まだまだお元気と思っていたのに残念です。
「椿三十郎」のラスト。この睨み合いの後、映画史上に残る凄いシーン。三船と仲代のちょうど中間にいるのは加山雄三仲代達矢(1932.12.13~2025.11.8)が92歳で11月8日に肺炎のために死去した。yahoo!ニュースの訃報記事の人物紹介は以下の通り。◆仲代達矢(なかだい・たつや)1932年(昭7)12月13日、東京都生まれ。52年に俳優座養成所に入り、55年に俳優座入団。75年に妻宮崎恭子さんと無名塾を設立。代表作は舞台「リチャード三世」「マクベス」「どん底」など、映画「人間の
仲代達矢さんが肺炎の為92歳でお亡くなりになられました。仲代達矢さんは映画や演劇などで活躍し、多くの人に人気を集めました。映画「影武者」で主演で活躍、1975年に無名塾を創設し、後進の育成に力を注ぎ、文化勲章を受章されました。仲代達矢さんのご冥福を謹んでお祈り致します。
仲代達矢さんが亡くなったことを12日に知りました。「11月8日土曜日00時25分、俳優の仲代達矢が、永眠いたしました」との報告を、11日に無名塾の公式ホームページで発表されたそうです。92歳だったそうです。今年も芝居公演を主役で演じていたそうです。まさに「役者にこだわり、生涯現役を貫いた唯一無二の俳優」ですね。映画界、演劇界においては、まさに巨星おつです。しかしながら、わたしが仲代達矢さんを認識した時には、既に巨星となっていたように思います。わたし、大人になってから、三船敏郎さんと、
仲代達矢昭和の映画と言えば、オレは、だいたい仲代達矢と緒形拳が出てた印象があるな。自分のチラシコレクションもリストは3ページ分あるけど、持っているのは極わずか。影武者、食卓のない家が見た映画では印象に残ってます。海辺のリアはイマイチでしたが。改めて、チラシ見てたら、7人の侍でてたんだぁ〜と知りました。狙った訳では無いですが、たまたま、持ってるチラシの年代順で、海辺のリアと峠峠は役所広司(仲代達矢が恩師)と共演デハデハ
仲代達矢さん永眠!私は大阪厚生年金会館で開催された劇団25周年記念公演「どん底」はを生で観てシビレました滅多に買わないパンフレットも購入してて今見直すと若手で滝藤賢一が出てました。役所広司や隆大介益岡徹や真木よう子が有名だが次世代の俳優が確実に育っているのが素晴らしいです!その報を知った数時間前にいた鹿児島の戦艦大和が沈んだとされる東シナ海が見える展望台の近くが偶然、『男たちの大和/YAMATO』で鈴木京香と共演したロケ地でした!これも運
11月12日(水)昨日俳優の仲代達矢さんがお亡くなりになったというニュースが流れてきました!僕が子供の頃からすでに役者として活躍していらっしゃったので、映像ではずっと観ていた人でしたがCAPONEとは接点はありませんでした市川左團次さんが店にいらっしゃるようになって親しく飲んだり食べたりしているうちに、左團次さんは自分が仲代達矢さんに似ている事をウリにしている事がわかりました!✴️そっくりさんタレントを集めた「似た者プロダクション」という事務所所属のタレントという設定を自ら作り、下ネ
日本を代表する名優・仲代達矢さんの訃報が伝えられた。享年92。昭和40年5月の新聞広告数々の舞台、映画、ドラマで、神話世界のニニギ(火の鳥・昭和53年=この映画ではぜか「ジンギ」名義に)や武田信玄とその影武者(影武者・昭和55年)、乃木大将(二百三高地・昭和55年)など歴史上の偉人から、サザエさんの従兄弟・ノリスケ(東宝のサザエさんシリーズ)まで、数えきれぬほど演じてきた役柄は、ここで列挙できるレベルではない。昭和41年2月の新聞広告そんな仲代さんは昭和40年代に、ポ
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仲代氏のベスト映画は「切腹」です。これはもう仲代氏出演の黒澤映画が束になってかかってきても太刀打ちできる傑作だと思ってます。色々あった「影武者」もイイ!と思ってます。昔は勝新氏で観たかった~と何度も思いましたが、今改めて観るに、この映画は仲代氏で正解だと思います。それよりも「乱」で鉄修理役を高倉健氏で観てみたかった~というのは今でも思います。仲代氏は映画俳優としては常にトップではなかったと思います。そこに君臨していたのは三船氏、中村(萬屋)氏、勝氏、高倉氏、石原氏••で、仲代
演技派だった俳優仲代達矢が死去した。92歳。故仲代達矢は俳優座入団、舞台俳優の傍ら、小林正樹監督(故人)映画「人間の条件」「切腹」等で頭角をあらわし、黒澤明監督(故人)「用心棒」「椿三十郎」等の脇役に出演後「影武者」「乱」で主演を務め、1980年「影武者」で第34回仏カンヌ国際映画祭パルムドール・グランプリ作品賞を受賞や故黒澤明監督第58回米アカデミー監督賞候補にノミネートされるなど映画界の重鎮と呼ばれるようになった。故仲代達矢は反骨精神で重厚で骨太な演技で他人に厳
何も申し上げますまい…「影武者」の題字を私の書道の師が亡くなった後に教えを乞うた先生が書かれていたので大変に親しみを感じておりました合掌