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―甲冑―<ワンポイント大河>鎌倉時代「やあやあわれこそは…」の名乗りの時代から、戦国時代の戦闘は大きく変わりました。鎌倉時代の甲冑は、全身防備ともいえる「大鎧(おおよろい)」でしたが、戦国時代は「当世具足(とうせいぐそく)」と呼ばれる、「軽量・防御・量産」に特化した武具が作られます。ただ、この武具には欠点がありまして、胴と腰の二分割でした。ですから、戦法としてはここ(下半身)をねらうこと。さらに、突くだけでなくえぐ
今日は端午の節句、こどもの日。二十四節気の立夏。五月人形という訳ではないが具足。それを着たところ。そうとう昔の写真です。腰の刀は雲州貞法二尺四寸、短刀は無銘長船九寸五分。いずれも真剣。そして、具足着用のまま書類作成の図。おのこたるもの、武士たれ。冗談です。
前回の大鎧に続いて今回は当世具足を着用してみた武人ちゃん機能性の高い造りにご満悦でポーズも決めてます。ちなみに前立てのバッテンは武人ちゃんのシンボルです。普段の武人ちゃんもよく見るとバッテンがついてますという事で今回はこの辺で今日も良き日となりますようにkhishi-chanでした<<大鎧武人ちゃん◇externallylink●homepage>>kishi-chan'sillustratio
坂本に来るたび、一度来てみたいと思っていた三九良。こちらの蓬餅、とても美味しいと評判です。今回はイートイン。素敵なお部屋、素敵なお庭にわくわくします。奥の部屋には、甲冑が飾られています。当世具足と呼ばれるタイプで、室町後期から安土桃山にかけて戦術の変化や武器の進歩、西洋甲冑の影響などにより生じた鎧の形式です。見事な刺繍ですね。山王祭の際、甲冑の下に着る鎧直垂のようなものでしょうか。左には胴丸、右には腹巻が配されています。蓬餅とお抹茶のセットをいただきました。
慶長十九年十二月二十一日、大坂城の豊臣家とこれを包囲する徳川家との間で講和が成立した。この講和に使者として秀頼は二人の家臣を選んだ。正使に木村長門守重成、副使として郡主馬首宗保である。秀頼の名代として選ばれた二人の経歴は対照的で、重成はこの合戦が初陣で秀頼とは同世代、宗保は元亀天正の騒乱を潜り抜けてきた歴戦の古老格といえよう。今回はこの対照的な二人を軸に、天正期に芽生えたとされる甲冑の最終形状、当世具足の発展を観察し、板札と巣掛威のイメージが先行するその姿を考察してみたい。戦国時代を扱うテレビ
トーハク・総合文化展の「日本のよろい」を覗いた。夏休みの企画らしく、「トーハクでサムライ気分・・」と題して、鎧を着る体験コーナーも用意されていた。フル装備では、とても自由に動き回れそうにもない。日本のよろい(甲冑)は、身を守るものであるが、戦場での活躍をアピールするもの。人目をひくデザインや色鮮やかなものが多い。日本のよろいが世界の鎧と比べて美しいのは、鉄・銅・革・漆・絹糸など様々な材料と技術を集めた芸術品だから・・。鎧の4つの種類と部分名称の説明書きがあった。大鎧(おおよろい)は、平
お疲れ様です!!劇団員の加藤です!!!土曜日の更新は僕が担当いたします!よろしくお願いいたします!!今回は僕が参加した手作り甲冑ワークショップの事を書きたいと思います!!講師はこの方、武者所のお奉行先生!!題して、、「僕の甲冑アカデミア」お奉行先生渾身のタイトル…!!内容も熱い…!!!🌋そもそも、何故このワークショップに行ったかと言えば和楽劇の舞台となった平安時代を始めとする時代劇(和楽劇は和風ファンタジーなので、あまり意味を為さないかも知れませんが💦)の殺陣における考察
東京国立博物館に、三國志展のチケットを買って入ったのですが、特別展のチケットがあれば、常設展などが観覧可能なので、お得です。東京国立博物館の本館2階の1部屋では、夏の恒例、親と子のギャラリー企画、日本のよろい!展示中。日本の鎧には、種類があること、鎧の構造や作り方、復元した鎧など、分かりやすく展示されていました。これは、「腹巻」というよろいで、歩いて戦う武士が着る鎧。16世紀に作られた重要美術品。鎧も時代と共に、進化したようです。軽量化もされている❕当世具足、「モダンなフル装備」って事ら
この夏、東京国立博物館では、ファミリー向け企画として、“親と子のギャラリー日本のよろい!”が開催されています。こちらは、タイトルずばり「日本のよろい」をテーマにした展示です。武士の武器である刀剣をテーマにした展覧会は、たびたび開催されています。しかし、それに比べて、武士の防具である鎧にフォーカスした展覧会は、ほぼ開催されていません。よくよく考えてみたら、「日本のよろい」に関して、ほぼ何も知らない気がしてきました。。。その予感は展示の冒頭から的中することとなります。まず、一
19年8月3日。東京国立博物館にて。目的は「よろい」の製作段階が展示されている「親と子のギャラリー日本のよろい!」だったのですが、展示物に(模造)赤糸威鎧があるのを見つけて、目を奪われました。製鋼技術が発展して板金製品になってしまった戦国期のよろい:当世具足と違って、牛革でできた「札(さね)」を漆で塗り固め、色とりどりの「威し毛」でつないで作られる「大鎧」は、見ていて楽しいです。DSC_0334postedby(C)みいさんDSC_0320postedby(C)みいさん
こんにちは。スーです。上野の森で王子と一緒に勉強でした。東京国立博物館研究員による月例講演会「日本のよろい」90分の講義受講者は約150人。小学生は、王子だけ。王子の将来の夢は歴史学者。それじゃ食っていかれないけどねぇ~とスーに言われていますが、なかなか歴史の道から逸れません。しからば問題国宝に指定されている鎧は、何領ある?※伝源義経奉納の籠手(春日大社蔵)を除く①18②3
まずはいつものひとポチを!↓社会・経済ランキング人気ブログランキングありがとうございます(^o^)こんにちは!今日の都内の最高気温は、25度とか。暑いのが苦手な猫にとっては、そろそろ辛い季節がやってきます。それでは、坂東忠信最新情報をお伝えいたします。1,『移民に伝染(?)する日本の病気(前半)』坂東忠信AJER2019.4.22(1)ニコニコ動画でも視聴できます。https://www.nicovideo.jp/watch/sm34999560
鉄砲頭と当世具足江戸時代の必需品だね。無くては困るモノばかり。今に例えたらスマホみたいな感じかなぁ
こんにちは!まずはいつものひとポチを!↓社会・経済ランキング人気ブログランキングありがとうございます(^o^)週末はいかがお過ごしでしたか?坂東先生は、桜を見る会に行かれたとのこと。見かけた方はいらっしゃいますか?猫もいつか行ってみたいな~今週も一週間、頑張りましょう坂東忠信最新情報をお伝えいたします1.『難民申請数激減のウラ側(前半)』坂東忠信AJER2019.4.15(1)<br&a
「三十八間総覆輪筋兜」慶長五年、北の関ヶ原と呼ばれる出羽長谷堂合戦。この合戦で上方での戦況を知り撤退する上杉勢を追撃する最上義光が、着用したという伝承を持つ兜である。その真向には弾痕が残っている。左側の篠垂を失い覆輪が歪む。流れ弾ではない、正面より銃撃を受けた傷痕。この時の義光の軍装が後に曾孫により江戸幕府に提出された「最上家伝覚書」に記されている。一、景勝と合戦之刻、自信長賜候桶革胴之甲冑を帯シ、出羽守相働候刻、鉄砲玉甲の真中に中り、筋金相窪ミ申候伊達政宗と並び立ち出羽を代表す
新年二日。武芸の方のアピールを兼ね、具足姿で武田神社参拝。信玄公に年頭の挨拶を申し上げる。「具足」ってのは本邦甲冑の内、室町時代後期に出現して一般化した「当世具足」のこと。これも立派な和の装い。この日の武田神社は物凄い人出だった。沢山写真撮られちゃった♪**************根付・帯留・ペンダントヘッド等の御用命は鹿正洞まで。御希望の予算と仕様に合わせてのお見繕いもOK。詳しくはe-mailかメッセージにてお問い合わせを。
⚫今年も残すところ2ヶ月!早いもんですねぇ~♪⚫↓♪こちらからどうぞ♪↓豊富な品揃え!!ショッピングモール☆FREEDOM☆入口↑こちらをクリック↑入口★11月のおすすめ商品★【ブラックサンタ】⦅ブラック⦆『昨年大人気だったブラックサンタコスプレ』サンタコスプレ黒ブラックレディース<帽子&ベルト&…¥3,980(税込)速攻簡単パーティーの主役、お手軽&本格派コスプレ!シンプルだけど絶対に外さない定番のコスプレ衣装。ブーツやアクセを合わせて、オリジナルサンタを演出
みなさん、こんにちは。まずはいつものひとポチを!↓政治ランキングありがとうございます!本日は休日ですので、甲冑作りをお伝えしますね。前回は胴の胸板を作りましたので・・・●今回は肩上(わたがみ)を作ります。「肩上」というのは、後胴の上の左右から首の横を通って前に出て、前胴の胸板と紐で連結する肩の部分です。古いものはこんな感じで、長いベルトのようになっています。https://www.hyogo-c.ed.jp/~rekihaku-bo/hi
みなさん、こんにちは。まずはいつものひとポチを!↓政治ランキングありがとうございます!そして先に、ちょっとだけ広報を。テーマは「難民」です。みなさんのお越しをお待ちしております!・・・さて、拙著11作めの「寄生難民」完成後、原稿執筆やらなんやらで忙しくなってしまい(仕事じゃなくて個人的な活動なんですけどね(^_^;))久しぶりの甲冑作成進捗状況報告です。前回はここまでお伝えしていましたね。地味な作業が圧倒的に多いので、「鉄板切り出して穴開けま
世界最大級旅の祭典ツーリズムEXPOジャパン総合観光のイベントに行ってきました。岡山県こちらも甲冑体験長野県お水をいただきました。山口県千葉県当世具足徳島県吉野川手漉き体験してました。混み合っていたので体験できず・・・宮崎県信州上田付箋貰いましたまだまだ続きますよ~(^o^)ノ
誕生日は意外にも祝ってもらえました。両親からはなかったけど、兄がケーキ(ホールではないけど)を買ってきてくれててうまかった!不◯家のやつ。あと普段お世話になってる方が奢ってくださったのが本当に申し訳なくも嬉しかったですね。んで、前回書いた信長の具足なんですけどね。もしかして名古屋開催だからご当地ってことで造られたものってことかしらん…?と思い至り。だとしたらすんません。こっちとしては「宮城から来る!」って感覚だけど、あちらからしたら「名古屋に行く!」ってことですもんね。勝手に納得。実際の
東国の甲冑事情の考察を行った前回。今回は腹巻、胴丸を主役に据え、甲冑の最終形態として完成した当世具足への変化の経緯を西国の上級武者層から探りたいと思います。改良発展が盛んに行われ始めたのが天文から永禄の頃と見定め、そして最終進化の姿を追ってみます。天下を制した織田信長もイメージされる様な南蛮胴は着用せず、実際は胴丸や腹巻を着用し、当世具足を着た天下人としてその地位向上を成したのは豊臣秀吉であろうと以前に述べました。(毛利勝永豊臣譜代の矜持ご参照下さい。)甲冑は戦い方や主要武器の変化に
群馬県立館林美術館に行ってまいりました。まず入っていきなりロビーで高校生のブラスバンドのコンサートが始まり、偶然バンドメンバーのユニホームと同じ黄色いTシャツ着て来ちゃったせいか、関係者と思われて、砂かぶり席に案内されちゃうハプニング。素晴らしい演奏ありがとうって事で結果オーライね。スイングしちゃったテンションで展示室に行くとまずは老猿で有名な高村光雲の観音さまにキュン死。この作品とは違うのだけど館内撮影禁止なのでご勘弁、ちなみに老猿はこれ今回これは見られません。そんで今回の