ブログ記事39件
ちょんまげを結った大きな頭で三つ指ついて正座をしている福助人形は招き猫などと同様幸福を招く人形として親しまれています。元々の福助人形は願いをかなえる人形として文化元年(1804年)頃から江戸で流行した福の神の人形叶福助で茶屋や遊女屋等で祀られました。叶福助人形は享和2年8月(1802年9月)に長寿で死去した摂津国西成軍阿部里(現在の大阪府摂津市)在住の実在の人物佐太郎がモデルとされています手持ち本《福助さん》(荒俣宏編著筑摩書房1993年)には福助さんの情報
古さを感じさせない面白いデザインが多い引札。引札は商店が開店や売り出しを宣伝するために配られた現在のチラシ広告で《お客を引く》《引き付ける》《配る(引く)》が語源で江戸では《引札》京阪では《ちらし》と呼ばれていました。引札の誕生は、《広告》という言葉がまだなかった江戸時代前期天和3年(1683)。呉服屋の三井越後屋(三越の前身)が日本橋駿河町に移転新装開業の折に「現金安売り掛値なし」という当時としては画期的な商法をうたい文句にした一枚物の摺物を配り大変な反響を呼
6日間の風遊花展無事終了しました。鎌倉時代の大磯の女性虎御前とても好評でした。本当にたくさんのお客様にご来場いただき今回は今まで開催した作品展の中で一番たくさんのお客様がお越しくださいました。・・・と言うのも今回町中でいつもお世話になっているお店などで案内を見たと初めてお越しくださったお客様が多い中前半でお越しくださったお客様が「とても良かったので是非見に行って」とお友達などに勧めてくださったという形でお越しくださった方が多かったようでとても嬉し
土日連休、日曜日は博識の兄の案内で富山西部に出向く。隣の小矢部は見所が多いにも拘わらず余りに身近なので案外見落とし勝ち。岩抱きのけやき·〒932-0017富山県小矢部市了輪★★★★☆·観光名所www.google.com苔や針葉樹が醸す香気の為か周囲と一線を画した空気感。神籬、磐座、磐境、、、奥美濃の白山中居神社や地元の宝座岩石を思い起こし。欅の巨樹に抱かれる以前よりこの地に鎮座。宮島狭一の滝に暫し憩いこの近辺に平成の遺構とも言うべき、幻のルートと成り遺棄された「北陸新
松江の橘泉堂さんで見せていただいたものに大好きなものがもう1つありました。それは引札。引札とは現在のチラシや折込広告手配りのビラにあたる一般的広告で商業活動が活発になった江戸の寛文期辺りから盛んに使用されるようになり《お客を引く札》という意味合いから《引札》と呼ばれるようになったという一説があります。引札は既に絵が描かれている状態の空白部分に後から店名や商品名を入れるという方法で制作されました。江戸時代の引札は木版印刷で一色か二色の色使いのものが多く出回りました
このブログを始めるに当たり、久しぶりに、TOPPAN株式会社(凸版印刷)の「印刷博物館」のホームページを覗くと、明治名所石版画(仮称)で多くの版元となっている「古島竹次郎」と「中井徳次郎」に関する記述がありました。驚きました。気が付きませんでした。不覚でした。少し紹介いたします。‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥■印刷博物館ニュースVol.92『色鮮やかな広告チラシ―引札の魅力』○デジタル広告が一般的になった昨今、チラシやポスターを見る機会はすっ
「明治名所石版画(仮)」は、前稿でも記した通り、お土産品であったため学術研究がなされておらず、ルーツ・成り立ちがよく分かっていません。図書館などにも出かけてみましたがなかなか手ががりを掴めないでいるなか、平成10年1月15日の日本経済新聞の文化欄に興味深い記事が掲載されていたことに気が付きました。少し紹介してみます。それは、香川県の藤井奨さんの寄稿文です。タイトルは「蘇る明治版ポスター」です。「古くて暗い生家から出てきた引札は、ホコリまみれのガラクタに混じって無造作に置かれていた。虫
文庫蔵にて、企画展「昔懐かし引札(ひきふだ)展」を開催しています❗️「一般社団法人地域づくり美麻」が古民家の解体事業を進めていた際に発見した引札(昔のチラシのようなもの)のうち、文化財センターに寄贈された中から21点をお借りして展示しています。いつ頃のものかというと、明治末期から大正初期頃なのだそう。美麻地区、大町地区の商店が配布したとされています。引札、皆さん知っていましたか?(私は知りませんでした!)江戸では引札、上方では散(ちらし)と呼ばれていたそうで、客を「引く」という
先日、訪れたアドミュージアムで購入した本を読了しました↓”広告”という言葉は明治になってからの登場で江戸時代は主に”引札”と呼ばれていたんだとか。その媒体として際立っていたのが大衆娯楽の代表である「歌舞伎」「錦絵」「草双紙」とのこと。現在のチラシ広告へと繋がったこの引札を初めて使ったのがあの三井越後屋・・つまり現在の三越。今では当たり前ですが当時としては画期的な「現金安売り掛け値なし」というマーケティング手法は他同業社からかなりの反感を買ってしまい場所移動ま
伊豆の旅2日目は松崎の街のそぞろ歩き。まず最初に行ったのは時計塔と明治初期の呉服商だった商家中瀬邸。ここは8年前に同級生のユカちゃんとも来ていた所ですが同行した友人が初めてだったのでもう一度ゆっくり訪れました。中瀬邸の右側にある町営のコインパーキングは3時間迄は無料で車を停められるので周辺のなまこ壁通りや長八美術館などを歩いても十分回れるため便利です。川沿いにある火の見櫓もまだまだ現役。中瀬邸入り口にある時計塔は大正13年に昭和天
明治期本の広告「現今活用記臆一事千金の引札」1点です。1m×19cm。【書名】現今活用記臆一事千金の引札【巻冊】1点【成立】明治期
〈本棚から一掴み251〉江戸・明治のチラシ広告大阪の引札・絵びら南木コレクション大阪引札研究会編東方出版#マルカ川島商店#江戸明治のチラシ広告#大阪の引札・#絵びら#南木コレクション#大阪引札研究会編#東方出版#引札
戦前古地図鳥瞰図「談山神社名所図」1点/あさまちや旅館の引札か/奈良/多武峰です。39cm×55cm。『データ』【書名】談山神社名所図【巻冊】1点【著者】あさまちや旅館の引札か【成立】戦前
豆熊手を作った時に小さなおかめのお面を作っていたら、ひょっとや福助さんも作りたくなり、簡単な押絵額を作りました。まずはおかめひょっとこ。おかめはひょっとこなどの男役と対になり里神楽などの道化役として登場します。以前町田天満宮の骨董市に行った時におかめさんの舞を見ることができました。この舞は町田天満宮の例大祭の時に太鼓や神楽と一緒に奉納されるのだそうです。おかめは当て字で《お亀》《阿亀》と書き室町末期のある神社の巫女をしていた《亀女》
江戸期「曲独楽竹沢藤次引札」1点/両国広小路/古書古文書/木版摺りです。34cm×46cm。木版刷り。『データ』【書名】曲独楽竹沢藤次引札【巻冊】1点【成立】江戸期のものだと思いますが、正確な年代は不明。
幕末~明治期薬広告引札「一角牛黄丸/明真散」1点/看板/野州道場宿川岸岡田長一/木版摺りです。70cm×26cm。木版刷り。『データ』【書名】一角牛黄丸/明真散【巻冊】1点【著者】野州道場宿川岸岡田長一【成立】幕末~明治期
江戸慶応2年と明治16年「名古屋書画会引札」2点/古書古文書/木版摺りです。大きい方が30cm×42cm。木版刷り。『データ』【書名】名古屋書画会引札【巻冊】2点【成立】慶応2年と明治16年
幕末~明治期引札版木「数寄屋蝋燭の趣」1点/江戸数寄屋蝋燭始祖神田鍛冶町大坂屋喜太郎/木製です。16cm×21cm。木製。『データ』【書名】数寄屋蝋燭の趣版木【巻冊】1点【著者】江戸数寄屋蝋燭始祖神田鍛冶町大坂屋喜太郎【成立】幕末~明治期
明治期古地図鳥瞰図「大阪ヨリ播磨名所讃州金毘羅迄道中絵図」1点/河内屋庄右衛門/引札/古書古文書/木版摺りです。36.5cm×53cm。木版刷り。『データ』【書名】大阪ヨリ播磨名所讃州金毘羅迄道中絵図【巻冊】1点【著者】河内屋庄右衛門【成立】明治期<
明治期「花やしきチラシ引札(西洋あやつり人形/菊細工活人形)」2点/安本亀八/古書です。大きな方が25cm×35cm。『データ』【書名】花やしきチラシ引札(西洋あやつり人形/菊細工活人形)【巻冊】2点【成立】明治期
デザインの参考にしたくてネットで見ていたものに《引札》があります。引札は江戸明治大正時代にかけて商店問屋仲買製造販売元などが宣伝のために配った印刷物今の時代の広告です引札の始まりは天和3年(1683年)に三越の元となった呉服商の越後屋が宣伝用に「現金安売り掛け値なし」という札を十里四方に出したのが始まりと言われています。十里というと約40km新宿からだと八王子辺りまで日本橋からだと横浜の戸塚宿辺りまでだそうでなので今のように流通が発展していない時代にず
江戸から明治、大正の間、ラジオが普及するまで企業名を知ってもらう為に作られたチラシを引札と言います明治20年、明治22年見方を教えてもらった筈なんだけれど忘れちゃったxxxこれ1枚でちゃんと1年間のカレンダーになっていますカレンダーなんてその年が終わると新しいものに入れ替えて捨ててしまいますよねそんなものを大事に保管し集めていたコレクターっていつの時代にもいるものです(笑)今、あなたが集めているマニアックな収集ブツ
踏切を渡ったあと、主要道を離れ、脇道へ・・・そして坂道車輪空転寸前スタック寸前でなんとかたどり着きましたあぶねー伏木北前船資料館入館ここも初めて北前船の中継地点として栄えた伏木昆布や薬が富山の出入りとして大きかったようです一部は幕府の網をかいくぐり直接中国とやりとりしていたとか・・・昆布を売って、薬原料を手に入れるとか・・・おぬしもワルよのぉ・・・という会話があったかは不明ですがこの資料館のふすま模様は琉球や中国
先日浮世絵などの面白いい本のことをご紹介しましたが『おもしろ本』作品作りをする時にデザインを参考にしたり作る物の謂れや背景を知るために色々な本を参考にします。今回もヤフオクで3冊の参考本を買いました。まずは《図…ameblo.jpもう1冊楽しみに到着を待っていた本が届きました。《田村コレクション引札》京都書院編集花林舎平成8年\1000(税別)田村コレクションは京都にある田村資料館の所蔵品です。化粧
幕末期ぐらい「浪花講引札」1点/古書古文書/木版摺り/まつや吉兵衛です。23cm×34cm。木版刷り。『データ』【書名】浪花講引札【巻冊】1点【成立】幕末期ぐらい
明治期ぐらい群馬「上州利根郡下新田棒丸屋本店引札版木」1点です。19cm×13cm程度。木製。『データ』【書名】上州利根郡下新田棒丸屋本店引札版木【巻冊】1点【成立】明治期ぐらい
2022年(令和4年)8月13日(土)大阪歴史博物館で開催中の特別企画展「和菓子、いとおかしー大阪と菓子のこれまでと今」に行ってきました。なぜ、この日に行くことにしたか?と言うと学芸員さんのスライドトークがあったから、です。博物館の展示品って、解説無しで見れなくもないのですが、解説があった方が、展示品をより深く味わえますし、見落としがないので、できるだけ、解説を聞く機会を作っています。午後2時から4階講堂にて「学芸員さんによるスライドトーク」「ス
Shaudowのひとりごと84「引札」のこと2022.06.30H・A・笑童先日(2022.6.23)、奈良の大安寺に行ってきた。白血病の退院後、お礼参りをかさねてきたがコロナ騒動もあって2年ぶりの参拝だ。混雑を予想していたが、いまだに感染者数を発表するメディアに煽られているのか、思いのほか参拝者も少なく、ゆっくりとお参りをすることができた。そのあと昼食まで時間もあったので般若寺へ向かった。コスモス寺と言われ、紫陽花も見事なその寺は、花が
「引札」とは?江戸時代から昭和の初め頃にかけて商売などの宣伝のために作られた広告チラシのことだそうです今日は、暖かい日差しの中海の見える杜美術館に行って来ました。お天気も良くて対岸の宮島も、薄墨色の様に穏やかに、のどかでした入館して入ったら早速、華やかな展示・・・歴史の古い順に展示されてこちらは江戸時代から明治16年頃まで順に豆知識として技法や知識がわかりやすく説明左下には、商店の名前が印刷されるのだそうで、金額が書いてあ