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買わなきゃなんないものがたまってる。靴はボロボロ、パンツはヨレヨレ(笑)、洗濯洗剤とかスリッパとか、そーゆーものたち。で、メモってあるんだけどなかなか買わえない。まずは靴だ、とスニーカー売り場へ行ったけど、どうにも買う気になれず、、なんでや!もうホントに買わないといかん状況よ!しかし氣もちが上がらないものを買うわけにはいかないのだ。上気元で生きるのだ。心に従い買わずに売り場から退散し氣づく。もしや買う順番?なのでは?まず一番欲しいもの、理屈抜きで一番買いたいものを買うべきなのでは?だがしかし
今日も来てくれてありがとう🤗長野旅から帰って私の中に真っ直ぐなものが💃揺らぐことのない柱が立った🎊事を感じた諏訪大社本宮参拝偶然出会った例大祭凄いエネルギーを感じたそして建御名方神のエネルギーも動じるな🤗と2日の日に茅部神社へ旅の報告小雨が止み太陽🌞が顔を出した照らしてくれてる🤗優しい風が体を纏う🥰自分が選んだ道これで良かった🤗と思えた瞬間✨✨オルゴナイトを創る意味もハッキリわかった🤗必要な方に届きますように🤗人生色々あるけ
出雲地方に和奈佐(わなさ)神社という神社があるのを最近知りました。和奈佐神社和奈佐神社jinja.matsue-hana.com祀られているは和奈佐比古命(わなさひこのみこと)。和奈佐比古命は宍道湖そばの来待神社に合祀されているようです。また、更に内陸側に船林神社があり、阿波枳閇委奈佐比古命(あわきへわなさひこのみこと)が祀られています。(以下下が北)出雲風土記に出てくる阿波枳閇委奈佐比古命(あわきへわなさひこのみこと)は阿波から来たわなさひこのみこと、の意で阿波国
みなさん、こんにちは😃諏訪大社の御神祭建御中方主神御神画が完成したご報告を兼ねて諏訪を訪れたとはいえ完成したのは3月、、w4月はニューヨークのアートフェアだったのでバタバタしていてすっかり抜けてたw笑朝、胸元のネックレスの翡翠の勾玉に黒猫ロクロがチョイチョイと手を出してきたこんな感じでロクロはユラユラするモノが大好きなんです!笑ダメーーーかじらないでーー奴奈川姫さまの御魂なんだから、、、ん?勾玉を握るとどこか温かく呼吸しているような感覚があったあーー
今日は、かなりの強風が吹き荒れています。温暖化のせいで、豪雨が降ったり、強風が吹いたり、地球は大丈夫なんでしょうかあと1,000年ぐらいしたら、地球環境は良くなるって、どこかで読んだ記憶があります。人類の価値観が良い方に変わったのか、、、それとも、人類の数が激減したとか。。。。。今年(2026年)の4月5日から2泊3日で、島根県に行きました3日目の、4月7日の最終日のことです一社目は、出雲市斐川町神庭(かんば)の諏訪神社でした二社目は、出雲市斐川町
諏訪大社下社春宮幣拝殿/左右片拝殿長野県諏訪郡下諏訪町193諏訪大社公式サイト下社春宮●参拝日2026年4月17日【御祭神】建御名方神【御祭神】八坂刀売神【配祀】事代主神「春宮」なので、御祭神がいらっしゃるのは2月から7月。こちらも本殿はなく、御神体は杉の木。秋宮と幣拝殿は同じように見えますが、大きさが違うそうです。彫刻も競い合うように作られているとか。境内にあるいぼ石。この石のくぼ
諏訪大社下社秋宮幣拝殿/左右片拝殿長野県諏訪郡下諏訪町5828諏訪大社公式サイト下社秋宮●参拝日2026年4月17日【御祭神】建御名方神【御祭神】八坂刀売神【配祀】事代主神本殿はなく、御神木「イチイの木」が御神体。諏訪大社は上社前宮、上社本宮、下社秋宮、下社春宮、四社の総称。上社前宮以外には本殿はない神社として知られているようです。毎年8月~翌年1月に御祭神が祀られるため「秋宮」と呼ばれます。つまり私が参拝
諏訪大社上社・前宮拝殿長野県茅野市宮川2030諏訪大社公式ホームページ●参拝日2026年4月18日【御祭神】八坂刀売神(やさかとめのかみ)御祭神の八坂刀売神は記紀神話には登場しない神ですが本宮御祭神の建御名方神(たけみなかたのかみ)の后神と言われています。この八坂刀売神は海人族・安曇氏の出自とも伝えられているようです。長野に移り住んだためでしょうか、近くには安曇野という地名も残っています。安曇氏と言えば北九州を拠点
諏訪大社上社本宮幣拝殿/左右片拝殿/脇片拝殿(重文)長野県諏訪市中洲宮山1信濃国一之宮諏訪大社公式ホームページ●参拝日2026年4月17日【御祭神】建御名方神(たけみなかたのかみ)諏訪大社は上社本宮、上社前宮、下社春宮、下社秋宮、四社の総称。上社本宮の御祭神、建御名方神は大国主命の御子神で国譲りに抵抗した神。しかし高天原の使者・タケミカヅチにコテンパンに敗れてしまったとされる。古事記神話では諏訪に逃げ、諏訪から出ないこと
伊豆諸島は、龍神の置いた3個の石から始まり、石は一日一夜にして島となったそうな。最初に作られたのは初島。2番目に作られたのは神が集まって島作りを話し合った神津島。3番目に作られたのは大島。4番目に海の塩で新島が作られて、5番目に「見目、若宮、剣の御子」の家を建てる為の三宅島ができた。6番目に三嶋大明神の大事な蔵を置くための御蔵島が作られ、沖の島、小島、王鼻島(ほうでしま)が作られて、最後に10番目の十島(利島)が作られた。この話は『三島大明神縁起』
【タケミナカタ/力が強い相撲の起源となった出雲の武神】タケミナカタ(建御名方神)は、諏訪大社(長野県諏訪市)のご祭神であり、オオクニヌシの御子で、「国譲り」の時に最後まで高天原の神々に抵抗した神様でしたが、最終的に出雲から諏訪に退きました。タケミナカタの「ミナカタ」は「水潟」ともされ、水の神で蛇神(龍神)と関係が深いとも言われます。『古事記』において、アマテラスの命を受けたタケミカヅチが、オオクニヌシに国を譲るよう迫るのが「国譲り」で、オオクニヌシはタケミカヅチから国譲りを問われた
古事記で国譲りと言えば建御名方神が武甕雷神に負けて諏訪湖まで逃げたとなっています。しかし諏訪では建御名方神が突然やってきたとされています。そして諏訪地域は狩猟で生活をしていましたが、建御名方神により稲作が広まった。だとすると建御名方神が来たのは弥生時代以降になります。神武天皇が紀元前660年から紀元前585年まで弥生時代は紀元前300年からだとすると国譲りは神武天皇の死後という事になります。出雲族から大和族(瓊瓊杵尊)に国譲りは行われましたが、神武天皇は瓊瓊杵尊の孫ですのでおかしい
昨年の昨年の6月末、上社御射山社を訪れてから、早いもので約一年が経ちました。「いつか必ず」と思っていた対になる場所、下社の御射山社へようやく足を運ぶことができました。車山、霧ヶ峰の爽快な景色を通り抜け、ガードレールも無くなった山道を抜け、さらにその奥へ。辿り着いたのは、観光地の賑わいとは無縁の、静謐な聖域でした。まず目を奪われたのは、湧水を湛えた神池。鏡のような水面に周囲の森が鮮やかに映り込み、現実と幻想の境界が曖昧になるような美しさ。奥へ進むにつれ、天を突くような巨木たちが
千曲市にある水上布奈山神社に伺いました。江戸初期に創建された神社で、諏訪大社より建御名方神を勧請とあります。右手の通用口を入ると拝殿と本殿があります。梶の葉神紋です。この後ろ側にシャッター付の建物があり、その中に重要文化財の本殿があるようです。インターホンがあり、何かと思いましたがどうもそれを押すと説明が流れるそうで気づきませんでした。右手には稲荷社、ほか二社が祀られてます。右手奥は天神社と道祖神などが祀られています。赤い屋根のある祠は猿田彦社でした。
こんにちは最近わたしの周囲で南方熊楠氏の話題がよく出るなぁと思ったら南方繋がりでした💕4月10日今日からクラウドファンディングはじまりました~😆同時にはじまった神社クラファン11社の中に鹿児島の南方神社さま登場~!神社ファンの底力日本の未来につなぐ神と人のそれぞれの継承物語|ForGood|手数料0%のクラウドファンディングfor-good.net南方神社のページはここから鹿児島五社筆頭【南方神社】諏訪から呼ばれた震災抑えの神様を、未来に継承す
御坂山神社(みさかやまじんじゃ)(駒ヶ根市中沢本曽倉)御祭神は建御名方神(たけみなかたのかみ)紅葉が素晴らしい神社山道に黄色いレンギョウが咲いていましたなお下の写真は麓に有る御堂です
毎日ブログ更新中〜今日も読んでくださり感謝します♡今、スマホの待ち受けは建御名方神様💖タケミナカタノカミ↑これっ💖↑この動画を観てシビレちゃった何回も見てる感情は人間の愛すべきものそれが人間の可愛いところ感情大きい=エネルギー大きい器が大きいということ感情にプラスもマイナスもない感情を見ろその先の本音を見ろ一番奥の恥ずかしい本音小さいかわいい本音それが自分を生きる起爆剤になる希望になる本当に生きたいものがわかる感情、いいじゃん‼️by建御名方神
[信濃国諏訪郡]諏訪大社上社本宮建御名方命等を祀る*写真は2011年8月撮影のもの【古事記神話】本文(~その97国譲り編13)今回は「建御名方神」が登場。建御名方神と言えば…諏訪大社。諏訪大社へ参拝をしたのは、平成十九~二十年(2007~2008年)頃と平成二十三年(2011年)の2回のみ。また参拝をして記事を上げようと思いつつ…かれこれ十五年も経ってしまいました。(上社本宮のみ辛うじて写真を探し出し記事UPしています)果たして再び信濃へ向かう日が来るのか
宇宙巫女LaylaΩ(ライラ)です。初めましての方はこちらをどうぞ。𝑳𝒂𝒚𝒍𝒂Ωブログにようこそ。このページには豊かさ体質になるエネルギーヒーリングをかけています💜みなさん愛し合ってますか?こんにちは、ライラです🌌登録者数13.5万人のYouTubeチャンネルツキを呼ぶ斎名智子アワーまたまた出演させていただきました!今回ね、かなり異例なの。いつもは多次元・宇宙意識から降ろしているんだけど、今回は日本の神様!強いです。いつもつながる宇宙は
昨日、youtube観てたら諏訪大社の「建御名方神(タケミナカタ)」を降ろしてて…観ながら泣けた嫌なことされて、「やり返したい」って思って「あーなんてことを思ってしまったんだ」自分のこと責めたりする失敗してずっと引きずって「私は失敗した人」と思い続けなくていいってその先にあるものを見ろって観たい人いるかな?貼っておこうかな?今日のカードWisdom(知恵)知恵とは単なる知識以上のものです。目に
皆さんごきげんよう✋️日本神佛心眼協会会長おゲイ占い師紫鏐(しりゅう)です🌹一昨日の岐阜のイベントが無事に終わり昨日は長野県の諏訪大社へ行って参りました✨️岐阜県可児市から高速で2時間半🚕9:00頃に諏訪大社春宮へ到着!鳥居でご挨拶するとやさしい風が吹き抜けました🪭ゆっくり参拝させていただきふと、御祭神は建御名方様のはずなのに国譲りのときに戦った建御雷神様が摂社で祀られていました!!!!なぜ?と思いながらも笑今日の敵は明日の友なスタイル?なんて笑四社巡るので
諏訪大社上社本宮前のお土産屋さんで気分が盛り上がった後は、時間があるので下社春宮と秋宮にも行くことになった。まさか、諏訪大社4社巡りができると思っていなかったので嬉しかったまずは、春宮諏訪大社上社ご祭神の建御名方神の奥様の八坂刀売神をお祀りしている。上社本宮よりもこぢんまりとした境内⛩️ここにも御柱🌲さらっと拝観して、続いては秋宮春宮とよく似た造り⛩️上社と下社では、ご祭神が建御名方神と八坂刀売神の違いがあるとのことで、下社の方が優しい印象だった。いつか、諏訪大社にお参りできた
福岡にも雨が降りました。ですが、ダムの貯水率は下がったまま。あなたのお住まいの地域はいかがでしょうか?晴れ続きだと、花粉や黄砂が舞い上がり、空気がけぶっていましたが、今日はひんやりと澄み切った空気となりました。気持ちが良いですね。ダムの貯水率も上がるくらい雨が降ってほしいものです。いよいよ3月。年度末で忙しくなる方も多いかと思います。【3月のテーマ】をお伝えします。参考にしてみてくださいね。建御名方神(タケミナカタノカミ)●育成●挑戦(シンボル・ア
本日は前回記事の続きです。皆神山でリトリートし、心身共にすっかり清々しくなった私たち夫婦は…長野市街地に向かいました♪次の目的地はコチラ!皆様ご存知…有名な善光寺近くにある神社。【建御名方富命彦神別神社】です。【建御名方富命彦神別神社】「たけみなかたのみことひこかみわけじんじゃ」と読みます。信州で神社と言えば先ず「諏訪大社」ですね。此処は諏訪大社の祭神・建御名方富命及びその子・彦神別命を祀る神社です。(※
ぱんだの静岡県神社巡り(´Д`)。本日ご紹介するのは、静岡県磐田市天龍に鎮座する諏訪神社です。諏訪神社こちらが諏訪神社です。灯籠が立派ですね(´Д`)。◯御祭神:建御名方命◯鎮座地:静岡県磐田市天龍字蛭子森八十番地◯旧社格:村社◯礼祭日:十月二十七日(現在は十月第二日曜日)社伝によれば、延暦元年(782)七月二十七日に上下諏訪神社を勧請して、産土神として尊崇したとのことです。明治八年に元の若宮神社及び上島神社を合祀し、明治十二年九月十三日に村社に列せられました。諏訪神社
諏訪湖。比較的容易に行き来できるから、この数年来、何度か訪れている。冬の諏訪湖の水温が氷点下10度以下を連日続け、全面結氷し、氷が割れて盛り上がった道ができる。これを、大国主神の子神、建御名方神が、上の神社から、下の神社におられる女神、八坂刀売神の元へ渡られた跡として、「御神渡り」と呼び崇める。一度、観てみたいと思うのだが、このところの暖冬で、なかなか御神渡りは現れない。今年はどうだろうか。先ずは腹ごしらえだ。レンタカーを借りて、昨年、酒蔵を訪れた際に連れて行っていただいた、原村の
板橋区大門にある赤塚諏訪神社では2月13日の夜に「田遊び」が行われます板橋区徳丸北野神社の「田遊び」と並び国の重要無形民俗文化財に指定されていますその年の「五穀豊穣」「子孫繁栄」を祈願する予祝行事です赤塚諏訪神社の幟大鳥居創建は長禄年間(1457~60)ご祭神は建御名方神長野県の諏訪大社より勧請隋神門随身拝殿宮御輿拝殿の向拝祭壇田遊びの道具が強い風に揺れます槍見学の人が増えてきました宮司さんが祈祷中子供たちが竹で道を叩き悪霊災厄を祓いますどんど
ようこそ!!神様、スピリチュアル、料理に漫画好きなことを好きなように好きなだけ発信中。いつもご訪問ありがとうございます。*・・・*★*・・・*★*・・・*★*・・・*事代主が、国譲りを了承した後、建御雷は、「まだ、意見を聞かないといけない者がいるのか?」と、大国主神に迫ります。すると、「後は、建御名方神に聞いてみないと。この子以外には、もうおりません」と、お答えになりました。丁度そこへ、千引の岩を片手で捧げ持って、近づいてくる神がいました。建御名方神ーたけみなか
出雲で天の武神建御雷神に挑んだ建御名方神は力比べに敗れる。追われた末にたどり着いたのが、信濃・諏訪。しかしその地には、古くからの産土神洩矢神がいた。鉄の輪が空を裂き、藤の枝がそれを受ける。鉄は砕け、藤はしなやかに残った。こうして建御名方神は諏訪を治める神となり、のちに諏訪大社の主祭神として祀られる。敗走は、終わりではなく、土地との結び直しだった。