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2004年6月28日ルート銀山平~一ノ鳥居~庚申山荘~庚申山~鋸山~皇海山~鋸山~六林班峠~庚申山荘~一ノ鳥居~銀山平早朝に銀山平奥の林道ゲート前に車を置いて出発先ずはその林道歩き左側は切れ落ちた谷で右側は切り立った崖厚く砕石が敷かれた路面は歩き難く出だしから難儀な道が始まる右手から落ちる丸石沢笹ミキ沢と小沢を二つやり過ごし大小の石が積み重なった‟天狗の投石”を通過すれば程なくして一ノ鳥居へと辿り着くここが事実上、庚申山の登山口傍らに落ちる‟水
こんばんわ。今日の東京は散歩日和でした。一昨日の王子~赤羽散歩でまわりきれなかった、北区神谷(王子と赤羽の間の隅田川寄りの地域)あたりの庚申塔を訪ねました。王子4丁目のバス停近く(地下鉄「王子神谷」駅近くの北本通り沿いに、とても目立ってあるのが「観音塚庚申堂」。堂の入り口には大きく「庚申塔」って書かれているので、すぐに分かります。この庚申堂には、金属製?の観音菩薩立像と石柱の「庚申塔」が祀られています。古い庚申塔に対して観音さんのほうは新く造られたものですが、この場
今日は60日に一度の庚申の日です。2週間ほど前に訪問した、あいの里の「仙人庚申塚」です。麻生駅もしくは栄町駅からバスに乗り、30分ほどで終点のあいの里4条1丁目で下車すれば目の前ですが、この日はよさこいソーランの日だった為、混雑を避けて学園都市線の拓北駅から30分ほど歩きました(笑)住宅街と畑の境界線に鎮座しています。建立されたのは明治28年(1895年)9月。今年でちょうど130年です。祀られているのは庚申塚としては非常に珍しく(猿田彦大神や青面金剛を祀る事が多い)修験道の「役行者
今日は60日に一度の「庚申」の日です。庚申の日と言えば、かつて日本各地で「庚申塚」が建てられ「庚申講(庚申待)」が行なわれていました。そこで先日、庚申講や庚申塚について行ける範囲内で現地調査して来ましたのでレポートを書いておきます。北26条東22丁目、北26条ホームラン公園の片隅にある大正9年に建てられた庚申塚です。もともとは道道273号線に沿った玉葱畑の片隅にありましたが、建てられてからちょうど60年後の庚申の年にあたる昭和55年、区画整理により現在の場所に移動しました。この元町地
年末恒例の自宅の掃除も年賀状書きもやる気が出ない私。同じように年末にだらけ気味だという散歩友だちを誘って(運動不足解消のためとか理由をつけて)、昼の暖かい時間帯に下谷、谷根千(谷中、根津、千駄木)あたりの散歩に出ました。最初の目的地は「日本三庚申」と呼ばれているらしい?下谷の小野照崎神社の庚申塔(群)です。JRの「鶯谷」駅南口から徒歩5分ほどでその神社につきます。正月を控えてそれなりに賑わっていました。「日本三庚申塚」はその神社の片隅に「庚申塔寄場」風にありました。「日本三庚申」と右上
家の近くに石碑がたくさんあるため、よく話題にしている「庚申講」「庚申塚」の話。過去にはこんな記事とか『庚申講』庚申待をご存知か?(某ボリウッド風に)スーパーざっくりいうと、長生きのために「庚申」の日は徹夜しましょう🌃そのために、その日の夜は宴会しましょう🍻🍶🍾🍡みたい…ameblo.jpこれとか。『船橋の石碑』休日に身近なところの、石碑を巡ってきました。お馴染み、庚申講石碑の横には作成年月日があります。やはり石🪨永く残すなら石に限りますわ笑その近くの馬頭観音道祖神…ameblo.jp
休日に身近なところの、石碑を巡ってきました。お馴染み、庚申講石碑の横には作成年月日があります。やはり石🪨永く残すなら石に限りますわ笑その近くの馬頭観音道祖神も💡紹介の看板何かを願って、声をかけあってお金集めて、作って、設置した人たちがいる。背景を想像しながら回るのがめっちゃ好きなのです😊
これまで、庚申信仰でいわれる人の体内に棲み寿命を縮めさせる三種類の虫「三尸(さんし)」について、何度も取り上げてきました。『「腹のムシ」2』「チネイザン」という、気功療法による腹部マッサージがあります。チネイザンは「氣内臓療法」とも呼ばれる、2500年以上前から伝わる中国のタオ(道教)の気功療…ameblo.jpその毒虫三尸を押さえる、といわれるのが・・「青面金剛(しょうめんこんごう)」です。(青面金剛明王とも)「青
こういう道すがらにある石碑に興味があってつい見ちゃいます🪨こちらは家の近くの、庚申講の石碑と道標です。庚申講については後ほど漫画でも書きたいです♪今住んでいる地域は庚申講が盛んだったのか、それに関する石碑が多くあります。その地域ごとに、地域信仰の特色があるかもしれませんね🗾
秋穂の正八幡宮の北東からの参道入口に石造が並んでます。『正八幡宮社殿は重要文化財』秋穂の正八幡宮です。大きな神社ですね。ちょうどサクラが満開でした。社殿は国指定重要文化財に指定されています。歴史を感じる趣がある建物ですね鐘楼は県指定文…ameblo.jp庚申塚はあちこちで見かけますが「庚申塔」が残っています。初めて見ましたよ。説明板によると県下最古のようです。こちらが庚申塔。高さ160cm。大きいですね(^^♪中央に青面金剛像(庚申講の本尊として知られ、三
ボランティアで石造物の調査をお手伝いしている。昨年からテーマは庚申塔。川崎を海から攻めており、武蔵小杉に入った。各地区、特徴があり面白い。この辺りは、新しいものがある。この塔は昭和の建立だ。塔が建ったということは「庚申講」も続いているということだ。
-ズーム例会のお知らせ開催日令和6年1月11日(木)時間夜7時から8時まで内容方鑑学についてのお話し料金会員は無料。非会員は1,100円(後日振込み)参加者名(フルネーム)と携帯番号とご住所、参加人数をメールを送信して下さい。ズームの招待を返信します。ズームのご招待を返信します。初めてズームを使うかたでも、割と簡単な操作で参加出来ます。場所も関係なく、日本からのみならず海外からも参加出来ます。お問い合わせ及びお申込みは、zoom-rei
庚申講(おこしん様)の当番のむじなざわから、ホテル扇屋で開催のお知らせが届いていたのですが、日曜日で出れないんで欠席のお詫びの電話をしました。
明日8月30日は「庚申」の日で満月(月齢は14.1だから見た目には31日のほうが満月らしいかな)。「庚申の日のイブ」は眠らないで「身体の中にいる三尸(さんし)」が天に昇ってしまわないように、みんなで集まってワイワイガヤガヤと過ごすのが江戸時代におおいに流行った「庚申信仰」です。皆で悪い行いを共有すれば怖くない?って、ジャニーズ事務所とマスメディアのようなものです。でも、ジャニーズ事務所はいつまで「ジャニーズ」の名前に拘るのでしょうかね?「ジャニーさんの男の子たち」みたいな名称。少し考え
⛩諏訪神社(すわじんじゃ)鎮坐〒389-0102長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢旧軽井沢865御祭神御祭神・健御名方富命(たけみなかたとみのみこと)摂社末社他・稲荷神社(詳細不明)・石の祠(詳細不明)格式他・近代社格制度村社・神社庁献幣使参同指定神社馬駐及厠・馬駐なし(近くに有料馬駐あり)・厠なし所感すごくいい感じにゃん。ちょっと強めの雨が降ってて、すこし止んだ合間におまい
庚申待をご存知か?(某ボリウッド風に)スーパーざっくりいうと、長生きのために「庚申」の日は徹夜しましょう🌃そのために、その日の夜は宴会しましょう🍻🍶🍾🍡みたいな民間信仰です❗️(ホントか?)そんな庚申待・庚申講の名残で、今でも石碑が各所にあると思います。写真は、近所の庚申講跡の石碑。たまの夜通しのご馳走は楽しかったのか。ここにくると、宴会の席で和やかに賑やかに明るく楽しむビジョンが見えて私も楽しくなるので、時々のぞいています。こういう名前の本尊を祀っていたらしい。もしくは帝
和本江戸期庚申講写本「庚申縁記」全1冊/相模国三浦郡桜山村(神奈川県逗子市)/古書古文書/手書きです。10丁。24.5cm×17cm。手書き。『データ』【書名】庚申縁記【巻冊】全1冊【著者】相模国三浦郡桜山村(神奈川県逗子市)【成立】江戸期の写本だと思いますが、正確な年代は不明。
『神さまだって疲れるさ〜♨️』YouTubeのゆっくり動画で、2ch(5ch)の怖い話を流し聞きするのが好きなのです。そこで「猿神様」という話を聞いた時のこと。※猿神様🐵の動画→神様の格好…ameblo.jpこの続きです。今日猿神様と家の近くの日枝神社に行って来ました。昨日までスヨスヨ寝てたのですが、今日は朝から起きてる猿神さま。もうやさぐれてる感じはなくて、普通にシャキッとおきてるのですがいかんせん顔がまんまニホンザル?なので近くて直視すると単純に怖いです
今日は「ブログお休みします」って昨日書いたけど。忘れていたことがあるので、書きました。明日は「初庚申」です(旧暦だと師走11日ですが)。だから今夜が「庚申イヴ」で、庚申の寄り合いがある「眠らない夜」。眠らないのは庚申の日の日没後の夜か?それとも前日か?って、よく分からなかったけど、昨年11月に庚申信仰の総本山のような大阪の四天王寺さんの「庚申堂」を訪ねてみてわかりました。眠らないのは、庚申の日の「前の日」が終わった(日没した)その夜のようです。この夜のカウントのとりかたは、クリスマスと
1学校ボランティアに行きました。今回は、花壇に植える草花の苗を、移植用ポットに植えかえする作業でした。10人くらい集まりました。ビオラかパンジーかの苗が、種まき用のトレイにたくさん芽を出していました。これをひとりでやったらかなりの重労働です。ひとりで100本近くを植えかえしたと思います。1時間の予定でしたが、植えかえする苗がなくなったので40分くらいで終わりになりました。22年ぶりくらいに、庚申講という集まりをしました。これは、近所の数軒が集まって講を催すもののひとつです。厳
記事をリニューアルしました(2022/9/15)県下最大規模の環濠で知られる広陵町南郷地区の市場集落南端に奈良県では希少な庚申塔道標がある。正面(西面)には盆状彫り込み内に日月紋と「庚申」の文字、彫り込み下に「市場安全」、左側に「左奈良郡山道」の文字が刻まれている。北面には「右高田道」裏面(東面)には「壬明治十五年午三月日講中世話人」の銘がある。南面に文字は無し。頭頂部。西側から。下街道の南郷市場集落の南の入口に立てられている。下街道。奈良、郡山方向。北側から
和本明治30~40年代庚申講古記録「庚申会記録」1冊/古書古文書/手書きです。18丁。横本(14cm×20cm)。手書き。『データ』【書名】庚申会記録【巻冊】1冊【成立】明治30~40年代
西武新宿線「江古田」駅の北口、栄町の「ゆうゆうロード」にある庚申塚を先週土曜日の夕方に訪ねました(南口・新江古田駅近くの「林稲荷神社横の庚申塔」を訪れた、その足で向かいました)。庚申塚は「ゆうゆうロード」を環七方向へ数分歩いたところにあります(西武有楽町線の「新桜台」駅=環七沿いの駅です=の近くです。きれいに管理されている庚申塚で、とくに個別名称はないけれども、典型的な青面金剛の石仏が、よけいな石仏(地蔵菩薩とか観音菩薩とか)なしに納められています。庚申塚の横には、「庚申塚
昨日は在宅ワークのあと、まったり過ごしました。夕食はできるだけ手を抜こうと思いましてん(*`艸´)ウシシシスーパーで買ってきました♪いえね、ジョナサンで食べる、「キャベツサンド」が好きなんです(*´艸`)クスクスほのかな酸味の正体は、レモン果汁じゃないかとあたりをつけたワタクシ、惣菜のコールスローに、ポッカレモンをイン~♪おお~、こんな感じだぞっ(*´▽`*)!さらに10%オフだったサラダを皿に盛り~♪バケットを切って焼いた
きょうは、晴れのち曇り。夕立あり、ここまでの降水量は0.5㍉。あしたは晴れのち曇り、夕立ありでしょう。きょうの尾鷲の最高気温は32.6℃(最低気温は23.0℃)。全国トップは山口県の山口で37.2℃。三重トップは亀山で35.0℃。ただいまの尾鷲の気温は25.4℃。『雑学ゼミナール』【インターネットが原因でバニラが高騰している】バニラの輸入価格は5年前に比べて約10倍にもなり、1kg約7万円で今では銀よりも高価な
どえらい世界だった文字通り百鬼夜行読めども読めども、人物関係図が膨張するだけで占い師、霊感少年、気功道場、漢方薬局、風水経営指南、自己啓発講習、私設研究団体、新興宗教と――いずれ怪しい連中ではあるものの、それぞれに明確な犯罪性を見出すのは難しい。終盤は妖怪やら宗教の京極レクチャーが入るので、そちらに気をとられ、自分の中で事件が棚上げになりわけがわからなくなることしばしば。しかも、この期に及んで一作目「姑獲鳥の夏」までガッツリ絡んでくるから、過去作品に遡って復習したり。それもそのはず
朝起きた時、下の歯が締め付けられるように息苦しさを感じました。ある種の拷問。スペースが無いから、動きたくても動けない、動ける方向へ無理やり押し出してしまえと、あらぬ方向に向かってないか心配です。お彼岸だからというわけではありませんが、こうゆう時は、何やらありがたい念仏でも呪文でも唱えてみようという気になります。先日、民俗学のセミナーで、庚申講の再現の際、青面金剛のご真言を教わったので、思い出してみました。本来、梵字なので、それを音に表すと、カタカナばかりで、見ても覚えられないので、耳で覚
こんにちは、ガネーシャJr.です。印西里山には多くの庚申塚が存在します。江戸時代に庚申講が流行り、本尊の青面金剛を石彫した庚申塔が建てられました。その後三猿や文字だけの庚申塔が造られ、村はずれの辻に塚を築いて祀りました。江戸時代後期に関東を中心に庚申塔を百基並べた百庚申が建立されました。千葉県では北総地域に多く、市内には他に松崎・武西・小林・松虫・笠神にも残っているそうです。浦部の百庚申塚は弘化4年(1847年)現木下街道(旧鮮魚街道)沿いに建てられました。端から端まで、全長130mも
の里加子母。今朝は晴れ。今日一日「晴れ」の予報です。3月も中旬。穏やかな日になりそうです。昨日は「庚申の日」。当地では集落の中で数戸が一つのグループを構成して、庚申講を信仰をしています。今回は我が家が庚申様のお祀りをする元方の担当でした。我が家が加入しているグル-プでは現在3戸が在籍していますが、昭和の中頃には6戸が加入していました。60日ごとの「庚申の日」に、3戸が持ち周りで元方(宿)を担当。神棚