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118話キッチン・ブルース②店の仕事に慣れた僕は、本格的に、接客というものに興味が湧き始め、反対に音楽の方からはどんどん意識が離れて行った。マスターの接客を横で見ていて、話を聞く際の呼吸の見事さに初めて気づいたのだ。一見すると、ほとんどの客から軽んじられ、からかわれたりバカにされたりもするのだけれど、その押し引きは見事なものだった。客が話したくて来たのか、聞き出して欲しいのかを見極め、ほぼ確実に相手の表情を和らげて行く。相手はやや肩の力が抜けたようになると、「よし、じゃあもう一
117話キッチン・ブルース①僕が厨房に入った事で、明らかに食事の注文が増えていた。マスターが考えていた通り、店の弱点はフード類が無かった事で、調理のためのスタッフを入れたという事がその分かりやすい分岐点となったのだ。おかげで、僕は厨房仕事をこなしつつ酒の注文について学ぶ期間もとれ、バーテン見習いのスタートとしては全てが順調だった。店員として「セッションに出るべきか出ないべきか」などと考える必要も無かったほどに、調理仕事を中心に忙しい日々が過ぎて行った。ただ、僕を好意的に思
116話バーテンダー見習いほどなくして、僕はバーテンダー見習いとなって、ブルースセッションの常連客として通っていたライブBarで働かせてもらうようになった。その最初の仕事はというと、店内ではなく、調理道具の買い出しから始まった。音楽がメインという事で、マスターは今まで調理面にはまるで力を入れておらず、他のスタッフも誰一人そういった人材ではなかったので、僕を雇う最大の理由は、店の食事メニューを充実させる事だった。そのために、まずは今まで揃えてもいなかった調理器具を買うところから、
115話水商売入門②1年後、ラブホテルでのアルバイト仕事にすっかり慣れて、連休などが入るたび通う日数も増えて行った。とはいえ正直良い職場とは言えず、反社のような従業員や、借金まみれで逃げて来たような臨時雇いの訳ありスタッフ達に囲まれ、事件の一歩手前の荒っぽい職場トラブルも日常茶飯事だった。実際に近くのラブホテルでは部屋で殺人事件があり、ベットの下に死体を隠していたのを知らず、そのまましばらく部屋貸しを続けていたなんて話もあったほどだ。それを聞いたスタッフ達はそう驚く事もなく「掃除
114話水商売入門①陶磁器の町での貴重な1年で、持って回れるような公的な資料も飛躍的に増え、自分の企画業の売り込みは益々勢いづくはずだったのだけれど、その頃の僕は、明らかに相手に食らいつくようなハングリーさを無くしてしまっていた。ある程度まとまった仕事を納めたせいで、自分の中で勝手に仕事の敷居を上げてしまい、仕事をもらえるかどうかもわからないならもう少し相手の反応を見ようとか、一度訪ねたのだから少なくとも次は相手からオファーをもらってから動こうといった、待ちの姿勢になってしまったの
2024年コロナ禍で自粛生活となったのをきっかけに、いろいろな出来事を記録しようというくらいの軽いノリで書き綴ってきた『僕の自粛日誌⑪』も、なんと『その⑫』にまでになった。今回はタイトルに“やや終わりに差し掛かった”と入ったままではあるのだけれど、これからも自分の記録として、気楽に書き続けて行こうと思う。前回の自粛日誌をブログにアップした後の年末は、年明け2024年からスタートする新しいキャンペーン企画の準備で、かなりバタバタとしていた。昨年発表した「ブルースハーモニカ音頭」と
113話『大親方』仕事でしばらくは安定した収入が見込めるようになった気持ちの余裕から、僕は自分のハーモニカにもお金を掛けるようになって行った。当時初めて聞いた「カントリーチューニング」という特殊な配列のテンホールズハーモニカがあって、それを全てのKeyで買い揃える事にしたのだ。バンドメンバーの1人が海外からの楽器の仕入れの仕事をしていて、その中でトンボ社の海外向け商品「リー・オスカーモデル」を扱っていたのだ。身内としてのかなりの値引きで、僕は交換パーツ一式と、さらに「ナチュラルマ
112話『親方衆』②その後、僕は想像もできない理由から、親方衆に受け入れてもらえる事になる。それはある「団体」との比較による評価のせいだった。僕が現れる1年ほど前、この親方衆に「今後の陶磁器」について、一方的に指導しに来た集団がいたらしいのだ。それは県や市が後押しする公的な団体で、地場産業を活性化するために組織された、若手だけのエリート集団だった。中には大学を出たばかりの段階の人もいるほど、全員現場経験がまるで無かった。それが、いきなり町の税金で建てられた施設に陣取り、海
111話『親方衆』①会議室には、殺伐としたむせるような男臭さが充満していた。網戸ごと窓を開け放ち、虫が入って来るより、少しでも暑さの方をなんとかしたいようだった。上座には、前回打ち合わせした年上の親方がでんと座っている。議事進行という立場らしいのだけれど、明らかに参加者の全員を威嚇するような厳しい顔つきで、タバコをくわえながら書類に目を通している。やがてメンバーが揃い、その親方が司会となり簡単な挨拶を済ますと、開口一番、ちらりと僕を見て、まるで吐き捨てるような言葉を放った。「
110話『陶磁器の町で』②僕が目の前の紙に書かれた予算表の額面が大きい事に注目した途端、間髪を入れず、その様子をまたすぐに茶化される。「おいおい、すぐに(この予算を)あんたにあげるって、言っとらんで。みんなでやる事が決まったもんは、ここ(組合)で払うってだけよ。決めるのは、町の若い衆よ。どう?会ってみる?」この言葉が終わる頃には、もう彼は自分の机に置かれた電話の受話器を手に持ち、今にもその若い衆とやらに連絡しようとしているところだった。僕はとっさに「いえ、今日のところは、ただ立
109話『陶磁器の町で』①さらに半年ほどが過ぎる頃、僕は観光地を抱える地域の観光課で引き受けた議事録作成の仕事を突破口に、その提出書類で「広瀬企画室仕事見本ファイル」を作成する。その資料のおかげで「こういう相談なら、あの町はこれくらいの予算でした」とか「こういう企画書を作成すると、これくらいの時間が掛かりますので、だいたいこれくらいの費用をご用意いただければ」といったような、やや具体的な営業が掛けられるようになって行った。もちろんそれがあったところで、ただ仕事内容のイメージが伝え
108話『広瀬企画室』②お土産店の人が紹介してくれた、いつも知恵を絞ってくれているその「若い人」がいたのは、会社などではなく、なんと「町役場」だった。地域でやっているような特産品は、売り場のスタッフさんこそ地元のパートさんなのだけれど、仕入れや店の経営は「第三セクター」と言われる半民半官の組織となっている場合が多い。つまり半分は商売だけれど、半分は地域への還元のようなもので、お役所の仕事に近い公共性を重視するものとなっている。そんな事からもあまり商売にも緊張感がなく、いきなり現れ
107話『広瀬企画室』①僕とかみさんのIターンもすでに半年以上が経ち、すっかり愛知・岐阜という地域性に慣れ親しんだ頃、僕は軌道に乗り始めた演奏活動だけではなく、仕事の面でも調子づくようになっていた。会社の規模が小さい事で、自分の発想を自分の感覚だけで商品にまでまとめられ、それを売り込むところまでの一括した流れを一通り経験させてもらえたおかげで、それをさらにもっと先まで1人だけで行えるようになりたいと、思い描くようになり始めていた。そんな日々の中で、あろう事か、ちょっとした仕事のし
106話僕のクロスロード②僕が初めて転職をした日から、早いもので数ヶ月が過ぎていた。どこでも「住めば都」とはよく言ったもので、僕は、もうすっかり次の職場にも、そこでの仕事にも慣れていた。そこは10人もいない小さな会社で、オリジナル製品のメーカーではあるものの、問屋としての機能がメインだった。仕入れた商品が絶えず大きなカートンで入荷しては、中くらいの別のカートンに雑多な商品との詰め合わせで入れ替えられ、慌ただしく出荷されて行く。それが僕の目の前の、いつもの光景になっていた。僕の
105話僕のクロスロード①初めてホストバンドでの演奏というものを体験してから、僕は「ハーモニカ」についてだけではなく、ようやく「音楽を演奏する」という事について、少しばかり真剣に考えるようになっていた。それはジミヘンの「リトル・ウイング」が吹けなかった悔しさから、久しぶりに勉強めいた事をする必要性を痛感したからかもしれない。自分が吹けない曲について、ようやく「その理由」を考え始めたのだ。参考になる教則本を買ったり、自分なりに「コード進行」なるものを勉強してみたりした。今まで抜け落
104話ジミヘン話②熱を帯びつつ、ホストメンバーのギタリストの、僕を問い詰めるような言葉は続いた。「あのさ、広瀬くんよ、結局はブルースセッションは何のためのものなのかって、話なんだよな。そりゃあさ、ブルースのためだろ?だろう?なぁ?ギターソロを弾きたきゃ、ロックバンド組めよっていう話なんだよ。だろ?」僕にはこの話の真意がわからず、ヒートアップする彼をあまり興奮させ過ぎないように話を合わせるだけだった。バンドの世界にはアマチュアであっても先輩後輩みたいな上下関係が明確にある。しか
103話ジミヘン話①シャンディさんは「リトル・ウイング」をシメまできっちりと歌い収めた。僕のせいなのか、ややまばらになってしまった拍手の中、ステージの中央にいる彼女がくるりと身体を回転させ、全メンバー達に満遍なく拍手を送るように盛り立て、「イエイ!ありがとう!」と軽快な挨拶をし、ステージを降りようとする。けれど、ステージ上に参加者のギタリスト達がむらがり、ギターを空弾きしながら取り囲み、彼女を降ろそうとはしかった。どうやら「休まず、このままもう一曲やろう」という流れのようだ。
102話小さな翼②ジミヘンこと、伝説のギタリスト「ジミ・ヘンドリックス」は、バンドマンならば常識の範囲だろう。ロックやブルースを好きな人のみならず、例え音楽好きではなくとも、名前くらいは聞いた事がある世界の有名人というくらいのレジェンド的存在だ。でも、僕はただハーモニカを吹いているうちにバンドという存在を知ったくらいなので、いわゆる普通のバンドマン達の常識を全く知らないまま演奏経験を積んで来た。「ジミヘン」と略されても伝わるほど知られている彼を、よもや知らないバンドマンがライブB
101話小さな翼①休憩が一段落した頃、僕らはすでにステージへと集合していたのだけれど、ドリンクの注文に応じていたマスターのひと休みは、カウンター内でタバコを一服する間だけで終わってしまいそうだった。酷な事に、その間にも数人の参加者がマスターの元に集まって行き、カウンター越しに何か相談をしている姿が見えていた。マスターはタバコを消すと、店内の電気を暗く戻し、一旦ジャガの方へ寄って耳打ちで指示を出し、ステージのドラムへと戻って来た。軽くバスバスとやって音を確かめると、マイクの前に陣取
100話ウィリー・ブラウンシャンディさんは、すっと人差し指を天井にかざし、声高々に叫んだ。「ヘイ!!ミスター・ブルースハープ!!」その瞬間、時間が止まったように感じた。まるで『ジョジョの奇妙な冒険』の宿敵ディオがスタンド「ザ・ワールド」を発動させたかのように。奥の暗がりには「もう指が限界」というホスト側のベーシストの、苦渋の表情が見えていた。「スマン、頼む」と、目で僕に語り掛けて来るような、ドラマーのマスターの祈るような表情も見える。そしてその向こうには、「イェイ!!
99話混沌が生まれる②シャンディさんは激しくシャウトするようなパワフルな歌い方で、見事に会場を湧かせた。そのエッジを効かせたタイトな歌は、半ば冷やかしのように見ていた男達までもを、歌が持つグルーヴに夢中にさせてしまった。特にブルースセッションはギターやハーモニカなどの楽器ソロを中心とする参加者達の集まりになりやすいため、彼女のような「本物っぽい」専門のボーカルが登場すると、それだけでカリスマ的な魅力を発揮してしまう。ましてや、それが自分達が組む可能性があった存在ともなれば、その興奮
98話混沌が生まれる①たったひとりの女性を見つめながら場内がざわつく様子は、生々しい中年男性独特のもので、同性の僕ですら気持ち悪さを感じたほどだった。マスターは手に持ったマイクで、気合いの入った大きな声で言った。「じゃ、シャンディさん、自己紹介からお願いします。おい、みんな、静かに聞けよ!!」接客業としては若干問題ありのマスターの物言いでトークを求められたシャンディさんは、まずは身を乗り出し鼻息も荒く食い入るように注目する観客席へ、両手で「カモンカモン!」と自分への拍手をど派手
97話ホストバンドを体験する②このBarでのセッションデーは、今日が初日で、しかもその1曲目が終わったばかりだというのに、アンプをいじる事で「自分はただの参加者ではないぞ」とアピールする参加者側と、「自分はホスト側で、あなたはただの参加者だ」とはねつけように振る舞った2人のギタリスト同士が、ステージのはりつめた空気の中にいた。僕はステージ脇でボクシングのセコンドのように控えるジャガと目で伝え合う。(あ~あっ、見事にカチンと来てるみたいだよ。どうする、ジャガさん)ジャガはブルブル
96話ホストバンドを体験する①ジャガから紹介された店の前に到着した時には、夜の暗さが足りず、まだネオン管が灯っていなかったので、その店は何の店なのかもよく分からないような、どこにでもある2階建ての目立たない古い建物に見えた。それでもまだ開店前だと言うのに、入り口の前にはギターを抱えた参加者らしき数人が列をなしていた。なかなか人気のある店なのかもしれない。僕が、参加者らしい人達を目にしつつも、この店で本当に間違いないのだろうかと考えている内、少し離れたところから馴染みのある声がした
95話ジャガからの提案②ジャガはいつも以上に上がりまくったテンションで、僕に熱く語り掛ける。「ね?どうです、広瀬さんもご一緒に!!もう、充分やれますって!!ねぇ?今日のセッションだってバッチリじゃないですか!!そんなテクニックを持ってて、何を迷う事があるんですか?ねぇ?あっ、ひょっとして、じらしてるんですか?にくいなぁ~」僕は困惑しながら答える。「いやぁ、そんな、僕、まだ、そんな、自信無いですよ~。それに楽器はハーモニカなんだから、ソロ・パートなんだし」ジャガは一向に引き下が
94話ジャガからの提案①ブルースBarホストバンド編バブル崩壊から始まった世の中の不景気は依然として収まる様子もなく、僕の会社も当たり前のようにボーナスなしの状態が続き、もはやそれに疑問すら持たなくなって行った。僕のような商品開発の仕事は、企画やデザインなど何かと規定しづらい職務が多い為、当時は残業手当など無いのが当たり前だった。つまり好きでやっているボランティア仕事という見られ方だ。以前なら、会社が残業代の代わりに残業の際の「食事代」を出してくれるのが普通で、繁忙期などは週の
私のオリジナルソング「ブルースハーモニカ音頭」の12小節ブルースの間奏を、自分のハーモニカでアドリブ演奏し、その時間分だけ「自分がしたい宣伝をする」企画、題して「吹いて宣伝!ハーモニカ音頭」の第二陣をご紹介いたします。専用HPは<こちら>今回もまず私自身が、自分の電子書籍のCMを作ってみました。このシリーズは38秒とかなり短い動画になります。ぜひご覧下さいませ。いかがでしたでしょうか?この宣伝動画部分は写真データをつなぎ合わせて作りました。宣伝したい内容の動画をお持ちで
93話ダブル・ハープマスターが提案した「ダブル・ハープ」とは、呼んで字のごとし、2人のハーモニカ奏者での演奏を指し、ブルースではこれに「腕くらべ」というニュアンスが含まれる。ブルース系のお店ではしばしばイベント的に行われ、伴奏楽器が他にある場合はお互いが代わりばんこにアドリブ・ソロを吹くという単純な腕くらべになる。またハーモニカだけでこれを行う場合は、ソロを吹いていない側が素早く伴奏側へとパートをチェンジし、交代した場合はそれを逆にする。この場合は伴奏技術とソロ技術の両方の、高度
92話ビギナーコーナー②ビギナーだからヘタなのか、ヘタなままだから、ビギナー扱いなのか。お互いがお互いを信頼しようとしない最悪のセッション曲は、いつまでもだらだらと続いていた。そして、誰もが逃げ出したくなるような演奏の中で、ギターを担当する参加者のソロが終わりに差し掛かろうという頃、いきなりそれは起こった。「アー、アアー、ウー、ヘイヘイ!!」誰も使っていなかったスタンドマイクを奪い取るように突然始まったその声は、まさにハプニングといった出来事だった。それはギター・ボーカルでリ
2024年から、新しいキャンペーン企画がスタートしました。私のオリジナルソング「ブルースハーモニカ音頭」の間奏に、シンプルでアドリブを演奏しやすい12小節のブルースが出て来ます。その間奏部分を演奏していただく事で、その演奏時間分(約30秒)を、自分が動画で宣伝したい事に活用できるという参加型企画です。参加する方はスマホで演奏の自撮りを、私はCM動画の編集とSNSでの宣伝の拡散を担当します。題して「吹いて宣伝!ハーモニカ音頭」企画です。専用HPは<こちら>まず私自身が、自分のオ