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「からだの調子はどう?」からだの声に耳を傾けるなんだか気分が冴えない、どうしても落ち込んでしまう・・・・・・。そんなとき、どんどん悪い方向に物事を考えてしまい、悪循環に陥っていませんか。なんだかうまくいかないとき、その原因を突き止めようとしても、わからないことは多いものです。なぜなら、自分がすでに知っていることの中に原因があるとはかぎらないからです。アランの『幸福論』では、人間の感情が意外なほどからだの状態
「何でもないや」悲しみに暮れる前にあるときは何を見ても素晴らしく見えるのに、あるときは同じものがすっかり色あせて見えてしまう。幸福になるための努力も無駄に感じてしまう。気分の力は偉大で、幸せなときと落ち込んでいるときでは同じものでもまったく違って見えてしまいます。こうした気分の変化は、からだの変化と関係しているとアランはある心理学者の話をもとに述べています。体内の血球数の変化が気分の浮き沈みに影
「力を抜いて」からだの力を抜き、イライラを収めよう風邪をひいて咳が出たり、ちょっとイライラしていたり・・・・・・。そんなときは、はじめに正しく対処することが大切です。冷静さを失って激しい咳を繰り返したり、怒りに身を任せたりすると、不調も怒りも雪だるま式に大きくなってしまいます。人は情念のために、病気も悪化させてしまうのです。アランはこのように述べています。「からだ全体の力を抜くことである」。そして、からだ全
幸福の犬シリーズの再掲載を始めます( ̄▽ ̄)はじめにアランは楽観主義を自認するフランスの哲学者です。新聞のコラムに明るいタッチで幸福になるための方法を書いて、人々を勇気づけてきました。アランの『幸福論』には、幸せになるためのヒントがたくさん詰め込まれています。いわば幸福になるためのヒント集。え、口でいうのは簡単だけど、実際にやるのは難しい?それはよくわかります。でも、実践できている人もいますよ。いや、実践できている犬といったほう
今日は、ナイモンで知り合った子と、二人、リアルしちゃったー疲れたわーゲイパパです。さて、ちくわフォルムの映画『幸福の犬』とDiceの『なきむし』PVが公開されましたー映画『幸福の犬』のTENくんと、『なきむし』PVの千葉優人くんには、ほろりとさせられましたわー。まだ観てない方は、是非、観てみてー↓映画『幸福の犬』はマイファンズで発売中↓Diceの『なきむし』PVは以下から観れますよーDice最新曲「なきむし」プロモーショ
今週の心経(再掲載)今週の幸福論(再掲載)1「今週の幸福論」の続きになります。(リブログ歓迎いたします)「喜びを演じる」しぐさから変えていこう不幸な気分でいるときは、胸を締めつけるようなしぐさ。誰かと争う気分でいるときは、歯をくいしばるようなしぐさ。人は、そのときどきの心の状態を映したしぐさをしています。わかりやすい動作として表に出ていなくても、心の中にはこうした「しぐさの下書き」
今週の心経(再掲載)前回の「今週の心経」に引き続き、「今週の幸福論」からも選んでみました。(リブログ歓迎いたします)「何でもないや」悲しみに暮れる前にあるときは何を見ても素晴らしく見えるのに、あるときは同じものがすっかり色あせて見えてしまう。幸福になるための努力も無駄に感じてしまう。気分の力は偉大で、幸せなときと落ち込んでいるときでは同じものでもまったく違って見えてしまいます。
「幸せにかんぱい!」幸せになる決意幸福はもっとも美しい光景だとアランは言います。まるが笑っているのを見ると、こちらも温かい気持ちになります。無邪気な動物や子どもたちは、嫌なことがあってもすぐに忘れ、いつでも楽しいことを探しています。一方、大人は小難しい顔をして、幸せになどなれっこないと思っています。幸せになる決意をしてはどうでしょう。世の中には不幸なことや絶望的なことがたくさんあります。それでもなお、力いっぱい生きて、幸せを誓
「雨の日こそ、笑顔で」不平不満を言っても始まらないたとえ嫌な目に遭ったとしても、そのことをまわりにくどくどと言うべきではありません。不快さを振りまくだけで、百害あって一利なし、です。浮かない顔をしながら、言ってもしかたのないことを言うのをやめてみてはどうでしょう。そのかわり、笑顔になって「これでよし」と口に出すのです。トレーニングだと思って一度やってみたら、気分がよくなること請け合いです。アランは雨が降っているとき、こんなこと
「小川仁志のまるに学ぶ幸福論⑩」分かち合う幸せをおすそ分けしようというのがアランのアイデア。幸せは世界一大切なもの。だから自分だけ独り占めするなんてもったいない。幸福は分かち合ったって減ることはない。それどころか、どんどん幸せの輪が広がっていく。アランはやっぱり天才だ。ねぇ、まるの幸せも分けてよー!
「みんなをハッピーに」ケチケチせずに上機嫌を振りまこう幸せになろうと思ったら、幸せになろうと努力する必要があります。何もせず幸せを待ち焦がれているだけでは、人はすぐに悲しい気分やイライラに支配されてしまうものです。機嫌よくいることは、それだけでまわりをハッピーにします。礼儀作法の力もあなどれません。礼儀正しく振るまうことは、まわりの人に「私はいま気持ちに余裕がありますよ」「私はいま幸せですよ」と伝えているようなものだからです。
「幸せをおすそ分け」持っているからこそ人に与えられる自分の幸せを追求することはエゴイストと非難されることでしょうか。アランはそうではないと否定します。自分にうんざりしている人が他人を楽しませることができないように、自分が幸せだからこそ、人に分け与えることができるのです。その幸せの源とは何でしょう。偶然宝クジに当たったような、自分の力と無関係な幸せは長続きせず、失えば終わります。一方、商才に長けた人は全財産を失っても「また稼ぎ直せる
「小川仁志のまるに学ぶ幸福論➈」褒める叱られてうれしい人はいない。罵(ののし)られたりしたらもう最悪。だからこそ、そんなこと気にしなくていいとアランは言う。みんながもっと褒め合えば幸せになれるのに。幸せになった人がいれば、褒めること。そのおかげでこっちも幸せな気分になれるんだから。まるもうんと褒めてあげなきゃね。
「楽しませよう」よいことずくめの生き方人を楽しませましょう。それはけっして、相手にこびへつらって、おべっかを言うことではありません。アランの考える「楽しませること」とは、嘘を言わず、卑屈にもならないで、機会がくるたびに人を楽しませることです。かっとなって尊大な態度をとることの何倍も気持ちがいいものですし、あとになって後悔することもないでしょう。そうは言ってもあいつにはこんな悪いところがあって・・・・・・そう思っても、他人の言動の動
「喜びは伝染する」相手がいるからこそ一人でいると、何かうれしいことがあっても、しばらくするとその喜びを忘れてしまうでしょう。喜びは分かち合う相手がいてこそ、伝わり合って、大きくなっていきます。喜びは伝染します。だからこそ、笑いましょう。一人で心の中でかみ締めるのではなく、外に向けて自分の喜びを表現するのです。笑顔を受け取った人のところにはまた、新たな喜びが生まれます。幸せはこんな何気ないことから生まれるんだと気づけたら、これま
chapter6分かち合おう「悪口なんて気にしない」虫の居所が悪かっただけちょっと虫の居所が悪いときに、相手の何気ない一言が気に障り、売り言葉に買い言葉で言い合いがエスカレートしてしまったことはありませんか。私たちは、口から出る言葉がすべて意味のあるものだと考えます。怒りと同時にぶつけられた言葉であればなおさら、長い間隠れていたその人の考えが噴出したものだと深刻にとらえるのです。し
「動物が出てくる、アランの言葉⑤」[鳥のようなイメージで]人の心とは不思議なものです。人の幸せを左右する意見の微妙な違いについて、他人のことはおろか、自分のことでも予想することができないからです。すべては思考の流れ次第。知らないうちに考えが変わっていることだってあります。たとえば、作り話だとわかっていても、テレビドラマの登場人物が泣いているのを見て悲しくなり、食欲がなくなることがあります。ところが、ものの数分後には、友
「小川仁志のまるに学ぶ幸福論⑧」楽観主義アランは自称楽観主義者だ。なんとかなるさ。きっと大丈夫さ。いつもそう考えるようにしているから。だけど、実は本当に大丈夫かどうかなんてわからない。結果は最後に出るのだから。それならせめて幸せに過ごしたほうがいい。まるに一度聞いてみたい。やっぱりまるも楽観主義者なの?
「怒ってばっかはやめよう」怒りをコントロールする誰しも会話中に油断すると、かっとなる気持ちを抑えきれずにとんでもないことまで口走り、後悔したりするものです。だからといって、落ち込む必要はないとアランは言います。絵画の修行を積んでいない人が手や腕をうまくコントロールしてデッサンすることができないように、怒りを収めるにもトレーニングが必要です。すべての筋肉はつながっているので、どこかに重みがかかったら、そこから全身に影響が出てきま
「未来は変えられる」変えられることは何か見極める将来のことを楽観視するよりも、できるだけ悲観的に考えて備えておいたほうが賢明だという考え方があります。こうした考え方の人たちは、ときに楽観主義を厳しく批判します。楽観主義では現実は変わらない、まやかしに過ぎないと。そんな批判にアランは次のように答えます。未来は自然現象のようなおのずと出来上がるものと、自分のつくり出すものからできている。この2つを混同してはならないと。自分でつ
「バイバイ、ため息」愚痴ってもしかたないいつも愚痴を言う友人がいたら、なんと声をかけますか。「世の中には完全なものなんてないのだから、辛いことばかり考えるのはやめたら」などとアドバイスするのではないでしょうか。それが自分自身だとしたら?自分にも、友人にするのと同じように優しくしてあげたらいかがでしょう。雨降りのときには、舌打ちするのではなく、「草木が潤っている」と喜ぶ。言ったところでしかたのない愚痴は言わない。悩んでいるのが天気
「小川仁志のまるに学ぶ幸福論⑦」視点を変えるまったく同じ状況でも、見方を変えるだけで幸せになれる。アランはそう断言する。たしかに、お皿に半分残ったご飯を「もう半分しかない」と見るか、「まだ半分もある」と見るかでは、気分が変わってくる。たぶんまるはいつも「まだ半分もある」と思って食べているのだろう。まだまだやれそうな気がしないだろうか。
「自分で自分を苦しめない」本気で立ち直ろうと決心する大好きな恋人に振られたとき、ずっと入りたかった会社から不採用通知が届いたとき、あなたはどんなことを考えますか。恋人との過ぎ去った幸せな日々、入りたかった会社の優れた点。こうしたことを何度も繰り返し考えて、自分で自分に鞭打つようなことをしていませんか。それよりも、自分を慰めることに専念してみましょう。急に前向きになれないのなら、少し方向性を変えてみるだけでいいのです。た
「同情はいらない」必要なのは悲しむことじゃない不幸に見舞われている友人に、どのように接したらいいのでしょうか。悲しそうな目つきでいたわりの言葉をかけ、「あなたのこんな様子を見て、私は悲しい」と表明することは、友人の助けになるでしょうか。きっとならないでしょう。そんなときすべきなのは、憐れみすぎないで、明るい表情を見せること。友人は、自分のせいで人が悲しい気持ちになっていないか心配しているはずです。けっしてそんなことはないよ
「未練を断ち切る」無益な反省はしない私たちの悩みの多くは、取り返しのつかないことをしてしまった、という思いから生まれます。してしまったことによる失望よりも、それに抵抗する気持ちが自分を苦しめるのです。過ぎ去ったことを考え、どの分岐点からやり直したら別の結果が得られたのかと悩み続ける・・・・・・こうした後悔や反省は、無益なものだとアランは言います。後悔することはあやまちを繰り返すことだ、というスピノザの言葉を引用しながら。自分の立ち
「曇りのない目で」気分に振り回されず、正しく判断努力の成果が出ないとき、疲れた頭で理由を考え続けても、絶望感が大きくなるだけです。そんなときに本当にしなければならないのは休むことです。人間関係においても同じです。他人の言動に引っかかることがあった場合、想像力でそれを膨らませると、大きな怒りになって爆発することも。些細(ささい)なことでも、疲れ切った頭で考えると、難しい問題のように見えてきます。しまいには自分の存在すら憂うことになり
「泣かない」悲しみに抵抗しよう「最近は物騒な事件が多いですね」「異常気象のせいで、今年の夏はこれまでになく暑いですね」。世相や気候を憂う決まり文句は、日々なにげなく口にされているものですが、むやみに口にすることには注意が必要だとアランは言います。なぜなら、言葉には現実を変えてしまう力があるからです。口に出すことで自分自身がネガティブになり、それによって悪い結果を引き寄せることもあります。泣き言をいって悲しい気分を伝染させる前に
「旅はゆっくり」細部を楽しむやっととれた休みを充実させようと、旅行に出たあなた。巷にあふれる名所旧跡やグルメ情報を駆使して、ここへ行くなら、ここにも寄って、ランチはここでと、分刻みのスケジュールを立てていませんか。駆け足で名所をたどり、写真を撮ったとしても、疲れるだけで記憶に残りません。いろいろなものをゆっくりと見る癖をつけて、見る目を養うことができれば、どこに行ったとしても、その風景に尽きることのない喜びを見出すこと
chapter5視点を変えよう「目の前だけ見てない?」遠くをごらん「あの人は今日、どうして不機嫌だったんだろう」「自分が怒らせちゃったかな」。日常の細々としたこと、他人の一挙手一投足について考えすぎて、心が疲れきっていませんか。そんなときは、心の視線が近視眼的になっているのかもしれません。遠くのものを眺めるように、自分の思考も近くから解放してあげましょう。いろいろ深読みしすぎても、いいことはありません。
「動物が出てくる、アランの言葉④」[ネズミの穴掘り]私たちはさまざまな問題が起きているのを外から見て「うまくいった、成功だ」とか「あれは失敗だったね」などと評します。傍観者の立場からは、いろいろなことが言えるでしょう。一方、いま現在仕事に取り組んでいる人は、成功だろうと失敗だろうと、すべてを真正面から受け止めて、前に進もうとしています。アランはそれを「ネズミが穴を掘るのと同じように、自分のからだだけの穴をつくっている」と表現しています。人はみ