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「泉鏡花の写真を見たことあるがいかにもおしゃべり好きの雰囲気を感じた。幸田露伴はよく知らないが、動かないイメージあるのですか。」はい、泉鏡花と幸田露伴の実際の人物像と、岸辺露伴・泉京香への命名のつながりを考えると、あなたの印象は面白いポイントを突いています。泉鏡花の雰囲気とおしゃべり好きの印象泉鏡花の写真を見たときの「おしゃべり好きの雰囲気」は、名前や作風の柔らかい響き(「鏡花」という美しい響き)から来るイメージが強いのかもしれません。ただし、実際の性格はかなり違います。極度
「泉京香は編集者によくいそうな感じですが、よくよく見るとかなり変わっています。有名な文豪を連想させる名前はわざとつけられたのか。」はい、泉京香の名前は明らかに意図的に有名な文学者から取られたものです。荒木飛呂彦先生の命名センスらしい、文学的な遊び心が詰まった設定です。名前の由来泉京香(いずみきょうか)→泉鏡花(いずみきょうか)明治・大正期の小説家・泉鏡花(本名:泉鏡太郎、1873-1939)がモデルです。代表作に『高野聖』『天守物語』『歌行燈』などがあり、幻想的・ロマン
目覚めは東のカーテンを開け空🌌を眺めるのが楽しみ。Aiphoneばかりの写真ですがこれが限界、編集したいところですが~~朝4時6分4時7分4時45分4時45分雪が解けた庭気温は低くストーブを焚きます繊月はもっと細いでしようね。昔細い月🌕という本📕を読んだ記憶があり忘れたので、AIに聞いてみる。題名はありませんが徳富蘆花、幸田露伴、向田邦子さんなど良く書いていますよ。と回答😉向田邦子さんよく読んでいた頃があったので、再読しようか
「6日本文学史(紅露時代)」今日は、吉田兼好と無常観とはみなさんおはようございます今日は花まつりですお釈迦様の誕生日です灌仏会(かんぶつえ)お釈迦様の誕生日をお祝いしましょうできれば甘茶をそそぐのがいいですね天上天下唯我独尊お互いを尊重し慈しみあう大切さを教えてくださいました仏教は多くの人を救ってくださいました(笑)ウキウキを伝える、卯月、4月慈しみあうこころ(笑顔で)「小川翔護とハタラク仲間たち(OHN)」ご参加いただ
明治村広くてじっくりと見学したら1日では足りませんさくっと見学すればいいものをつい夢中になってしまうもっと近かったら住民登録という名称の年間パスポートが欲しいくらいです必ず行く幸田露伴の家「蝸牛庵」初めて見学した時「ここ住みたい!」と思った絶妙な間取り本好き遊び心人が寄りやすい空間なのに何ものにも邪魔されない自由度執筆する机の前に窓明り取りにもなるし季節感もわかるそして外から誰が来たのかわかるw
2026年3月8日(日)の日経新聞「春秋」より引用しました。「「暑すぎて滅!」ってどんな意味ですか?」最近気になった曲に、去年の紅白にも出た男性アイドルグループ「M!LK」の「好きすぎて滅!」がある。突然の「滅」が何とも謎めいて映るのだ。周りの若者に聞くと「余りに尊くて死んでしまいそう」くらいの意だとか。なるほど、そういわれれば分かる気もする。漢字がまとうイメージの世界は奥深い。たとえば「毒」にはひどい、あるいは激しいという意味もあるという。辞書編集者の神永
青木奈緒さんの「幸田家のことば」を読みました著者の青木奈緒さんは幸田文の孫ひいては幸田露伴のひ孫に当たる方で幸田露伴、幸田文、青木玉、そして青木奈緒さん物書きの家系の幸田家に四代にわたって受け継がれてきた「生きる知恵」としての言葉の数々が紹介されています今ではほとんど使われなくなった歯切れの良い江戸言葉や丁寧な暮らしを感じさせる語彙の豊かさが詰まっていて読んでいて心が満たされるような気持
今日は雲一つないとてもいいお天気でした♪明日は曇り空のようです。今回は、1月27日の上野御朱印巡りの続きで開山堂両大師へ参拝と御朱印をいただいた写真です寛永寺輪王殿上野初心者の私には、ブログ友さんに教えていただいた道がわからなくてグーグルマップで根本中堂から細い道を歩いて、輪王殿に辿り着きました。立派な建物です。旧寛永寺本坊の表門通称、黒門です。数日前に掲載した寛永寺境内にある鬼瓦が乗っていた門です。国指定重要文化財です。この門の上にあの大きな鬼瓦が乗っていたの
幸田文の木。自然に触れたくて読んだものの、疲れました。考えてみると、彼女の文章は語られ過ぎていて、釘付けにされてしまうからだと思います。読書の楽しみは、想像をめぐらせながら空想に浸ることなんですが、彼女の文章ではそれが許されませんでした。作家の文章は、推敲を重ねて無駄を削ぎ落した、シンプルな骨組みとしてあるべきではないかと思いますし、著名な作品は、そのようになっているのでしょう。その点、幸田露伴は見事なものでした。水の東京、隅田川の流れのように、滑らかに読むことができた
1月のことば…幸田文今月心に残ったのは幸田文さんのこのことば父に言われました。悪い言葉をつかわないのはみずからを守ることなんだ。人さまによく言うばかりじゃなくて自分をいやしくしないことだ。(幸田文東京ことば)よりことばって毎日毎日空気のように当たり前に聞いて発しているけれど良い空気にも悪い空気にもなっているのね悪い言葉は相手を毒するだけでなく自分をも毒しているその当たり前のことに気づけるかどうか…思わずハッとさせられた今月自分のことばで自分を守り
幸田露伴五重塔明治時代の作品です今と違って、一つの文がとても長い!。なしで2ページとかいってしまう読むのに馴れるまでも時間がかかります齋藤孝先生の本で紹介されていたので読んでみました
こんにちは、ジョイミックスです。本日で明治村のコラムは最終回です。どうぞお付き合いください。5丁目にある橋からご紹介します。隅田川新大橋隅田川に架かっていた鉄橋「新大橋」の一部です。明治45年建設の鉄橋。アールヌーボー調で、モダンなデザインです。全景を眺めても素敵です。奥の建物は、「内閣文庫」明治政府が中央図書館として建てた内閣文庫庁舎の主屋部分。内装も素敵なので、ここもおススメです。幸田露伴住宅蝸牛庵東京都墨田区にあった幸
先日、権妻と言う言葉がありそれを嘆く幸田露伴の言葉を書伝えた。調べてみると…明治3年から31年までは正式に使われてて、戸籍にも二等親扱いで記載されてたそうだ。参政党が一夫多妻制を声高に述べていたが、あれ、真面目だったようだ。実際、明治政府は当初、それを制度として存在させていた。明治に戻れを標榜する安倍派や維新、参政党の考えてることって、本心なのかもって…。私達が想ったり考えたりすることって…つまりそう見えてしまうことって、意外と明治期に生まれた視点で見ていたりする。権妻となった人々は、武
2026年1月14日私はコレクター的な性癖があり、小さい時は切手の収集や蝶の標本を集めていました。五重塔や三重塔、多宝塔などの仏塔も撮影可能なものは日本中のすべてを訪ねて撮影できました。今日は五重塔について紹介します。現在国の国宝に指定されている五重塔は9基あります。法隆寺五重塔醍醐寺五重塔室生寺五重塔興福寺五重塔教王護国寺五重塔海住山寺五重塔この他にも瑠璃光寺、羽黒山、明王院の五重塔がありますが、映像を探すのに時間がかかるので省略しました。五
2026年度版渡辺松男研究192014年9月実施【夢解き師】『寒気氾濫』(1997年)67頁~参加者:S・I、泉可奈、泉真帆、崎尾廣子、鈴木良明、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放レポーター:泉真帆司会と記録:鹿取未放159地獄へのちから天国へのちから釣りあう橋を牛とあゆめり(レポート)地獄へむかっている力と、天国へむかっている力とが、ちょうど均衡を保っているところ
密林(ア〇ゾン)でファイヤースティックを購入してからYouTubeやプライムで動画や映画見放題の幸せな毎日を過ごしています💞DVDも売っていないレンタルで探してもないそんな大好きな映画がありますそれがコレ『帝都物語』風水や氣学を学ぶ前から大好きで観ていました(この映画に陰陽師が登場します)不思議な世界観が何とも言えず好きなんですよね登場人物の中に実名で出てくる人たちがいてその中の1人に東京地下鉄道という会社を作った早川徳次(はやかわのりつぐ)がいます『帝
来訪、どうも。ひらめきやセンスも大切ですが、苦しまないで努力を続けられるということが、何より大事な才能だと思います。[羽生善治(棋士)]快楽を得ようと努力するのではなく、努力そのもののうちに快楽を見出すこと、それがわたしの幸福の秘訣である。[アンドレ・ジイド(フランスの作家)]仕事が楽しみなら人生は極楽だ。仕事が義務なら人生は地獄だ。[マクシム・ゴーリキー(劇作家)の戯曲『どん底』より。]《感想・気付き》努力の成果を実感する、努力を習慣化するなどして、日々、努力することが苦
幸田露伴は「諫言・長語」の中でこんなことを言っている。「江戸の破壊されて東京となるや、其有力者たり指導者たる地位に立たる、薩長土肥の人士は、自己等が帝都に対する位置等を、毫も自覚すること無きか如く、一方に於ては標準なき無益の争いを幾回となく繰り返せる傍ら、一方に於ては競って姦淫の楽しむべき天下に示したりき。『権妻』と云える語は当時甚だしく用いられたる語にして、当時の新聞雑書を一閲せば、権妻の二字が漁村の蠅の如く夏夜の蚊の如く多きを誰か驚かざらむ。鳴呼、権妻よ妻よ、権妻とは仮初の妻なりとの
池上本門寺は著名人のお墓が多い。池上本門寺著名人-Google検索いつもお墓参りですっと来てさっと帰るので一度ゆっくり歩いてみたいものだけど、幸田露伴、紀伊徳川家、米沢藩上杉家・・・由緒あるというか、かなり古いお墓がいっぱい。個人的にはこの井戸も好きこの日も母がいるし、次の予定があったのでゆっくり見るわけにはいかず、ざざっと・・・誰のお墓やら・・・でもみんな古く、かなり由緒あるものだと。。
あとみよそわか小説「五重塔」を書いた明治男の幸田露伴は、炊事洗濯など家事全般にたけていた。貧しい家で育ち、自然と身についた技だ。自ら家庭を持つとわが子に手ほどきする▲娘の文(あや)は女学生時代に指南された掃除術を作家となった後年つづる。使い古したほうきはぬるま湯で洗い、穂先のゆがみを直せと命じられた。はたきで障子をパタパタやると「痛いよう」とからかわれる。力加減を知らない文は、露伴の手並みに「技法と道理の正しさは、まっ直(すぐ)に心に通じる大道(だいどう)」と感心した▲あすは「すす払いの日」
悪い癖がある。読書ノートに読んだ作品の題名までを書き留めるも、あとあと帳面を捲るとそれらの内容や結末がとんと思い出せないことが多い。もう少し程度が悪くなると”こんな作品読んでたんだ“とまでなることも少なくない。勿論、一度読んだだけでも記憶の襞に残るものもある。今読み終えた幸田露伴の短篇「雪たたき」は、短篇ながら読むのに一週間ほどかけている。その間、愚の俳句を奔流の如く練るという時間もあったりはしたのだが。『鉄は熱いうちに打て』という。生活の何においても教訓になる言葉である
12月最初の土曜の今朝は、ここ最近では珍しく7時頃まで起きられなかった。冬の朝まだきの空模様は少し分かりづらい。カーテンを閉めたまま灯りを点けてないと暗いと思っている間に、次第に明けの陽光が見えはじめた。休日の割に慌ただしい朝の用事を済ませると、リビングの絨毯に陽と影が交互に刺している。家の中で見える美しい光と影のコントラストである。リビングの窓の向こうには高き霊峰が横一面に連なり、澄み渡った空の水色と山の藍の縁取りが見事な調和を成している。この高き連山は、先日雑感を綴っ
不思議なことに、千葉県の市川市には幸田露伴と永井荷風という二人の文豪の文学碑がある。それも同じ白幡天神社の敷地内に。調べてみたら、露伴さんは1867年生まれで1947年に亡くなり、荷風さんは1879年生まれで1959年に亡くなっている。露伴さんが一回り歳上で、ほぼ一回り後に荷風さんは亡くなっている。露伴さんも荷風さんも1946年に市川市の菅野というところにひと月も違わず引越してきている。しかし直接的な交流はなかったようだ。荷風さんは同時代の作家をほとんど認めていなかったようだが、町内の先輩
札樽自動車道が、後志自動車道と接続されぐっと身近になったフルーツの街、余市町『余市町の総鎮守「余市神社」』積丹半島の東側の付け根に位置する町ニッカウヰスキー蒸溜所がある「余市町」歴史と異国情緒ある建物が素敵ですそんな余市町の総鎮守文政10年(1827…ameblo.jp前回の「余市神社」からの続編よい願いが叶う?幸福運巡り」の終着点途中の4つは時間の都合で飛び越して幸福運巡りの終点「三吉神社」「石灯籠」「社務所」
市電京都七条駅前の線路を渡り明治村3丁目エリアに入ります24.京都市電京都市電は3丁目から4丁目にかけての外周を走っていて名古屋駅京都七条駅品川燈台駅と乗り場は3つ1乗車500円で村内の移動にも利用することができます25.北里研究所本館・医学館(東京都港区)建物内では顕微鏡を覗いて研究者気分を味わったり感染症との闘いの歴史も学べますその隣は新しく移築されたのか突然番号が飛びまして…68.芝川又右衛門邸(兵庫県西宮市
今年は寒くなる前にもう一度行きたかった。犬山市の明治村。先週行こうとしたら介護関係で行けず。とはいえそれほどのお世話はしていないで、昨日晴天の中満を辞して行ってきました!むしろより明治村日和になっていてしかもやることやってスッキリ遊べるのが嬉しい😅今回は、順序守り1丁目から聖ヨハネ教会堂明治村のパンフレット表紙になってるやつ。じゃーん!内部は木造、香りよし。西郷従道邸。小西郷と呼ばれたブラザーの方。オーセンティックな食卓。子供の頃はなんで弟?と思ったけど、
藤尾秀昭氏の心に響く言葉より…松原泰道氏は言う。「佐藤一斎が『言志晩録』の中で、たとえ視力や聴力が落ちても、見える限り、聴こえる限り、学を廃すべからず、と言っている。私も老いてきましたが、この言葉を糧として死ぬ間際まで読むこと、書くこと、話すことは続けていきたい」伊與田覺(さとる)氏の言葉。「東洋の老いは人間完成に向けた熟成期なのです。年を取るほど立派になり、息をひきとる時にもっとも完熟した人格を備える。そういう人生でありたい」今年没後三十年を迎える森信三師にもこういう言葉がある。
新聞記事幸田露伴は子供達に一本の果樹を与えたという。次女は庭の柿の木をもらっていた。鈴なりの実をつけた枝を…秋の陽のあかあかとした中に立って…子ども心にも嬉しくて惚れ惚れと見て…広い庭があっての家族の喜びだろう…以前はうらやましいと思うばかりだったが、この頃は心配が先立つようになった。野生のクマが鈴なりの柿を狙って民家の木に登り、警察が出動…ひっそりとした山里の問題ではもはやない。スーパーにクマが侵入…木に登らなくても、柿などの果実を食べられる場所があることは知らないままでいてほ
24それから眠り続けた。ぼんやりと目覚めても時間の感覚が掴めず、朝、起きてフロント側のフルーツを食べたことまでは思い出した。階段下のフリースペースでカルロスというコロンビア人と出会い、互いにそれなりの英語で語り合った。彼が去ると、フリースペースからフロントに出向いて、ラテンなカップルと挨拶程度の言葉を交わした。それから、部屋に戻りベッドに横になった。仰向けのまま左手を伸ばして照明のスイッチに触れ、灯を点した。そのまま、反動を付けベッドから起き上がった。