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玉緒さんの訃報を聞き『新平家物語』を思い出したこといつもご覧くださる皆様、本当にありがとうございます。心から感謝致します。皆様にとって良い事がたくさんありますように!中村玉緒さんが亡くなったと聞きそういえば、玉緒さんは大河ドラマの『新平家物語』では平時子を演じられていたことを思い出しました。色々な方が時子を演じられていますが、当時の感覚でいうとかなり高齢であるもののカリスマ性があり、まるで超新星爆発のような
《新古今和歌集・巻第十六・雑歌上》1513月前述懐(げつぜんのじゆつくわい)といへる心をよめる藤原経通(つねみち)朝臣憂(う)き身世(みよ)にながらへばまた思い出(い)でよ袂(たもと)に契(ちぎ)る有明の月☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆「月前の述懐」といった趣を詠んだ歌藤原経通朝臣つらい身が世に生きながらえていたならば、また、思い出してくれよ。懐旧の涙に濡れて、お前の
こんばんは。菊水千鳳さんのブログをリブログしました。水天宮の御祭神∗安徳天皇様が可愛いです(*≧з≦)最近は大人っぽくなりましたが、とても癒されます♡ブログを見ていただきまして、ありがとうございます。
今年のGWは夫の仕事が前半に3連休、後半に4連休というカタチになったのですが、後半の4連休に予てからの予定通り丹後国、但馬国、播磨国の一の宮をお詣りしてきました。その参詣記はいずれUPさせていただく予定ですが、いまは4ヶ月前の紀伊国の参詣記の続きを…今回は補陀洛山寺さん(こちらの記事もどうぞウィキペディアはこちら)参詣記です(;^_^A。※補陀洛山寺さんは那智山青岸渡寺さんの別院です。こちらを参照なさってください<(__)>。世界遺産文化遺産オンライン
2020年4月25日の僕のブログの再掲です、、、(再掲開始)歴史って、時にとても悲しい、、、6歳4ヶ月で平氏と源氏の争いに巻き込まれ、祖母の平時子と、壇ノ浦の急流に入水させられる安徳天皇。。。今から、何年前の話だ、と君は思うかもしれないけど、僕は、ショック。だから、4月25日は、毎年、安徳天皇の忌
大河ドラマ「平清盛」も41話まで視聴終わりました。残り、9話。最後は清盛の死で終わるのか?それとも平家の終焉で終わるのか?そして、今回読了したのは永井路子さんによる清盛の妻、時子目線の本です。波のかたみ:清盛の妻Amazon(アマゾン)${EVENT_LABEL_01_TEXT}ある意味、世の頂点に立った清盛な訳でその妻であるならば満ち足りた気持ちになりそうですが次世代もいや、永遠なる平家の維持を考え続けなければならないのって常に不安との戦いだったんだ
桓武天皇の皇子・葛原(カズラワラ)親王は、桓武・平城・嵯峨・淳和・仁明・文徳朝に亘って、諸官を歴任し、特に33年間も式部卿の職にあり、親王自身が政務に熟達し、朝廷で重んじられていた。その子に、高棟王・善棟王・高見王がいたが、その後、臣籍降下させて平朝臣姓を称することを上奏して許されている。葛原親王の長男・高棟王(タカムネオウ)は臣籍降下して平高棟と名乗る。父と同じように淳和・仁明・文徳・清和朝に亘って、諸官を歴任し、文徳朝では参議となり太政官に列し、大納言まで至った。その
大河ドラマ『義経』の底本が、宮尾登美子先生の『宮尾本平家物語』と知り読んでみました。この作品の特徴は、清盛が死ぬまでは清盛が主人公として描かれますが、死後はその妻である平時子(二位の尼)を中心とした平家の女たちからの平家物語であるかということです。建礼門院徳子を高倉天皇の后として入内させ、いかに天皇家の血筋(皇統)に平家の血を入れて生まれた男の子を天皇(安徳天皇)に即位させることで一門の繁栄を生み出すかということと、木曽義仲や、源範頼・義経兄弟らによって追い落とされ、滅亡に向かって
先日、夫と歴代天皇の中で一番可哀想な人は誰か?という話をしていて、夫は淳仁天皇だと言ってたのですが(理由は、藤原仲麻呂に政治利用された挙げ句に天皇の位を剥奪されて島流しにされた挙げ句に暗殺されて、明治になるまでずっと贈り名すらなかったかららしい)、私は安徳天皇が一番可哀想なんじゃないかと思いまして。自分の意志表示する術を持たない、乳飲み子の時に天皇に即位させられて、母方の祖父とその一族が好き勝手するために都合良く利用された挙げ句に無理やりあっちこっちつれ回された挙げ句に、母方の祖母の投身自殺の
前記事からの続きです。【1】①(ひ)(初めての方はこちらから)目次に戻る前項【1】①(ふ)に戻る次項【1】①(よ)へジャンプ題名過ち犯すリーダーに我が身可愛い保身の為に付き従うイワシの群れには未来永劫、病や死、大切な存在を失わせ、苦しみを以て学ばせる。罪もなく巻き込まれた魂には、救済を天が与える。【目次(クリックするとジャンプします)】【1】①(み)A【原爆の地長崎を訪れて】へジャンプ【1】①(み)B【大きな苦しみ、怒りや悲しみを乗り越
おはようございます。門前仲町駅近くの深川不動尊に、新年のご挨拶詣りに行って来ました。今までお詣りに行っても、入った事のない建物の内に入りました。何故か入りたくなったので。大日如来がいらっしゃる階にエレベーターで上がって行きましたら、ビックリ👀平安時代に平清盛公が書いた平家納経の絵と、その横に平清盛公の正室で十二単姿の平時子さんの絵が飾られていました。すごい美人です♡深川不動尊で平家一門の方の絵を観れるとは…。田無神社に行った時も境内で偶然に、平家物語の切り絵展をしていてビックリしま
働く女性たち…「セリ畑の女平時子の幽霊」千年の池駆け込み寺居酒屋ポン吉42話江戸時代の絵地図を見るとJR西大路駅辺りは「西七条村」とあった。そしてこの西七条村の特産品は「セリ」でこのせりは水田で育てられていた。私の子供のころはこのセリ畑が無数にあり、その畑の中の小魚などを獲って遊んでいた。その小魚はセリ畑でしか育たないという国の天然記念物でもあったが、そのセリ畑も最後の一つとなった。私はJR西大路駅近くにあるセリ畑農家は他にも野菜を栽培しているので九条ネギやブロッコリーを居酒屋の食
被写体としてのこの地の景色や彩りを何の変哲も無いと想うのかはたまた…人々が内に秘める美の玄人を唸らせるほどに何か得体の知れない価値あるものと捉えるのかその捉え方の相違は甚だ大きな難問と想われるひとつひとつの個性を個々のものと想うか個性とは全体の中の個々であり飽くまで関わり合いの中でこそ活きる特質と見るか調和そのものに目を向けることが出来るか否かただそれだけの違いだから土の匂いを草の息吹を氣の流れを風の香りを音を更に生き物としての万物
9月10日(土)参拝門司港レトロの続きです。『伊勢神宮奉納焼きカレー』台風でどこへも行くことが出来ず暇なのでブログ書きます。「のんびり更新に戻る」と書いていたのに嘘ついてごめんなさい🙇💦***「焼きカレー食べに行きましょ…ameblo.jp門司港レトロを堪能したあと、私にとって山口県では初めての神社参拝へ。むかーし元乃隅神社には行ったことがあるけど景色を眺めたくらいでちゃんとお参りをしなかった記憶。開門トンネルを通り、九州から本州へと渡りました。ハーモニーさんは持
『鎌倉殿の13人』~後追いコラムその29第7回敵か、あるいは平清盛の最期その2病に臥した清盛の様子を『平家物語』の原文と共にその1で見た。平家一門は、上を下への大騒ぎとなった。あの手この手を尽くすも一向に効果なく、二位殿(平時子:清盛の正妻)は清盛の死を覚悟した。近寄り難い熱さを我慢して清盛の枕元に来た二位殿は、「何か言い残すことは」と聞いた。息も絶え絶えの清盛は、「討ち取った頼朝の首が見られなかったのが残念だ。自分が死んだ後は供養などはせず、必ず頼朝の首を
こんばんは~今日も「鎌倉殿の13人」でイエスマンぶりが気になった、小泉孝太郎さん演じる平宗盛について、書いていきたいと思います。出典はほとんどWikipediaです昨日は清盛の死後、院政を再開した後白河院が、挙兵した頼朝・義仲らの追討を中断させる決議をし、それに対し知盛が、高倉上皇の遺言の宣旨で得ていた“畿内惣官”の職をたてに、弟・重衛を追討使として下向させることを強行した、というところまででしたが。この件、正確にいうと、重衛を下向させることに対する院庁下文(院宣のこと?)を強要
こんばんは~今日も少々、大河ドラマで気になった点を、補足として確認していきたいと思います。第7回の「鎌倉殿の13人」冒頭しか出てきていないですが、松平健さんの清盛の迫力、スゴかったですね~私は「暴れん坊将軍」を観て育ったので。(カムカムのひなたのように)時代劇の松平健さんは無条件で好きです!イカル清盛にLOVEしました~にしても。小泉孝太郎さんの演じる宗盛が気弱なイエスマンで。ホントにこんなダメ男だったの?と思ってしまいました観ている「アニメ平家物語」の宗盛も嫌味なイヤ
2021年8月4日に永井路子「波のかたみ-清盛の妻」を読了しました「泣くな道真」の解説で、「日本を代表する女性歴史作家、杉本苑子、永井路子」と書いてあり、そう言えばつい先日、永井路子を買ったなと。鎌倉時代より平家物語の方が菅原道真に近いことと、去年、平家ゆかりの赤間神宮に行ったことから、平家物語をセレクト。木曽義仲から義仲寺と巴御前、平敦盛から須磨寺なんかも思い出されます。NHK大河ドラマ「平清盛」、今更ながら見たいかも!ところで、お話は保元の乱からスタートします。橋本治の「双調平家
こんにちは。ライターの橘さつきです。「家族と葬送」をテーマに書いています。はじめましての方はコチラ大塚ひかり著『毒親の日本史』が面白い!大塚ひかり『毒親の日本史』|新潮社(shinchosha.co.jp)この本を読むと、もっと古文を勉強しておけばよかったと後悔。学校でこんな教材で古文を教えてくれたら、誰だってマジで勉強しますわよ!教科書ってつまんなにのよねえ!さてさて大人のお勉強のお時間です。K18かな?(笑)建礼
こんばんは。ジュースとお菓子を持って、立川水天宮にいらっしゃる安徳天皇様の所にお参りに行って来ました(^^)お菓子をお供えしたら、女性の声で「まぁ、まぁ、まぁ。」と聞こえて来ました(^^)立川水天宮の御祭神は、天之御中主大神様と安徳天皇様、平徳子様と平時子様なので、平時子様ではないかと思いました。大きな粒の銀杏が沢山落ちていましたが、「拾わないで下さい」と、書いてありました🙆こちらの猫ちゃんは、本当に生きているみたいでした(^^)神社のすぐ近くに回転寿司があるので、大好きなつぶ貝の
今日は中島公園界隈の神社を参拝してきました。中島公園駅降りてすぐの(札幌)水天宮です。御祭神は、「一般的な水天宮の神様」である・天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)様・安徳天皇(あんとくてんのう)→源平合戦の壇之浦の戦いで平家一門と共に御入水された幼き天皇。・高倉平中宮(たかくらたいらのちゅうぐう)=平徳子(たいらのとくこ)→高倉天皇の皇后、安徳天皇の母、平清盛の娘。壇之浦の戦い後も生き残り、仏門に入り天寿を全うした。・二位尼時子(にいのあまときこ)=平時子(たいらのときこ
先帝祭(安徳天皇祭)~浪の下にも都がさぶらふぞいつもご覧くださる皆様、本当にありがとうございます。心から感謝致します。皆様にとって良い事がたくさんありますように!1先帝祭(安徳天皇祭)について昨年もツイッターにあげたと思いますが、本日はサンジョルディの日かつ世界本の日だけでなくかつての先帝祭の日でもあります。この場合の先帝は安徳天皇をさします。ホロスコープを勉強している身からすると、本日は太陽も月も牡牛座になり、
今日は壇ノ浦の戦い(旧暦)の日-ドラマでの安徳天皇と時子の入水シーン比較いつもご覧くださる皆様、本当にありがとうございます。心から感謝致します。皆様にとって良い事がたくさんありますように!今日は人力車の日らしいですが、私の中では壇ノ浦の戦い(旧暦)の日です。そういった事情で「1日1武将」はお休みとします。赤間神宮www.tiki.ne.jp壇ノ浦の戦いの日は新暦に直しますと、だいたい毎年4月20日から5月あたりに
今から835年前の今日・1185(文治元)年3月24日、源平の最終決戦・『壇ノ浦の戦い』が行われ、ここで平家が滅亡しました。その時に武将だけでなく多くの女性も命を落としましたが、その中で最高位だったのが平清盛の正室、平時子でした。彼女は中級貴族だった平時信の娘として1126(大治元)年に生まれました。宗盛を産んだ1147年に、武家であった平清盛との政略(公武合体?)結婚により正室となったようですが、清盛には前妻がいて2人の間には既に重盛・基盛の2人の男子がおり
こんにちは運気アップヒーラーのコウヅマです今週、厳島神社に行く予定にしてたんですけど予定が合わなくて…『日曜しか行けない〜』って思ってたんですよ💧来週、伊勢に行くから、その前に厳島神社に行きたかったんですでも、コロナウイルスが心配だし…って思ってたら行かなくて良くなりました🤣先日、師匠がとある神社ツアーの途中平清盛の正室である平時子の墓を宗像の方で見つけたんですね〜私の神社ツアーは神武東征ルートに沿って神社を回ってるんですけどそれにはご先祖様だったり、神様達からの
案内板新井の石舟古墳石室内部説明版集落内にあった石室の模型鳥取市国府町新井にある「新井の石舟古墳」は、鳥取に伝わる安徳天皇伝説に絡み、地元では天皇の祖母で、平清盛の妻であった二位尼(平時子)の墓であると伝承されています。二位尼(平時子)は中級貴族の平時信の娘で、久安元年(1145)頃、清盛の後妻として迎えられ宗盛、知盛、徳子(建礼門院)らが生まれています。異母妹の滋子が後白河院の寵妃となり、その子である憲仁親王(後の高倉天皇)が立太子すると、時子も従二位に
第672話こんにちは神仏の声を聴いて皆様にお届けしております菊水千鳳です前回の日記(いよいよ全国の源氏と平家の和解統合に向けて急加速!新たな時代への幕開け)の続きです。天皇陛下の即位の儀式を数日後に控えての明け方のこと。目を覚ましてトイレから帰ってきました。ベットに戻って座っていたら安徳天皇さまと、平清盛さんの妻であられる平時子さまがいらっしゃいました。(安徳天皇さまからするとお祖母さま)俺からみて左に安徳天皇さま右に時子さま時子さま【即位に
第671話こんにちは神仏の声を聴いて皆様にお届けしております菊水千鳳です前回の日記(平清盛の独白!源氏と平家の和解統合への動きは源頼朝が心を開いてから始まった)の続きです。✣その前に俺が何者かご存知無い方は↓↓↓↓↓プロフィールをご覧ください〈阿豆佐味天神社〉の平家関連の日記を投稿したあと、自宅の近くを歩いていたら源氏の棟梁源頼朝さんたちがドヤドヤと俺の周囲に現れました。頼朝さん【(平家との和解事)いい仕事できたではないか!(バチんと俺の背中を叩く)やは