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今日は晴れ☀️外は暖かいですね家の中が寒い😨さて大手町散歩続きです大手濠緑地から見える平川門皇居東御苑に入れる門は3カ所その一つが平川門平川門から皇居(東御苑)へ入るのは初めてです平川門の擬宝珠江戸幕府が出来た頃の年号が刻まれてます大工さんの名前しっかり令和のこの時代にまで残っていますよー平川門前では簡単な荷物チェック無料で入れますこの平川門本丸大奥に通じる奥女中の通用門だったので別名『お局門』また城内の死者や罪人などの出口だった事から『不浄
江戸城城門平川門坂下門北桔橋門乾門(西の丸裏門を移築、改築)半蔵門(和田倉門を移築)竹橋門跡
皇居前の和田倉噴水のところです。先日シールラリーで貰った景品が女の子が喜びそうなデザインだったんですが、孫の姉妹がいるのでふたつないとケンカになります。そこで、もうひとつ景品を貰うためにもう一回りラリーをすることにして、ここの無料休憩所で最初のシールをゲットしました。行幸通りの両側のイチョウも見頃。正面から見ると遠くに東京駅が見えます。この日、皇居の乾通りの公開が始まったのでそれも兼ねて歩きます。割と厳しい手荷物検査のあと、普段は通れない
先週江戸城散歩しました平川橋を渡り擬宝珠(ぎぼし)江戸城関係最古の金石文と呼ばれているそうですこっちの門から入ったら空いていたので手荷物チェックも並ばずにできました平川門(高麗門)平川門は江戸城三の丸の正門大奥に通じていたことから別名「お局門(おつぼねもん)」平川門(渡櫓門)↓門の上部の小さな窓は狭間(さま)と呼ばれ、敵を鉄砲や槍などで攻撃する際に使用皇居東御苑この広い広場が大奥跡地大奥からの天守閣今は天守台のみ天守台から見える大奥跡地そのさらに先にあるの
平川門大手門よりちょっと小ぶりの門古い石垣の角は修復したのかな?この辺りの石垣は滑らか〜石大きい🪨〜早咲きの梅🌸天守台大きい〜下にいる白服着てる人が点に見える天守台の上より空いてる〜この隙間からこちらが見える平和になってしまったので細かく仕切って女官の部屋になっていたそうです。なので襖の溝がある少し紅葉🍁が残ってました。松の廊下跡富士見櫓入れないのね鉄筋?本丸広ーいツワブキ花こんな感じなのね以外と食べられる物がらたくさん植えられている柑橘
*紅葉皇居乾通り一般公開(^∀^)(12月1日)坂下門から乾門までの約750mを一方通行で歩きます。期間:11月29日(土)〜12月7日(日)(12月1日)坂下門フユザクラシキザクラ乾門が見えてきました。乾門乾門を出て竹橋方面へ行きました。竹橋平川門方面オオバンほな、まったね〜(^∀^)/
2024年9月7日(土)、今日の散歩はまた久しぶりに東京23区のど真ん中に照準を合わせました。ど真ん中といえばやはり皇居ははずせないでしょうが、少し違った角度からのアプローチにしようと思います。東京勤務時代の馴染みの地とは言え、皇居や都内をじっくり歩く余裕などあるはずもなく、そういう意味ではお上りさんのような気分であちこちにカメラを向けながら歩いてみました。東西線竹橋駅出口です。上京して初めてこの駅で降りたとき、東京なのに暗くて小さめな駅だなぁと感想を持ったことを覚えています。左側が皇居
【駅ハイ25th】東京秋模様~皇居周辺から丸の内を歩く~ですが、「ポイント5:将門塚」から「ポイント6:千鳥ヶ淵さんぽみち」に向かいます。が・・・せっかくここまで来たので、皇居に寄り道することに。平川門から皇居東御苑に入ります。平川橋ですが、江戸時代の木橋の姿をそのまま残しています。写真右の欄干にある擬宝珠(玉ねぎみたいな形のもの)は、慶長期・寛永期の刻印があります。もともとは二重橋に付けられていましたが、明治20年に橋が架け替えられた際、ここに転用されたそうです。江戸城関係最古の金石文
ギバナコスモス曇り空に、陽射しが〜(笑)半袖?長袖?か迷う日々!キク科原産地、メキシコ開花時期、6月〜10月多年草〜一年草学名のスルフレウスは黄色の意味があり、濃い黄色の花を咲かせるためコスモスとは印象を受けます。コスモスより葉幅が広く耐寒性があり、メキシコの自生地でもコスモスより標高の低い所に住み分けて分布しています。短日性ではなく夏から秋まで開花します。痩せた土地でも育つためこぼれ種で増え、半野生してますいつも有難うございます平川門お花を買いに着てい
皇居東御苑散歩【2】①平川門を潜り抜けて梅林坂へ②皇居東御苑苑内ご案内2025.9.20(土)撮影①平川門を潜り抜けて梅林坂へ撮影順には掲載していません。平川門を抜けてしばらく歩きますと、広い空間が現れます。四百年の歴史を持つ石垣です。②皇居東御苑苑内ご案内梅林坂へいく途中に、設置されていた『苑内ご案内』です。現在地は、梅林坂の手前となります。平川門を潜り抜けたところに、発券所がありますが、東御苑の観覧は無料です。画像を拡大しました。今回は、梅林坂か
皇居東御苑散歩【1】皇居平川門2025.9.20(土)撮影先日(9月20日)、皇居東御苑を観覧して来ましたのでブログ記事に掲載していきます。今のところ、撮影画像枚数と相談して、11回シリーズくらいを考えております。なお、掲載画像は順路が分かるように配置しました。撮影順にはなっておりません。来訪者は、ほぼ海外の方々でしたので、プライバシー保護の観点は少し緩くしてあります。また、撮影許可やブログ記事掲載許可は、皇宮警察官(「皇宮護衛官」)より確認、了承済みです。営業行為でなければ、
ハイビスカス🌺いつも通るビルの入口に色鮮やかな花が、朱色?アオイ科原産地、諸説があるが不明花は戸外では夏から秋に咲くが温室では温度が高ければ周年開花する。花は、小さなものでは、直径5センチ大きいものでは、20センチに及ぶ。形はラッパ状、または杯状開き、花柱は突出する。花が垂れるもの、横向きのもの上向きのものなど変化に富むいつも有難うございます😊平川門を渡ると橋から木の香りが漂うん~~??
神田•一ツ橋•大手町散歩【7】①皇居平川門平川橋②皇居平川濠千代田区一ツ橋1丁目〜千代田1丁目2025.6.22(日)撮影①皇居平川門平川橋こちらが、平川門についての説明板です。1枚しか撮影しなかったため、拡大するとぼやけて仕舞いました。ゆえに、下欄に書き写して掲載しました。平川門Hirakawa-mon(Hirakawa-monGate)平川門は、江戸城内郭門の一つで、三の丸から城外への出口として、奥女中や御三卿が使用しました。「御府内備
※2025年5月13日訪問※平川門を出た先には【平川橋】が架けられています✨▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼平川橋は皇居北側の内濠に架かり、東京都千代田区一ツ橋一丁目から皇居東御苑に渡る木橋である。平川は神田川下流部の古い名で、日比谷入江に合流していた。流路はのちに東回りに変更され日本橋川や外濠川となった。平川の跡は大手濠などになっている。徳川家康が江戸に入る前はこの付近は上平川村、下平川村などの集落があり、平川という河川に粗末な門がある程度であった。初代の橋が架けられたのは
※2025年5月13日訪問※江戸城三ノ丸の正門である平川門(高麗門)を見て行きます近くには【平川高麗門】と彫られた石碑が建てられています✨高麗門を出て、一度城の外へと向かいます🚶◆武蔵国・江戸城三ノ丸平川橋◆に続く
※2025年5月13日訪問※平川門は江戸城の枡形門の中で唯一、二か所の高麗門があり、この門は平川濠の中に伸びた「帯曲輪」と呼ばれる細い渡り堤に繋がっています場内で死人や罪人などが出た際にこの場所から城の外に出されていたそうで、忠臣蔵でも有名な浅野内匠頭もこの門から出されたそうです江戸城の鬼門に位置していて、通りからは横向きになっているので見過ごされがちな門ですが、平川門を訪れた際は是非確認してみて下さい平川門の桝形を堪能しながら、高麗門へと向かいます✨◆武蔵国・江戸城三ノ丸平川門
※2025年5月13日訪問※三ノ丸の正門である平川門(渡櫓門)を見て行きます▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼三の丸の正門である平川門は、1620(元和6)年、仙台藩主伊達政宗ほか六名の大名によってつくられた江戸城三の丸の正門です。本丸大奥に通じる奥女中の通用門だったため別名「お局門」、場内の死者や罪人などの出口とされていたことから「不浄門」ともいわれます。▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲門の側には【平川門】の案内板が設置されていますね✨他の門と同様に非常に立派な建物です
江戸城跡の「皇居東御苑」にある菖蒲田(しょうぶだ)を訪ねてみました。規模は小さいのですが、隣接する「二の丸庭園」の景色と織りなす風情が清々しい気分にしてくれるんです。所在:東京都千代田区地下鉄「東西線」の「竹橋駅」に着きました。(1a出口)これから「江戸城跡」に向かいます。(徒歩:約5分)「江戸城跡」今回は「江戸城跡」の中にある「皇居東御苑」を目指します。「皇居東御苑」「平川門」(ひらかわもん)から入ります。その他の「皇居東御苑」に入る門北桔
続きです。平川門を過ぎて大手濠を進みます。大名の上屋敷跡は大手町のビルが並びます。大手濠は堀幅がかなりありますね。そして大手門です。時間外で入れませんので、後日リベンジしました💦桜田二重櫓とビル群です。新旧が同郷している東京な風景ですね。続きます。
続きです。竹橋まで来ました。このあたりだと石垣の高さは低くなりますが、代わりに堀の幅が広くなります。竹橋もこちらに桝形門がありました。城内を貫く道路と地下には、首都高が走っている区間になりますね。平川濠の先に平川門が見えます。が竹橋門と平川門を結ぶ帯曲輪が手前にあります。奥に本丸と二の丸になりますね。平川門です。この日は入場時間過ぎていたので、高麗門が二つあるなど面白いのですが、また今度ですね。続きます。
国立近代美術館の帰りに皇居東御苑を散歩🚶🚶🚶平川門で手荷物検査を受けて東御苑へ大手門の混雑とは対照的に人はまばらで並ばないで入れるかつて平川門は使用人の出入口だったそう松の木はどれも巨木で枝ぶりが芸術的お掘りの石垣に松の木三の丸に向かって歩く咲き始めたウツギ百人番所江戸城本丸を護るための警備詰所鉄砲を装備した100人が昼夜交代で勤務
月曜昼…豚しゃぶ残定食…月曜夜…レバニラ…皿うどん…火曜昼…ひっぱりうどん…味噌煮もありで…昆布おにぎり…にぎり方に課題あれど、ウマいよなあ…火曜夜…残モノに…定番⁈鶏肉トマト煮…手羽元甘辛煮…自家製焼鳥…とり皮…うずら…水曜昼…ご飯大盛…やはり特製ソースにニンジンドレッシング…ウマい…期間中何度でも⁉︎…マンスリーループ誘導⁈…微妙な御三卿な気がしてきた⁈…天守跡…大奥跡…広い…篤姫様…なるほど…実はこちら側は初めて入ったかなあ…その他も歴史と現在
「髙石あかり、#朝ドラ「ばけばけ」主演も決まり最注目の女優を生徒にキャスティングしておきながら、前半戦ほとんど目立たなかったのはなぜか?」いや、御上先生(TBSドラマ)の話ね。松坂桃李は、文部科学省からこの学園に出向してきて、何らかの不正を暴こうとしている。それはどうやら「江戸城に平川門から入る」つまり裏口入学に絡むこと、らしい。しかし、私立の高校が寄付金を多く貰って生徒を入学させても、それは犯罪にはならないだろう。だとすれば、政治家と結託して公金を不正に回して貰う、等の「#政治と金」
先週土曜日まで絶好調でしたが翌日の朝からお腹が痛くて胃けいれんが酷く、夕方になって我慢できずに日曜開いている胃腸科クリニックを受診しました。結果は、急性胃腸炎。何か悪い物を食べた覚えもなく、どこで拾ってきたのか解らず昨日まで寝込んでいました。連続三日間、点滴を打ったのは初めてです。なかなか回復の兆しが見えて来ないですが、寝込むほどではなくなったのが回復の一歩ですかね。初春の花をもとめて先週土曜日、3月1日に皇居東御苑へ行ってきました。東京メトロ東西線の竹橋駅で
前世は犬かよ?!ってくらい散歩が大好きです。ご近所散歩も好きだし、色んな街を散歩するのも大好きです。お散歩前の腹ごしらえは、新丸の内ビルの「澤村」で。ランチはパンおかわりし放題らしいんですが、こちらのパンってずっしり重めのパンな上、サラダのボリュームでお代わりは私たちには難しい。左上人参のポタージュ、右上ミモザサラダ、左下パン盛り合わせ、右下牛頬肉のワイン煮。普段は夜ばかりで、ランチはお初でしだがお値打ちです。今はなかなか見ることのないクラッシックなメニューですが、お料理はど
トップページ都道府県別索引へ江戸城の堀、土塁、石垣、城門などは国の特別史跡です。損壊させると文化財保護法違反となるので注意が必要です。まずは北詰門横の段数刻印💨さて、竹橋の交差点を渡って大手濠の前に行く。ここから眺める平川橋方面。やっぱり堀の広さ、向こう側の石垣の壮麗さとか、どれを取っても普段見てる山城とかとは比べ物にならんなぁ…😮平川門の方へ行く前に、反対の北詰門の方へ💨向こう側に段数刻印のある算木積みがあるんだぁ〜💨途中からは、大手濠より内側にある平川濠を一望できる。この
職場の福利厚生で、皇居前に泊まれるお手軽プランがあったので泊ってきましたとりあえずは初詣に行ってなかったので、靖國神社へ参拝・・・・・・<靖國神社>ここにくると必ず食べる玉子丼と会津そばセット。鹿児島県知覧の富屋食堂で「特攻の母」と慕われた鳥濱トメさんの玉子丼が食べられます。しかも、ここの玉子丼の割り下は知覧から週二回配送してもらうなど、トメさんの思いが伝わります。もちろん味は凄く美味しいです。<特攻の母鳥濱トメの玉子丼会津そ
今年お初のお散歩で、竹橋を選んで歩いた続きです。昨日も書きましたが、内堀通りの中でも竹橋辺りは特別興味を引く場所がないせいか、私の中では「裏側」といった感じが否めなかったです。今になって、その理由が分かったような気がしますがそれでも皇居を囲む内堀周辺は東京の中心なんだなあとシミジミ実感しましたわ。私の母は山梨県出身ですが、東京に嫁いでからの暮らしが長かったのにイマイチ東京人になり切れなかったような気がします。ここへ連れてきて、ここが「トーキョーだよ、おっかさん!」と見
神田錦町散策【2】護持院ヶ原跡「ごじいんがはら跡」石碑千代田区錦三会児童遊園「錦三会子供遊び場」2024.12.30(月)撮影護持院Wikipediaウェブサイトより"護持院ヶ原は森鷗外の歴史小説「護持院原の敵討」の舞台としても知られる。弘化3年(1846)にあった仇討ち事件を描いている。""享保2年に焼失した護持院の跡地は火除け地となり、護持院ヶ原と呼ばれた。江戸城の北、平川門と竹橋の対岸にあったことから、おそらく江戸城に対する防火機能をもたせたと考えられている。
松の内2日目ですが、みなさん、あけましておめでとうございます。本年も「シロスキーのお城紀行」をどうぞよろしくお願いいたします。昨年末のブログでも触れましたが、現在首を痛めていて、新たなお城めぐりができない状況ですので「お城紀行」の発信が当分の間できないと思います。しかし、現在投稿中の『全国「城門」を巡る』シリーズは継続していきますので、どうぞ引続きご覧いただければ幸いです。さて、2025年の元旦、本年一発目は、お正月に相応しく城郭NO.1の「江戸城」の「城門」(『全国「城