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入院した朋子(小暮美千代)と三郎(近衛敏明)を見舞う浮田(佐分利信)。朋子はもっと運転を練習すると浮田に言う。三郎は浮田に結婚してはどうかと言うが、そのきっかけがないと浮田。そして銀二郎(沖田儀一)が新たに生まれた赤ん坊を背負って姉の見舞いに来る。銀二郎は若奥さん(忍節子)の病室から勝手にカステラを拝借していた。若奥さんはやさしく、カステラは持って行ってもいいが、後で赤ん坊を見せてくれと言うのだった。姉には部屋を間違えたと言い訳する銀二郎に、礼儀を知らないなら頭を下げろと朋子。半分食べてしま
『素浪人罷通る』映画81分トーキー白黒昭和二十二年(1947年)十月二十八日公開製作国日本制作大映京都企画清水龍之介脚本八尋不二撮影川崎新太郎木田平三録音海原幸夫倉嶋暢音楽西梧郎照明島崎壹二中岡源権美術角井平吉編集宮田味津三装置林米松装飾松本春造背景太田君三郎記録小島道子衣装黒沢好子美粧湯本秀夫結髪花井りつ写真斎藤勘一演
また新緑の季節。慎之助(堀雄二)とお静(乙羽信子)の夫婦とお遊(田中絹代)が行楽にやってくる。散策していて足が疲れたお遊を「あんさん、負うたげなさい」とお静。料亭でお遊と慎之助は他愛ない遊びでてんごするが、女将(小松みどり)は二人を夫婦だと勘違いするほどであった。笑うお遊は、「二人でいちゃついて(女将に)見せたげるとええのや」と言うが、お静は「よろしいがな、間違わしといたら」。なおも言い張るお遊に、「ひつこいな、姉さんも!冗談はやめといてほしい」と怒りだす。しかしお静の気持ちを察せていないお遊
慎之助夫婦がなぜ東京で暮らすことになるのかは語られない。堀雄二の関西弁は冗談級。お遊が再婚して住むのは「巨椋の池」の近く。巨椋池はその後、干拓地となり集合住宅の街となる。*****新緑の京都。見合い相手の到着を待つ道具屋の主人、芹橋慎之助(堀雄二)とおばのおすみ(平井岐代子)。おばは見合いは「ここらで打ち止めにしてもらわんことには」。外に出た慎之助はやってきた相手方一行を見て、「ああいう人を見せてもらわんことには」と言うが、彼が相手だと勘違いして気に入ったのは相手の義姉、お遊(田中絹代)
『お遊さま』映画トーキー95分白黒昭和二十六年(1951年)六月二十二日封切製作国日本製作言語日本語製作会社大映京都撮影所原作谷崎潤一郎『芦刈』脚本依田義賢撮影宮川一夫音楽早坂文雄美術水谷浩装置林米松特殊撮影松村禎三装飾中島小三郎背景太田多三郎録音大谷巌照明岡本健一照明助手内藤昭美粧福山善也編集宮田味津三衣裳考証甲斐荘楠音製作主任橋本正嗣結髪花井りつ木村芳子衣裳吉実シマ記録木
女優の平井岐代子さんを、趣味の姓名判断で、占ってみました。平井さんには、引き立てがある。地位や財産を得る。社交性があり、人気を得る。才能や知恵がある。発展する。といった暗示があります。引き続き平井岐代子さんの本名、平木幸子さんを、趣味の姓名判断で、占ってみました。平木さんには、成功するが、家族縁や無理な企てに注意。不和に注意。苦労や困難を乗り越える。人生の中頃からは何事も注意だが、発展する。陰陽の配置は、最凶。といった暗示があります。常盤英文です。皆の幸せを願います。また、どこかで
『素浪人罷通る』映画81分トーキー白黒昭和二十二年(1947年)十月二十八日公開製作国日本制作大映京都企画清水龍之介脚本八尋不二撮影川崎新太郎木田平三録音海原幸夫倉嶋暢音楽西梧郎照明島崎壹二中岡源権美術角井平吉編集宮田味津三装置林米松装飾松本春造背景太田君三郎記録小島道子衣装黒沢好子美粧湯本秀夫結髪花井りつ写真斎藤勘一
角田喜久雄の同名推理小説を元に、パートカラーで映画化。物理学者の摩耶龍造の別荘で火事があり、弟子の菅八郎が焼死体で発見されたが、額に刺し傷があり殺人事件と断定。事件当日、龍造の後妻の姪由利枝が女中かねと現場近くにいて1時間ほど空白があり、アリバイを証明できなかった。さらに凶器の小柄も、由利枝が失くしたという品物だった。由利枝の親友で新聞記者の鳥飼美々が彼女から事情を聞き出そうとすると、摩耶家は虹男に呪われていると言い出す。すると火事直後から行方をくらませていた
阪東妻三郎(ばんどう・つまさぶろう)は明治三十四年(1901年)十二月十四日東京府に生まれた。本名は田村傳吉(たむら・でんきち)である。歌舞伎役者を志し、後に活動大写真の俳優となり、大人気を博し、日本映画の大スタアとなった。役者芸名別名義には沢村紀千助・阪東藤助・阪東要二郎、映画監督名義には岡山俊太郎がある。昭和二十八年(1953年)七月七日満年齢五十二歳で死去した。昭和二十二年(1947年)十月二十八日公開、製作大映京都、監督伊藤大輔の映画『素
皆様こんばんは。平成三十年(2018年)十月二十三日(火曜日)です。本日京都文化博物館フィルムシアターにおいて、京都映画三巨匠内田吐夢・溝口健二・伊藤大輔二日目企画『素浪人罷通る』を鑑賞しました。『素浪人罷通る』映画トーキー81分白黒昭和二十二年(1947年)十月二十八日公開制作大映京都企画清水龍之介脚本八尋不二撮影川崎新太郎木田平三録音海原幸夫倉嶋暢音楽西梧郎照明島崎壹二中岡源権
津川雅彦(つがわ・まさひこ)本名加藤雅彦別名義沢村マサヒコ澤村マサヒコマキノ雅彦映画俳優・テレビ俳優・舞台俳優・舞台演出家・映画監督・声優・評論家昭和十五年(1940年)一月二日京都府京都市生まれ。平成三十年(2018年)八月四日死去。七十八歳。大名優津川雅彦さんは日本映画・日本テレビを支え、大いなる名演で観客・視聴者に感動を与えて下さいました。少年時代沢村マサヒコの芸名で子役俳優をされていました。昭和二十二
『素浪人罷通る』映画トーキー81分白黒昭和二十二年(1947年)十月二十八日公開製作国日本製作言語日本語製作大映京都企画清水龍之介脚本八尋不二撮影川崎新太郎木田平三録音海原幸夫倉嶋暢音楽西梧郎照明島崎壹二中岡源権美術角井平吉編集宮田味津三装置林米松装飾松本春造背景太田君三郎記録小島道子衣装黒沢好子美粧湯本秀夫結髪花井りつ写真斎
『素浪人罷通る』昭和二十二年(1947年)十月二十八日公開制作大映京都企画清水龍之介脚本八尋不二撮影川崎新太郎木田平三録音海原幸夫倉嶋暢音楽西梧郎照明島崎壹二中岡源権美術角井平吉編集宮田味津三装置林米松装飾松本春造背景太田君三郎記録小島道子衣装黒沢好子美粧湯本秀夫結髪花井りつ写真斎藤勘一演技事務久松健二進行西郷悦久製作主任小林利勝出演阪東妻
『素浪人罷通る』昭和二十二年(1947年)十月二十八日公開制作大映京都企画清水龍之介脚本八尋不二阪東妻三郎(山内伊賀亮)片山明彦(天一坊)平井岐代子(お春)監督伊藤大輔加藤泰通天野信関連記事『素浪人罷通る昭和二十二年十月二十八日公開伊藤大輔監督作品(一)』http://amba.to/1hmj0Br『素浪人罷通る/1947年10月28日公開/(二)対面対話』http://amba.to/1cIcNhj『素浪人罷通る山
『素浪人罷通る』昭和二十二年(1947年)十月二十八日公開制作大映京都企画清水龍之介脚本八尋不二阪東妻三郎(山内伊賀亮)片山明彦(天一坊)平井岐代子(お春)監督伊藤大輔加藤泰通天野信関連記事『素浪人罷通る昭和二十二年十月二十八日公開伊藤大輔監督作品(一)』http://amba.to/1hmj0Br『素浪人罷通る/1947年10月28日公開/(二)対面対話』http://amba.to/1cIcNhj☆山内伊賀亮の覚
『素浪人罷通る』昭和二十二年(1947年)十月二十八日公開制作大映京都企画清水龍之介脚本八尋不二阪東妻三郎(山内伊賀亮)片山明彦(天一坊)荒木忍(常楽院天忠)伊達三郎(相良伝八郎)監督伊藤大輔加藤泰通天野信☆☆☆加藤泰通→加藤泰☆☆☆今回のテーマは、前半のクライマックスシーンの考察である。「危機」を呼びかける教えが、聞く者の心に深く響くシーンを、静かに語る名演出に
『素浪人罷通る』映画トーキー81分白黒昭和二十二年(1947年)十月二十八日公開制作大映京都企画清水龍之介脚本八尋不二撮影川崎新太郎木田平三録音海原幸夫倉嶋暢音楽西梧郎照明島崎壹二中岡源権美術角井平吉編集宮田味津三装置林米松装飾松本春造背景太田君三郎記録小島道子衣装黒沢好子美粧湯本秀夫結髪花井りつ写真斎藤勘一演技事務久松健二