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「前期・後期・末期」高齢者は「ちょっと本屋へ」「ちょっと町へ」「ちょっと仕事へ」と、忙しい?[2025・10・3・金曜日]このまえ、藤田雅史氏の『ちょっと本屋に行ってくる。2』(issuance・イシュアンス)、『ちょっと本屋に行ってくる。NEWEDITION』(issuance)という本を読みました。その関連というわけではありませんが、常盤新平氏の『ちょっと町へあの町で通った店がある忘れることのできない人がいる……』(経済界)を読みました。1998年の刊行本です。ハ
昔は読んでもわからなかった小説を再読して感激したり、懇意の寿司屋が鎌倉や逗子の沖でたまに獲れる白あじを出してくれたり、街中で絶世の美女を見かけたりすると、長生きはするものだと思う。こうして、私は長生きはするものだと、年はとりたくないものだとの間をうろうろしている。(常盤新平「わが日常生活」幻戯書房)
一口坂をあがって靖国通りに出ると、神保町まで行って古本屋を覗き、老主人と親しくなった喫茶店で一服して、また仕事場に帰ってきた。いまもそんなことができるだろうか。足が衰えて、最近はとくに家に引きこもりがちだ。(中略)疲れてはいるが、町を歩くのがいまだに好きだ。(常盤新平「小さな幸せのとき」幻戯書房)
私は薄情で見舞いにも行かなかったが、術後の経過はよいと聞いて、お花茶屋へ行って駅まで出てきた芳子さんに会い、駄菓子屋のような店でジュースを飲み、商店街を歩いてアパートまで送っていった。家にはいるのは遠慮した。彼女はいずれ元気になると思っていたようだ。(常盤新平「雪深い故郷」幻戯書房)
「交通事故」と言った友人とはどきどき会って飲む。彼は酒場で酔ってくると、ぐっと宙をみつめていることがある。心ならずも別れた女を思っているのだろう。(中略)はるばる来たなあと感慨深いものがあるのだろう。スネに傷のある男はこんなつまらぬことを一生引きずっていく。(常盤新平「恋は交通事故」幻戯書房)
常盤新平さんは若い時お金がなかったという話をよく書いているが「片隅の人たち」には次の一節がある。私はなるべく早く勤めをやめて、翻訳一本で食べていくつもりでいた。それから十年もサラリーマン生活を続けるとは考えてもいなかった。ただ、六畳一間の沙知との生活に僕は満足していた。僕たちは預金なんかなかったし、給料日の前など、お金が七百円しかないわと沙知がおびえたように言うことがあって、たしかに貧しかったけれども、若葉町のアパートにやってくる人たちもみんな貧乏だったから、実は貧乏であることを忘れていた
山荘を撤収して東京へ戻る。「浪漫疾風録」を読み終えたので、もう一度常盤新平さんの「片隅の人たち」を拾い読みする。大学院生の常盤さんは翻訳の名人の吉田さんにどうして翻訳家になったのか、と質問する。この時吉田さんは50代も半ばであった。吉田さんは答える。「食わなきゃならないし、それに僕は辞書を引くのが好きでね」辞書を引かなくても翻訳できるようになりたいと僕は虫のいいことを考えていたので、吉田さんの返事は意外だった。「辞書を引くなんて面倒くさくないですか」「年齢をとったら、辞書
「新撰組物語」を読了して生島治郎の「浪漫疾風録」を読み始める。年末に常盤新平の「片隅の人たち」を読んだ。出版界に生きる翻訳者たちを描いた自伝的短編集で、20代の常盤さんと沙知(ガールフレンド、のち結婚)が貧乏ながら前向きに生きていく描写に心を打たれた。沙知は実名牧子さんといって後常盤さんと離婚する。牧子さんのことは常盤さんの「銀座旅日記」のあとがきに触れられている。常盤さんは「片隅の人たち」の時代を経て早川書房に入社、都筑道夫、生島治郎の後任として「エラリー・クイーンズ・ミステリー・
今も発売され続いて居る、米国の有名雑誌ニューヨーカー。短編小説や映画批評が有名ですが、掲載されるノンフィクションもなかなかの面白さだとか。そんなノンフィクション八編を、ニューヨーカー愛読者の常盤新平氏がチョイスした1冊です。1940年代から、1960年代と様々な時期から選ばれた作品は、主にニューヨークを舞台にした話ですが、1964年東京で開催された、オリンピック関連の話題も1編収録。さすがに膨大な掲載作品の中から、選ばれた作品揃い。どれも面白く読めました。力作揃いってより、何
私がいいなあと思うのは、地下鉄が地上に出て、川をわたるときだ。たとえば、東西線に乗り、南砂町を過ぎると、地上に出て、荒川の鉄橋をわたる。右のほうに目をやると、広い荒川の河口があり、その先は海だ。そのとき解放感を味わう。ささやかなよろこびの一つである。(常盤新平「地下鉄の魅力」講談社文庫)
歩いていて思いがけず古本屋でも見つければ(中略)飛びこんで、ポケットからあわてて老眼鏡を出し、書棚にぎっしり並んだ本の背表紙を読む。永いこと探していた本が見つかればしめたものだ。また歩き出し、バーでもあればふらふらと入ってバドワイザーでも注文する。(常盤新平「誇らしくもあり」講談社文庫)
この年齢になると知らない店に入るのはちょっと勇気がいる。危険な冒険であって賭けみたいなところがある。行きつけの店の方が安心である。けれども(中略)その洋食屋には週に一度は通うようになった。お新香がおいしくて、なんとも平凡な、飾らないところがよかったのである。(常盤新平「行きつけの洋食屋」講談社文庫)
私は夕方の神保町が好きだ。とくに秋。町に灯がともりはじめ、しかし、九段の坂上のかなたの空はまだ明るく(中略)風がひんやりとしてくるころ、古書店で見つけた本の二、三冊も抱えて歩いていると、ふところが寂しくて、欲しい本も買えなかった学生時代を思い出す。(常盤新平「壹眞」中公文庫)
先週末に友人のサロンでよもぎ蒸し結構汗がでたわこういう汗は気持ちいいそのあと友人とランチ友人が投資を始めるため証券口座を作り、それからどうするのかと言う話。どんなファンドを買うのかを簡単に説明。上手く伝わってるといいけど。帰宅してから、我が家の先月の資産運用のまとめ。ここのところ株価爆上がり3ヶ月連続で3〜4%ずつ上昇している。とはいえ、こんな状況がずっと続くとは思えないもう働かなくてもいいのかなぁと思えるけど、勘違いしてはいけない。自らを律するワタシであった。スキマ
夕暮の神保町界隈が好きだ。とくに秋から冬にかけてのこのあたりがよろしい。本屋さんの灯が明るくて、その前を人びとが寒そうに肩をすぼめ、急ぎ足で歩いてゆく。そういう人たちにまじって、群衆の一人となるのも悪くない。(常盤新平「オフへの誘い」筑摩書房)
しばらく市ヶ谷にご無沙汰したあと「すみれ」の前を通ると、やはりシャッターがおりていた。となりの煙草屋でおばあさんの消息を尋ねると、つい先日亡くなったということである。二年前のことだった。浅いつきあいだったが、「すみれ」という変った喫茶店と女主人はいまも忘れがたい。(常盤新平「小さな喫茶店」筑摩書房)
「ランチョン」で生ビールを飲んでランチを食うか、それとも「揚子江」で炒飯にするか。(中略)結局、すずらん通りの「なかや」で鰻を食べる。コーヒーが飲みたくなり、神保町の角に近い地下の「壹眞」でみるくこおひいをゆっくりと啜りながら、買ってきた本をぱらぱらとめくる。(常盤新平「山の上ホテル物語」筑摩書房)
町に古本屋があるのは、いいものだ。まして、ずらりと古本屋が並んでいれば、もういうことはない。会社に勤めていたころ、二十年も前のことだが、週に二度はここに足をはこんだ。勤めているところが神保町に近かったからで、古本屋をあるくのが一つの勉強になった。(常盤新平「神田神保町界隈」筑摩書房)
作家の妻とは文学の永遠のミューズである。私が直木賞作家の常盤新平さんの元奥さんの店でバイトした頃の思い出をnoteに書きました。再婚した妻に、別れた妻に会いに行ったことがバレてしまうと、作家も元妻も袋たたきに遭うかもしれないというリスクを冒してまで、なぜ作家は元の妻に逢いに行ったのか。そこには普通の夫婦とはかけ離れている夫婦像があります。おそらく想像の翼を支えたり、支え合ったりした、二人にしか知り得ない貴重な時間があったからでしょう。だから再婚した妻が嫉妬したのかもしれ
コーヒーにも煙草にもべつに好みはない。喫茶店にはいって「コーヒー」と注文すると、相手は怪訝そうに「ブレンドですか?」と訊くので、私も「そう、ブレンド」と言うが、コーヒーはコーヒーじゃないか、コーヒーでいいではないかと思う。(常盤新平「コーヒーの味に能書きはいらない」平凡社)
神保町は世界一の古本街である。こんなに様々の古本屋が集まった街はどこにもない。若いころから神保町の古本屋にはずいぶんお世話になった。(中略)しかし、最近はとみに先が見えてきて、知識の泉である古本はどうでもよくなって、わが神保町は気安く食事のできる街になっている。(常盤新平「ある喫茶店」河出書房新社)
由美子は歩いているだけで楽しい町があるような気がした。神楽坂もいいし、国立もいい。人形町も、知らないながら、彼女には魅力のある町である。柳川にはじめて連れてきてもらった町だからというわけではない。建物が低いから、のびのびした気分になれるのだった。(常盤新平「ひそやかな乾盃」講談社文庫)
『傷痕の街』でデビューし、『追いつめる』で直木賞を受賞した生島治郎は、松本清張に代表される社会派ミステリーが一世を風靡した時代に、日本にハードボイルド小説の移植を試みた草分け的存在である。傷痕の街Amazon(アマゾン)550円黄土(こうど)の奔流黄土の奔流:紅真吾(光文社文庫)Amazon(アマゾン)880円追いつめる(光文社文庫)Amazon(アマゾン)880円生島は、中華民国時代の上海に生まれ、終戦で日本に引き揚げた後に早稲田大学に
昨日の夜も映画はパスして、寝転んで読書三昧。気が付けば午前4時になっていた。常盤新平さんの東京喫茶店案内。このhんに出てくる何軒かの喫茶店は、私も行った事のあるお店。懐かしさで胸が一杯になるが、この本で紹介されている店の内半分以上がすでに営業はしていない。町の小さな喫茶店と云えば、コーヒーの香りと煙草の煙がすぐに頭に浮かぶ。今や、煙草の煙は昭和のかなたに消えてしまっている。喫茶店も無くなる筈です。この本は、常盤さんが以前出された「東京小さな喫茶店」に出ている喫茶店を
音拝借〽︎東海道まず見て通れ富士の山雲間に高く美しく人の世界をよそにして愛鷹山を袖に抱く花散り時は移りたる歴史の色も懐かしく裾野を染める夕映えや港をめぐる青い海遠音を響く馬の鈴旅ゆく人に呼びかけて恋しい駿河の松並木けぶる宿場に灯がつけば旅の哀れが惻々と若い身空の胸を打つ〽︎男命は燃えるとも明日は知らない渡り鳥【明月清水港前編より】今日は訳あって家に居りましてねえ、ってなんの事ァない只の病欠なんですけども。
映像拝借JB’sのようでJB’sじゃないんですよ、ってそんなことはどうでもいいか誰もそんなことは思わないか。燕が一羽、止まってる。何年か前に、故・常盤新平氏の「銀座旅日記」ちくま文庫を読んでたら、鈴木地蔵という人の書いた「市井作家列伝」(右門書院)なる本を紹介していて、それが頭にこびり付いていた。銀座旅日記常盤新平ちくま文庫2011年3月10日第1刷発行それから何ヶ月かして休みの日に荻窪の、いまはもうない『広くて楽しい古本屋「ささま書店」』へ行ってホン釣りをしてると視線の
向田邦子さんが、アメリカについて私が書きちらした本を取りあげて、「グラマーで金使いが荒いかと思うと、日曜には教会に行き、フライパンはピカピカにしているという感じのアメリカ女に、何の因果か惚れてしまった少年という感じ」と書いてくださった。(常盤新平「昭和ヒトケタのアメリカ」講談社)
三十代だったころ、五十歳になった私自身を考えてみたことがある。のんびりした生活ができるのではないかと思った。とんでもない、三十代のとき以上に、現在の私はあたふたしている。一週間が過ぎてゆくのがばかに早い。(中略)将来がはなはだ心もとなくなる。いや、実に困った人生だ。(常盤新平「地下鉄の風景」講談社)
ある土曜日の夕方、競馬新聞を買ったついでに駅前の喫茶店に寄ってコーヒーを注文した。夫婦と娘だけでやっている小さな喫茶店である。母親も娘も美人ではないが愛嬌がある。細面の眼鏡をかけた神経質そうな五十歳ぐらいの主人がネルの袋で懸命にそしてじつに丁寧にコーヒーを淹れてくれる。(常盤新平「元気な妻」講談社)
先月は2冊完読しました!先ずは、常盤新平さんの「私のニューヨーカーグラフィティ」Amazonから画面引っ張ってきました〜常盤新平さんはネットで雑誌NewYorkerを調べててソコから飛んで辿り着いたのが日系ニューヨーク通信。ソコに常盤新平さんのコラムが掲載されており読んでみると面白く読み易かったので購入しました(^^)実際にコラムのまとめ集みたいな感じでご自身が生前に何度か訪れたニューヨークについて書いておられます。読み終わって気付いたのですが、物事を淡々とでもちょっとし