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トワエモア或る日突然この歌は、日本のカレッジ・フォークの先駆けとも言うべき作品だが、それには勿論仕掛け人がいた。まずは、川添象多郎という音楽業界の伝説的なプロデューサーがいた。彼は、伝説のイタリアンレストラン「キャンティ」の創業者・川添浩史の息子であり、若くして世界の文化に触れていた。トワ・エ・モアと命名したのは彼であり、当時の日本の歌謡曲の枠にはめず、欧米のフォーク・グループ(ピーター・ポール&マリーなど)のような清潔感と知性を前面に押し出そうとした。そして、キャンティに集
1月19日月曜日〜その4P44、東京都港区麻布台のイタリアレストランキャンティの創業者のご子息で、スパニッシュ・ギターを弾いていた川添象郎さんが登場する。ちなみに、荒井由実時代のヒットシングル「あの日に帰りたい」のギターは、其の川添さんから借りたギターを細野晴臣さんが弾いておられる。(写真)H24年1月17日、キャンティで川添象郎さんに頂いた、プロデュースCD『スペシャル・エデッションいくたびの櫻ふくい舞』。川添さんのサイン入り。名刺も挟んでいます。
今日2月12日は、福沢幸雄さんの命日です。1969年、25歳の若さでなくなった福沢幸雄さんはレーサーにしてファッション・モデル、そして当時の若者文化をリードする人物でした。福沢幸雄さんについて書いた、当ブログ2021年7月3日「かまやつひろしさんと福沢幸雄さん」を以下に再録します。***ひとつ前の当ブログで、「キャンティ」のことを書きました。内田裕也さんに連れられ「どんどん好きなものを食え」と言われた「ファニーズ」の面々も「タイガース」になって
ダニエル・ビダルの日本でのデビュー曲「天使のらくがき」は、キングレコードから発売された。どうしてキングレコードだったのか?理由は、ダニエルが契約していたDisquesBarclay(バークレイ・レコード、フランスのレコード会社)が日本のキングレコードと提携していたからだった。バークレイと言えば、エディ・バークレイが創設し、アンリ・サルヴァドールやダリダ、シャルル・アズナヴール、レオ・フェレ、ジュリエット・グレコやジャック・ブレル、レイモン・ルフェーブルといったフランスを代表
1月15日水曜日〜その124時半、オンセンス・パインバスを使っての入浴。WILKINSONDRYGINGERALE。BD『プレイガール』〜第129話「凄さ世界一の女」を鑑賞。2時に眠る。4時10分、目が開く。ねじめびわ茶、キリンのやわらか天然水、くらしモアのむヨーグルトで喉を潤す。ChocolaterEricaMaBonneblockを食べながら『象の記憶日本のポップ音楽で世界に衝撃を与えたプロデューサー』川添象郎(R4年8月4日ディスクユニオン)を読了。(写真)H24年
1月14日火曜日〜その29時半より11時まで三度寝。『象の記憶日本のポップ音楽で世界に衝撃を与えたプロデューサー』を読む。P256では、著者の川添象郎さんの4人目の妻明子・通称アッコちゃんの事が出てくる。(写真)林真理子さんが小説に書いた『アッコちゃんの時代』には、林さんと川添さんのサインが入っています。12時から13時35分まで四度寝。
1月12日日曜日〜その513時より15時35分まで三度寝。首のストレッチ。四股10回。体重68・4キロ。飲料は、カルシウムの多いミルク、KAGOMEつぶより野菜、ジューサーミキサー製の香川県産小原紅早生みかんジュース、松谷化学工業希少糖含有シロップレアシュガースウイートを加えたNILGIRI紅茶。かの蜂国産蜂蜜昇藤を口に含む。編集者から届いた雑誌を読む。大相撲中継をチェック。地下事務所で雑務。19時20分夕食。献立は、洋食YOKKO大阪極カレー玉子白身ぞえ、リンゴと人参のラペ、
1月10日金曜日〜その2BD『プレイガール』〜第122話「怪談・砂漠東京に骨がころがる」を鑑賞。3時に休す。6時、目が開く。ねじめびわ茶、キリンのやわらか天然水、くらしモアのむヨーグルトで喉を潤す。(写真)放送作家和田尚久さんが送って下さった『象の記憶日本のポップ音楽で世界に衝撃を与えたプロデューサー』川添象郎(R4年8月4日ディスクユニオン)を読み始めました。
おはようございます。昨日も頑張って早巻きしたのですが、やはり遅い時間に帰宅。とゆーことは、朝から早巻きしないとダメってこと。さて、先日他市の方からご質問が。『川添象郎さんが福島県白河市の自宅で亡くなったそうだけど、福島とどんなご縁が?』すいません。アラカン女子の私、川添象郎さんを知りませんでしたでも、レストラン『キャンティ』は知ってましたので、その創業者のご令息と知れば、何となくイメージわきます。キャンティって、当時の文化人や芸能人の溜まり場的なお洒落なレストランとの印象。安井かずみさん
10月5日土曜日〜その12時50分、オンセンス・パインバスを使っての入浴。水分補給は、三ツ矢サイダー。BD『プレイガール』〜第10話「女心に手錠をかけて」を鑑賞。3時半に休する。6時、目覚める。ねじめびわ茶、くらしモアのむヨーグルトプレーンで喉を潤す。プティーゴーフル栗を食べながら『正義はどこにも売ってない‐世相放題70選!』を読む。P96には、林真理子著「アッコちゃんの時代」に飯倉片町のイタリアンレストランキャンティが出てくると書いてある。(写真)地下資料室で、手にするのは件の
昨日に続き、訃報の話題で恐縮ですが、音楽プロデューサーで、俳優・風吹ジュン(72)の元夫の川添象郎さんが8日に死去したことが9日、分かった。83歳だった。川添象郎2022年7月に出版された「象の記憶」出版時には関係者のコメントが寄せられていて、今にして思えば訃報のコメントでしたね、、、加賀まりこ象郎には、正直、ナンニモしてもらったことがない。でも、何故かほっておけない奴だ。「人類多しといえど、殊更に我に悪敵はなきものなり。恐れ憚ることなく、心事を丸出しにして飄々と
川添象多郎-フラメンコをひこう1966テイチクSL-1167ギター/川添象多郎・高田鍵三・三好保彦歌/ラファエル・オルテガ踊り/長嶺ヤス子第一部フラメンコの技法・ルンバ(ナレーション)・フラメンコのテクニック・ソレアス・アレグリアス・ファルッカ・グラナディス・セギリアス・ファンダンゴ・タランタス・ティエントス・セビリアナス第二部フラメンコの粋・アレグリアス・ポル・ローサ・プレリアス・サンプラ・タラント・グラナディス・カーニャ
1967観ている方も多いと思いますが、やっとAmazonprimevideoで観た(笑)リンダ・ロンシュタットが、アリゾナ州ツーソンの田舎町から、LAに出てスター街道を登り詰める。今日は、その前半部分で印象に残った曲を…ロックスターから、オペラ、ジャズ、"トリオ"、マリアッチなどシフトしていた時の、本人のコメントを聞けて満足でした♬「DifferentDrum」TheStonePoneys1967ロスでストーン・ポニーズとしてデビュー。「LongLongTime」1
こんな記事の前に書くべき記事があるんじゃないの?ネックの折れたSGとかネックの捻れたアコギとか。と自分でも思いますが中々ね…アコギなんかあと1回で終わる予定ですし画像並べた下書きもあるんですけどね、文章書くのがねえ…てなわけで(?)、思いの外長期連載なヘッドホン記事4回目です。前回はローランドのリペアを済ませました。今回はVOXです。前々回書いたように茶色の合皮を使用したいと思います。これはヘッドパッドのサイズがローラン
YMO、荒井由実ら手掛けた音楽プロデューサー・川添象郎さんが死去83歳風吹ジュンの元夫川添象郎さん(1998年撮影)音楽プロデューサーで、俳優・風吹ジュン(72)の元夫の川添象郎(かわぞえ・しょうろう)さんが8日に死去したことが9日、分かった。83歳だった。【写真】1981年、結婚披露宴を行った川添象郎さんと風吹ジュン今年2月に一時、心停止するほどの重篤な状態に陥ったが、約半年の入院生活を経て再起。今月に入って福島県内の自宅で療養しながら音楽制作に意欲を燃やしてい
書くことを忘れていた動画ばかり編集するようになって文章を書く事が煩わしいとさえ感じてた、でも俺のはじまりはこのアメブロからだった継続的に何かに取り組んだ事なんて無い俺が、唯一刑務所から出てきて始めたのがブログであり、幼い頃から文章を書くことはわりと好きだったでも一旦書くことから遠ざかると微かに自分で感じていた内心の閃きさえ曇ってしまい、冴えた文章なんて書けなくなる【初心に還る】なんて優等生が使うような文言ではなくて、出所して14年、いまだに最底辺にいるこの俺の中にある、何か得体の知れ
【村井邦彦:キャンティ】今月の日経新聞の「私の履歴書」は、作曲家の村井邦彦氏。(その2)https://www.nikkei.com/article/DGKKZO68291160Y3A200C2BC8000/以下は、2月9日の一部抜粋。キャンティは川添浩史さんと梶子(かじこ)さん夫妻が1960年に創業した。維新の志士、後藤象二郎の孫にあたる川添さんは30年代にパリへ渡り、映画の輸出入など国際文化交流の仕事に携わった。戦後は高松宮さまの国際関係特別秘書官を務め、絹や日本舞踊、
隆ちゃんからいただいたシャンパンを飲みながら眺めるお気に入りのこのレトロなチェッカー柄の床とも今日がお別れ...もし可能でるなら、新しい店舗の床も是非この柄にしてほしいものであります。先付け的な「Pizza」をいただいてると、隆太郎氏の叔父(父親の兄)である川添象郎氏が家族と友人を連れ奥のテーブルにやってきたので、「ご無沙汰しております...『象の記憶』が面白すぎて一日で読みきっちゃいました。」と声をかけさせていただくと、満面の笑顔で「お〜買ってくれたんだね〜そ
1月9日月曜日〜その10(写真)P62〜65の「日本版ヘアーの問題点をつく〜ヘアーになにが起ったか?」覆面座談会(70年1月号)も読む。(写真)伝説のミュージカル『ヘアー』についてのあらましが判りました。専任プロデューサーは、東京・西麻布のアルカフェ・キャンティの創業者のご子息であられる川添象郎さん。これは、H24年1月18日、キャンティでのスナップ。
ザ・ターガース、ジュリーと対極的な存在だったトッポ加橋かつみさん、最近どうしているのかなぁ~と思ったら、12月7日(水)名古屋で「THEG.S栄光のグループサウンズ」にゲスト出演するらしい。無事で何より、、、つい最近、コンビニでみかけた怪しい雑誌見出しの鈴木エイトとは何者なのか、にひかれて、つい購入!鈴木エイト、滋賀県出身、日大経済学部、26歳までバンド活動を行ってきたとか!「ボーカルで化粧もしたり、腰まで髪がありました。ニューウェイブ系です。」(笑)なるほど
スターの陰には必ず仕掛け人あり。川添象郎さんもその一人です。その自伝を読み、こういう人物が時代を作っていくのだなと納得がいきました。「表の立役者」と対に必ず「陰の立役者」ありでしょうか。安倍寧のBRAVO!ショービジネス(第52回)YMO売り出しの〈陰の立役者〉川添象郎さんって何者?自伝『象の記憶』が滅法面白い!前回、音楽プロデューサー川原伸司さんの著書『ジョージ・マーティンになりたくて』(シンコーミュージックエンタテインメント)を話題にした。続けて今月も数々の音楽シーンにその名
「アッコちゃんの時代」林真理子新潮社5月に読み終えている本を今頃😅2007年に出版された小説今年、5月にNHKで放送された「東京ブラックホールⅢ1989-90魅惑と罪のバブルの宮殿」でこの小説の主人公の川添明子(小出明子)がバブルの象徴的な女性として取り上げられたのを見ていて思い出した!あー、あの娘ね!当時は週刊紙を騒がせてた何となく何をしでかした(笑)は承知していたけれど、番組を見て面白そうだったので図書館で借りてみました林真理子自身も実名で登場させ、所
彼の父の世代でもある「キャンティ第一次世代」(三島由紀夫、石原慎太郎、今井俊満、岡本太郎、丹下健三、秋山庄太郎、立木義浩、石津健介、大江健三郎、星新一、黒澤明、黒柳徹子、勝新太郎、伊丹十三、八千草薫、若尾文子etc...。)に憧れ、そこに混じりたくてたむろしてたいわゆる『キャンティ族』と呼ばれた「キャンティ第二次世代」(福澤幸雄、ミッキーカーチス、かまやつひろし、加賀まりこ、安井かずみ、大原麗子、いしだあゆみ、小川知子、内田裕也、田邊昭知、荒井由美...そして我らが堺正章などなどの
その結果から生じた5回にも及ぶ結婚生活(二度目の妻は僕らの憧れのマドンナだった風吹ジュン。さらにエイズにより41歳の若さでこの世を去った世界的セレブリティでモデルのティナ.チャウとも付き合っていたとは...💦💦💦。)や、幾度も繰り返された大麻取締法違反での逮捕や起訴による刑務所暮らしも今となっては笑い話と...いやぁ〜やっぱこの人相当ぶっ飛んでます!!確か僕が20歳ぐらいの頃、初めて西麻布キャンティで遭遇させていただいた時は、、片手に何やら空気銃のようなものを持ち
ざっと簡単に彼のご紹介をいたしますと、慶應義塾幼稚舎、中等部を経て、ラ.サール高等学校から和光学園に転入した時代の豪快な武勇伝を持つ学生時代を経て、父の親友で世界を股にかけて活躍していた国際写真家のロバート.キャパを通じ、高校を卒業後初めてフォトグラファーアシスタントとして社会デビューした後渡米し、舞台芸術とショービジネスを遊学。さらにフラメンコギタリストとして活躍し、世界ツアーも行なったオフブロードウェイの前衛劇『六人を乗せた馬車』に参加。帰国後反戦ミュージカル『ヘアー』を皮切りに
そして今日1日で一気に読み終えてしまったのが、実はこの入院中で最も楽しみにしていた明治の元勲後藤象二郎を祖父にもち、父はあの伝説のイタリアンレストラン『CHIANTI』を創業し、国際文化交流事業で日本のポジションを世界レベルに向上させた立役者の川添浩史。生母はピアニストの原智恵子といったとてつもない家系で生まれ育ち、音楽や演劇はもちろんのこと、ファッションから家具やインテリアにかけても数々のプロデュースを手がけてきた川添象郎氏著書の「象の記憶」。。。(続く...
ご苦労されたように見えない風吹ジュンさんだけど壮絶な人生を歩まれています京都大学卒のお父様は高校教師をされていてごく普通の家庭に生まれましたが物心ついた頃からご両親の仲は冷えきっていて風吹ジュンさんが小学5年生の頃に離婚3歳年上のお兄さんと共にお母様に引き取られたのですが暮らし向きは楽ではなかったようスナックを経営されていたそうですが風吹ジュンさんが中学2年の時に経営に失敗母親からもう面倒は見られないこれからは自分の事は自分で面倒見なさいそう言われたそう中学2年
ひとつ前の当ブログで、「キャンティ」のことを書きました。内田裕也さんに連れられ「どんどん好きなものを食え」と言われた「ファニーズ」の面々も「タイガース」になってからもよく通いました。特に、ヨーロッパ志向の強かった加橋かつみさんはタイガースを脱退、初ソロ・アルバム『パリ1969』をパリで録音、さらにミュージカル『ヘアー』に出演と独自のアーティスティックな活動を始めます。その『ヘアー』にはマーク(堀内護さん)も出ていて、のちに結成したGAROに元「スパイダース」のかまやつひろしさんは「四つ葉の
六本木の交差点から、飯倉片町の交差点に向かって、東京タワーを見ながらぶらぶら坂を下った。朝方なので、人通りもさほどではない。昔は、飲み屋にタクシーで乗り付けてということがほとんどだったので、六本木というのは、店の場所という点の集合体で、あまり、広がりの場所としての実感がなかった。散歩するという楽しみに目覚めてはじめて、街を範囲で捉えることができるようになる。デジタルや紙の地図を見ながら、自分の実感の白地図を埋めているようなところがある。実際、歩くか、自分で運転す