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時間に余裕があったので、嵯峨野まで足を伸ばして久しぶりにお気に入りのお店へ。自宅用にいくつか購入。明日の朝食が、今から楽しみです。嵯峨豆腐森嘉075-872-3955京都府京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町42https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260403/26002454/
嵯峨野探訪シリーズ最終章です。落柿舎芭蕉の高弟、俳人向井去来の草庵跡。庭は俳句の花の庭と呼ばれ、四季折々の花が咲く。裏の墓地には去来墓がある。向井去来のお墓お庭の柿が頑張って頑張って頑張っていました落柿舎のお隣に天皇陵がありました。最近ローバーは天皇陵にアンテナ張っています天皇陵ではなく嵯峨天皇の皇女、有智子内親王の陵でした。Wikipediaから引用しますと大同4年(809年)、父の嵯峨天皇が即位。弘仁元年(810年)、4歳で賀茂斎院に卜定される。同9年、斎院司開設
火曜日にどなちゃんと一緒にランチしました。お店は嵯峨野ハンバーグが有名なんだけどランチもメニュー豊富でリーズナブル私はオムレツどなちゃんはデミソースかつ丼ドリンクはコーヒーお腹いっぱいになりました。ランチ前に、どなちゃん家でエクセルを少しレクチャーしたのでお礼にとご馳走してくれましたありがとうね
祇王寺(20262.9)祇王寺たっぷり雪が残っていた。祇王寺の前のお地蔵さまも雪をたっぷり被っておられた。昔からの喫茶店という感じのお店で、イタリアンスパゲティを食べた。懐かしい感じがした。観光地で750円で食べられるのはありがたい。宝筐院12時を過ぎていたので、雪は半分以上とけていた。地面には、半分雪が残っているんだけれど、木の枝の雪が全部落ちて裸んぼう雪がとけて、ちょっと残念な感じだった。
京都嵯峨野の宝筐院こちらも紅葉の名所として有名だが、冬枯れの時期は閑散としている入っていいのかな?受付に誰もいなかったので帰ろうかと思っていたら、奥からおばちゃんが出てきた思わず「営業中ですか?」と訊いてしまったが、「はい!」とのお返事(笑)拝観料は500円自動券売機で拝観券を買うとレシートのような券が出てくるそれを受付に出すとパンフレットが貰えるというシステム平安時代に白河天皇の勅願寺として創建され、当初は
常寂光寺(20262.9)10時コンクリートの上の雪はとけてしまった。あと1時間早く来ていたら、景色は違っていたかな?仁王門の屋根には雪が残っている。多宝塔太陽が出てきた。雪がとけてしまう!末吉坂次、来るときはここを1番にめざそう。2022年の前回よりは、雪が残っていた。落柿舎の前を通る。畑の雪が、まだとけていない。『20221月天龍寺・常寂光寺・祇王寺』(雪の積も
さあ祇王寺に到着しました。『平家物語』や『源平盛衰記』によれば、白拍子の祇王(21歳)は平清盛の寵愛を受けていた。そこに、若い仏御前(17歳)が現れてその座を奪われてしまい清盛の邸を追われた祇王は、妹の祇女(19歳)、母の刀自(45歳)とともに尼となった。それが嵯峨の奥にあった往生院に建てられていた庵であるという。この後に“いつか我が身も同じ運命”と悟った仏御前が旧怨を捨てた祇王母子に加わり、4人で念仏三昧の余生をこの地にて送ったという話が記載されている[4]。Wikipediaから引用
週末の夕方、池干し中の水辺に立ち寄ってみたら、思いがけない珍客が…水を抜かれて干潟と化した池底に2羽が並んで静かに佇んでいました↓そう、コウノトリくんですここでお会いできたのはお初どうやら、左が去年生まれの若鳥くんらしい↑そして、右の子が成鳥くんかなと成鳥くんの方は落ち着いたオトナのたたずまい↓周囲を抜け目なく警戒しつつも無駄な動きがなく安定感のある片足立ちで休憩中…個体識別用につけられた足環は右脚のみ見え
昨年6月の嵐山嵯峨野めぐりの4回目です。清涼寺仁王門境内から参道方向を見やってLUMIXDC-S9SIGMA45mmF2.8DGContemporary清涼寺ですが、あとから調べると源融の別荘だったという以外にもいろいろ重要なものがあるようで。仏像や書、図面などの国宝が相当数ある模様。LUMIXDC-S9SIGMA45mmF2.8DGContemporaryそれだけでなく、裏には弁天堂、多宝塔の脇には聖徳太子殿、阿弥陀堂等々。
さてさて緩やかな坂道を登りつめて化野の念仏寺を訪れました。ローバー人生3回目の訪問です。その昔、母と50年近く前にも訪れました。化野の念仏寺への階段を昇りきった荒涼と広がる山裾の視界にひっそりと点在するお地蔵様にここはこの世の果てなのか、これが「賽の河原」というものなのか、母と唖然と立ちつくしたことが昨日のことのように思えます。ホンマに50年ひと昔ですね
常寂光寺に続いて二尊院を訪ねました。法然上人の御廟と土御門天皇後嵯峨天皇亀山天皇の遺物が納められている御陵と数多の公家のお墓がありました。後日土御門天皇、後嵯峨天皇、亀山天皇について調べてみました。ローバーのネタ本土御門天皇は父親が承久の乱の後鳥羽上皇で土御門天皇の息子の後嵯峨天皇は皇統を大覚寺統と持明院統に分裂させて後嵯峨天皇の息子の亀山天皇は蒙古襲来に「敵国降伏」を石清水八幡や、伊勢神宮に祈願した。と。神風吹いたあヨッシャそっかそうなのか教
のもいいねぇ~さっきまではもうちょっと明るかったから緑が映えてたけど、撮るのが遅かった~💦見慣れた裏の竹林が、冬の京都は嵯峨野の風景に見立てて、のんびりハマグリ茶を味わってます(*´꒳`*)
最近のと或る日冬の嵯峨野巡りを楽しみました。天龍寺駐車場から出発して竹林の道野宮神社常寂光寺へオッ市川房枝さん揮毫の石碑の前にしばし佇みました。説明を引用すると、京都市の常寂光寺には、第二次世界大戦で家族を失い、自立して生きてきた多くの独身女性たちのために建立された「女の碑」という石碑があります。この石碑は、彼女たちの「生きた証」を後世に伝え、二度と戦争を繰り返さないという戒め、そして今後お一人で生きる女性たちへの語りかけの場となることを願って建てられました。市川房枝さんは初
『京都嵐山渡月橋へ♪』嵐山のメインストリートには、色んなお店が建ち並ぶここはスヌーピーのお店のようだが、小さなチョコレートが2,000円とかインバウンド値段!私には用の…ameblo.jp雑踏の嵐山に別れを告げ、再び嵯峨野へと戻るどこまでが嵐山で、どこからが嵯峨野かよく分からないけど、人がいなくなったら嵯峨野だろう(笑)野宮神社の前を真っ直ぐ進んでいくとこちらにも竹林の道があるこちらは、割と新しくできたエリ
いや〜寒い日が続きますね〜🥶ここしばらくは、仕事でもバタバタ、休みの日でも鉄道関係ない事でバタバタと、なかなか忙しい日が続いてました💦そしてその間に見たニュースで驚いた事。まさかの丹後の海にキハ189系シリーズが新車で導入🫨‼️そしてさらに驚きのボックスシート‼️ありえん…これによりKTR8500が落ちるとも言われており、予断は許さない状況ですね…元々、タンゴディスカバリーとして183系の後ろにくっついて走っていた頃を知る者としては、現在嵯峨野・山陰本線を単独6連で走るなんて、出
西日本で行ってみたい場所は?やっぱり大好きな京都、特に嵯峨野です源氏物語の舞台となった、嵯峨野は歴史を感じます受験シーズン、婚活の大切な神社京都のお寺に紅葉はベストマッチ何度でも訪れたくなりますねこちらも人気の嵐山、トロッコも一度は乗ってみたいです静かで神聖な京都の仏閣、歴史を大切に守りたいです▼本日限定!ブログスタンプ
湯豆腐嵯峨野で食べた嵯峨野御膳です。色々湯豆腐以外にも湯葉料理なんかもありました。京都のせいかどれも薄味、上品な味と言えばそれまでですが個人的にには美味しくなかったです。専門店の豆腐は柔らかいですね、箸で摘めない(笑)。先付け八寸五種盛り湯葉の造里湯豆腐松茸と焼き茄子の清汁季節野菜の炊き合わせ四方皿天麩羅、御飯、漬物デザート
嵐山といえば竹林の道風情のある京都らしい小径で、2時間サスペンスではよく人が死ぬ(笑)『閑散とした嵯峨野をスナップ♪』またもや大雪が始まったが、現実逃避しよう(笑)1月16日(金)の京都嵯峨野この日はポカポカと暖かい日だったカメラを持って、冬晴れの嵯峨野をスナップし…ameblo.jp嵯峨野は人がいなかったんだけど、ここまで来ると急に人が増える落書きが問題になった竹林の道だけど、相変わらずの人気のようだ昔は夏と冬は人がいなくて、この道が
嵐山の竹林を嵯峨野方面に抜けてのつづきです。清凉寺仁王門LUMIXDC-S9SIGMA45mmF2.8DGContemporary嵯峨野と言っても範囲はけっこう広くて。今回は、目的が清凉寺とはっきりしていたので他の名所旧跡には目もくれませんでした💦嵯峨野にはこういう趣のある喫茶店が多いのよね・・・そういえば少し前の、『あなたの知らない京都旅』に嵯峨野出身ということで田村亮さん(田村三兄弟の方です)が出演していましたLeicaM10-DTri-
祇王寺から清涼寺に移動しました。清涼寺は、紅葉の季節もよいのですが、3月の涅槃会が印象に残っています。本堂で19時から涅槃会法要が営まれ、その後、京都三大火祭りに数えられるお松明式が営まれ、境内の3基の大松明に、護摩木の火を移した藁束を順に投げ入れ点火。激しく燃え上がる炎は圧巻で、かつてはその炎の勢いで米の豊凶を占ったと言われています。30年くらい前になるかと思いますが、燃え上がる炎が思い出されます。清涼寺について清凉寺(せいりょうじ)は、浄土宗の寺院で、山号は五台山(ごだいさん)、本尊は釈
またもや大雪が始まったが、現実逃避しよう(笑)1月16日(金)の京都嵯峨野この日はポカポカと暖かい日だったカメラを持って、冬晴れの嵯峨野をスナップしながら散策小倉山二尊院小倉百人一首や小倉餡(あんこ)発祥の地で紅葉の名所だけど、冬は閑散としてる何やらカメラマークの看板が見える20mmから200mmへズームしてパシャリ!「ここから撮影しちゃダメよ看板」が立ってる写真が撮りたきゃ拝観料をよこせってことやね(笑)
二尊院の次は祇王寺に。常寂光寺や二尊院に比べると人は少なく落ち着いた雰囲気で紅葉を楽しむことができました。祇王寺(ぎおうじ)は、嵯峨野にある真言宗大覚寺派の寺院(尼寺)で、大本山大覚寺の境外塔頭にあたります。山号は高松山。院号は往生院。本尊は大日如来。苔の庭で知られ、秋の散り紅葉は見事です。
常寂光寺から落柿舎を見て、二尊院に。紅葉目当ての観光客の人で賑わっていました。落柿舎落柿舎(らくししゃ)は、嵯峨野にある草庵です。松尾芭蕉の弟子・向井去来の別荘として使用されていた場所であり、その名の由来は、庵の周囲の柿が一夜にしてすべて落ちたことによります。芭蕉も3度訪れ滞在をし、『嵯峨日記』を著した場所としても知られています。二尊院二尊院(にそんいん)は、嵯峨のにある天台宗の寺院。山号は小倉山。寺号は華台寺。本尊は釈迦如来と阿弥陀如来。詳しくは小倉山二尊教院華台寺(おぐらやまにそ
『北野天満宮の花手水♪』ここ数日はお天気がいい先週の金曜日は、ちょいと京都まで足を伸ばしてみたまずは、里の駅大原でトイレ休憩冬季限定のすぐき漬けをお買い上げ♪昨年まで…ameblo.jp『北野天満宮で歴史探訪♪』外は大雪だが、ポカポカ陽気だった京都の記事でも書いてみようほぼ現実逃避?(笑)内容は歴史オタク的な面倒くさい記事になりそうなので、写真だけ観て読み飛ばして…ameblo.jpポカポカ陽気だった1月16日(金)の京都北野天満宮の次にやってきたのは・
いつもお読みいただきありがとうございます。ヒーリングサロン和心主宰神薗香織です。レムリアン・ヒーリング®︎マスターレベル2プラクティショナー現代レイキマスターハープ奏者&オカリナ演奏家です。1月17日18日と京都へ行ってきました。先に伺った御金神社さん渡月橋櫟谷宗像神社さんのレポートはこちらから↓『週末は京都へ♪御金神社〜渡月橋〜櫟谷宗像神社』いつもお読みいただきありがとうございます。ヒーリングサロン和心主宰神薗香織です。レムリ
四半世紀前に戻り、旅のつれづれ866の2001年紅葉の京都の続きです。今回は常寂光寺です。一昨年11月中旬に久し振りに紅葉を愛でに行きましたが、まだ、早かったようでした。25年前の訪問時はよい感じに紅葉が進んでいました。嵐電嵐山駅から渡月橋の辺りに比べれば観光客は少ないように思いましたが、それなりに人が多かったように思います。常寂光寺のホームページより常寂光寺(じょうじゃっこうじ)は、京都市右京区嵯峨小倉山小倉町にある日蓮宗の寺院。山号は小倉山。本尊は十界大曼荼羅。旧本山は、大本山本圀
かわらけ売りの昔話は鳥取県の話みたいですねかわらけ売りいうたらとにかく商人は売らんと金ならんから帰れんわけですが嵯峨野から木野に流れていったかわらけ売りの話が面白いです木野のかわらけ復活してほしいですよね木野のかわらけは嵯峨野のかわらけでもあるのですからね
木野は左京区岩倉幡枝町辺りにかってあったとされる地名で嵯峨野と同じように禁裏御領地でもありました木野は左京区岩倉幡枝町辺りにかってあった地名でかわらけは(瓦器.瓦笥.土師器皿)素焼きの土器のことです京都では土器は近世頃まで庶民の食器として使用されていましたか代表的な生産地として伏見区の深草、右京区の嵯峨、左京区岩倉幡枝がよく知られてました木野の方達は嵯峨で野々宮神社の祭祀用、朝廷献上用、庶民の食事用のの土器などを作っていました上嵯峨八軒村大覚寺門前八軒町で9軒が生産さ
二尊院・常寂光寺・大河内山荘2025紅葉ジネット・ヌブー×R.シュトラウス《ヴァイオリン・ソナタ変ホ長調》—記録ではなく、作品として—2025年11月21日。京都・嵯峨野に位置する、二尊院、常寂光寺、大河内山荘。紅葉が最も深い色相へと沈み込む一日であった。本作は、この日の三箇所を巡り撮影した紅葉写真によって構成された映像作品である。音楽は、GinetteNeveuによる、RichardStrauss《ヴァイオリン・ソナタ変ホ長調》。若きシュトラウスが到達した抒
愛宕念仏寺京都・嵯峨野の奥にある静かなお寺。境内には約1,200体の表情豊かな羅漢像が並び、ひとつひとつ違う表情が楽しめます。観光地のにぎやかさから離れ、ゆっくり歩きながら心を落ち着けたいときにおすすめの場所です。はい安定のコピペねここの場所を知ったのはJR東海さんの『そうだ京都行こう』ってCMのやつです朝早くに家を出て(6時半だったかな)一番乗りで到着場所は嵐山の方だった記憶私たちが到着してからしばらくしたらたくさん、観光客の方が来たので早く家出てよかっ