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まだ幼稚園にあがる前だと思うが、母に連れられて近所のうちに遊びに行くと「コロコロコミック」がたくさんある部屋がそのうちにはあって、まるで夢の部屋のようなそこにひとり閉じこもり、ひたすら「コロコロコミック」を読んで過ごしていた記憶が私にはうっすらとある。たしか、そのうちには少し歳上の女の子がいて、幼稚園だか小学校だかに通っていて不在だったのだろう。歳をとるほどに年月の流れは早く感じるようになるものだが、幼少期はわずかな時間がとてつもなく長い時間に感じられていたのか、母たちが茶飲み話をしているだけの
共同通信の記者から訃報を聞いてうろたえた。感想を聞かれたがすぐに言葉が浮かばなかった。大変なことを忘れていたという気持ちだった。この前話をした時、お互いにいい歳になったなあ、そろそろそういうことを心配しないとなあなどと当人から言われていたのだった。(椎名誠「こんな友だちがいた」「波2月号」新潮社)
作家で編集者でもあった嵐山光三郎さん。お生まれは静岡県浜松市ですが、1950年から東京都北多摩郡国立町(現:国立市)で育ち、国立学園小学校から桐朋学園中学・高校と通学もくにたち。執筆されたエッセイにはたびたび国立のまちのことや、佐藤一夫元市長のことなど…くにたちを世に知らしめたお一人でもあります。イベントや会食でご一緒させていただくことが度々あり…晩年関心を寄せられていた泉鏡花の話などで盛り上がることもありました。その嵐山先生が亡くなられたのは、昨年11月14日。本
少し前に桑田佳祐さんがラジオ番組でリスナーの質問に応えていました。「歳をとったら変わったこと、気づいたことはありますか」というような質問でした。それに対しての桑田さん。なんか知らないけど朝起きたら身体にみみず腫れができてたりするというようなことを言っていました。へぇー、そんなものだろうかと聞いていましたが、なんと同じ目にあいました。思ったよりかなり早い(笑)朝に布団の中で首の下がチクチクするので爪の切ったのが入ったかなと思ったら、こんなになっていました。見た時は
著者:嵐山光三郎(1942-2025/享年83歳)著書:「芭蕉と言う修羅」発行:2017年初版古池や蛙飛び込む水の音1686年、松尾芭蕉が43歳の時の作。この、日本で一番有名な俳句が、こんな背景を負っていたのかと、驚く。***芭蕉1644年(月日不明)-1694年11月28日(元禄7年10月12日)/享年50歳。***1689年5月16日(元禄2年3月27日)。西行(1190年没)の500回忌にあたる、この年に西行の行程を追って巡る旅に出た。「死」を覚悟し
増田書店に「嵐山光三郎特設コーナー」俳句、温泉、食、老い人生を楽しむ極意をエッセイに今年11月14日にお亡くなりになった国立市在住の作家・エッセイストの嵐山光三郎さんの書籍の特設コーナーが増田書店に設置されています。嵐山光三郎さんは、国立学園小学校から桐朋中学校・高等学校と国立市内の学校を卒業。出版社では「別冊太陽」「太陽」の編集長など歴任後、作家へ転身。週刊誌のエッセイでもお馴染でした。「悪党芭蕉」(新潮文庫)では、第34回泉鏡花文学賞と第58回読売文学賞をW受賞。また、テレ
2025年11月14日嵐山光三郎さんが亡くなられた。肺炎。享年83歳。今年9月まで執筆活動をされていたという。***磯田道史さんが、歴史家として定期的にコラムを載せている中で、嵐山光三郎さんの訃報を悼んでいる箇所があり、飾りのない文でまっすぐに気持ちが伝わってきた。手元にその文はないが、いっしょに時間を過ごしたかった思いと、慕う気持ち、に溢れていた。”弔辞”にはならないほど瞬間の言葉でかなしんでいた。そのなかで、嵐山さんが、誰かが亡くなったら弔辞を読むより本の一冊でも
先月、83歳で他界された嵐山光三郎さん。「週刊朝日」の人間データバンクで加藤楸邨氏に登場いただいたとき、コメントを依頼したのが最初のご縁でした。その後パーティーなどでお会いする機会があり、いただいた名刺は「旅行中につき住所不定」。拙句も取り上げていただきました。ご冥福をお祈りいたしますとともに、はい、奮闘しております。泉下から見守ってくださいませ。「週刊新潮」2011年9月15日号
嵐山光三郎桃仙人〜小説深沢七郎〜バス停留所で読み耽る…師走ゆえ「釣瓶落とし」とは最早云わないのだけれど、とっぷりと夕陽の暮れたバス停で待ち時間にベンチで頁を捲(めく)る嵐山光三郎の小説『桃仙人』…師匠の文豪深沢七郎との抱腹絶倒奇妙奇天烈な共同生活、時空を超えた読書体験は格別の妙味です。気難しいオヤカタこと深沢七郎の隠れ家ラブミー農場に出入りできる十六箇条なるものがあって、①絶対に土産を持っていかない②女を連れて行かない(特に女子大生)③酒を呑んでも酔い過ぎない④電話を無断使用しない
唯一例外が、ばけばけを見ることか?(笑)、あとは、ドラマは見ないですね🎵まあー、19時まえには、サクラ🐕️と寝てしまうんで(笑)、よっぽど面白い番組があれば、見ますけど、ここんとこ、師走、年末番組で、どうでもいい番組が多いんで、ほとんど寝てます🎵、なんだろねえー、同じような芸能人ばっかしで、面白くないんだよね、(笑)私が目をつけたのが、なぎら健壱さん(笑)、なぎらさん、結構、本を書いて見えるんで、ブックオフで、めぼしい読みたい本を、まとめて、購入しましたよ
嵐山光三郎さんの訃報が届きました。嵐山さんは、くにたちがまだ「市」になる前…東京都北多摩郡国立町のご出身国立学園から中学高校は桐朋学園だったので、生まれてから大人になるまで、ほぼくにたちで過ごされた方。なので、執筆されたエッセイにも度々くにたちが登場します。2010年から(2020年3月まで)、国立市の教育委員も務めていただきました。市内のイベントにもマメにお顔を出してくださるので、ご一緒する機会も多く…とくに少しお酒が入ったディナータイムには、楽しいお話をたく
嵐山光三郎『自宅の妾宅』作家の嵐山光三郎が今月逝去したのだが、流れてくるネットニュースの肩書きが旅とグルメのエッセイストだの「笑っていいとも増刊号」の初代編集長だの当たり障りなくそれなりに書かれているのがなんとも気にいらない。実は嵐山光三郎の書く小説は軽妙でつかみどころなくそして頗(すこぶ)る面白い。それもそのはず奇人文豪で知られた深沢七郎の数少ない門下生だったのだ。深沢七郎が埼玉で開いた文人サロン的なラブミー農場にも出入りしていた。我が儘頑固で偏屈な深沢七郎の弟子筋は破門の嵐だったそうだが
作家の嵐山光三郎さんが肺炎の為83歳でお亡くなりになられました。嵐山光三郎さんは「太陽」の編集長や「ドリブ」や「笑っていいとも!増刊号」で活躍し、1980年代の若者文化として活躍されました。嵐山光三郎さんのご冥福を謹んでお祈り致します。
2025年11月28日金曜日作家・雑誌の編集者やテレビ出演などで知られる嵐山光三郎さんが亡くなられました。83歳でした。嵐山光三郎さん死去、83歳雑誌「太陽」編集長、「笑っていいとも!増刊号」編集長としても活躍#嵐山光三郎#おくやみhttps://t.co/FnXdMIbRce—日刊スポーツ(@nikkansports)November28,20251980年代にフジテレビ系「笑っていいとも!増刊号」の編集長として出演、一躍有名に
テレビでも活躍した作家の嵐山光三郎さん(83)死去(TBSNEWSDIGPoweredbyJNN)-Yahoo!ニュース嵐山光三郎さんが亡くなったそうだ。ご冥福をお祈り申し上げます。嵐山光三郎さんは隣町出身で、しかも身内の方が隣町でお医者さんをやっている。2018年に地元で講演があって、それを聞きにいった。その時、「老いてますます官能的」と言う本を買ってきた。サインも
https://news.yahoo.co.jp/articles/2a95e79e6813776e0425542781285fd37223348cテレビでも活躍した作家の嵐山光三郎さん(83)死去(TBSNEWSDIGPoweredbyJNN)-Yahoo!ニュース「文人悪食」や「『不良中年』は楽しい」などの著作で知られ、テレビでも活躍した作家の嵐山光三郎さん、本名・祐乗坊英昭さんが亡くなったことがわかりました。83歳でした。嵐山さんが所属する嵐山オフィスnews.y
最近読んだ本5冊📕(読んだ順)オキナワ論(RobertD.Eldridge)鼠(城山三郎)こうばしい日々(江國香織)年をとったら驚いた!(嵐山光三郎)魂の自由人(曾野綾子)オキナワ論:「沖縄では何かにつけ日本政府、米国に反対することが文化になっていて、思想的立場と利益が絡んで反対運動そのものが一大産業化していて、問題解決を引き延ばしている」。反対していれば生活安定するので問題解決する気もない。これじゃ、半永久的に問題解決しないだろうと思ったよ鼠:大正昭和に三井三菱とも
国立市と云えば、私のなかでは作家の山口瞳です。谷保天満宮は古くからあり、梅林には、懇意だった関頑亭さん作の文学碑があります。「やぼな」「やぼったい」のやぼの語源は、谷保天満宮から来ています。山口瞳の作品には、週刊新潮に連載した「男性自身」、「江分利満氏の優雅な生活」、「血族」、映画化された「居酒屋兆治」があります。「木槿(むくげ)の花」は向田邦子への追悼文です。ザ・昭和の作家です。将棋が趣味だった頃の私の愛読書は、「血涙十番勝負」「続・血涙十番勝負」でした。彼は無類の愛棋家
ヾ(*'○`)゚.+:。゚☆こんばんわぁ~☆本日もお立ち寄り頂きありがとうございます。能登半島復興、応援しています(*´∀`*)尸"昨日は夕方から坐骨神経痛あたりが痛くて痛くて😢立ち上がってしまうとそれなりに歩けますが。体勢を買える時が問題です。ピリピリ、ずきずき・・・困った(@_@)なのに今日は運動をしっかりしてきました。勿論痛い場所は庇いつつ。お休みしちゃうと余計に悪くなりそうな気もして。さて、またまた朗読教室の教
(神奈川県横須賀市)夏草や兵どもが夢の跡松尾芭蕉松尾芭蕉の「健脚」ぶりについては、このブログでもたびたび書いてきた。今日、嵐山光三郎さんの『超訳芭蕉百句』を読んでいて、あらためてその「健脚」に驚いたことを思い出した。平泉へは五月十三日(陽暦では六月二十九日)の一日だけ。しかも一関からの日帰りでした。『旅日記』には「午前十時ごろ一関を出て、午後三時に帰る」とあります。ー『超訳芭蕉百句』ーそうなのである。私もこのルートを忠実に歩いたが、平泉を見て、
清盛は最後、高熱(瘧おこり)で死んだ。瘧はマラリアのことらしい。マラリアは温暖な日本でも蔓延しており、絶滅したのは1960年前後の頃という。蚊(マラリア原虫をもった蚊・ハマダラカ)に刺されて感染するということがわかったのは、19世紀末ヨーロッパでだった。日本で対策がはじまったのは1920年頃以降で、蚊の住処となっていた排水溝を埋めたり、戦後は殺虫剤を撒いたりして撲滅した。清盛の時代だと、加持祈祷しかなかった。武士として、病死するというのはどういう心境だっただろう。高熱で
西行から芭蕉までの間に約500年がある。西行法師(1118~1190/3/30)松尾芭蕉(1644~1694)芭蕉は西行に憧れて、みちのくの旅に出た。■西行について(磯田さんの言葉より、抜粋)・弓矢と刀は人間の筋力が相手の死をつくるから、誰の肉体が誰の肉体を滅ぼしたかはっきりしていて、文学になりやすい。・美と汚い死が最も同居しているのは、日本史上ではこの院政期の終わりごろだったかもしれない。(源平合戦のころまで)・美と暴力、謳歌する権力の絶頂と惨めで残虐な
6/7かみむら文庫・リーディングパフォーマンス「『桃仙人』考」お越しくださいました皆さま、誠にありがとうございます。出演の上村聡さん、演出の山本健介さん、素晴らしいパフォーマンスをありがとうございました。「一冊の本を上演する」かみむら文庫。本公演の会場となった「本の長屋」(共同書店)には、昼夜あわせて30名程のお客様よりご来場いただきました。深謝(掲載の写真すべて)撮影:明田川志保
(プリンの日)今日は、プリンの日だそうです。正確には、牛乳・乳製品メーカーのオハヨー乳業が、毎月25日をプリンの日として制定し、洋菓子メーカーのモロゾフが、5月25日をモロゾフプリンの日と制定したそうです。そう言えば最近、あんこものは良く食べますが、プリンは食べなくなりました。午前中は、図書館でリユース本として頂いたものを読書。「不良中年は楽しい」(嵐山光三郎著)不良中年は楽しい(TheNewFifties)Amazon(アマゾン)本日の散歩歩数は、約1,9
高山れおな君から拙句集『星辰』(角川書店)に対するお礼状を頂きました。40句も取り上げて丁寧なるご鑑賞も賜り心より感謝申し上げます。また、拙句〈打水のここより龍の背骨かな〉が取り上げられた「週刊新潮」7月11日号「新々句歌歳時記」の切り抜きをわざわざ同封して頂きました。初見にして幸甚でした。嵐山光三郎先生にも深謝。重ねて厚くお礼申し上げます!!
浜作は谷崎潤一郎の『瘋癲老人日記』に出てくる店で、はも料理が谷崎の好物だった。昭和三年に開店した老舗。谷崎のほか幸田露伴・菊池寛・志賀直哉・大佛次郎といった文豪が贔屓にした店だ。(嵐山光三郎「百点対談の十年間」「銀座百点2月号」銀座百店会)
昨年までは会社勤めでしたので、年末に会社の経理に必要書類を提出して、年末調整を受けていました。昨年6月に正式に会社を辞めましたので、今年からは自分自身で確定申告をする必要があり、2月はそのための準備と実施に時間を取られました。スマホでも今は簡単にe-Taxで確定申告はできるとの案内。そのための準備としてマイナンバーカードの期限更新の手続きに市役所へ出向き、その後にマイナポータルの設定です。国税庁のホームページでe-Taxでの手続きの流れをYouTubeの画像でし
お誕生日おめでとうございます!1930年野村万蔵(7代目)、33年田口計、35年浜村淳、39年村田満🎣、42年嵐山光三郎、43年江尻亮⚾、45年佐良直美🎤、🎤ロッド・スチュワート(#RodStewart)🇬🇧、48年あおい輝彦、🎹ドナルド・フェイゲン(#DonaldFagen)🇺🇸、48年🎻ミッシャ・マイスキー(#MischaMaisky)🇮🇱、49年🥊ジョージ・フォアマン(#GeorgeForeman)🇺🇸、51年仲野裕、橘ユキコ、52年高木美也子、53年🎤パット・ベネター(#PatBenat
「予算一万円以内、時間は二時間と決めて古書街に繰り出し、あちこちの店を回って掘り出しものの古本を買ってくるの。集合時間になったら、ビール片手にどんな本を買ってきたか成果を見せ合い、品評会をする。神保町だったらランチョンに集合して大いに盛り上がるんだ」(嵐山光三郎「対談」「銀座百点11月号」銀座百店会)