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来月参加する神鍋ロゲイニングのリハで香川のカッパドキア大天狗を経由して遍路ころがしを登り遍路道で白峰寺までをピストンシダが鬱蒼と茂るジャングルを尾根まで上がるといきなり目前にカッパドキア上に見える岩嶺が目指す大天狗この大天狗は幅員がなくてザレた滑りやすい地面がとにかく怖い思いっきり後ろ重心眼下に国分寺のまちエリンギ畑を降るギョウカイカクレキ岩の岩肌が風雨で剥き出しになってるこの中にはガーネットがあるそう探してる暇はないが白い壁を降りて遍路道に入るとすぐ
おはようございます。今日、4月14日、白峯神社では春季例大祭淳仁天皇祭が行われ、蹴鞠が奉納されます。白峯神宮というと、スポーツの神様として有名です。白峯神宮の敷地はもともとは飛鳥井家の敷地でした。明治維新で飛鳥井家が東京に引っ越ししたので空き地になったこの場所に白峯神宮が建てられました。飛鳥井家は守り神として「精大明神」を敷地内にお祀りしていました。「精大明神」は「まり」の守護神です。白峯神宮は飛鳥井家から受け継いで「精大明神」をお祀りしています。今では「まりの神様」として崇敬され、
イの国探検隊ファンの皆様こんにちは今日も妄想で、かつてあったとされるイの国を探検だ!四国霊場88番札所結願寺の大窪寺山門(やまと)の後ろに見える山が女体山本堂前の「摩利支天不動明王役行者」摩利支天像といえば庵治の五剣山の八栗寺庵治にはかつて木花咲耶姫を祭った桜八幡神社その摂社には菟道稚郎子を祭る皇子神社船渡御のお祭りで有名もちろん映画「世界の中心で愛をさけぶ」の撮影場所でも桜八幡神社で主人公の二人は
今日は沢村一樹版の浅見光彦シリーズ「藍色回廊殺人事件」を観ながら寝たいと思います。舞台は、四国三郎、こと吉野川の流れる徳島県です。例によって、母・雪江(加藤治子さん演)のお供で四国、香川に藍染め工房を訪れた浅見光彦(沢村一樹さん演)。しかし、そこで吉野川の開発を巡って二分された県民、そして、10年前に発生した謎の謀殺事件を光彦は知る。そして、家族がバラバラになってしまった藍染め工房の一家の姉妹。死亡したゼネコン社員の遺品から、殺人の謀議の証拠を見つけた光彦は、事件の鍵を握る男、原沢と、徳
当地の高家首一族の祖である天道根命を祀る神社であったのが、崇徳上皇の下記のことより、「血の宮」(朱の宮)と呼ばれるようになったとのこと。坂出市のホームページにより。崇徳上皇の御遺体を白峯山にお運びする途上、高屋村阿気(あけ)という地に棺を休めた時、にわかに風雨雷鳴があり、棺を置いた六角の石に,どうしたことか血が少しこぼれていたといいます。葬祭の後,里の人は上皇の神霊を当社殿に合祀し,また,血のしたたった石も社内に納めました。俗に血の宮と称される理由です。本社の画像忘れてい
12時06分坂出市街地まで交差点はありますが、一本道の街道です。12時08分右手、神社がありますがお詣りはしていません。(確認すると、坂出八幡神社でした。)12時16分軒下の電気配線が時代を感じさせます。12時18分二車線の県道192号との交差点を渡ったところ。12時18分降り帰り画像。12時18分12時19分12時22分四車線の県道19号との交差点。直進です。12時22分交差点右手。奥は、飯野山。讃岐富士。他にも讃岐
令和8年2月2日月曜日、晴れ。今日の再掲は白峯神宮。京都堀川一条、晴明神社から北へ100m,東へ60mくらい歩くと白峯神宮がある。ここも京都を訪れるたびに伺う場所の一つ。ここは僕がこの分野の研究を始めるきっかけになった神宮でもある。白峯神宮、白峰山、白峯寺、崇徳院陵墓、天皇寺。これらはすべて日本最大の魔王と云われる崇徳上皇所以の場所。永遠に呪うと誓った魔王、崇徳天皇はある意味ヒーローでもある。いや平将門も菅原道真も朝廷に意見した者たちはすべてヒーローだ。崇徳上皇は法華経,華厳経,
祇園甲部歌舞練場の敷地の外周を花見小路から、左に周り、しばらく歩くと、右方向に鳥居が見えてくる。縁切り、縁結びで知られる安井金刀比羅宮だ。鳥居を過ぎるとラブホテルがある。縁切り、縁結びに御利益がある。参道にラブホテルがあることを深読みしてしまう。二の鳥居は、朱の鳥居だ。神社名は、安井神社と刻まれている。明治新政府の愚行・神仏分離作の弊害が、神社名に残っている。後述することにしよう。境内に入ると、眼に入るのは、多くのお札が貼られた碑だ。「悪縁を切る縁切り縁結び碑」と案内板にある。この碑で、
今回の一人旅一日目、どうしても行ってみたいと思っていたのが崇徳上皇の陵墓、白峯陵ですふっき~が以前、日本史を教えていた時、教科書の内容を逸脱して(笑)崇徳上皇の話を授業ネタによく使わせて頂いておりましたなにせ日本三大怨霊の御一人ですし。『市庭古墳(楊梅陵)奈良県奈良市佐紀町』今日から奈良市にある佐紀盾列列(さきたてなみ)古墳群をアップしていきます『未知の大型古墳発見!佐紀池之尻古墳(仮称)』昨日から今日にかけて「奈良市で未知の…ameblo.jp↑少し前に、やはり授業の
坂出で海鮮食ったあとの腹ごなし~(^O^)/五色台に紅葉でも愛でに。。。「四国霊場第81番札所白峯寺」さん。弘法大師・空海によって開基された歴史深き四国霊場でもあり、保任の乱で讃岐国に流され終焉を向かわれた崇徳上皇を奉る由緒ある寺院。。。歴史的建造物が点在する境内は、県下屈指の紅葉スポットだけど・・・11月中旬。。。色付きは3分、4分ぐらい?もう少しだねぇ~(11月15日時点)それでも、所々、日陰の場所とかは鮮やかなモミジの紅葉で彩られ、ハッと息を呑むほどキレイ(
古本チェーン店の通販で久々にムーブックスを購入!怨念の実行者、恐るべき超能力者とされる人物の実像に迫った本。📕中古価格は¥110と超良心的📕『日本妖人伝』📕学習研究社1994年10月三谷茉沙夫¥850+税久々の登場「ムー・スーパー・ミステリー・ブックス」です日本史や古文献に登場する実在の「妖人」を取り上げています。神社仏閣巡りが好きな方なら聞いたことが有る人物が次々に登場怨霊では崇徳上皇・菅原道真・平将門といった三大スパースターを始め、超能力者として
⚔️保元の乱(1156年)―武士の世のはじまり1.どうして起きたの?保元の乱は、皇室×藤原氏×武士の三つ巴の争いが重なって爆発しました。👑皇室の争い兄・崇徳上皇vs弟・後白河天皇背景には「崇徳は本当は鳥羽法皇の子じゃない」という噂もあり、父・鳥羽法皇から冷遇されていました。🎩藤原氏の争い兄・藤原忠通(関白)vs弟・藤原頼長(悪左府)国家の中心を担うポストをめぐる兄弟ゲンカが、大事件に。🗡️武士の関与崇徳・頼長サイド→源為義、平忠正後白河・
なんか笑える感じが好き(*´ω`*)♪【河西秀哉】悠仁さまの妻を襲う「激しすぎるプレッシャー」とは…いま天皇・皇室に迫る「存亡の危機」と、「男系男子の皇位継承」が抱える重大問題-ライブドアニュース「いま、皇室は存続の危機にあります」と皇室制度の専門家が述べている。将来の悠仁さまの妻は男児を産まなければという重圧にさらされる、と指摘。愛子さまや佳子さまが結婚し皇籍を離脱すると、皇族の人数は減ると説明したnews.livedoor.com私こそが日本で最も皇室に対し崇敬の
昨日は実家のお墓参りに坂出に行き帰りに八十場でところてんを食べてきました。坂出から高松への帰り道にあるのだけど清水屋さんに行くのは10年ぶりかな〜ところてんは香川県も辛子酢醤油で食べるのが普通です。私は6年生まで大阪にいたので、ところてんと言えば黒蜜だったんです、だから香川県に来て酸っぱいところてんにびっくりしましたよ。まあ、いつの間にか酢醤油のところてんにも慣れたのですけどね。この八十場の清水屋さんではいろいろな味のところてんが食べられます。主人は黒蜜ときなこの
おはようございます。昨日は西日本は猛烈な暑さとなりました。東北や首都圏では線状降水帯が発生して、あちこちで豪雨となり、東北新幹線も運転見合わせが行われました。今日も西日本では猛暑が続きますが、東京では、予想祭気温が急降下する予報が出ています。体調管理をしっかりしていきましょう。出典日本気象協会*************************************************************************************************
こんばんは今日も暑い一日でした3時過ぎから夕方にかけての時間帯がものすごい暑さですただ外にいるだけで汗がとまらない仕事終わりのお風呂が気持ちよく感じるのは夏の特権かもしれません!笑心太(ところてん)海藻の天草から作る「心太」日本独自の食べ物で、平安時代にはあったとか香川では八十場の心太が有名です八十場(やそば)という地名は、崇徳上皇が讃岐に配流された際に、遺体を霊泉に浸したたという伝説があります「心」は凝り固まるといういみの「凝(こごる)」が変化したものだそうです食べ物の意
第75代崇徳天皇(白峯陵)『うどん県へ』おはようございます❗️まだ、行ったことのない都道府県はありますか?2018年前までは、「四国」に行ったことがありませんでした「北海道」は行った事ある「沖縄県」…ameblo.jp日本三大怨霊と言われているのは「菅原道真」「平将門」「崇徳院(天皇)」の3人を指すとされています。『井上内親王、他戸親王陵』最近は、「鎌倉殿」にはまってしまっていますが、なかなか関西からは天候やコロナの事もあり、なかなか足を伸ばせないでいます。先日、奈良の葛城から大阪と
前回:2度目の四国へ・・・その1(大窪寺・白峯寺)ここが白峯御陵こと崇徳上皇(物語では新院)の御陵である。西行法師が上皇の亡霊に出会った場所もここ(多分)。崇徳上皇については、八十場の泉に遺体を浸すとか、血の宮伝説など尋常でない話(=おもしろい話)が多くて凄涼な雰囲気かと思ったが、そんなことは全くない。もちろん「円位円位・・」と呼ぶ声もなく、新緑が美しいとても静かな場所であった。円位とは西行さんのことで、出家したときの名です。山を下ったところにある高家神社・・・別名「血の宮」
三人の会で松山天狗を観た以前に神遊による松山天狗も観た保元の乱で敗北し讃岐に配流された崇徳上皇都の仕打ちに悲憤・激怒し怨念のうちに松山で憤死した崇徳上皇生前院の力になったのは讃岐白峯に住いする大天狗とその眷属だったというそんな能なのだが謡本は観世流に無く市販されてない謡の稽古は師の保有するコピーを再コピーして謡った西行法師崇徳上皇天
現在、Youtubeの動画で『保元の乱』を扱ってみようとおもい、その関連記事を書いてみました。保元の乱は平安時代の終わりごろに京の都で起きた合戦でしたが、「治承・寿永の乱」いわゆる「源平合戦」ほど知られていないかも知れません。しかし源平合戦を語るには避けて通れないほどの大きな出来事であり、日本史における大きな転換点になったことには違いないと思うのです。動画も制作しました。ご興味のある方はご覧いただけるとありがたく思います。-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽し
上皇と天皇、摂関家、源氏、平氏の各家の骨肉の争いは、崇徳上皇派が、藤原頼長及び、源為義、伊勢平氏の平忠正であった。後白河天皇派は、藤原忠通、源為義の長男、源義朝、伊勢平氏の嫡流で、平忠正の甥の平清盛であった。藤原頼長は、挙兵の正当性を得るため、崇徳上皇を擁立し、白河北殿に立て籠ったのである。1156年(保元元年)7月11日未明、平清盛の率いる、300余騎が二条大路を、源義朝の率いる、200余騎が大炊御門大路を、足利義康の率いる100余騎が近衛大路を東に向かい、午前4時頃、崇徳上皇派
⑭日目:高松駅(電車)坂出駅(タクシー)81番白峯寺→歩1時間半・82番根香寺→歩50分・根香口(バス)高松駅。歩き難易度難しい81番~82番の遍路みち「根香(ねごろ)道」は、今回の道中では、⑫日目「曼荼羅道」と並んで1番心配した部分です。市街地から近いのに、うっそうとした山の中。YouTubeを何回も見ては、どう歩くかどれほどイメージトレーニングしたことか。一番近いバス停からでも1時間はかかるので、往路はタクシーを使いました。近辺の駅でタクシーが拾える駅は、坂出ぐらいです。運転手さん
井沢元彦「逆説の日本史4/中世鳴動編」8/院政と崇徳上皇編~法的根拠なき統治システムの功罪【再読】崇徳は保元の乱の罪を許してもらえず、讃岐(香川県)に流罪となった。そこで「反省」と「戦死者の供養」の意を込めて五部大乗経を写経した。五部大乗経とは華厳経、大集経、大品般若経、法華経、涅槃経の五つで、それらを全部写経して、都の寺に納めて欲しいと讃岐から京へ送った。ところが、後白河は「呪詛が込められているのでは」と疑いこれを送り返した。崇徳は激怒し、舌の先を噛み切って血を出し、その血で経文の
井沢元彦「逆説の日本史4/中世鳴動編」7/院政と崇徳上皇編~法的根拠なき統治システムの功罪【再読】藤原系の親王が天皇となれば摂関政治が復活しても不思議ではないのにそうはならず、むしろ院政が強化されるという結果を招いた。そうなったのは前節に述べた理由があるが、この新しい政治形態を積極的に支持した人々がいたということも大きい。それは受領たちである。受領とは国司に任命された際、実際に現地に赴任する役人のことである。受領層にとって、利害が最も対立する相手は誰か。それは荘園の持主である。そして最大の
井沢元彦「逆説の日本史4/中世鳴動編」6/院政と崇徳上皇編~法的根拠なき統治システムの功罪【再読】平安時代末期の後三条天皇の頃から、藤原摂関政治に終止符が打たれ、院政が始まる。院政とは、簡単に言えば引退した天皇が上皇となり、その前天皇(あるいは元天皇)としての権威をもって国政の最高権力を握り、この国を統治するというシステムである。大きな特徴が二つある。一つは、これが天皇の父(祖父等の場合もあるが)という一種の血縁カリスマに由来する権力機構であること。もう一つは、これが国家の統治システムの変
令和7年2月12日水曜日、腫れ。今日の再掲は白峯神宮。京都堀川一条、晴明神社から北へ100m,東へ60mくらい歩くと白峯神宮がある。ここも京都を訪れるたびに伺う場所の一つ。僕がこの分野の研究を始めるきっかけになった神宮でもあるから。事前に一つ言っておけば、スメラ,ミカドや十六八重表菊花紋とか_シュメールぢゃねぇ。日本神話の神々も皇祖も「ユダヤ人」であってただの人間「どれもがエジプトの奴隷」だった証しだ。この話しは長くなるので木花之佐久夜毘売あたりの記事を読んで欲しい。白峯神宮、
2024年9月の京都寺社めぐり✨続きましてはやんごとなきあのお方をお祀りする神社さんです⛩️『白峯神宮』ご祭神崇徳天皇淳仁天皇ご祭神の崇徳上皇は保元の乱に敗れ讃岐国に流され、長寛2年(1164)旧暦8月26日に崩御されました。その後相次いで天変地異が起こったことから崇徳上皇の祟りとされ、上皇が葬られた白峯陵(現在の香川県坂出市)の隣に、上皇の菩提を弔うため府中の木丸殿が移築され、法華堂(現在の頓証寺殿)として建立されました。また朝廷の命により白峯寺による供養会が営まれるようにな
鼓岡神社つづみがおかじんじゃ▶御祭神:崇徳上皇▶香川県坂出市府中町乙5116崇徳上皇が崩御までの6年間を過ごした鼓の岡の行在所跡とされています。近くには讃岐国府跡もあり、当社が建つ丘も元々は円墳か前方後円墳であったと推定されています。社名は丘の頂上付近で地面を叩くと鼓のような音がしたからと伝わっています。この日は高松駅に早朝、サンライズ瀬戸で降り立ってから高松~坂出の寺社めぐりをして金刀比羅宮、善通寺とお参りして、最後高松に戻る途中にこちらに立ち寄りました。白峯宮や天皇寺か
あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い申し上げます。金華山天皇寺(てんのうじ)■古義真言宗■御本尊:十一面観世音菩薩■香川県坂出市西庄町八十場1713-2■四国八十八箇所第79番奈良時代に行基によってカナヤマビメとカナヤマビコが鎮座する金山に薬師如来を祀った堂宇が開かれました。後に弘法大師空海が八十場の泉を訪れたとき、金山権現の化身である天童が現れ宝珠を授けました。大師はこの宝珠を埋め堂宇を再興し、摩尼珠院妙成就寺と名付けました。崇徳天皇の崩御後に摩尼珠院
つおかしいなあ日曜に登り納めたはずなんだけどなあ四国八十八ヶ所札所を巡る遍路道スペインの巡礼の道と姉妹提携され世界遺産登録を目指している、、、宗教も成り立ちもまるで異なり道しか共通点はないがその遍路道を概ねなぞって四国のみちと呼び四国四県に渡るこれが時に登山道であることも多いで香川の高松と坂出にまたがる五色台という山系がありここに81番白峰寺と82番根香寺があるそれぞれかなりディープないわくつき白峰寺には崇徳上皇御陵が祀られ根香寺は全国でも有名な心霊スポット