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小豆島八十八ヵ所第七十六番札所奥の院寺院名:三暁庵(笠松大師)本尊:弘法大師宗派:開創:住所:〒761-4142香川県小豆郡土庄町屋形崎アジ口甲145電話番号:0879-65-2824納経所:金剛寺由緒空海が巡錫の際に、この地で松の枝に笠を掛け汚れた衣を洗おうとしたが、水がなく難儀し、村人の為にと錫杖で指した所を掘ると清水が湧き出たという。後に、清水の湧き出た上に堂を建て、大師像を安置した。三暁庵には、狭い敷地内に四ヵ所も
小豆島八十八ヵ所第七十六番札所寺院名:北宝山明王院金剛寺本尊:不動明王坐像宗派:高野山真言宗開創:住所:香川県小豆郡土庄町屋形崎甲987電話番号:0879-65-2132納経所:当寺由緒昭和四十五年(1970)七月鉄筋コンクリート造りの本堂が完成。客殿は昔南向きの茅葺であったが、明治三十九年改築して北向きの本瓦葺きとなる。平成二十九年(2017)八月鐘楼門改修工事竣工。屋形という地名は歴応二年(1339)より小豆島
小豆島八十八ヵ所第七十七番札所寺院名:帝応山普門院歓喜寺本尊:如意輪観世音菩薩宗派:高野山真言宗開創:住所:香川県小豆郡土庄町見目甲397電話番号:0879-65-2052納経所:当寺由緒当寺由緒記録によると、開祖宥辨が豊島に宝持坊を創建す。元禄年間宥音法印が見目のこの地に宝持坊の復興に尽力して、中興開祖と仰がれた。この僧は小海の三宅半左衛門の三男である。墓碑に、元禄九年(1696)四月歿とある。元禄二年(16
小豆島八十八ヵ所第六十八番札所寺院名:南面山薬王院松林寺鐘楼梵鐘は、土庄町指定文化財(工芸品)。鷹尾山八幡宮銅鍾(伊喜末八幡神社)本地堂正面が、2,7m奥行きが3.6mの流れ造りであで、丸瓦葺きの切妻造り、庚申堂ともいう。正面の額に「八幡本地無量寿如来五社之旧跡」とある。青面金剛をも併祀している。宝篋印塔高さ3.9mあり、金剛界四仏光明真言の高祖千年忌塔で、天保二年(1831)七月本願主龍海の立派な塔である。塔身の
小豆島八十八ヵ所第六十一番札所寺院名:浄土庵本尊:無量寿仏宗派:開創:住所:香川県小豆郡土庄町小瀬電話番号:0879-62-3367納経所:西光寺由緒解説『小豆島霊場名所案内記』(大正三年版)に、「此の付近の海岸より南は遥かに高松城を望み得べく、北には岡山河口小串精錬所の煤烟をも見るべく・・・」とある。この精錬所とは大正八年に操業停止した犬島精錬所を指すのだろうか。岡山県の児島半島の比較的犬島に近い所に小串という地名もある。地
小豆島八十八ヵ所第六十七番札所寺院名:瑞雲堂本尊:釈迦如来座像(伝定朝作)宗派:開創:住所:香川県小豆郡土庄町伊喜末電話番号:納経所:松林寺由緒昔は鷹尾山瑞雲寺と称し、等空庵同様、伊喜末八幡宮の別当寺であった。神仏分離後、一度は七十七番歓喜寺に移されるが、明治二十八年(1895)に現在地に小堂を新築。瑞雲堂(当初は釈迦堂)となった。解説駐車場もあるが急坂であるので注意が必要【寺号は本尊を安置する御堂。院号は僧衆が住む場所。
小豆島八十八ヵ所第五十三番札所寺院名:喜多山不動院本覚寺本尊:五大力明王宗派:高野山真言宗開創:住所:香川県小豆郡土庄町渕崎甲462電話番号:0879-62-0333納経所:本覚寺由緒解説萩原井泉水の句が鋳込まれている梵鐘も見どころ。インドの首相であった故ネルー氏の頭髪を含む約10万人の頭髪で刺繍した聖観世音が祀られている一髪観音堂がある。【寺号は本尊を安置する御堂。
小豆島八十八ヵ所第六十番札所寺院名:江洞窟(ごうとうくつ)本尊:弁財天宗派:開創:住所:香川県小豆郡土庄町柳甲3010電話番号:0879-62-0327納経所:58西光寺由緒解説島霊場の中でもあまり目立たない札所だが、独特の佇まいである。港を回り込むと赤い鳥居をくぐって、階段を降りると洞窟になっており、本尊の弁財天他仏像を祀っている。【寺号は本尊を安置する御堂。院号は僧衆が住む場所。山号は仏菩薩の威光を現す。】
小豆島八十八ヵ所第四十六番札所寺院名:護法山・薬師院・多門寺本尊:薬師如来伝行基宗派:開創:住所:香川県小豆郡土庄町肥土山2151電話番号:0879-62-1670納経所:当寺由緒寺伝によると、薬師如来は僧行基の作にして、慶長十年(1605)小豆島検地の条に、東林坊に安置すとある。これより前、文亀年間(1502頃)に嵯峨大覚寺より寺号を賜り、現地へ移転して多門寺と改称した。説に、元禄九年(1696)ともいうが、寺号の公称にあたって、僧行基の遺徳を讃えて薬師如来
小豆島八十八ヵ所第四十八番札所寺院名:毘沙門堂本尊:毘沙門天王(多聞天王)伝左甚五郎作宗派:開基:伝行基創建:伝天平年間(730年頃)住所:香川県小豆郡土庄町肥土山2194-1電話番号:納経所:47番多門寺由緒もと、多門寺の奥の院と称し、東条にあったものを栂尾山下に移した。脇侍に、青面金剛童子像は、県下屈指の庚申像である。小豆島名所絵図には、多門寺および他の図葉によれば、昔は境内の東端に老松があり、そのもとに荒神祠と西端に宝篋印塔が見える。説に塔の
小豆島八十八ヵ所第四十五番札所寺院名:地蔵寺堂本尊:菩薩菩薩立像小豆島町指定有形文化財(彫刻)昭和六十年二月五日指定75Cm宗派:開創:住所:香川県小豆郡小豆島町中山1883電話番号:納経所:37番明王寺由緒霊場記によれば、四明山・円満院・地蔵寺と称していた。昭和二十四年まで、西中山に精舎を構えていた。檀家は数十戸であったが、戦後の農地解放で寺領は没収。維持困難となり、相談の結果、浄土寺に合併し、地蔵寺堂に改めたという。本尊の地蔵菩薩像は、伏目にして衲
小豆島八十八ヵ所第五十六番札所寺院名:行者堂本尊:神変大菩薩宗派:開創:住所:香川県小豆郡土庄町赤尾屋電話番号:納経所:54番宝生院由緒役ノ行者の別名をいう。巡礼記に「全行程を歩く遍路にとって、昔から結願の札所である。」とする。修験の根本道場とする吉野山は、役の行者小角(おずぬ)が感得された蔵王権現を本尊とする。大峰行者はその御堂に結願の杖を納めるのが習わしである。島四国がこの堂を結願所としたのも頷ける。梁行き三間半の堂宇は、仏間の他に堂守りの部屋がある。昔
小豆島八十八ヵ所第二十三番札所本堂宗派:開創:釈迦牟尼如来伝恵瓊僧都作住所:香川県小豆郡小豆島町草壁738電話番号:納経所:21清見寺由緒峯之山庵に対峙してある。本尊は、もと福田八幡宮の別当寺であった東光寺の像を遷座した。東光寺のことは、正保元年(1644)神社再建の棟札に「社僧東光寺住増秀」とある。その後の記録は神宮寺とするが、改称の時期は定かでない。延宝年間(1673~)ではないかと推測していた。本堂の由来は、例えば高宝寺がそうであるように、東光寺の寺格を
小豆島八十八ヵ所第二十二番札所峯之山庵宗派:開創:千手観世音菩薩住所:香川県小豆郡小豆島町草壁659電話番号:納経所:21番清見寺由緒解説神仏分離のあと、村の寄合席を札所に改めたものか。廃藩置県が実施されたとき、天領であったこの地は、支配権を主張する備前岡山藩と朝命を奉わって来島した土佐藩との間で争いが起きた。幸い寄合衆の仲裁で事なきを得たが、清見寺に屯所を構えて、維新の処理を行った。里の文化は、秋の取入れが終わると、村芝居が行われた。農村歌舞伎である。
小豆島八十八ヵ所第二十一番札所宝海山・遍照院・清見寺開創:不動明王伝興教大師(覚鑁)創建:天平十年(738)開基:行基菩薩住所:香川県小豆郡小豆島町草壁395電話番号:0879-82-0294納経所:当寺由緒古記録には、遍照院・玉蔵院・玉泉院・福寿院・瑞雲院などを構え、山岳信仰の中心的な役割を担っていた。島史に清見寺の行者を「山伏頭」とする。また、慶長十年(1605)八幡神社の再建に奉じる願文に「遍照院住持権大僧都隆遍」とあり、当時は、遍照院が通称であったと思われ
小豆島八十八ヵ所第三十六番札所釈迦堂宗派:開創:釈迦如来座像伝運慶作とも伝空海作ともいわれる住所:香川県小豆郡小豆島町池田4305電話番号:0879-75-0474納経所:37番明王寺由緒むかしは、高宝寺の本堂であった。慶長十年(1605)池田村検地帳によれば、高宝寺は島内屈指の古刹で、寺領も他の寺院に比べてはるかに多かったという。無住になった江戸時代初期より明王寺が管理していた。いつ頃、『池田村検地帳』または『小豆島九ヶ村明細帳』などによれば、往古は単に「本堂」
小豆島八十八ヵ所第三十七番札所洞雲山・福生院・明王寺本尊:不動明王伝空海作(行基作ともいわれてる)宗派:開創:正安三年(1301)開基:阿闍梨弘山上人住所:香川県小豆郡小豆島町池田4305電話番号:0879-75-0474納経所:当寺由緒寺伝によると、慶雲年中(704~)僧行基が南海道を教化の途次、この地に草庵を結んで掛錫(かしゃく)された。のち空海が留まり、不動明王を謹刻して安置したのが創まりであるという。島史には、正安三年(1301)に阿闍梨弘山が開基
小豆島八十八ヵ所第十九番札所木ノ下庵(きのしたあん)本尊:薬師如来宗派:開創:住所:香川県小豆郡小豆島町神懸通り電話:納経所:16番極楽寺由緒:縁起:日限りの薬師として土地の信仰も篤い。集落の人たちが交代でお守りしているが、現在の堂宇は、庵としては大きな建物であり、昭和の初めに有志が私財を投じて建立したとある。その昔、釈尊が悟りを開かれたのが、菩提樹の下である。現在もその聖地に菩提樹が繁り、金剛法座と仏足石がある。玄奘三蔵の西域記によれば、釈尊存命の世