私が読んだ『徳川夢声日記』は抄録の文庫版でしたから、古川緑波の酢豚の話は出ていたかどうか。ともあれ戦時下の食糧難です。知り合いの中華屋に無理を言って作って貰ったと(何せ配給で芋何本、講演料がおはぎ何個なんて時節ですから)緑波が自慢たらたら勧めるので箸をつけると酢豚の肉が腐っていてわからないように吐き出す横で緑波はほくほくと平らげていたという、あの話です。ここで緑波を見る夢声の目は憐れみです。美食を自ら誇った緑波の、その美食の底を嗤うのではなく、ひとびとが家庭菜園の胡瓜の細さ太さに一喜一憂している