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○2024年12月14日から24日まで、「湖北省湖南省周遊」旅と題して、湖北省、湖南省を中心に旅して来た。この辺りを旅するのは、2013年6月10日から17日の「長沙・廬山・九華山・黄山」旅行、2014年6月16日から23日に掛けての「南岳衡山・岳陽・武漢・廬山鎮・南昌・南京・揚州・鎮江」旅行、2019年5月31日から6月8日に掛けての「楚国遊覧」旅に続いて、四回目となる。○2013年や2014年の時は、どちらかと言うと、湖南省や廬山がメインだったのに対し、2019年の「楚国遊覧」旅は、完全に
○2024年12月16日は、岳陽を訪れ、岳陽楼を見物した。まだ時間は十分あったが、この日は、岳陽楼見物しただけだった。何しろ、75歳の後期高齢者には、無理ができない。それに今回の「湖北省湖南省周遊」旅は14日から24日まで続くのだから、まだ始まったばかりである。○岳陽のホテルは、『朵兰达V酒店(岳阳楼步行街店』で、岳阳站前にあるホテルだった。翌日、岳阳站から長沙へ向かうので、このホテルを選んだ。駅前の便利で、きれいなホテルだった。○午後3時過ぎに、岳陽楼からホテルに帰って来た。しばらく休憩し
○2024年12月16日、岳陽を訪れた。今回、岳陽での見物は岳陽楼のみだった。これまで、2013年6月、2014年6月と、岳陽楼を訪れているが、二回とも、駆け足で訪問したに過ぎない。それで、今回は、ゆっくり、のんびり岳陽楼見物をしようと思った。○岳阳东站到着が10時20分、そのままタクシーでホテル『朵兰达V酒店(岳阳楼步行街店)』に直行し、荷物を置いて、岳陽楼前広場である巴陵広場到着が11時49分になっている。今回は、丁寧に岳陽楼を見て回ったつもりである。○それでも、岳陽楼を後にしたのは、1
◯2024年12月16日、岳陽を訪れ、岳陽楼に登って来た。2013年6月、2014年6月に引き続き、三回目の岳陽楼訪問だった。2013年6月、最初に岳陽楼を訪れた際、岳陽楼が歌枕であることを理解した。それで、次の34個ものブログをものして、岳陽楼が歌枕であることを証明した。『范仲淹:岳陽楼記』、『劉長卿:岳陽樓』、『楊基:岳陽樓』、『杜甫:登岳陽楼』、『陳与義:登岳陽楼』、『蕭德藻:登岳陽樓』、『李白:與夏十二登岳陽樓』、『李白:荊州賊亂臨洞庭言懷作』、『李白:陪族叔刑部侍郎
○2024年12月16日に、岳陽を訪れ、岳陽楼に登って来た。日本では、杜甫の「登岳陽楼」で知られる岳陽楼だが、中国では、范仲淹の「岳陽楼記」が最も有名である。岳陽楼景区内にも、多くの「岳陽楼記」を見ることが出来る。○とにかく、范仲淹の「岳陽楼記」が名文であることは、間違いない。もちろん、当古代文化研究所が大好きな文章の一つでもある。その范仲淹について、日本では意外と知られていない気がする。それで、今回は『范仲淹:桐廬郡嚴先生祠堂記』と題し、范仲淹について述べてみたい。○中国の検索エンジン、百
○2024年12月16日に、岳陽を訪れ、岳陽楼に登って来た。2013年6月、2014年6月に引き続き、三回目の岳陽楼訪問である。もっとも、前回の二回は、僅かな時間で岳陽楼を見学したに過ぎない。その反省もあって、今回は、十分な時間を取って、岳陽楼を歩いた。○それで、ここまですでに、ブログ『巴陵広場』、『岳陽楼』、『洞庭湖』、『君山』、『汴河街』、『江南三楼』、『范仲淹:岳陽楼記』、『岳陽楼:五朝楼観』、『双公祠』、『杜甫:登岳陽楼』、『昔聞洞庭湖』と、11個ものブログをものしている。今回は、いよ
○2024年12月16日に、岳陽を訪れ、岳陽楼に登って来た。2014年6月18日にも、岳陽楼に登り、次のブログを書いている。・テーマ「岳陽楼と黄鶴楼」:ブログ『今上岳陽楼』今上岳陽楼|古代文化研究所○杜甫が岳州を訪れたのは、最晩年の769年(大暦4年)ころとされる。当時、杜甫は57歳だった。杜甫が岳陽でものした「登岳陽楼」は、日本でもよく知られる名作である。登岳陽楼岳陽楼に登る杜甫杜甫昔聞洞庭湖昔聞く
◯2024年12月16日、岳陽を訪れ、岳陽楼に登って来た。2013年6月、2014年6月に引き続き、三回目の岳陽楼である。最初に岳陽楼を訪れたのは、2013年6月11日の夕方で、すでに岳陽楼は閉まっていて、岳陽楼に登ることは適わなかった。詳しくは、次のブログに書いている。・テーマ「岳陽・武昌」:ブログ『岳陽楼』岳陽楼|古代文化研究所○二回目の岳陽楼訪問は、一年後の2014年6月18日だった。この時は衡山から岳陽にやって来て、大幅に電車が遅れて焦った。結果、11時20分に岳陽に着
○2024年12月16日に、岳陽の岳陽楼を訪れた。巴陵広場から「瞻岳門」をくぐり、汴河街を抜けて行くと岳陽楼前の広場に出る。岳陽楼の正門である南大門を抜けて、岳陽楼の中へ入ると、すぐに見えて来るのが「五朝楼観」である。○前回、その「五朝楼観」を案内した。その「五朝楼観」の次に見えて来るのが『双公祠』になる。中国の検索エンジン、百度百科が案内する双公祠は次の通り。双公祠湖南省岳阳市的建筑双公祠是为纪念范仲淹和滕子京两位先贤而建,该建筑坐东朝西,建筑面积800平方
○2024年12月16日に、岳陽の岳陽楼を訪れた。2013年6月、2014年6月に引き続き、三回目の岳陽楼だった。巴陵広場から「瞻岳門」をくぐり、汴河街を抜けて行くと岳陽楼前の広場に出る。○岳陽楼の正門である南大門が岳陽楼の入り口になる。そこで入場券を購入して中へ入る。岳陽楼の中へ入ると、すぐに見えて来るのが「五朝楼観」である。岳陽楼の、唐、宋、元、明、清代の楼観を復元した模型が建ち並んでいる。写真をご覧いただければ判るのだが、岳陽楼は時代に応じて、何度も建て替えられている。その楼観を復元した
○2024年12月16日に、岳陽の岳陽楼を訪れた。2013年6月、2014年6月に引き続き、三回目の岳陽楼だった。中国文学を語る上で、江南三楼の存在は大きい。それが目的で2013年2014年に、江南三楼の全てを訪れた。○結果、江南三楼は、どう考えても、歌枕であることは間違いない。日本人の私たちに、そういう感覚は無い。それを感じたのが2013年5月11日の岳陽楼訪問だった。午後6時過ぎに訪れた岳陽楼は、すでに閉門していて、中へ入ることが出来なかった。それでも、何とか、外から岳陽楼を眺めることがで
○2024年12月15日に、武昌の黄鶴楼を見学し、翌16日に、岳陽の岳陽楼を訪れた。2013年6月、2014年6月に引き続き、三回目の黄鶴楼であり、岳陽楼だった。中国文学を語る上で、江南三楼の存在は大きい。それが目的で2013年2014年に、江南三楼を訪れた。○もっとも、日本人には、江南の概念すら、定かでない。中国の検索エンジン、百度百科が案内する江南は、次の通り。江南[jiāngnán]江南,是中国地理区域概念,依据不同的划分标准,“江南”的地理范围各不相同。大致而言,江南
○2024年12月16日、岳陽楼を訪れた。岳陽楼は岳陽の町の西側に位置する。その岳陽楼の西は茫洋たる洞庭湖が広がっている。まだ岳陽楼の詳細も述べないうちに、洞庭湖や君山を案内した。岳陽楼が洞庭湖や君山とともに存在すると考えるからである。○その岳陽楼の手前に、広い巴陵広場が存在する。いつもなら、ダンスをする集団があちこちに見えるのだが、この日は見掛けなかった。この地、上天気で、空が青い。10年振りの巴陵広場が眩しかった。その中に、「后羿斩巴蛇像」が建っていた。○巴陵広場から岳陽楼へ向かうと、立
◯前回のブログに、こう書いた。・岳陽楼について、あれこれ、書きたいのだが、その前に、どうしても洞庭湖に触れておく必要がある。ある意味、岳陽は洞庭湖とともにある。そう判断するからである。洞庭湖の名が示しているように、洞庭湖も岳陽も道教の福地なのである。○そのように洞庭湖について触れた。そうすると、次に、問題となるのは、君山なのである。岳陽について、触れるなら、洞庭湖は抜きにできない。同様に、洞庭湖を語るなら、君山を看過できないのである。○それで、今回は、君山につい
◯岳陽楼について、あれこれ、書きたいのだが、その前に、どうしても洞庭湖に触れておく必要がある。ある意味、岳陽は洞庭湖とともにある。そう判断するからである。洞庭湖の名が示しているように、洞庭湖も岳陽も道教の福地なのである。◯古代中国の概要を知る上で、五岳の概念は大きい。つまり、古代中国の大きさが五岳なのである。そう考えて、当古代文化研究所では、すでに、五岳全てを踏破済みである。ちなみに、五岳とは、次の山々を指す。・東岳泰山(山東省泰安市泰山区)(世界遺産)・南岳衡山(湖南省衡陽市南嶽
◯岳陽と言えば、岳陽楼だろう。2024年12月16日、岳陽を訪れ、取り敢えず、岳陽楼を訪れた。2013年6月、2014年6月に引き続き、三回目の訪問になる。◯岳陽楼について、いろいろと述べたいことがある。しかし、まずは、その概要の案内だろう。中国の検索エンジン、百度百科が案内する岳阳楼は、次の通り。岳阳楼[yuèyánglóu]“江南三大名楼”之一岳阳楼,位于湖南省岳阳市岳阳楼区洞庭北路,地处岳阳古城西门城墙之上,紧靠洞庭湖畔,下瞰洞庭,前望君山;始建于东汉建
○2024年12月16日、岳陽を訪れた。早速、向かったのが岳陽楼である。ホテルのある岳阳站から岳陽楼までは、2、5kmくらいだろうか、極めて近い。公交15路か37路のバスに乗れば、一本で行ける。◯2013年6月、2014年6月に、ここを訪れた際には、たいへん賑わっていた記憶がある。しかし、今回、12月16日に訪れた時は、人影は少なかった。やはり、巷では年末でもあるから、人出は無いのかも知れない。◯岳陽楼前の広場が巴陵広場になる。中国の検索エンジン、百度百科が案内する巴陵广场は、次の通り。
○2024年12月16日、武漢から、G1005次電車で、岳陽へやって来た。武漢から岳陽までは、およそ、200㎞。武漢を9時23分に出て、10時20分には、もう岳陽に着いていた。中国新幹線は何とも早い。◯2013年6月と、2014年6月に、岳陽は訪れている。ブログで確認すると、2013年6月11日18時06分に岳陽に着き、翌12日6時04分の新幹線で岳陽を発っている。したがって、この時の岳陽滞在は、僅か12時間だったことが判る。◯それも、夕方6時過ぎから、岳陽樓まで行っただけのことである。すで
『岳陽楼に登る』杜甫(日中バイリンガル吟唱第52作)日中バイリンガル吟唱をやっているのも、四十数年前大学生時代の中国語の先生、卞民岩先生吟唱の杜甫『春望』のおかげなのだが、李白が5作に比べ杜甫は3作と少なかった。七絶の作詩を始めたことや李絶杜律のためだろう。取り上げてきた吟唱家も、採譜しやすかったことから楊芬さんと陳琴さんのものが圧倒的に多かったが、比較的、初期に採り上げた華鋒さんについて、彼の著書を入手以来、彼のお父さんと吉川幸次郎氏との交流など興味深い事実が次々とわかってきたこ
○2024年12月15日、「湖北省湖南省周遊」旅で、黄鶴楼を訪れた。黄鶴楼と言えば、崔顥の「黄鶴楼」詩だろう。黄鶴楼が歌枕であることを日本人で理解しているひとは少ない気がする。2013年6月12日に、最初に黄鶴楼を訪れた時に、そのことを理解した。○と言うか、江南三楼が全てそうなのである。前日の2013年6月11日に、初めて岳陽楼を訪れ、そのことを痛感した。それで、岳陽楼に関する詩文を、范仲淹の「岳陽楼記」から査慎行の「中秋夜洞庭湖対月歌」詩まで、合計、34個ものブログを書いている。・テー
一旦暖かくなりかけたのに、また真冬に逆戻り・・・。かえって寒さが身に沁みるような気がしますね。さて、先週末(10日)に漢詩講座(2023年冬の部)リバイバルバージョンが無事終了しました!今回も昨年1月の講座と同じ内容で開講。杜甫『登岳陽楼』柳宗元『江雪』の二首を取り上げました。江南三大名楼の一つである岳陽楼に登った杜甫の心に去来する思い。自然派詩人として有名な柳宗元が左遷された地で詠んだ漢詩。いずれも胸に迫るものがありました。
○私自身、知らなかったことだが、中国には四大名楼と言う概念が存在するらしい。昨年2019年10月に中国山西省の永济にある鸛鵲楼へ登って来た。その際、江南三大名楼の話を次のように書いた。○当古代文化研究所では、江南三大名楼として知られる滕王閣・黄鶴楼・岳陽楼の全てに登っている。・テーマ「岳陽・武昌」:ブログ『岳陽楼』https://ameblo.jp/sisiza1949/entry-12519960875.html?frm=theme・テーマ「岳陽・武昌」:ブログ『黄鶴楼』
○中国山西省の永济にある鸛鵲楼へ登って来た。もちろん、王之渙の「登鸛鵲楼」詩に促されてのことである。王之渙の「登鸛鵲楼」詩なら、誰でも知っている名詩である。登鸛鵲楼王之渙白日依山尽黄河入海流欲窮千里目更上一層楼○この詩を読んで、鸛鵲楼に憧れない人は居ない。一回は誰でも永济を訪れ、鸛鵲楼へ登り、王之渙が鸛鵲楼で見ただろう風景を見てみたいはずである。2019年10月13日に、やっとその願いが適った。○当古代文化研究所では、江
15:15頃、巴陵広場に戻り、55路の南岳坡バス停へ行く。15時半には発車し高鉄(高速鉄道)の駅、岳陽東駅へ。バス代は2元(約33円)だ。南岳坡バス停巴陵広場東端55路バス約45分バスに乗り、16:12には岳陽東駅に到着。私の列車は17:13発だ。約1時間、岳陽東駅の待合室で時間をつぶす。岳陽東駅に到着岳陽東駅岳陽東駅待合室岳陽東駅待合室岳陽東駅、高鉄列車は定刻に発車し、18時ちょうどに武漢駅に到着。地下テルを乗り継いで19:15には漢口駅に到着、19:1
汴河街を抜けると岳陽楼の入り口があった。ここから先は門票(入場券)がいる。いつものように窓口でパスポートを出しながら老人票1枚と言うと、外国人には老人の割引きはないという。成人票(70元=約1155円)を買う。岳陽楼入口五朝楼観門票を買い中に入るとすぐ”五朝楼観”がある。ここには歴代の岳陽楼のレプリカが造ってある。レプリカといってもかなり大きな造りだ。杜甫が「登岳陽楼」の詩を作った唐代は二層のかなり貧弱な造りだったんだね。唐代宋代元代元代明代清代清代
巴陵广场お昼ご飯を食べて食堂を出る。店の前、通りを一つ隔ててすぐ前が巴陵(バーリン)広場だ。広い敷地に人がまばら。中国には広い公園(広場)がたくさんあっていいなぁ。広場でスケートボードをやっても怒られることはないからね。瞻岳门汴河街瞻岳门をくぐり抜け向こう側に出ると、そこも広場、汴河(ビエンフー)街広場だ。広場を見回して賑やかな方へと進んでいく。古い街並みを再現した(元々あった街なのかな?)汴河街と旗の掲げられた通りに入っていく。食べ物屋や土産物屋が並んでいる。あまり混んでな
10時半過ぎ、岳陽東駅に着いた。駅前の広い広場を見渡すと、右手にバス乗り場が見える。百度(バイトゥ)の地図で調べると、55路のバスに乗ればよい。55路のバス停に行く。ここが始発で岳陽楼へは終点の南岳坡(岳陽楼景区)で降りればよい。10:55にバスに乗る。何しろ始点から終点までだ。約30分乗り、11:25に終点の南岳坡に到着した。55路、路線図55路バスバスを降りると目の前が大きな広場でここに岳陽楼があるらしい。ところで、昨日からのどがいがらっぽい。広場には入らず、人通りの多い通り
中国茶サロン、リュゥシャン・チャシン主宰の堀井美香です。ご訪問ありがとうございます。湖南省への旅のレポート、続きです。2018/11/22〜洞庭湖へ〜湖南省岳陽市にある洞庭湖は、中国の淡水湖として2番目の大きさで、その南側が湖南省、北側が湖北省です。長江と連なり、その水が流れ込むため季節により湖の面積が変わるそうです。洞庭湖の東北岸に建ち、眼下に広大な湖、北に長江を臨む「岳陽楼」を訪れました。漢晋代が楼の始まりとされ、唐代より五朝にわたり建て替えられ、現在の楼は清代に建立のものだ
10月26日武漢旅行から無事帰国しました。旅の模様をぼちぼち載せていこうと思います。武漢旅行はLCC(春秋航空)の往復航空券と10/16-17の最初の2日のホテルの予約のみ日本でやり、あとの行動は現地で決めることにしていた。まずは張家界(奇岩が織りなす山岳の美、世界遺産)へ、ほかには宜昌や岳陽にも行ってみたいと思っていた。まずは旅の概要です。1日目、10/16(火)関空→武漢春秋航空で武漢着。中国のスマホ番号取得。張家界行きの火車票(寝台列車の切符)購入。2日目、10/17(