ブログ記事28件
天橋立・舞鶴観光ポタリング2025.5.4(sun.)彦根から車で2時間。舞鶴市街のコインパーキングからスタート。西へ向かう国道27号線のアップダウンの道をを進んでいく由良海岸線の国道178号線を北上栗田半島に差し掛かる「安寿ロマン街道」と言う道。景色が良い栗田湾を見ながら内陸部へ入る半島を東から西に貫き、宮津湾に出る宮津の市街地を走る国道178号線から京都府道2号線に入り天橋立に向かって走る天橋立の南側の付け根「文殊」の
少し前、怖い夢に浮かされてたようです。怖い夢なんて何十年ぶりだろうってくらい見てなかったのですが、悲鳴を上げるような怖さではなく、心理的に嫌やな感じがずっと続くような感じでした。内容はもう覚えてないのですが、平安貴族のような装束の男性が左奥のほうに座っているのを見おろしてる場面だけは記憶にあって、なんでかわかりませんが、何しろ怖かった。これ見たのは御神木伐るの立ち会った日の夜でしたから、自覚なく深層に引っかかるとこがあったのかも知れませんね。他にもいろいろ良くないことやハプニングは続いて
どうも春はお肌が荒れやすい声優多田このみのブログへようこそ✩.*˚以前朗読会に参加した際会場に来てくれた方からフェイスパックを頂いたこのフェイスパックを使ったら画像をブログに載せるという約束をしたのだけれどなかなか載せられずにいましたすごい個性的なパックで使うのが勿体ない……!って思って使えずにいたんだけどようやくパックを使わせて頂いたので画像を載せたいと思います⚠️衝撃画像にご注意ください⚠️頂いたフェイスパックはこちらねぶたフェイスパッククセ強っ!!
こんにちは最近は少なくなりましたが、戦前の新聞には怪異に関する記事がたくさんありました。民俗学者の湯本豪一氏が編集した『怪異妖怪記事資料集成』四巻(国書刊行会)が決定版とでもいうべき大著なので、そこから拾ったものをご紹介します。なお、読みやすくするため、意訳したものになります。今回はちょっと変わったものを書かせていただきます。かつては新聞社が怪異譚を募集したことがあったようです。これはそんな募集の経緯をまとめたものです。怖い話はないので、あらかじめご承知おきください。◇◇
皆様、ご機嫌YOです!2023年大河ドラマの最期の大舞台となった大坂の陣。大阪城には一発逆転を狙って、もしくは死に場所を求めて多くの牢人が集結しました。お馴染み真田幸村や後藤又兵衛らに混じって大阪城に参戦したのが、今回の主人公である薄田兼相です。一説には狒々退治で有名な岩見重太郎と同一人物であるとの説もある彼は剛勇で知られた猛者でした。しかし、彼は大坂冬の陣でとんでもなく恥ずかしい失態を晒してしまい、一気にその武名を落とす事になります。そして、大坂夏の陣は彼にとってもまさに背水の
岩見重太郎の武者絵大灯篭8月25日、「大浜流灌頂2023(おおはまながれかんじょう)」の夏祭りに寄って来た。コロナ感染予防の制限が解除されているので、例年よりも賑やかであった。大浜流灌頂と言えば、町内に掲げられる武者絵大灯篭が有名だ。武者絵は、明治中期の博多の絵師・海老崎雪渓(えびさきせっけい)によって描かれ、福岡県有形民俗文化財に指定されている。↓大博通りから会場に入ると、迎えてくれる最初の武者絵は「後藤又兵衛(大阪夏の陣)」だった。後藤又兵衛のことについては、
8月13日土曜日〜その7(写真)15巻組カセットテープボックス『永久保存版演芸玉手箱』〜第一巻浪曲「南部坂雪の別れ」桃中軒雲右衛門「義士勢揃い」二代吉田奈良丸/祭文「佐野治郎左衛門」浮田重三「松坂祭文」伊平たけ/浮かれ節「岩見重太郎」吉田常広/説教節「葛の葉」初代若松若太夫/阿呆陀羅経「鳥づくし・米屋のみ催促」初代豊年斎梅坊主(エー・アール・シー)を聴きました。
人身御供として白羽の矢が刺さった家の娘を長持に入れて御供えするという風習があった。ある年の祭りの時、岩見重太郎が侍が通りかかり、村人の話を聞いて、「これは、何か悪者の仕業に違いない。今夜は私が身代わりになって、その悪者を退治して進ぜよう」という事になった。闇の中、山を踏み分けて忍び寄る怪しい物音がしたので、重太郎が長持の隙間からのぞくと、大きな黒い影が近づいてきた。その黒い影の正体は大きなヒヒであった。重太郎は、長持の中から躍り出て大きなヒヒの胸を目掛けて切りつけ退治した。これが有名な岩見武勇伝
麓まで戻り、そのまま元伊勢籠神社の奥宮へと歩きます。歩き始めてから、思ったよりも距離がある事に途中で気付きました。いつもならばそれでも歩くという選択も出来ますが…流石にここまでの筋肉痛を抱えた脚では難しいと判断し、奥宮の一の鳥居前で兄さんが車をまわしてくれるのを待ちました。一の鳥居からは車でもかなり山間へ登りましたから、正しい判断でしたね。笑『真名井神社まないじんじゃ(籠神社奥宮)』主祭神豊受大神(とようけおおかみ)こちらでは豊受大神は、月神としての一面を持つ、天御中主神(あめの
やふー(・。・)ノけんじぃだよ、前日に続き日本三景の天橋立にやってきました。2日連続同じ観光地にくる旅人はワシしかいないだろう前日は少しだけ天橋立を歩きましたが、本来の楽しみ方は「股のぞき」ですよ股のぞき・・・いいね(つ∀<●)゚+.キャァ♪股のぞき大好きさ(///ω///)股・・・(●´▽`●)(゚д゚)ハッ!いかんいかん!!「股」だの「のぞく」だの連呼してたら「へんたい」だと誤解されてしまうかもしれん(@Д@;股のぞきとは自分の
▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう
JR勝野駅近く(徒歩約5分)の遠賀川への農業用水水門に描かれた「ひひ退治(岩見重太郎)」。この付近は、JR福北ゆたか線・国道200号線・遠賀川・田んぼ・多少の民家くらい。車でもわずか1秒足らずで通り過ぎてゆく。じっくり鑑賞するには散歩してくるしかない。もちろん無料。なぜ、この水門の壁にこの絵を選んだのだろう?福岡県鞍手郡小竹町※岩見重太郎(日本大百科事典より)生没年不詳。桃山時代の豪傑。筑前(ちくぜん)(福岡県)小早川(こばやかわ)家の臣岩見重兵
観光船一宮のりばのすぐ前の宿(神風楼)まで天橋立を縦断します。スタートの廻旋橋に割れ目があるのは、船が来たとき橋が回転して航路をつくるためです。昔~昔に、橋が回転してるところを見た記憶があります。日本三景の碑その道向かいには日本の道100選の碑お地蔵さまがおられました。大天橋を渡ります。トイレ休憩!現在地はここらへんです。与謝野寛と晶子夫妻の歌碑「小雨はれみどりとあけの虹ながる与謝の細江の朝のさざ波」寛「人おして回旋橋のひらく時くろ雲うごく天橋立」晶子与謝野寛
元伊勢大神宮籠之宮日本三景「天橋立」で有名な丹後半島にある「籠(この)神社」伊勢神宮の故郷と言われています。手水舎長い年月をかけ小石が粘土・砂に混じり大きな岩になったそうで小さいことでもコツコツやれば成果はでる!ということですね✨重要文化財狛犬頭が小さく胴と脚が大きいのが特徴狛犬の前脚には刀傷が残されています伝説によると、狛犬に作者の魂が宿り、動き出して通行人を驚かせていたそうそこで、豪傑・岩見重太郎が、待ち伏せし一太刀浴びせたところ狛犬の前脚が切れて
2019年(令和元年)5月1日(水)㊗️令和初日の記念すべき初詣は、丹後一宮元伊勢籠(この)神社を参拝ナビゲーターの五斗美湖さんに続いて境内へ神社の御由緒の説明もしっかりしてくださいます御祭神彦火明命(ひこほあかりのみこと)天孫降臨のニニギノミコトの兄神。御鎮座地京都府宮津市大垣伊勢へ詣らば元伊勢詣れ元伊勢お伊勢の故郷(ふるさと)じゃ伊勢の神風海山越えて天橋立吹き渡る今の三重県の神宮にお遷りになる前、こちらに天照大神と豊受大神を
〖新生活応援キャンペーン実施中!〗⚫流れ~る季節~の真ん~中で~⚫今日の問題となった「薄田兼相(すすきだかねすけ)」は橙武者(だいだいむしゃ)と呼ばれ(罵られ)橙は酸味がキツく飾り物にしか使えない見掛け倒しだ、という意味を持ち博労淵の戦いでは遊郭に通っている最中に砦を徳川方に陥落されるという失態を犯した。でも狒々を倒した逸話も持っていてその辺もちゃんと評価してあげて下さい♪(*^^*)♪こちらからどうぞ♪↓☆紋次郎SHOP☆入口↑こちらをクリック↑入口★3月のおすすめ商品★
「薄田兼相(すすきだかねすけ)」は、豊臣氏に仕官、秀吉の馬廻衆として3,000石を領したとされ、慶長16年の「禁裏御普請衆」として名を残す立派な武将。慶長19年、大坂の陣に参戦。浪人衆を率いて博労ヶ淵砦を守備したが、「博労ヶ淵の戦い」では遊郭に通っている最中に砦を徳川方に陥落されるという大失態を犯し、味方からは「橙武者(だいだいむしゃ)」との嘲りを受けた。更に夏の陣の「道明寺の戦い」では、霧の発生により先陣の後藤基次の到着から8時間以上も到着が遅れ、直前に基次を討死させてしまう。そこ
こんばんは、シミーノです。引き続き、10月9日(火)に日本三景の天橋立観光にお出かけした話です。「知恩寺拝観後は?」天橋立の北側へ。「もしかして、ボートで行くの!?」往復1000円と安くないけど5分少々で着く時間的メリットを優先しました。「せっかくだから天橋立を歩いて横断したらいいのに」時間的余裕があればね。片道1時間近くかかるから止めときました。ちなみに、レンタル自転車で天橋立を横断する手もあるけど、トートバッグが邪魔になるからね。それに、海上の景観を堪能して移動するのも乙なも
にほんブログ村ご訪問ありがとうございます。最近はパワースポット巡りと称して様々な場所や神社仏閣が紹介されております。確かにパワースポットである場所も多いですが現世利益を求める人々があまりに多すぎてパワーダウンスポットになってしまった場所などもありますので撫でものにはまた注意が必要ですから撫でものは撫でないで近くまで行かれてその気を浴びたら良いと思います。ただもう神仏が居ない場所もあるので逆にへんに疲れてしまう場合もあるので気をつけてくださいね。今週末は丹後半島近くの天の橋立にバス乗務で
こんな映画があったのね(^^;)東映チャンネルで放送された「怪獣蛇九魔の猛襲」昭和36年製作の東映映画こんなん、スターログでも宇宙船でも原色怪獣怪人大百科でも紹介されてない(^^;)江戸の町にいきなり等身大キングコングとバケモノの仮面を被った南蛮装束の幹部に率いられた仮面の戦闘員軍団があらわれます☆立ち向かうは里見浩太朗演じる岩見重太郎もうわかりましたねヒヒ退治です(^^;)それに怪獣蛇九魔なんて大仰なタイトル付けた(^^;)戦中の「江戸にあらわれたキングコング」
天橋立を渡り切ると、外観が見えます。湾の内側なんですが、ただの生い茂った松林みたいですね。そして天橋立には船で渡る事も出来ます。なのでちゃんと駅もありました。そして目的地の二つ目。籠神社(この・じんじゃと読みます。)珍しく、お百度石もあります。たまに時代劇で出てきますね。看板がないので簡単に説明しますが、一回お祈りしたくらいじゃ足りない程の大きな何か祈願する時に百日通ってお祈りするんですが、そんな時間ねぇ!って人が一日で百回祈願するんです。この「御百度石」と社殿を行ったり来た
さて、岩見重太郎の衝撃を抱えたまま、歩を進めます。前述しましたが、天橋立には様々な歌人、俳人が訪れていたようです。有名なこの方も来られたようですね。歌碑などがいくつかありました。与謝蕪村。句碑もあります。そして歩いていると分かるのですが、本当に見事な松が沢山生えています。所々に海岸線を見る事が出来るので、歩いていると、まぁ、やはり、綺麗ですね。奥まで来るとほとんど人通りはありません。僕以外にたまに人も来るんですが、皆さんレンタサイクルです。なので、ほぼ、僕一人。だーれもいま
そして今回僕が一番見たかったのがこれです。岩見重太郎試斬之石。看板にも書いてありますけど、まぁ、刀で岩を斬ったって言う、よくある類いの伝説です。天橋立の真ん中あたりにありました。これがその岩。マジで真っ二つ(笑)漫画みたいに真っ二つ(笑)どんな刃物で斬ったらこんな綺麗に斬れるんだよ(笑)斬馬刀??!!いやいや、ムリムリ!!僕は地方に行くとこう言う史跡を見るようにしてるんですけど、こんだけ伝説感が凄いのは初めてです。だって絶対無理だもん、こんなの(笑)だって人力で刀ですよ?
さて8月1日は萩の住吉神社住吉祭りの1日目でした。この日、17時に仕事が終わって定時ダッシュ。18時半までには萩に着いている予定だったのに、どういう訳か19時15分頃東萩着。途中、渋滞にはまったり、いや、絵堂のランプで渋滞していて、それはまあ、萩の花火大会の夕方だから仕方ないよと思ったんですが、そこでは一旦渋滞は解消されたんですよ。その後、小野北川の手前辺りから萩まで時速45kmのトラックに引っ張られたってのが大きいだろうな。前にいたクルマはどんどんトラックを追い抜いてましたけど
こんにちは、城跡で日本を元気にする「城跡地域活性活用専門アドバイザー」であり「日本マイナー歴史研究専門家」の原一六四(ひろし)です。本日も、愛すべき残念な武将をお送りします。前回の続きで、薄田兼相さんです。遊郭で遊んでいる間に砦を落とされる失敗で、「橙武者」などとあだ名を付けられた兼相さん。そんな兼相に大坂の夏の陣が起き、名誉挽回のチャンスが訪れました!!さあ、兼相さん反撃開始です。皆さんもご存知の通り、大坂冬の陣で、大坂城は丸裸にされ、打って出るしかない豊臣軍。そんな
冒頭、町の人たちが集団で走る姿が。駆けつけた先には、「狒々大権現」と称する像を神輿に担いだ白装束の集団。「皆の者、よーく聞き賜れ。狒々大権現様は、本日はこの町に目をつけられた。狒々大権現様のご希望を叶えて差し上げれば、皆の者には数多い幸せが降るであろう」遠巻きで見守る群衆の中に、久しぶりに姿を現したみどりさんとオサム君。隣にいた女性、美登さんに尋ねます。「あれ、何ですか?」「ヤクザです」きっぱり断言されて、視聴者的にはわかりやすい。「ヤクザ?」「自分では狒々大権現という神様
土曜日の午後の寒いポタリング、迷い込んで出てきたのが、淀川右岸の野里住吉神社でした。かの有名な「一夜官女」の由来板がありました。岩見重太郎の伝説が、あるようです。じつはこの手水の彫物…ガンバレ!力士さん。この辺りの旧の淀川の流れが分かって面白かったです。ポタリングは市内御堂筋の仁徳天皇を祀る難波神社へ、かわいいワンコ冬の空に本殿が、この日は農産物の特産品の出店が出てました。そして、引越しで残ったお札を納めに行きたいのが、吉野金峯山寺、でも自動車じゃ今の時期凍結が怖いのでなかな
Tetsu龍でございます。大晦日いよいよ2017年も暮れて行きます。2009年から始めたこのブログも足掛け9年目になります。さて、今年のBest第5位は肥前名護屋城と唐津城をセットで名護屋城は秀吉の最盛期???突如九州に出現した一大城郭そして消え去っていった城夢のまた夢を地で行く城址ですね。唐津城は相性が良いのか何時来ても素晴らしい快晴、僕の一番好きな青空バック天守の写真が撮れる。今回も天気ばっちりでした。第4位石垣山一夜城これも秀吉の陣城です。先の名護屋