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東吾妻町コンベンションホール(群馬県東吾妻町)において「第8回岩櫃城フォーラム~これからの上州真田三城~」が開催されます。日程:2026年2月1日(日)時間:13:00~16:45場所:東吾妻町コンベンションホール(群馬県東吾妻町)料金:無料第8回の開催となります今回は、永井三郎さん(沼田市教育委員会)、田村司さん(みなかみ町教育委員会)、三宅敦気さん(技研コンサル株式会社)が講演されます。詳しくはこちらで第8回岩櫃城フォーラムの開催について第8回岩櫃城フォーラムの開催につい
上州真田三名城巡り。最後は東吾妻町の岩櫃城です。今回猿ヶ京に行く事になり、近くの名胡桃城と沼田城を訪れる予定でした。ところが最初に訪れた名胡桃城で『真田三名城』というのを知り、3か所巡ってスタンプをもらうとクリアファイルがもらえると聞いたのです。岩櫃山は長野原や中之条に行く時に通るところ。今回も行きに通ってますが、お城はいつでも行けるからまたでいいねと素通り。しかしクリアファイル欲しさに帰りに寄ることにしました。ところが岩櫃城は急峻な岩櫃山の中腹にあります。岩櫃山こちらは南面。
⇒続き。次女もたくさんの武将たちと写真を撮ってもらったり、くじ引きやゲームをしたり、めいっぱい楽しんでいますにんぱく、岩櫃真田忍者ミュージアム!!去年の軽井沢帰りに行ったところ!!その時にお世話になった館長さんがいらしていましたーー!!手裏剣や、VR、忍者武器展示など、大きな施設ではないですがとっても楽しめます「ふくい城めぐり「越前の城、若狭の城」」ブースに行き、13時からの紙芝居を見ました大谷吉継殿とギョーブ殿目の前でお話しが聞けて幸せマイクがうまくいかず、お二人の生声での紙
第4章-2岩櫃城この城は吾妻地域最大級の城群馬を代表する山城、一番有名かもしれない。イコール真田の城というイメージ。しかし、この城には武田氏時代と真田氏時代がある。武田家臣時代の真田氏と大名真田氏に違いがあるように、岩櫃城にも違いがある。これがこれまであまり語られていない。本書はそれを明らかにする。南斜面にある殿邸=海野長門守の存在。やがて彼は真田氏の大名化の過程で粛清される。これこそが雄弁に物語る。真田氏が吾妻を支配するために海野氏は邪魔だった。それが城にも現れて
標記書籍刊行です。上毛新聞社刊税込み1,980円也2025年11月27日刊行
ということで群馬紅葉ツアー、東吾妻町のキレイな観音山不動滝を観賞後は、岩櫃山の紅葉を観に行ってきました。場所はこちら。https://maps.app.goo.gl/AHxBCGpGTPLNP2j88東吾妻町岩櫃山の紅葉岩櫃山の紅葉は群馬の紅葉名所のひとつに数えられており、以前から一度行ってみたいと思っていました。見頃との情報だったので行ってみましたが、以前写真で観たようなキレイさはなく、赤も少なめで全体の紅葉具合もイマイチといった感じでしょうか。岩櫃山は標高802
『続』日本100名城スタンプラリー第13城№117岩櫃城真田家ゆかりのお城。沼田城、名胡桃城、と回って最後のお城は『岩櫃城』ぐんま百名山のひとつ、岩櫃山の中腹に岩櫃城の本丸があります。車で山道を進み、平沢登山口案内所へ。こちらで岩櫃城の資料を眺めてスタンプを押して終了ーの、予定でした。が、クマの出没情報も無く、案内所にいた同じような城ファンの方たちも本丸まで登るというのでせっかくなので我々も本丸まで行ってみることに。念のため案内所でクマ鈴も購入登る予定は無かった
今日は山友達と、群馬県東吾妻町の岩櫃(いわびつ)山へ。岩櫃山に登るのは10年以上ぶり。紅葉狩りと岩場練習のためにここを選びました。来年山友が奥穂高を目指すそうです。群馬には低山ながらもピリリと辛い、遊べる山が沢山あるんですよ!記憶とは、全く違う平沢登山口から沢筋のコースで山頂を目指しました。2016年に大河ドラマ真田丸が放映されてから、案内所も出来、随分整備されたようです。登山口には冬桜が咲き、道端は霜が降りていました。天気良く、明るい光が差し込みます。天狗の蹴り上げ岩この辺
9月群馬旅の記事はこちら9月14日(日曜日)13:20息子と食事後に分かれて岩櫃城へ2年前に来た時は主要曲輪を周ったが、山の反対方向(南西)にある潜龍院跡は行かなかった。今回はその潜龍院曲輪跡を周るつもり14:20前回来た時、観光案内所で教えてもらった岩櫃山の撮影スポットに立ち寄る。ちょうど高速道路の出口が出来たようで車通りも多
2025.05.24訪問今回は群馬県の続100名城3城を車で巡る。金曜日、仕事を終え家を素通りし駐車場。中央道でまず塩尻インター近くのホテルに向かう。名古屋から群馬県は遠いので、前日のうちにできるだけ距離を詰めておきたい。翌朝ホテルを出発し、上信越道から軽井沢を抜けて群馬県に入る。岩櫃城は、武田信玄が上野国(今の群馬県)攻略の拠点とした城の一つ。城主はあの真田。幸隆(昌幸の父)の時代に大拡張をしたと言う。そして、武田家滅亡の際には、昌幸が勝頼に「岩櫃城に落ち延び再起を図るよう」進言したが
ひでです。お早うございます。岩櫃城は10月25日に行ったお城です。場所:群馬県城主:吾妻氏→里見氏→吾妻氏(後に斎藤氏の養子)→海野氏(武田氏)→真田氏石高:別称:なし来歴:藤原秀郷の子孫と称する国衆の吾妻氏によって吾妻庄は守られていましたが、その後、近隣の里見氏に滅ぼされます。しかし、斎藤氏の養子となり、当時斎藤氏の仕えていた関東管領山内上杉氏の力を借りて吾妻庄を取り戻します。その斎藤氏が岩櫃城を築いたと言われています。(ここまで来るのにちょっと道に迷いました。案内が不明瞭ですね)
こんばんは。あれ?今日は天気が悪く整備の予定が晴れ間が見えてきた吾妻に向けてレッツGO!倉渕(現在は高崎市だから市内?)経由で八ッ場を通って岩櫃城へ岩櫃城はご存じ、真田の城続100名城の城なのだ。続日本100名城に行こう公式スタンプ帳つきAmazon(アマゾン)日本100名城と続日本100名城に行こう公式スタンプ帳つき(歴史群像シリーズ)Amazon(アマゾン)日本100名城に行こう公式スタンプ帳つきAmazon(
この数日、夜寝ていて暑さを感じたりするようになっている。昨日は仕事の休日だったのだが、朝いつも以上に早く目が覚めてしまった。もうちょっと寝ようか悩んだけど、思い切って起きることにした。で、いつも仕事に行く時間よりも早くに家を出て、山の方へと車を走らせた。目指していた行先は、「潜龍院跡」。その昔…、戦国時代に織田・徳川軍に追い詰められた武田勝頼を、真田昌幸が迎え入れようとして建てた御殿跡。結局は来なかったんだけど…。今は石垣が残っているだけだが、岩櫃山の絶壁の下に広がる不思議な空
沼田城で続100名城スタンプを押すとき上州真田三名城(沼田城、岩櫃城、名胡桃城)を周るとクリアファイルが頂けると知って岩櫃城と名胡桃城のどちらへ行くか迷った挙句ハイキングのような岩櫃城へ行きました。案内所のおばちゃんに「名胡桃城の方が早かった?」と尋ねたら、うなづかれました。とても新緑が奇麗でした。大河ドラマ「真田丸」放映中のときに訪れていますがあのころより見学者が少なかったです。5月3日撮影
古谷館(潜龍院)を後にして、真田道を郷原方面に下ります。振り返って、坂の上が古谷地区。沢で隔てられた古谷地区と郷原地区の境。真田道の左側は小高い山、右手は自然な土塁状の畑地。当時の真田道はもっとずっと細かったはずです。攻め上られても左右から投石・弓・鉄砲。下図黄色矢印。加えて郷原城は敵の背後から攻めかかれる。実際には真田氏時代の岩櫃城は攻められた事は無いのですが、こんな妄想が頭の中を巡りながらのサイクリング。すっかり気分は草刈正雄です。エッ、真田昌幸じゃなく?ハ
2025年1月4日前編・・・【2025年初山登り/岩櫃山(いわびつやま)★前編】続きです。岩櫃山登山口から”沢通り”を登り、九合目の山頂ニセピークに到着。山頂は奥の岩稜でした。ちょうど一組の登山者が山頂から戻る途中でしたので、眺めていました。山頂から戻る登山者私たちも、山頂へむかいます。最初の鎖に取り付くのが怖い。慎重に下ります。ニセピークからの下り。最後にハシゴ。ふう~。その先は狭い道。クサリを持ちながら進みます。やせ尾根よろっと
岩櫃城の本丸は橙色○あたりですが、古谷館(潜龍院)や支城の柳沢城・郷原城までを含む広大な城域が岩櫃城になります。自転車を押しながら古谷館に向います。当時は人一人が通れる道幅だったでしょうが、軽トラが通れる幅に広がった山道を登ると、結構な広さのある平地。真田昌幸の時代、この平地に古谷館と家臣の屋敷が建っていたと思われます。古谷館(潜龍院)跡の石垣。古谷館時代(戦国時代)のものか潜龍院時代(江戸時代)か、いずれのものか分かりませんが。解説板では三日間で作ったという伝
ひでです。お早うございます。只今上田道とおとぎの里にいます。いよいよ家が近くなってくると里心が付きますね~。ここからお昼を食べる高山まで行くのに何時間かかる?と調べると3時間半、高山から高速道路を使えば2時間で家に着ける。高速道路は休日割が使えてお得。「じゃあ、その手で帰りますか」と言うことで、今日中に帰ることになりました。昨日は道の駅子持ちを出る頃には夜中に降っていた雨も上がり、登頂日和になっています。さ~て出発しますか。と言って走り出しますが、観光地ってどうして分かりにくい看板ばかりなんで
続日本100名城のひとつ岩櫃城ぜひ、行きたい山城なので、録画してじっくり見ました。手前、本丸跡。左上が本丸跡岩櫃山山頂山頂からの眺め
🏯大河ドラマ真田丸の有名な,岩櫃城(続日本100名城)へ❗️久しぶりに山城に登ったので汗が滝のように溢れ出た🌈
2024.9.11~9.142回目のキャンピングカー車中泊旅行は、長野・群馬・山梨を周りました9月10日19:50自宅発20:00丸亀製麺夕食22:30内津峠PA0:50辰野PA1:50姨捨SA車中泊9月11日6:40姨捨SA発7;00デニーズ長野更埴店朝食9:30姨捨駅10;10日本遺産センター10;45姨捨棚田12:00道の駅上田道と川おとぎの里12:45すき家上田材木店昼食14
9月15日日曜日ランチまでのお話をしたんですよね↓『予定を変更、軽井沢を抜けて嬬恋ツーリング』9月15日日曜日両親宅で宿泊したけど朝早くから目が覚めた今日も引き続き、じょんりさんとツーリング暑さから逃げる様なルート設定で計画では妙義山~碓氷峠、時…ameblo.jpカフェ・グランプリさんでお店の方とお話してたら雨が降り始めたその様子?インスタも埋め込みできるんですね↓嬬恋CAFEグランプリonInstagram:"横須賀からお越しのチームシルバー茶リオッツ
8月中旬に次女と二人で、「真田をめぐる旅」に出かけてきました。我が家恒例の、父娘旅です。旅に行きたいところも、長女(沖縄)と次女(歴史をめぐる旅)では個性が出ておもしろいです。沼田をあとにした僕らは、沼田からほど近いところにある名胡桃城へ。いや、正直いって、NHK大河ドラマの真田丸は全部見たものの、このお城の存在なんて覚えていません。が、これまた歴史では重要な役割を果たしたお城なんですね。駐車場のすぐそこに、案内所があってそこで、名胡桃城の案内ビデオが流れていたのですが、むしろ、そこ
ご覧頂きありがとうございます!皆さんは、真田六城って知ってますか?僕ば知りません!偶然ネットで、真田六城を周った人だけが貰える御城印があることを知りました。数年前の記事かぁ、、、まだやってるかなぁ?そんな貰えたらラッキーくらいの感覚で出陣!六城は真田にゆかりのある、上田城、松代城、沼田城、名胡桃城、中山城、岩櫃城だとわかりました。例によって、お城とその100城スタンプの場所、御城印の種類や販売所を調べてみます。さすがに六城あると、1日では無理そう。2回に分けることにしました…
高崎城址公園、岩櫃山、岩櫃城本丸址、龍峨山不動堂、小野上温泉ハタの湯、シャンゴ問屋町本店の記録です。『高崎城址公園、岩櫃山、岩櫃城本丸址、龍峨山不動堂』高崎城址公園、岩櫃山、岩櫃城本丸址、龍峨山不動堂の記録です。『中央本線快速高尾発東京行き』青春18きっぷの2回目は、早起きして吾妻線沿線の岩櫃山と温泉…ameblo.jp『小野上温泉ハタの湯、シャンゴ問屋町本店』小野上温泉ハタの湯、シャンゴ問屋町本店の記録です。『小野上温泉ハタの湯』小野上温泉駅で降りて、次の列車まで一時間ある
コロナの直前、沼田城に行った時に、名胡桃城、岩櫃城、沼田城を巡るバスがあることを知り、このバスを使って城攻めしようと思ったものの、コロナであえなく運行中止。そのまま行けずじまいだったが、青春18切符を活用できるプランができたため、朝から八高線に乗り込む。八高線といい、高崎から乗った吾妻線といい、乗り鉄と思われる同志が多い。乗り換えの末、まずは岩櫃城の最寄りの群馬原町駅で降車。案内図に書かれているお勧めルートではなく「真田道」「番匠坂」と書かれている道を選択。余計なつづら折れなどなく、直登なの
みなさま如何お過ごしでしょうか、当ブログへお越し頂き、誠に有難うございます。最近、どハマりしているものがあり、ま〜何か?と申しますと、カメラ!しかも「Leica」…ライカ?そう!あのライカです。😁とは言え、私にLeicaは買えません!で、どう言う事かと申しますと…LeicaLUX|ProPhotoCaptureIntroducingLeicaLUX,acontinuationofLeica’slegendaryopticalengineering
真田の城、100円書斎Love。岩櫃城跡フリーペーパーや、パンフレットなんかのなかにも、読むと読みでがあって、しかもしっかりとした内容のものもあり、そんな小冊子とかに出会えるととてもうれしい。これはそういう一冊でした。城のパンフってけっこう好き。書くことが決まっているからか、けっこう細かく詳細を書いてあること多いんだよね。そんな城の歴史とか思いつつ縄張りみるのはなかなか楽しいものです。岩櫃城は真田の城として有名。八つ場ダムへ行く途中に右手の山というより崖の上にあった。
名称:岩櫃城城郭:山城築城年:南北朝時代築城主:吾妻氏か改修者:真田氏主要城主:斉藤憲行、斉藤憲広、真田幸隆、真田昌幸、真田信之所在地:吾妻郡東吾妻町原町指定文化財:国史跡続日本100名城登城口中城二ノ丸へ二ノ丸土塁、横堀本丸
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