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アシェット・コレクションズ・ジャパン株式会社が発行してきた「国産鉄道コレクション」(全240巻/発行完了)の付録の模型の写真を中心に、全号を順番に振り返る記事シリーズを紹介を続けています。今回は第56巻の紹介です。目玉のNゲージサイズ模型の付録は、久しぶりに新幹線の車両で、100系新幹線電車121形5000番台、山陽新幹線の"こだま“仕様に改装された後の先頭車でした。いつものようにパッケージを解いて、冊子のぺージをめくっていきましょう。巻頭記事は、久しぶりに私鉄の通勤形電車
◎゚+.。o○゚+.。o○◎゚+.。o○゚+.◎ご訪問ありがとうございます◎゚+.。o○゚+.。o○◎゚+.。o○゚+.◎岩手開発鉄道の貨物列車を見るために盛駅へやって来ましたでもなんか様子が変です車庫の前に機関車が停まっていて通過時間になっても貨物列車は走ってきませんでした運休していましたこれで3連敗ですガッカリです!☆+.。o゚★+.。♪☆+.。o゚★★ご覧いただきましてありがとうございます
岩手開発鉄道キハ301が走った最後の日-6・最終回1990.08.05-06食パンのようなキハ202が全検に入ったので、元・夕張鉄道のキハ301が駆り出されたのですが、結局はこの時が最後の走行になってしまいました。1992年4月の旅客輸送廃止後、2001年に解体。NikonF3RVP
岩手開発鉄道キハ301が走った最後の日-51990.08.05-06食パンのようなキハ202が全検に入ったので、元・夕張鉄道のキハ301が駆り出されたのですが、結局はこの時が最後の走行になってしまいました。1992年4月の旅客輸送廃止後、2001年に解体。NikonF3RVP
岩手開発鉄道キハ301が走った最後の日-41990.08.05-06食パンのようなキハ202が全検に入ったので、元・夕張鉄道のキハ301が駆り出されたのですが、結局はこの時が最後の走行になってしまいました。1992年4月の旅客輸送廃止後、2001年に解体。NikonF3RVP
岩手開発鉄道キハ301が走った最後の日-31990.08.05-06食パンのようなキハ202が全検に入ったので、元・夕張鉄道のキハ301が駆り出されたのですが、結局はこの時が最後の走行になってしまいました。1992年4月の旅客輸送廃止後、2001年に解体。NikonF3RVP
岩手開発鉄道キハ301が走った最後の日-21990.08.05-06食パンのようなキハ202が全検に入ったので、元・夕張鉄道のキハ301が駆り出されたのですが、結局はこの時が最後の走行になってしまいました。1992年4月の旅客輸送廃止後、2001年に解体。NikonF3RVP
岩手開発鉄道キハ301が走った最後の日-11990.08.05-06食パンのようなキハ202が全検に入ったので、元・夕張鉄道のキハ301が駆り出されたのですが、結局はこの時が最後の走行になってしまいました。1992年4月の旅客輸送廃止後、2001年に解体。NikonF3RVP
おやっとさぁ!窓開けて寝てたら、明け方肌寒くて目覚めたどんより空の朝。昨日本日とDr.Yの撮影、いつもより少な目のギャラリーでしたが、本日のオバタリアンズの目に余る行動には、唖然として声も掛けられず。引退まであと半年ちょっと、これからこんな俄かファンが増えるんでしょうか。さて、岩手開発鉄道の最後の撮影は…盛駅の跨線橋から。大船渡線BRTの盛駅。線路ではなくて道路、専用道路を含むバス輸送。手前の柵のとこは、三陸鉄道盛駅のホーム端。線路は気仙沼まで繋がってた、あの日のお昼までは…
おやっとさぁ!朝から降ったり止んだりの雨、そんな中、職安主催の就職塾Aを受講。履歴書なんか、もう書くこと無いと思ってたけど…またイチからやり直し、雇用保険の履歴で勤め先の在籍期間調べたあと帰宅して昼ごはん。ちょっと家事してからの…。外に出るとバンコクの11月のような湿気。今週半ばから夏がやって来そう、台風次第じゃけど。このブログで、ようやく半分。まだ半分くらい残ってますので、気長によろしくお願いします。さて、大船渡市街地に戻ってきた。信号待ちで止まった交差点のそばの建物。あの震災でも
おやっとさぁ!昨夜遅くに上がってた雨も朝から降り出しました。部屋の片付けと昨日撮った写真のPCに画像取り込み、現像して1日終わりました。このところ、九州北部の各所で線状降水帯が発生してます。被害が大きくならないように降ってほしいんですけど。被災された方々にお見舞い申し上げます。昨日は、久しぶりに新幹線撮りに出かけたんですけど、当地からお出かけ、当地へお越しになった人々が、梅雨時期なのに結構いたこと。自由席2両では…と。閑散期は自由席3両に戻してみてもいいんじゃないの?JRさん!さて
4月29日撮影の続きになります。大船渡線から岩手開発鉄道へ転戦です。なかなか撮影出来る機会がないので距離がありましたが行ってみました。ラストの撮影は釜石線か大船渡線か…
大船渡市は人口3万人、岩手県沿岸では宮古市に次いで第二位の都市で、漁業だけでなく工業も盛んな町です。市内各地に石灰石鉱山があり、採掘された石灰石は、大船渡湾の奥にある太平洋セメント大船渡工場に運ばれます。東日本大震災で甚大な被害を受けた上に、昨年2月末の山林火災では約2900ha、大船渡市の面積の9%を焼失し、鎮火には1か月以上かかりました。本当に踏んだり蹴ったりで、お気の毒な大船渡市です。バスは田茂山駅の手前でバス専用道に入り、田茂山駅、そして終点の盛駅に到着します。盛、さか
岩手開発鉄道は運休でした『大人の休日倶楽部パスで東北訪問⑤三陸鉄道南リアス線で盛駅到着』三陸鉄道南リアス線で盛駅にやってきました『大人の休日倶楽部パスで東北訪問④三陸鉄道南リアス線に乗車』三陸鉄道南リアス線に乗車『大人の休日倶楽部パスで東北…ameblo.jp三陸鉄道南リアス線の盛駅までやってきました。ホームからは岩手開発鉄道の貨車がずらっと並んでいました。運転がある日はこの貨車はひっきりなしに運行されているはずなので訪問日(平日でした)は運休でした。残念。三陸鉄道の駅舎
日の短い期間は鉱物輸送は日が暮れた後でも運行が続きます。日没後の盛駅です。BRTと三陸鉄道の交換駅ですが岩手開発にとっては工場まで行く途中のただの通過駅。列車は速度を弛めることなく通過していきました。今日もご覧いただきましてありがとうございました。おり釣具金次郎の背負子2WAY軽量アルミ背負子(しょいこ)キャリー付き煤竹(すすたけ)色(ori-785303)Amazon(アマゾン)
https://www.modellwagen.com/product/09311.html「写真帳アーカイブス」更新しました。Vol.461990.08.06岩手開発鉄道の石灰石輸送列車https://www.modellwagen.com/archives/900806.html
更新しました。Vol.451990.08.05岩手開発鉄道に元・夕張鉄道の気動車が走った日https://www.modellwagen.com/archives/900805.html
1月12日撮影になります。祝日ですが運行しているだろうと予想して賭けみました。雪の岩手開発鉄道は初撮影風が強く寒さが辛く早目に撤収でした。
◎゚+.。o○゚+.。o○◎゚+.。o○゚+.◎ご訪問ありがとうございます。◎゚+.。o○゚+.。o○◎゚+.。o○゚+.◎三陸の旅の続きです岩手県大船渡市の盛駅の様子です左の道路は気仙沼から乗ってきたBRTの道路その隣の線路は三陸鉄道の線路奥の黒い貨車は岩手開発鉄道の貨車です岩手開発鉄道は内陸の石橋の鉱山から海近くの赤崎にある太平洋セメントの工場まで石灰岩を運んでいる鉄道です石灰岩を運んでいるところが秩父鉄道に似ています旅の一
岩手開発鉄道は長安寺と日頃市という、かつての旅客駅で列車の交換が行われます。ま、狙いはしたのですがね、ちょっと考えが浅かったこともあってこんな構図しか。多分、紅葉がきれいで、列車のほうにまでアタマが回らなかったのかと。長安寺の駅近くにはおおきなイチョウの大木があってそれを何とか取り込めないかなと狙った位置がここで。この先に駅があります。山から下りてくる列車が通過すると、山への列
途中の交換駅:長安寺の駅近くにはイチョウの大木があって、見事に色づいたタイミングでした。この色は撮らなければ。ただ、なかなか撮影の条件も厳しい場所で考えた構図はこんな安易な横撃ちもので。みずみずしい黄色に助けられています。今日もご覧いただきましてありがとうございました。
この路線を撮影するのは初めてなのですよ。この線路から1時間ほど離れた遠野には何度も出かけているのに、いざ、この線路を訪問すると、いつも「運休」。考えられますか?3回も振られたのですよ。期間は言うまい。ただ、その間には震災を挟んでいる。青色とゼブラ警戒色は私の模型の機関車の配色のお手本です。4回目にしての初戦は紅葉の時期になりました。この日はフル運行だったようで撮り始める
アシェット・コレクションズ・ジャパン株式会社が発行してきた「国産鉄道コレクション」(全240巻/発行完了)の付録の模型の写真を中心に、全号を順番に振り返る記事シリーズを紹介を続けています。今回は第154巻の紹介です。毎号のお楽しみになっているNゲージサイズ車両模型ですが、本号では国鉄時代の代表的な電気機関車、EF58形の昭和29年に試験塗装を施された試験塗装第1号機となったEF58形31号機の凛々しい雄姿を見ることができます。それでは、いつものようにパッケージを解
ルートインホテルの朝食はビジネスホテルチェーン店として最低限種類もちゃんとしてます。だたお粥をちゃんと作っているところが少なくたいていが炊けたご飯にお湯をかけてふやかしたみたいなお粥が多いです。という話です。お粥はわたしは食べないですがうちの奥さんが食べてます。その感想です。6時半オープンなのですが、少し遅れていくとフロントまで大行列。ちょうどクラブか何かの団体家族連れが大勢いらっしゃいました。ホテルからの街並み昨晩からのお宿です。出発前に1枚今日は昼から雨☂予報で
盛駅で三陸鉄道リアス線に乗り継ぎます。釜石、宮古を通って、終点の久慈を目指します。こちらはJRの駅舎。三陸鉄道側にある「三陸鉄道ここに始まる」の碑で、カステラくんたちの記念写真2014年に来た時は、三陸海岸を南下してきて、ここからBRTを乗り継いで石巻に向かったのでした(→こちら)。2014年、同じ碑で撮った記念写真(カメラは、EOS6D+EF24-70/4LISUSM)。座る位置がちょっと違いましたね。コンビも、カステラくんとベルリンくまさんでした。
今月20日に発売となった、とれいん7月号です・・・・幌歌内の「小さな鉄道給油所を創る」という記事が載っております・・・簡単なプロセスも載っておりますので、ジオラマ製作のご参考に~ジオラマと共に私鉄形DD13を2輌製作しましたので、その参考実物写真と紹介も載っております
岩手開発鉄道で予備車のキハ301が定期運用に就くとの朗報が届き、万難を排して撮影行に加わりました。早朝、上野駅から新幹線に乗り12時過ぎに現地到着、キハ301の姿を観て一安心・・・アクセスに難のある場所にも関わらず、多くの同業者がカメラを構える中をキハ301が快走。(1992.3.20岩手開発鉄道日頃市駅付近)日頃市駅は山間の小駅たる佇まいで、構内踏切の電鈴式警報器が印象的でした。初日は、日没後の最終列車までキハ301を追いかけて盛駅前の旅館に投宿、大広間での夕食に集まったのは、同
大船渡に着いたのが夕方近くでしたので、最初に大船渡駅周辺を散策してから、今度は盛駅へと向かいました。まずは盛駅にかかる歩道橋からの眺めを…。こちらは駅側及び岩手開発鉄道側の眺めです。この日は土曜日でしたが、岩手開発鉄道の貨物輸送はお休みのようでした…。なので、駅構内には貨車がかなり留置されておりました。変わって反対側です。三陸鉄道の車両が2両留置されておりました。このうちの1両はゴルゴ13のラッピング車両でした。ホントは動いているところを見たかったんですけど、この日はお休みのようでした
3月6日(木)、久しぶりの降雨で、ようやく火勢が削がれつつあるという岩手県大船渡市の山林火災。あとひと頑張り、ひと我慢だといいなと思う。さて、大船渡市の地酒がれば良いのだけれど、手元にないので、釜石の地酒を呑んで応援しよう。大船渡側の、三陸鉄道始発駅「盛(さかり)」から、北隣の釜石までは、列車で50分ほどなので、ご容赦を。ともあれ、北三陸、八戸の焼きサバでカンパイ。野菜は、特売のブロッコリーを、丸々一房。これで、「浜千鳥純米吟醸ひなび」を呑む。岩手県の酒米、吟ぎんがを55%に精米した地酒