ブログ記事33件
殿の首を返せ!敗戦後も籠城を続けて主君の無念に一矢報いた英雄「岡部元信」(山内琉夢)-エキスパート-Yahoo!ニュース「桶狭間の戦い(1560年)」で主君今川義元が討たれた後も鳴海城に籠城して織田軍と死闘を繰り広げた英雄がいました。今回は、敗戦後も主君の名誉のため死闘を選んだ忠義の英雄「岡部元信」を紹介しましょう。※news.yahoo.co.jp仕えた今川家と武田家が亡びたせいか、今一つ評価が高くないように思うんだけど、相当な武将であるのは間違いないと思うんだが。ゲームとか
期間:2025/08/19〜08/26天井:100倍率:3倍初回:半額覇)伊達政宗:龍吟の金声覇)北条綱成:常勝の神威覇)磯野員昌:浅井四翼の要武)岡部元信:忠功比類無©コーエーテクモゲームス
トップページ都道府県別索引へ静岡県の索引へ城の南西に飛び出した馬場平から、シロウト時代の登城で見ていなかった甚五郎抜け道へ、いよいよ突入💨狭苦しい虎口状を通り抜けて少し下ると、さっそく見えてきた😮幅1メートル弱の土橋のような尾根が、延々と続いている…ここから振り返る馬場平そんなに厳重に守っているという雰囲気ではないが、甚五郎抜け道から登る道は南側に寄せられ、一気には突入出来ないように、そして迎撃するときは寄せ手を1列縦隊にさせて上から攻撃できるようにはしているみたい…さて、抜け道
トップページ都道府県別索引へ静岡県の索引へ標柱とミニ説明板がある本丸北側の虎口から退出して、西の方へ向かう。その前に、虎口を振り返ってみるか。外側の急斜面に張りつくように斜めに道を通し、虎口の直前で右に経路を折っているようすが見える。寄せ手を一直線に突進させないよう工夫はされているが、シンプルそのもの。さて、道を降りていった下には、これまたハッキリとした曲輪が広がる。ここは的場曲輪といって、訓練場があったとのこと。虎口は南東の方にあって、そこまでの動線が一段掘られているのが見え
トップページ都道府県別索引へ静岡県の索引へ高天神を制する者は遠州を制するとまで言われた名城にして、国の史跡そして続日本100名城たる高天神城。掛川の街から南へ8kmほどの丘陵地帯にある。今も当時の遺構を多数残していて、訪れる人も多い。源平合戦のころに砦が築かれたという伝承もあるとか。発掘調査では15世紀後半ごろらしい陶磁器が出土していて、この頃にいずれかの在地領主が築いた可能性があるとか。16世紀初頭には今川氏の城となり在地領主であった小笠原氏が取り立てられて城代となった。今川氏が滅
期間:2024/09/20〜09/25天井:300(100&200時に星4と交換可)倍率:2倍初回:半額戦)百地三太夫:隠形潜匿の極覇)上杉景勝:烈戦の志覇)甲斐姫:東国の名玉射)伊達政宗:懇切の馳走武)諸岡一羽:武術の訓射)服部半蔵:神君の衛武)岡部元信:忠功比類無©コーエーテクモゲームス
期間:2024/08/30〜09/07天井:100倍率:3倍初回:半額覇)伊達政宗:龍吟の金声覇)北条綱成:常勝の神威覇)磯野員昌:浅井四翼の要武)岡部元信:忠功比類無星3呪)大関高増:妖特効・参©コーエーテクモゲームス
なんか昔やった気がするのだが、見つからなかったんだよなぁ……まあ、いいや。先ずは星5覇道者今川義元さん敵全体物ダメ0.90敵ラ3体術ダメ1.20(死体蹴り無し)この方は過去に何度かテコ入れがあって、その都度再吟味しておったが、今回もまたテコ入れがあったので改めて……。さて、今回のテコ入れで最も注目すべきは『死体蹴り無しになった』これに尽きる。過去記事でも、「威力強化より死体蹴り無くして!」と記した記憶がある。それくらい死体蹴りは害悪。これだけで評価は大幅に上方修正され
期間:2024/04/02〜04/09天井:300(100&200時に星4と交換可)倍率:2倍初回:半額覇)今川義元:東海の覇者覇)織田信長:尾張の大うつけ戦)松平元康:欣求浄土の冀射)朝比奈泰朝:匪石之心武)岡部元信:忠功比類無星3射)今川氏真:心眼・参星2戦)飯尾乗連:妖特効・弐©コーエーテクモゲームス
2024年3月16日芥川山城を見てから高槻→大阪→新今宮→岸和田と移動。南海岸和田駅から徒歩で岸和田城を目指す。15分ぐらい歩き岸和田城の南東の角に到着。綺麗なんだけどもろ逆光です。入口は北とのことで回る。城門を入り階段を登り、旧本丸と思われる所に出る。なんか石庭がある。八陣の庭とのこと。今回下調べをあまりしていなかったのでかなり入ってくる情報が新鮮。八陣の庭は「三国志」諸葛孔明の“八陣”から着想を得たのであろうことはわかったが、国の名勝にも指定されている庭とのことで、さぞかし由
2023年1月8日の桶狭間の戦い関連史跡巡りの続き。名鉄鳴海駅から、「鳴海絞発祥の地碑」を見て、旧東海道鳴海宿から「円道寺」「誓願寺」とお参りした後は、「天神社」に向かいました。鳴海絞発祥の地・旧東海道鳴海宿・円道寺・誓願寺のレポ『鳴海絞発祥の地と、旧東海道鳴海宿と、円道寺と、誓願寺と~愛知県名古屋市緑区の史跡・寺院・街並』昨日2023年1月8日に、桶狭間の戦いの関わる史跡巡りの速報レポをアップしましたが、こちらもまたまた、シリーズでアップして行きますね~202
日本シリーズの合間観光で岸和田に来てみました岸和田城を目指しました。岸和田城岸和田城は岡部家が藩主の6万石。ガイドさんが話してましたが自分からすると岡部家とは今川家の家臣で猛将岡部元信がいた家、、武田信玄の駿河侵攻で降伏。その後、徳川家康の高天神城攻めで武田勝頼から岡部元信を見殺しにされたことで不信感を大きくし、織田信長の甲州征伐の際に穴甘梅雪とともに岡部家は徳川に寝返る。その後は徳川のために働き大名になるとこんな感じでだと思ってます。ガイドさんもここまでは語ってなかったけど
さて、昨日『【信長の野望20XX噺】夜討の戦意(1)』ラインナップの選定理由がよくわからんガチャだなコレは……。とりあえず、数が多いので2回に分ける。最初は星5覇道景勝さん。吟味済み『【信長の野望20XX噺】春の…ameblo.jpの続き。本日最初は星4射撃政宗さん。吟味済み『【信長の野望20XX噺】端午の節句23と真・薬術の極へのリンク』本当は立花夫妻ガチャを吟味したいのだが、まだ倍率わかんなくてなぁ。後の加筆や訂正が面倒なので、今後はタイムオーバーになっても数値がハッキリするまで吟味
史跡めぐりの記事です。今回は、愛知県名古屋市緑区鳴海町にある鳴海城です。桶狭間の戦いの元となった城で、今川義元は、この城の後詰に出陣しました。鳴海城(なるみ)応永年間(1394~1427)、足利氏に仕えていた安原宗範が築いたとされます。戦国時代は、今川家との争いから織田信秀が改修し、家臣の山口教継が鳴海城主となりましたが。しかし山口教継は、信秀の死後、織田信長が家督を継ぐと織田家から離反して今川義元に付きました。その後、信長の調略によって山口教継は駿河に呼びだされ、謀反の疑いで切腹され、
今日は午前中は雨が降っていたが午後には止んで晴れた。雨は今日だけで明日からは晴れの日が続くみたいだな。前回、今川家の岡部元信を倒したがミッション達成とはならなかった。他にもまだ今川の残党がいるのだろうか?ミッション達成の為に残党を探す事に…今川家の忍びが現れたので撃破。だが、ミッション達成とはならなかった。また忍びが現れたので撃破したがそれでも達成とはならず…まだ残党がいるようだ。だが、忍びを倒して以降は残党は見つからない…そんな中、頭上に橋が…この上が怪しいな。橋を渡ると何や
今日は朝は晴れていたが午後から雨になった。夜には止むようだが明日は再び雨で明日は1日雨になるみたいだな😥桶狭間の戦いが終わって次の戦いに向かう事に…エテ公の話によると織田家の領内に今川の残党がいると…食い止めに行くぞ?どうせはお前は何もやらないんだろ?今のところ一度も戦う姿を見ていないからな(-_-;)今川の残党がいる場所に到着。右にも左にも今川の兵士、上にもいるな(°°;)で…食い止めに行くぞと意気込んでいたエテ公は姿すらない。あの野郎、バックれやがったな(-_-;)まずは上
恐らくだが、榊原ガチャは吟味を行わない。榊原さんのデータが出てこないし、残りは過去に吟味済みの武将ばかり。まあ、次回の登場までにデータが出揃ってくれることを期待する。……もしくは私の手元に来るだな。最初は星4覇道政宗さん。こちらで吟味済み『【信長の野望20XX噺】新生活応援23(2)と荒ぶる運勢』さて、昨日『【信長の野望20XX噺】新生活応援23(1)』さて、新生活三年分で揃ったな。人数が多いので2回に分ける。最初の氏郷さんはこちら。『【信長の野望20…ameblo.jp〈一言二言
期間:2023/09/08〜09/16天井:100倍率:3倍初回:半額覇)伊達政宗:龍吟の金声覇)北条綱成:常勝の神威覇)磯野員昌:浅井四翼の要武)岡部元信:忠功比類無星3呪)大関高増:妖特効・参©コーエーテクモゲームス
大河ドラマ『どうする家康』ではさらっと終わる徳川vs武田の抗争、長篠の戦いで勝利を収めた徳川家康の再反撃のターン、歴史雑誌『歴史群像2023年8月号[雑誌]』の最新号での特集で見てみます。長篠から6年、高天神城を取り返す!(NHK大河ドラマ『どうする家康』の1581年に高天神城を獲り返す家康(C)NHK)抗争続く中、1581年、ついに高天神城を取り返す長篠の戦い(1575年5月)からすぐの家康の反撃武田勝頼の揺さぶりによる岡崎クーデター、築山殿・松平信康自刃事件を乗り越え、
明智秀満㉞「信長公記」『三月廿五日、亥の剋、遠江国高天神籠城の者、過半餓死に及び、残党こぼれ落ち、柵木を引き破り、罷り出で侯を、ここかしこにて相戦ひ、家康公御人数として、討ち捕る頸の注文(中略)武田四郎御武篇に恐れ、眼前に甲斐・信濃・駿河三ヶ国にて、歴々の者上下其数を知らず高天神にて干殺にさせ、後巻仕らず、天下の面目を失い侯。』天正9年(1581年)正月、信長は高天神城を包囲している家康に対して水野忠重を援軍に送った。忠重は佐久間信盛の讒言によって自害させら
明智秀満㉝「信長公記」『遠州高天神、家康御取り巻きの事遠州高天神の城、武田四郎人数入れ置き相拘へしを、家康公押し詰め、鹿垣結い回し、取り籠めをかせられ、御自身御在陣侯のなり。』徳川家康は天正8年(1580年)8月には「高天神六砦」と言われる包囲を完成した。これにより高天神城は完全に包囲されたのである。家康は10月になると自ら5千の兵を率いて布陣したが、敢えて力攻めにせず、鹿垣を巡らし、兵糧攻めを強化した。この辺は光秀の八上城攻め、秀吉の三木
明智秀満㉜このように光秀にとっては織田家中における地位向上につながった京都御馬揃えであるが、ここで参加しなかった武将について考えてみよう。まず、羽柴秀吉であるが、これは既に記したように、中国情勢によりやむを得なかったようである。次に、細川藤孝が参加していない。一応、「居城の守備」のため免除となっていたようであるが、当時の丹後で居城を守らなければならないような事態があったのであろうか。吉田兼見あての書状で藤孝は、光秀、蜂屋頼隆、松井友閑と200名の従者と共に
大河ドラマ『どうする家康』ではあっさりと滅亡した武田家について、大久保彦左衛門忠教の(忠世の弟)の『現代語訳三河物語(ちくま学芸文庫)』から見たいと思います一族などの相次ぐ裏切りによる崩壊(NHK大河ドラマ『どうする家康』で最期の戦いに挑む武田勝頼)甲州征伐の開始(NHK大河ドラマ『どうする家康』で西(織田)と南(徳川)から武田領を攻める)1582(天正10)年春、木曽義昌(妻は武田信玄の三女)は勝頼を裏切って、信長の道案内をします。これにより武田家の滅亡となる甲州征
大河ドラマ『どうする家康』の長篠の戦(1575年)で圧倒的な負け方をした武田勝頼ですが、だからといってすぐに滅んだわけではなく、1582年に滅ぶまで7年にわたる徳川との抗争が続きます。それを大久保彦左衛門忠教の(忠世の弟)の『現代語訳三河物語(ちくま学芸文庫)』から見たいと思います長篠に負けてすぐに滅んだわけじゃない武田家(NHK大河ドラマ『どうする家康』で高天神城を厳しく包囲する徳川軍)長篠(1575年)後の抗争1577(天正5)年、武田勝頼は、横須賀城(掛川市)を攻
岡部元信の見せ場があってよかった!でも、今川氏真の家臣だった人と同一人物って、歴史知ってる人じゃなきゃ気付かないよね、これでは。本当は1話丸々使って、武田滅亡までやって欲しいところだけどねぇ…。タイトルから富士遊山だもんねぇ…。出ました、森乱。乱丸が出ると、いよいよ本能寺だなぁって感じますね。しかし、金柑頭が予告で派手にどつかれてましたね。この人が本能寺を仕掛けるの?家康が仕向けるの??
三宅弥平次(57)「高天神城戦史」『織田信長の援兵が遅延によって、浜松の後詰の報もなけれど、城兵は必死を期してよく防戦したが、西の丸も取られたから、此の時今一度強く攻めたならば落城すべく見えたが、駿河先方の岡部黨は、長忠の気質をよく知るから、勝頼に乞うて使者となって和談を入れた。』天正2年(1574年)5月、東美濃を制圧した勝頼は、今度は東遠江に2万5千の兵で侵攻した。目的は徳川方の拠点である高天神城を奪取することである。元亀2年(1571年)に勝頼の父・信
2023年3月26日の大河ドラマ『どうする家康』の第12話『氏真』闇落ち氏真について氏真の闇落ちと氏真のへの複雑な思いの家康武田信玄と徳川家康で、今川家を北と西から一気に攻め、北の信玄はあっという間に駿府を落とし、西の家康も遠江を攻める中、氏真は駿府から落ちていきます。この間に、大河では今川家重臣の岡部元信と今川氏真のやりとりがあります。武田信玄の切り崩しと速攻で、氏真方の武将は武田に寝返り、岡部元信だけがおり、岡部元信は義元からもらった刀を氏真に渡して自害をすすめます(自
ついに氏真と決着…。どこまでも嫌な奴だったけど、名将・今川義元の跡取りとして負けられなかったのだろうなぁ。家臣から見捨てられ、決戦に来たのが岡部元信のみ。その岡部も掛川城には姿もなく。腹を切る度量の無さに呆れたんだろうなぁ。岡部元信なぁ…。この後武田の将として再び家康の前に立ちはだかるが、ここでも名将のジュニアが下手を打つ。大企業を渡り歩きそこで出世もできるほど優秀なのに、社長が代替わりする度に会社が傾いてしまう恵まれないタイプのお人。高天神城、身体が丈夫なうちに一度は行ってみた
皆さぁ〜ん、大河ドラマ「どうする家康」見てますかぁ〜今回は前話に続き「瀬名奪回作戦」だねって相変わらず1週遅れだな…ってことで第6話の感想ぉ!いよいよ瀬戸際の瀬名奪回作戦。本多正信と服部半蔵は前回の失敗を取り戻すべく、上ノ郷城の戦の最中に鵜殿長照とその子を生捕り、瀬名らと交換要求をするも言う作戦を進言。かなり無謀な気がするなぁ半蔵は残った服部党を使うわけですが…女性…亡くなった大鼠の娘、女大鼠。名前が短絡的だなぁ戦が始まり、半蔵ら忍びの報せをイライラしながら待つ元康(後の家康)
真、桶狭間猛将岡部元信と徳川家康(文芸社セレクション)Amazon(アマゾン)770〜2,233円岡部元信は、今川館での家康との親交や、桶狭間で今川義元が討たれた後の鳴海城開城、義元の首級の返還、刈谷城攻撃、さらには武田勝頼に仕えてからの高天神城の戦いなどが知られています(高天神城の戦いはさらりと書かれています)。今川氏親(9代当主)と寿桂尼の3人の息子、長男の氏輝(10代当主)、次男彦五郎、三男義元と異母兄の恵探。氏輝の病死と同時に彦五郎が亡くなり、花倉の乱へ。太原崇孚(雪