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僕はその昔、そこまで7戦6勝のオークス馬イソノルーブルをエリザベス女王杯で本命にしたことがある。この世代の牝馬は『奇跡の復活』で知られる名馬トウカイテイオーがなるべく重賞競走を使わずにクラシック3冠を勝とうとしたこともあって重賞勝ちの多い世代である〈らしい〉。イソノルーブルはJRAが買い手の着かない馬をまとめて捌く所謂「抽籤〈ちゅうせん〉馬」として売られた馬の1頭で彼女の売値は500万円だった。同期にはシスタートウショウ、スカーレットブーケ始め名牝とされる馬が数多おり、安馬で激しい気性の彼
競馬界では藤岡康太騎手の追悼の話題が持ちきりでした。藤岡康太は父が調教師の藤岡健一さん、兄も騎手の藤岡佑介さん。競馬一家であるが故に小さな頃から競馬界との縁も深く、しかも明るく誰からも好かれる騎手でした。去年は中央競馬史上初の当日の乗り替わりでのG1勝利を決めました。そして今年はこれまでランキングベストテンに入るなどこれからが嘱望されていた矢先の悲劇。競走馬にしても騎手にしてもあるいは厩務員にしても突然の事故に見舞われて命を落とす事も稀ではありません。私が記憶にあるのは、こちらも若手の有望株
中山開催は今週で終了年末から一開催を除いてずっと中山競馬場を使っているから、馬場は相当傷んでいると思いきや、そうでもなく、おそらく皐月賞の勝ちタイムも2分かからないでしょうね20世紀末の中山開催、開催の初め頃は内側の柵を外にずらして内側の芝生を保護していて、開催が進むに連れてその柵を外すなんてことしてましたそして皐月賞の時には馬場の内側3頭分くらいがなぜか芝生が青々としていたんだよねスペシャルウィークがセイウンスカイを捕らえられなかったのは、絶対に芝生のせいだよ!と、今でも思う・・・
先月下旬の高知の塚本雄大騎手に続き、昨日はJRAの藤岡康太騎手がレース中の落馬が元で亡くなってしまった。馬に乗ったことはないが、人間の頭の上より高い位置で乗り、時速60kmの速さで競馬をしている。これまでも落馬事故はたくさんあり、最近はドバイでのルメール騎手に、古くは福永洋一騎手となる。藤井勘一郎騎手は、落馬により重篤な負傷が回復せずに引退。自分が本格的に競馬をするようになった20代の頃だと、岡潤一郎騎手がレース中の落馬が元で亡くなった。自分が生で競馬を見る時に、落馬事故に遭遇したくな
桜が散り、桜吹雪がそこらじゅうで見れた今日。朝からブルーにする自体が、、、。曙太郎と藤岡康太が死ぬ。曙太郎はかなり前から体調がかなり悪いので死んだか、、、。が、実感。藤岡康太は復活すると思って信じてたので残念でしかない。曙太郎は、若貴のライバルとして、横綱までなり、引退後は格闘技の世界に進み、大晦日に、ボブ・サップと戦い、ヒキガエルの様な状態でKOされて、格闘技の世界で失敗。プロレスに転向して、武藤敬司の師事をうけて、横綱のプライドを完全に捨て、プロレスラーとして頑張ってたのは、プロ
2月16日1993年2月16日〜岡潤一郎騎手没〜本日2月16日は岡潤一郎騎手の命日1月30日の落馬事故後2月16日に亡くなった24歳だった岡騎手はデビューから毎年コンスタントに40勝以上し、6年目の始め落馬したG1勝ちはリンデンリリーでのエリザベス女王杯リンデンリリーの仔にヤマカツリリーがいるヤマカツリリーは生涯2勝しかしていない1勝の身で臨んだ阪神JFで安藤勝己JKを背に2着年が明けてフィリーズレビューで2勝目を挙げ桜花賞の出走権を得たクラシックは桜花賞、オースクと
これは、まだ絶好調のときのものだ。勝負は、時により皮肉な結果をうむ。このレースが最期で、黄泉の国へ逝ってしまった…
先日、ネットニュースをツラツラと見ていて、ふと目に止まったのがこの記事。セルヒオ・リコ落馬事故落馬事故での昏睡状態から回復のセルヒオ・リコ、コミュニケーションが取れるまで回復と妻が報告…記憶も問題なし(超WORLDサッカー!)-Yahoo!ニュース落馬事故により昏睡状態に陥っていたパリ・サンジェルマン(PSG)のGKセルヒオ・リコだが、現在はコミュニケーションが取れるようになるまで回復したようだ。フランス『レキップ』が伝えた。news.yahoo.co.jp彼は元スペイン代表で、パリ・
23年1月29日30年も経ってしまった〜1月30日〜30年前の1993年1月30日京都競馬場午後の新馬戦で落馬事故があった落馬したのは岡潤一郎騎手事故から約2週間祈りも頑張りも通じることなく彼は亡くなった24歳だった伊集院静さんの『旅だから出会えた言葉Ⅱ』(小学館文庫)に武豊騎手と岡潤一郎騎手についての記述がある弟のように可愛がっていた※実際の年齢は武騎手がひとつ下だが岡騎手は普通高校を中退して競馬学校へ入学したためデビューは武騎手の一年後※武騎手の落胆は激しく
22年9月18日ローズステークス〜リンデンリリーと岡潤一郎〜もう30年も前の話1991年ローズステークスはリンデンリリーが勝った鞍上は岡潤一郎その後コンビはG1エリザベス女王杯も制したがゴール後に岡騎手が下馬リンデンリリーはゴール前直線で故障を発生していたらしいJRAの発表では右前脚浅屈腱不全断裂そのまま引退し繁殖の道へ進んだこの手のケースでは馬を愛する正義の味方が登場する「何で競争を中止しなかった」「馬を潰してまでG1勝ちたかったのか」朝日杯のタガノテイオー天皇
みなさんお疲れ様ですこんばんは1991年エリザベス女王杯最初で最後のG1勝利人馬共に波乱の生涯その馬の名はリンデンリリーは元々の脚部不安で春のレースに出走出来ず。そんなリンデンリリーは秋のエリザベス女王杯で、低評価を覆す強さで勝利。そんなリンデンリリーの背には天才と呼ばれた、岡潤一郎騎手。翌年の落馬事故で帰らぬ人に。(思い出すと今でも涙が込み上げる)岡潤一郎騎手の最初で最後のG1勝利となってしまった。岡潤一郎騎手、リンデンリリーエリザベス女王杯と言うと、この人
今年もエリザベス女王杯の季節。思い出す人や馬。競馬から馬が好きになり乗馬へ、って人は多いみたいだけど、私は乗馬が先でした。同じ乗馬クラブの人に誘われて競馬場へ。時はオグリキャップ人気で汚いおっさんしか居なかった競馬場に(勝手なイメージです。すみません。)若い女子たちが参入し始めた時期。女子に混ざって競馬場へ行き、最初にファンになったジョッキーが岡潤一郎くんでした。最優秀新人賞とか獲ってて勝ち星も量産してたのに、なかなか重賞には手が届かず。ようやく獲
先週、6年前の皐月賞、ダービーを制した2冠馬・ドゥラメンテが急性大腸炎で、わずか9歳で急死した。自分は3冠目の菊花賞当日の京都競馬場へ行き、故障で回避したドゥラメンテ不在の菊花賞、キタサンブラックのG1初制覇を現地観戦した。ドゥラメンテの死でまず思い出したのが、出走しなかった菊花賞というのも変な話だが。競走馬の死を扱った本としては以前、「サラブレッド101頭の死に方」を紹介したが、そんな悲しい本は他にもある。「追憶」著者:青木幸三発行元:(株)日本短波放送発行日:1995年
24歳でこの世を去った岡潤一郎が出会った名パートナー、リンデンリリーこんばんは、管理人の狐です(´_ゝ`)ノ今日の夜話はリンデンリリーです。7戦目でG1エリザベス女王杯を制覇したものの、故障発生。表彰台にすら立てないまま引退した名牝…というよりも、あの岡潤一郎騎手が最初にして最後のG1制覇となったエリザベス女王杯の騎乗馬ということのほうが有名でしょうか?もし、在命していれば…JRA屈指の名騎手になれたのではないかと管理人は思っています。リンデンリリーは、父ミルジョージ…日本で大成
今から26年前の1993年2月16日に「武豊のライバルになれる騎手」と言われ、将来を嘱望されていた若手の有望騎手が亡くなった。17日前の1月30日に新馬戦で1番人気の将来を期待されていた馬の背中に乗って落馬事故に遭い重体となり、17日間の闘病の後に力尽きた。古いファンならご存知の通り、岡潤一郎騎手の事である。岡騎手は当時、デビュー以来5年間安定して年間40勝以上を上げて、デビュー3年目にユートジョージ(NHK杯)で初重賞。そして同年には当時大人気だったオグリキャップにも宝塚記念(2着)
■□大金を手にする絶好のチャンス!□■一昨日の「セントライト記念」で8番人気サトノルークスの激走を見抜いて3連複10190円を5点で的中させた「元JRA調教師」の私が、今週は「オールカマー」や「神戸新聞杯」などの「お宝情報」を「完全無料」で公開!詳しくはこちら。↓↓↓↓↓★ここをクリック★・・・・・・・・・・こんにちは。元JRA調教師で、今は、「パーフェクトホースマンズ」の「調教師情報部」に所属している山田要一です。一昨日、武豊君が、パラーティウムに乗った阪神
1991年11月10日(日)7回京都4日第16回エリザベス女王杯(GI)サラ系4歳2400m芝・右外(混合)牝オープン定量天候:晴芝:良1番人気11番リンデンリリー(岡潤一郎)2番人気7番イソノルーブル(松永幹夫)3番人気12番ダイカツジョンヌ(岡部幸雄)レース結果着差人気1着⑪リンデンリリー(岡潤一郎)12着⑯ヤマノカサブランカ(安田隆行)243着⑭スカーレットブーケ(千田輝彦)274
こんにちは。先週のレースで三浦皇成ジョッキーが落馬負傷。。骨盤骨折。。長期離脱となってしまいますね。。時間はかかってもまたターフに戻ってこれるように回復を祈ってます。ジョッキーは華やかな職業ですが死と隣り合わせでもあります。落馬事故により亡くなられた騎手も少なくはありません。若手の期待の星としてあのオグリキャップにも騎乗した岡潤一郎さんもその一人です。岡潤一郎さんは北海道の様似町出身で私の父と同じ高校に一年だけ通っていました。武豊ジョッキーの一個下の代の(年