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2026年3月11日、JR西日本岡山電車区所属の115系A07編成が廃車のため、自走の上で所属先の岡山電車区から下関総合車両センターへ回送されました。A07編成は相生駅で1回、三原駅で1回の合計2回会うことができました。末期色1回と体質改善色1回の2回共違う色で会えたのも今では懐かしい思い出です。どちらかと言えば大人しい色合いの体質改善色も今ではすっかり懐かしく感じます。227系の増備に伴う運用減での余剰廃車と思われますが、岡山の115系も着実に姿を減らしており、見れなくなる日もそう遠く
2026年2月24日、JR西日本岡山電車区所属の115系A15編成が廃車のため、所属先から下関総合車両センターへ自走の上で回送されました。115系A15編成は1度だけ備中高梁駅で会ったことがあり、381系特急やくもとの並びが見れたのも懐かしい。出会いはこの1度だけですが、1回でも会えて良かったかなと思います。115系も岡山電車区からまた1つまた1つと着実に姿を消しており、末期色ではあるものの見れなくなる日が近づいているのを実感します。最後ぐらいまともな色で見たい思いもありますが、今さら感
2026年1月22日、JR西日本岡山電車区所属の115系D10編成が廃車のため、自走の上で下関総合車両センターへ回送されました。227系増備に伴う余剰車発生と推測され、115系が順次廃車回送が進んでいます。D10編成は糸崎駅で1度だけ会ったことがあり、広島の227系との並びを見たのが最初で最後の出会いとなりました。末期色の115系ですら最近は撮っている人が多いのかな?これも時代の流れなのかもしれませんね。最後ぐらいまともな色に戻ってほしい気もしますが仕方ないですね。最後にありがとうそし
さあ,5位以降の発表です5位HC85JRHC85系ハイブリッド車(ひだ)セット|製品情報|製品検索|鉄道模型トミックス公式サイト|株式会社トミーテック【JRHC85系ハイブリッド車(ひだ)セット|製品情報|製品検索】鉄道模型トミックス公式サイト(トミックス鉄道模型の最新情報が満載)www.tomytec.co.jp5位にランクインしたのは,HC85ひだ号です実車の紹介https://ja.wikipedia.org/wiki/JR%E6%9D%B1%E6%B5%B
2026年1月5日、JR西日本岡山電車区所属の115系D-14編成とD-04編成が廃車のため、所属先から下関総合車両センターへ回送されました。D-14編成は倉敷駅で1回、三原駅で1回の合計2回会うことができ、うち1回は乗車することができました。一方でD-04編成は結局1度も会うことができぬまま廃車回送となりました。岡山エリアに227系が導入され、岡山電車区の113系や115系が順次置き換えられていっています。黄色で絶不評で末期色と呼ばれた115系も最後は撮る人が多かったのかな?115系
2025年12月8日、JR西日本岡山電車区所属の115系D-07編成とD-16編成が廃車のため、自走の上で下関総合車両所へ回送されました。D-07編成は金光駅かどこかで1回会ったことがあり、それが最初で最後の出会いとなりました。一方D-16編成は1度も会った記憶がなく、恐らく1度も会っていないと思われます。D-07編成は青色のラッピング時に1度会っており、SETOUCHITRAINのラッピングも懐かしく感じますね。115系も数を減らしつつあり、末期色で残念だった思いから16年、もはや過
3月14日のダイヤ改正で岡山地区から数を減らした115系です。ちょっと古めの製品ですが未整備でした。115系は1963年に登場した車両で車齢60年の国鉄車両です。すでに広島地区からは引退し岡山地区で最後の活躍をしています。ちなみに300番台は1973年に登場した集中式冷房装置の車両です。1986年に三鷹電車区から岡山電車区に転属して横須賀色から湘南色、西日本の黄色単色に塗り替えられています。西日本に延命改造でベンチレーターがなくなりスッキリ、ちょっと新しく見える115系です。
2025年11月18日、JR西日本岡山電車区所属の113系B16編成とB8編成が廃車のため、自走の上で所属先から下関総合車両所へ回送されました。B16編成とB8編成は岡山電車区に残る最後の113系の2編成、この編成たちが廃車回送されたことで岡山電車区から113系が消えてしまいました。惜別113系の装飾が施された上での回送、これが本当に岡山の113系が最後であることを感じさせます。B8編成は1度も会ったことありませんが、B16編成は姫路駅で1回と柳井港駅かどこかで全検出場回送を撮ったことが1
2025年10月12日、JR西日本岡山電車区所属の115系D-01編成が廃車のため、D-02編成と共に所属先から後藤総合車両所へ回送されました。普段は廃車回送は下関総合車両センターへ回送されますが、解体のキャパの関係で後藤総合車両所へ回送されたものと思われます。227系の導入に伴い岡山電車区の115系の廃車が進んでいます。末期色の115系が出てから15年ぐらいが経過し、すっかりおなじみになったこの色でさえ狙って撮る人がいるぐらいで時の流れに驚きを隠せません。115系D-02編成は1度も会
2025年9月21日、JR西日本岡山電車区所属の115系D-05編成とD-20編成が廃車のため、自走の上で所属先から幡生まで回送されました。岡山エリア227系の導入に伴い、余剰となった115系が順次廃車回送されています。増備も着々と進み、廃車回送も着々と進んでおり、残っている編成もそう多くないかと思われます。D-05編成は赤穂線の日生駅と備前片上駅で1回、D-20編成は宇野駅と茶屋町駅で1回会うことができました。どちら編成も末期色になってからしか会ったことがなく、塗装変更前の姿は結局1度
懐かしい写真が出てきました。相生駅にて、2008年8月です。普通姫路行き電車は岡山電車区のK02編成です。いわゆるカフェオレ色とか言われてたやつです。岡山のK編成は4両編成で中間2両が117系改造の3500番台でした。中間2両が2扉で両端2両が3扉という・・・3500番台はモハユニットの外側にパンタグラフが付いているので遠目にも分かります。227系の増備でそう遠くない将来に岡山電車区の115系は運行終了の見込みです。既にこのカフェオレ色はありませんが・・・
↑1994年夏の岡山電車区115系の冷房化はK編成に残存していた片側のクハが優先された。オール非冷房のB編成は残存することに。画像は新K02編成。全て1994年撮影。意外な展開となった。マスカット色103系は5編成が揃ったことになり、非冷房の115系B編成は置き換えられるかどうか?というのが1994年夏の関心事であった。結果は残存であった。手が加えられたのはK編成であった。その片側のクハが全て冷房車に取り替えられた。その手法は、下関(広島)から迎え入れたA11、12、14編成
アーバンネットワークの影の功労車として岡山電車区の115系を何度か取り上げてきた。その岡山115系の本場での活躍の状況を1994年上半期の画像とデータで振り返ってみたい。ホントにお世話になっている「JR編成表」´94夏号を参考に。岡山電車区115系のラインナップは、小山から転入してきた非冷房車のグループ、後に伯備線電化を見据えた、あるいは伯備線電化用の1000番台が基本である。当初は4M2Tの6連であったが、短編成化により組み換えられた。その際に三鷹区からの転入車も加わった。この組み換えは
↑前7両は岡山電車区からアーバンネットワーク3扉化推進のため網干電車区に転入した115系。快速運用で221系をサポートした。全て1994年撮影。221系新快速の猛然とした走りは、当時の社長を象徴するものであった。強力なリーダーシップでJR西日本を牽引したのである。株式上場もそれを後押しした。効果は出てきて、国鉄時代を払拭するかのように車内や駅に乗客が溢れるようになった。とりわけ、新快速は慢性的に混雑するようになった。2扉の117系に遅延が目立つようになった。221系に代表される3
↑↓湘南色の頃のA01編成。ごく当たり前の編成であった。1993年頃。こちらでも廃車回送の便りがあった。慣れ親しんだ編成であり、あって当たり前な存在だった岡山電車区115系A01編成。おわら風の盆のような、どこか哀調のある風の便りでもある。それはこの時期らしい終わり方に思われた。岡山地区の1000番台に初めて乗ったのは宇野線快速だっただろうか?113系宮原車の後を継いで、モノクラスの長編成で宇野線をくねくねと駆けた。本線でも乗り合わせる機会も増えた。山陽地区に残存していた80
↑宇野線に乗り入れた岡山113系B01編成。京都L13編成の借り入れである。全て2011年8月。宇野。岡山の113系B編成の活躍も年数を重ねてきたことになる。残存編成は僅かとなったようだが。このB編成を時期的に分類してみると、2012年のB07~B09編成以降とそれ以前の編成に分けることができるようだ。B07編成~は黄色く塗装された正式な配置車両で、2012年から順次増強されてゆき、一時期多数の編成が存在した。それ以前の編成は借り入れ車で構成されていた。113系の借り入れは1
↑岡山電車区B06編成。末期まで稼働した非冷房編成であったが、B05編成ほど注目されなかったようだ。1995年。1995年には大活躍をした岡山電車区115系の非冷房編成であるが、このB06編成は下関寄りの幌付きがシールドビーム改造車であったことからか注目度は低かったようだ。オーソドックスな4連であり、編成を崩さず最後まで活躍した。103系H編成投入後の1994年もけっこう使用されており、オール非冷房8連の姫路方に連結されることもよくあった。その姫路方は大型ライトのクハ115-
岡山駅で顔を合わせた115系B編成。フル稼働に近く渾身の力走が続いた。1995年8月。文字通りの総力戦となった1995年の夏。岡山電車区115系ではアーバンエリアに送り出したA編成の穴を埋めるため、非冷房ではあるがB編成の頑張りが目立った。瀬戸大橋線開業の頃には、満員の乗客を乗せて、姫路~岡山を奔走した。その頃をしばし彷彿させた。↑向日町運転所から網干電車区に貸し出された113系C編成。12連快速の先頭に立っての活躍である。1995年8月。↑強力な助っ人とな
↑倉敷マスカットスタジアムのプロ野球臨に使用された新B09+B05編成。1995年4月。総力戦の岡山電車区115系を象徴しているのが、この新B09編成であろう。保留車をかき集めて、もう1編成つくったのである。下関寄りは懐かしいクハ115-602である。K編成のオール冷房化により保留となっていたものの復活である。もとクハ111でありグロベン装備の非冷房車だ。モハユニットは300番台の保留車320だ。B編成を置き換えるための冷房車であったが、先頭車両をK編成に挿入されて、編成を解かれ
↑Mc車を中間に入れた変則のB08編成もB10編成組成↓のために消滅した。1994年。いよいよ総力戦の展開になった岡山電車区115系。車両の貸借で余剰が出たり、保留車の活用などにより組み換えが発生した。目立った動きとしては、中間にMc車を入れたB07.08編成が組み換えられたことである。そして、いずれも新編成では中間のクモハ115が先頭に出ることとなった。ちなみに1994年時点での残存B編成は、←姫路下関→Tc
↑再び岡山駅に端正な姿を現した115系B05編成。アーバンエリアへA編成を送り出し、その代役を勤めるためだ。1995年3月。岡山電車区に残存した115系B編成5本。1994年の夏を前にして、その端正な姿も見納めかと思われた。マスカット色103系冷房車のH編成5本が出揃ったのだ。↑岡山エリアで運用を開始した103系H編成。1994年。この103系、冷房車ではあるがトイレは付いていなかった。岡山~三原間の運用のみならず、姫路、播州赤穂、呉線回りの岩国と広範囲の運用となった
↑姫路を目指すオール非冷房の115系岡山車B03編成。ある理由で愛車に。1994年。晴れの国で盛り上がっている時に、非冷房車の話題で恐縮であるが。岡山電車区のB編成といえば近年では113系であるが、30年前は非冷房の115系であった。しかし、やはり置き換えの対象にはなっており、9編成のうちの4本を下関から広島を経て転入してきた300番台A11~14編成により置き換えられた。撮り鉄からすれば幸運なことに、この時の置き換えは主にシールドビーム改造車であり残存編成はほとんどが大型ライ
↑オール非冷房115系岡山車B07編成。白地の普通幕を掲出。1994年。*前面表示幕の話が出たので、それに関連して30年前の115系岡山車を振り返ってみたい。当時はまだ非冷房車が健在で、当然ながら湘南色であった。(データの間違いを訂正しました。*印)電車のスタイルは関西圏と山陽地区では流儀が異なっていた。特に行先表示で関西圏は前面表示が主流であったのに対して、山陽地区では側面が主流で長らくサボが使用されてきた。80系の名残だろうか。広島、下関車では前面幕を使用しないのが通常の
令和6年11月10日撮影分前回の続きマリンライナーの救援列車の撮影へ再度出撃!どうやら5両編成のマリンライナーが救援に向かい、223系だけを岡山に連れ戻すべく9両編成で走るようですが、終電後に編成撮りできるわけもないので明るそうな場所へ本四備讃線•宇野線櫃石島高架橋付近での架線切断に伴う故障車両(一部編成)の回送(児島駅から所属先(下関総合車両所岡山電車支所))223系5000番台中オカP7編成+5000系四カマM1編成+(当該)223系5000番台中オカP2編成
令和6年10月25日撮影分前回の続きある場所へ寄り道!いました!D-27運用離脱してここに留置されていましたしかしまだ検査期限は残っているはずで、この時期にここに疎開させられたのは一体何を企んでいるのか…?というかんじでした結果は皆さんご存知の通り、しばらくするとここから脱出して運用復帰になりましたね後ろはD-28扱いが他と異なる編成から廃車にしたかったのか、年度内に1600番台込みの編成は全滅してしまいましたね40Nの編成が無くなるのもそのせいなのでしょうか?まだしばらく検
みどりはんのXに新製品追加情報が。【#ミドリの製品情報】#JR115系は、国鉄時代におよそ1900両が製造された勾配路線用の近郊形車両です模型化された<32013>では、車両番号、ATS表記、エンド表記、所属表記が付属する車両マーク(新規製作)から選択可能です↓詳細はこちら↓https://t.co/rHJTy88KB1pic.twitter.com/VknkMn6X7J—グリーンマックスofficial(@Model_Greenmax)February25,2025320
鉄道コムへTetsudo.com(鉄道コム)鉄道ファンのための“みんなで作る”鉄道情報サイト。鉄道に関するイベント情報、未来ニュース、車両トピックスを掲載。インターネット上の公式リリース、ブログ、動画、つぶやきなどを集めたリンク集や、参加型ゲーム「駅つなゲー」も提供。rd.tetsudo.com今回は、岡山電車区のマスカット色103形の写真をご紹介します。下の写真は岡山駅の写真です。岡山電車区の103形は4両編成5本が導入されました。1994年〜2009年までの短い期間の活躍でした。
2024年12月10日、JR西日本岡山電車区所属の115系D31編成が廃車のため、下関総合車両所へ回送されました。同じく回送されたD03編成は出場試運転を行い、まもなく所属先に回送されるみたいですが、D31編成は廃車となり命運が分かれたような気がします。D31編成は児島駅で1回見たことがありますが、これが最初で最後の出会いとなりました。2010年頃に今の末期色になったと思われますが、塗装変更前の姿は結局見ることなく変わりましたね。最後にありがとうそしてさようなら115系D31編成
2024年11月17日、JR西日本岡山電車区所属の113系B19編成が廃車のため、下関総合車両所へ回送されました。113系B19編成は元宮原総合運転所113系S-5編成だったはずです。宮原で見た車両が紆余曲折を経てこうしてまた岡山でも会うことができたのも何かの縁なのかもしれませんね。227系uraraの導入に伴い113系や115系の置き換えが活発化、113系の置き換えは急ピッチで進みあれよあれよと廃車回送が続きました。末期色が初めて出た時はがっかりしましたが、今ではそれさえも貴重になりつ
2024年10月3日、岡山電車区所属の115系D30編成が廃車のため、同所所属の115系D22編成と共に下関総合車両所へ回送されました。D30編成は特異な外観をした115系、G編成とも違う外見でなかなか面白い編成でした。どうようなスタイルは他にも存在していましたが順次廃車回送が進んでおり、このスタイルもこの編成が最後なのかもしれません。227系500番台による115系や113系の置き換えは継続的に進行し、廃車回送される編成は今後とも増えてくることでしょう。最後にありがとうそしてさようなら