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ヨだヨ「車掌車」界のアイドル(多分一番人気)ヨ8000形だよそもそも「車掌車」って「車掌車」(笹田昌宏氏著)によりますと・・「車掌車」とは・貨物列車の最後尾に連結されており貨物列車には不可欠な存在であった・1985年に貨物列車への連結が原則廃止となったため数がぐぐーーんと減り「ぐぐーーん」とは本には書いてないよ現在ではまれにイベント用、特殊輸送時の控車として姿を留めるのみとなっている「車掌車の役割」とは・・・車掌
続きです『レトロ校舎は好きですか?』見学できる廃校した学校の木造校舎前々から行きたいと思っていましたが思いきって行ってみたよ鹿児島県伊佐市の再北地布計(ふけ)地区にある布計小学校跡…ameblo.jp誰もいないと思っていた校舎に人がいた廊下をつかつかと歩いてきたナッパ服の人が言うには「お待ちしてました。特別講義にご案内します」「この教室に入ってください」「二年さくら組」と札がかかった教室に案内されたナッ
レトロ校舎ネタの途中ではありますが・・今回がっつり鉄ネタでいきます『レトロ校舎は好きですか?』見学できる廃校した学校の木造校舎前々から行きたいと思っていましたが思いきって行ってみたよ鹿児島県伊佐市の再北地布計(ふけ)地区にある布計小学校跡…ameblo.jp熊本県水俣市久木野にある(南阿蘇にも「久木野」はあるね)薩摩布計駅と同じ山野線の廃駅「久木野駅」こちらにも立ち寄ってみましたここにはみ~んな大好き国鉄ヨ800
見学できる廃校した学校の木造校舎前々から行きたいと思っていましたが思いきって行ってみたよ鹿児島県伊佐市の再北地布計(ふけ)地区にある布計小学校跡明治32(1899)年開校昭和54(1979)年に廃校近くには布計金山がありその盛衰と運命を共にした小学校だったようです常時開いているわけではなく伊佐市役所大口庁舎で鍵を借りないといけません大口庁舎で鍵をちゃちゃっと借りて布計小学校跡へGO布計小学校跡へ向か
その後は…山野線に乗るつもりで…大口行に乗り鯉のぼりを見たりし大口に行き薩摩大口駅跡に行きました。
今シーズンの桜は今日が見納めか?ライトアップされる桜が有ると聞いて湧水町の稲葉崎へ。この辺りは冬はイルミネーションで地域をあげて取り組んでいるチームワークの良いところみたい。今シーズンは終了かな。昔の国鉄山野線跡と聞きます。続いて伊佐市の湯之尾駅跡へ。こちらは過去にツーリングの時など回遊していたので行きたい場所でした。こちらも散り始めかな。軌道跡。鹿児島は廃線になったものがあちこちに在り何か懐かしい風景があちこちにあります。霧島市に戻りながら道の駅霧島へ。こちらも散り始めてました
薩摩大口駅は、国鉄・宮之城線(川内~薩摩大口間の66.1㎞/1987年廃止)、JR九州・山野線(1988年廃止)の駅でした。私は居住していた2000年度には、すでに廃止から12~13年が経過していました。すでに当時、人口減少の流れが止まらない状況でした。現在の伊佐市に相当する地域(大口市+伊佐郡菱刈町)の人口は、1990年「3万6146人」→2000年「3万3508人」→2020年「2万4453人」と推移しています。薩摩大口駅の跡地の一部に建てられた、大口のランドマーク的な存在だった「
「さつまふけ」と読みます。1988年に廃線になったJR九州「山野線」(熊本県の水俣駅~鹿児島県の栗野駅間の55.7㎞)の駅です。1935~1988年の53年間の駅でしたが、当時は鹿児島県最北の駅でした。山野線は、沿線に金鉱があったために敷設された路線です。布計金山は、明治期に鉱脈が発見されましたが、1976年に閉山になりました。大口在住時に数回、訪れたことがあります。私の中では、どこか浮世離れした雰囲気が忘れられず、再訪しました。[写真は、鹿児島県伊佐市の旧「山野線」・薩
10月10日(木)3日目です。本日は赤瀬駅から肥薩線に入り、山野線と宮之城線の廃線跡を訪ねる予定です。山野線は少ないですが、宮之城線は痕跡が多いので、全て消化は厳しいと思われます。最初に訪れたのは坂本駅です。八代からR219はまだ未開通部分があり、日奈久温泉経由で行くことになりました。駅舎自体は大きな損傷を受けていないようです。上が今回、下が2018年5月まだ水害前の時のものです。但し駅前ロータリーは綺麗に更地になっており、相当被害があったものと思われます。ホーム側に出てみました。駅
旧山野線薩摩大口駅跡を訪問駅跡地の施設に「大口歴史民俗鉄道記念資料館」がありますまた、車掌車両や腕木信号機にポイントなどが展示されています車掌車両を撮影
山野駅跡を訪問山野駅跡は地元の集会所になっていました駅名標と車輪を撮影がありましたので撮影また「山野駅跡之碑」の記念碑がありました山野駅は1988年2月1日に山野線廃止と共に廃駅となりました
今回の『駅【超簡易版】』シリーズは、鹿児島県湧水町の中心市街地に位置する肥薩線の駅で、かつては山野線が接続していた、栗野駅(くりのえき。KurinoStation)です。尚、写真は2011年撮影で、古いです。ご了承下さい。隣の駅八代方……吉松駅隼人方……大隅横川駅撮影時2011年10月栗野駅は簡易委託駅で、かつては主要駅だったことから、立派な駅舎を有しています。北側に出入口があります。ICカードは利用できませ
今では鹿児島〜熊本間の長大ローカル列車になった肥薩おれんじ鉄道F8.01/50ISO12500.0かつて、国鉄鹿児島本線の主要駅のひとつだったこちら水俣駅から宮崎方面に横断する1本のローカル線が分かれていました。F8.01/50ISO6400.0県境をまたいで、鹿児島県の大口市と今では国内唯一の金山となった菱刈を経て旧・鹿児島本線だった肥薩線の栗野までを結んでた山野線です。F8.01/60ISO1250
楽しみにしていた最新号は九州特集!冒頭のEF81-303特集に始まり・・・485系特急にちりん。今はなき山野線で活躍したキハ52。現在は第三セクター南阿蘇鉄道となっている高森線で活躍したC12形蒸気機関車。今はなき筑肥線廃線区間にあった筑前簑島駅。ED72・ED73・ED74・ED75-300・ED76・EF70・・・・九州で活躍した交流電気機関車6形式が登場!!国鉄形のC12形蒸気機関車や、キハ07と同系のキハ100形
2024年5月26日(日)さて、前回の行程から8年ぶりのバスの旅だ。八代駅⇒(徒歩2km)⇒八代市役所前前日は関東から新幹線で博多入り、ソニックのスピード、別府からのあそぼーい展望席を満喫して、八代駅へやってきた。八代市は駅と市街地が2kmほど離れており、次のバスは駅からも乗れるが、今夜の宿は八代市街地。最終バスは終わっていたのでのんびり歩いて八代市役所までやってきた。177.九州産交バス(八代)八代田浦線(道の駅たのうら行)熊本200あ344八代市役所前→道の駅たのうら(250
こんばんはここはかつてJR九州山野線の線路があった場所堂原トンネル跡塞いであります線路跡に何があるかというと氷柱1m以上あります自然が作り出す芸術です氷筍鹿児島讀賣テレビのMさんも取材に来ていましたやまのせんさつまふけえきあと山野線薩摩布計駅跡1988年(昭和63年)2月1日に廃駅ホーム跡も残っていますが、何か悲しいですここにはかつて金鉱山もありました綺麗な川みっけこちらも氷柱カワセミありがとうございます❗
今回は肥薩おれんじ鉄道編八代駅でおれんじ鉄道に乗り換えますくまモンコラボ車両座席カバーもくまモン進行方向右側に座りたかったけど席が空いてませんでした😅車両のいたるところにくまモンカバンが掛けてあります先に貨物列車が発車していきました出発八代駅奥の側線に引退したキハ66・67が放置されてました草が絡まってます😅球磨川を渡るところで肥薩線のトンネルが見えました2019年7月の大雨で肥薩線は不通状態で草が生い茂ってます多くの場所で路盤が無くなったり、
高千穂峰からの帰り道編[曽木の滝]大雨のダメージで中まで入れませんでした。残念…。でも迫力あり。[曽木発電所遺構]冬期は水量で全貌は見えませんが上の部分が顔を出してます。ノスタルジック。[山野線西山野駅跡]世界遺産じゃなくて世間遺産(笑)上がると草ボーボー冬場じゃないとムリでもホーム跡がしっかり見え逆に廃れ感かが良いかも車輪放置プレイ現役時代も草ボーボーやん[山野線薩摩布計駅跡]コチラは整備されてた、山奥に広大な敷地、昔はゴールドラッシュに沸いてたらしい。
熊本県の水俣駅と鹿児島県の栗野駅を結んでいたJR九州山野線の駅で、昭和63年に同線が廃線となって、現在は伊佐市菱刈川北の公園に線路とホームが残り、車両が保存されている。
さて、今度は薩摩永野駅の特徴であったスイッチバック(シーサスクロスポイント)を見学します。実際にあった場所からは少し移動しているそうです。ポイントを動かす転轍機も保存。腕木式信号機も3基残されています。上り・下り・スイッチバック用で3基だったのでしょうか?連結器だと思うのですが・・・。針持駅に置かれていた物よりも大きめの動輪。電気機関車用でしょうか?残る大物は・・・・?車掌車ヨ8000形ヨ8958が保存されています。
次にやって来たのは、薩摩永野駅跡です。スイッチバック式の有人駅であった為、シーサスクロスポイントが保存されていることで知られる駅です。ホーム跡が保存されています。ホーム上には薩摩永野の他、廣橋、薩摩求名の各駅の駅名標が保存展示されています。踏切遮断機と警報器が4セットも保存されています。構内踏切があったのか、それとも近くから移設したのか・・・。保守用のモーターカーがまとまって保存されていました。これでもエンジン付き?(笑)駅
人吉産交を後にした我々は、ゆうれい寺(笑)と、人吉城に後ろ髪を引かれつつ、次の目的地に向かいます。これから、本来の目的である宮之城線廃線跡を目指します。伊佐市に向かう国道267号線の峠で見かけた桜!次の目的地に着く前に某名店で昼食!(笑)やって来たのは、伊佐市の薩摩大口駅跡。薩摩大口駅は、かつて鹿児島県伊佐市に設置されていたJR九州山野線の駅です。現在の伊佐市の中心駅であり、2面4線のホーム(内1線は、先に廃止となった国鉄宮之城線が乗り入れ)と木造
大阪から路線バスを乗り継ぎ、2020年10月に旭町商店街(熊本県水俣市)に達しました。今回はその続き。水俣駅前から鹿児島中央駅前までのバス乗継旅、第三話です。・大阪をスタートしたときの記事はこちら⇒[リンク]・前回のお話(道の駅エコパークみなまた⇒信用金庫前)はこちら⇒[リンク]~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~熊本県水俣市の中心、六ツ角に位置する信用金庫前バス停です。これから乗るのは南国交通の鹿児島空港行き。水俣は熊本県ですが、最寄の空港は熊本空港
ご訪問ありがとうございます。記事は憶測で書いてますので内容に誤りがありましたらコメント等でご指摘頂けると助かります。全国のJR駅が見たい時はこちら→☆第三セクター・私鉄駅が見たい時はこちら→☆皆さま、こんにちは!九州にある鉄道ループ線と言えば肥薩線にある大畑ループですが、国鉄時代はもう1ヵ所あったのを覚えてますかね?鹿児島本線・水俣駅と肥薩線・栗野駅間を結ぶ山野線の大川ループです。子供の頃から、九州にはこんな変わったカタチの路線があるのだと時刻表を眺めるたびに思ってまし
皆さんこんにちは。急行かいもんに乗る為に門司港に移動。1枚撮影。あまりストロボ焚いて撮影することはないのですが。余談ですが、座席夜行列車連泊で着替えをどうしていたかというと主に駅前で銭湯を探していました。鹿児島と別府だと温泉があったんですが。北九州地区では、小倉の駅近にあった銭湯に行ってました。この時も、小倉で途中下車して銭湯に。急行かいもんを早朝5時17分真っ暗な川内駅で降りて4分接続の宮之城線に乗り換えました。終点の薩摩大口駅で撮った1枚です。
blogno.22620200511月ついに、大学卒業が見えてきました(1980)。卒論を早めに出して、友人達と関西を旅しましたが、あまり面白い硬券がないので、飛ばします。年が明けて、それまで見過ごしがちだった九州の乗り潰しに一人で出かけました。ここでも、面白い硬券はありませんでしたね。(切符は最後にご紹介します)かわりに、と言ってはなんですが、当時の九州、とりわけ筑豊地方のもの凄い赤字路線の数々を、当時の時刻表で見てみましょう。これらをほぼ一日で「やっつける」ことに
朝の夢現の世界から現実へと引き戻される際の部屋の温度がだいぶ暖かくなったと感じる今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。髪を切るタイミングを逸した上、月初め恒例の愛宕神社参りもコロナによる社務所休止によって諦めざるを得なくなった為、冬の毛布の天日干しを楽しんでいるリトマス博士です。洗濯物にしろ梅干しにしろ、「天日に干す」という作業は太陽や風等の自然を感じられる作業なので結構好きです。さて、今回の旅先は鹿児島県の栗野駅(肥薩線)と、熊本県にある水俣駅(当時は鹿児島本線、現在は肥薩おれんじ鉄道)
12月7日その8右側の細い道を上がるとループ上に出た。ただ単に冬で雑草が枯れているというわけではなくしっかり草刈りはされているようである。こちら側が鹿児島県側へ向かうループ今回は簡単に第2トンネルまでたどり着けた。180mだそうで、この下をクロスするように400mほどの第1トンネルがある。廃線後一時期シメジの栽培をここでしていたとかで棚が残っていた。今回懐中電灯を持ってこなかったこともあり奥には入らず。(反対側は塞がれているらしい、未確認)