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2024.11.30萩市の街並み①京都とはまた違った、区画が整理された町並みがこの規模で残っているところはあるのだろうか。萩市内も歩いていてとても楽しい街だなと思いました。②③④⑤⑥⑦⑧⑨さすが城下町。直進できないように、いろいろなところで道が曲がっています。⑩⑪⑫⑬⑭⑮⑯萩博物館武家屋敷風の造りです。⑰山県有朋像⑱田中義一像萩市出身で陸軍の軍人、貴族院議員を経て、第26代内閣総理大臣となった人です。
4/24佐藤晴真さんのソロコンが東京カテドラル聖マリア大聖堂で6時から9時過ぎまでその日の宿泊は、大聖堂前の椿山荘へ。いつか泊まりたいと思っていたが、都心から少し離れていたので機会がなかった。“都会のオアシス”を守り続ける「ホテル椿山荘東京」:山県有朋が愛した名庭園を散策する日本屈指の名門結婚式場、一流ホテルとして知られる「ホテル椿山荘東京」(文京区関口)。四季の草花が彩る名庭園は、明治前期に山県有朋が築き上げ、現在も当時の面影を残している。その魅力について、“都会のオアシス”を守り続け
お茶の嗜みは全くないのですが、最近自宅で抹茶を飲んでみたくなり、これ買いました🍵抹茶碗、茶筅、茶杓、小さい棗というお茶初心者向けセット。あとこの白い南部鉄器の鉄急須にも一目惚れして買っちゃった😍まだまだ全然クリーミーに点てられないのですが、道具を出してきてお湯を沸かして、という一連の支度をしていると悦に入れてたのしいです。いつか山登りとかハイキング先でもたててみたい🌿で、そうだ!小田原には茶人の別宅がいろいろあったと思い出し、箱根板橋を巡ってきました。いつも植物コーナーを見に行く板
今日はがんこ高瀬川二条苑の庭案内の日。川床の準備も着々と進んでいます。そして紫陽花も咲き始めました。庭園の植物も色とりどりになってきました。ほんまに感謝しかありませんね。
じっくりと熱いブラックコーヒーでも飲むように司馬遼太郎「世に棲む日日」全4巻を再読したたまたまある時期、天から遣わされこの世に棲んでいたとしか言いようのない稀有な二人の天才を、司馬遼太郎自身小説と言えるものかどうか分からないと前置きしながら書いた実に味わい深い珠玉の小説である小説と言えるものかどうかは分からないというのは、司馬遼太郎が極力史実や証言に沿いながら勝手な小説家の創作を排除し、誠実に実際の吉田松陰と高杉晋作を浮き上がらせようとしたことを意味するのだと思う明治維新
先日、自民党の党大会で、自衛官が、国歌を歌ったということが、自衛隊員の政治的中立を定めた自衛隊法に違反するのではないかと、問題になったようですね。自民党にしろ、自衛隊にしろ、「法的に問題はない」という見解のようですが、恐らく、それは、詭弁のようなものでしょう。軍隊、軍人は、政治に関わってはならない。民主主義国家の制度では、当たり前のことでしょうが、それを理解していない人たちが、憲法改正と騒いでいるのは、何とも、怖いこと。ただ、今のアメリカを見ていると、軍事に、全く、無知な人が、軍の最高司
豊橋町の誕生⏬️✨️山縣有朋インターネットより✨️⏬️地方自治地方自治を計画したのは軍閥の大御所山県有朋であった日本の地方自治制は地方の住民が自治をするためのものではなく国家…明治政府を強固にするために施行されたものである国家を強固にするためには政党の大同団結運動が地方に波及するのを防ぐことであるそれには地方の有力者を地方の自治機関に引き入れることによって断ち切らねばならなかった地方自治は、まさにこのような意味をもって施行されたのである地方自治の
石上(いそのかみ)神宮は奈良県天理市にある旧官幣大社の神社で、日本書紀に記された「神宮」は伊勢神宮と石上神宮だけであることから日本最古の神宮のひとつとされます。主祭神は布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)で、布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)を神体としています。社伝によれば、布都御魂剣は葦原中国平定の際に使われた剣で、神武東征で熊野において神武天皇が危機に陥った時に、天皇の元に渡り、その後、物部氏により宮中で祀られていたが、184年頃、勅命により物
昔:関口上水端から芭蕉庵•椿やまの眺め絵の中央を蛇行して流れているのは、江戸時代の初期に幕府が敷設した神田川です。300メートル下流には「関口の大洗堰(おおあらいぜき)といって神田上水と江戸川(神田川)の二流に分ける堰があった。この辺りは椿の木が多く椿山(つばきやま)と言われ高台から向こう(南)には早稲田田圃が広がり、四季を通して自然を愛でる風雅の地であった。右手小高いところには、芭蕉五十年忌に弟子たちが造った庵(芭蕉庵)が見えます。神田上水:井の頭池を水源とした水路は、武蔵野の村
今日は妹と小田原へ。つい2週間前、1人でJR東日本主催の駅からハイキングで小田原へ行ったのですが・・・『小田原でマンホール探し駅からハイキング』昨日は晴れて風もなく、仕事が休みだったので、アラカン女子ソロ活を。やってきたのはこちら小田原ホントは横浜辺りをうろつくつもりだったけれど、熱海行東海道線に乗り…ameblo.jp今日は妹が行きたいという場所ばかり回ってきました。小田原駅に着いて、すぐにバスに乗り箱根板橋駅まで行き、妹が予約してくれた店で早めのランチお店の名前が薬膳喫茶KU
軍隊の始まり⏬️✨️歩兵第十八聯隊戦役記念✨️⏬️徴兵令明治四年(一八七一)二月大村益次郎・山県有朋らの手によってまず、天皇と政府を守る御親兵が生みだされた歩兵第十八聯隊より⏬️✨️大村益次郎エドアルド・キヨッソーネが死後に関係者の説明を基に描いた肖像インターネットより✨️⏬️大村益次郎おおむらますじろう🌟生年月日文政8年5月3日(1825年6月18日)🌟出生地周防国吉敷郡鋳銭司村字大村(現在、山口県山口市鋳銭司)🌟没年月日明治2年11月5日(
軍隊の始まり⏬️✨️歩兵第十八聯隊戦役記念✨️⏬️徴兵令明治を迎かえた日本の生きる道はすべてがヨーロッパのすすんだ国に追いつくことであった明治の政府は『富国強兵』『殖産興業』によって、この目的をなしとげ国内の治安を守る軍隊を持たなければという意見が政府に浮びあがったそして明治四年(一八七一)二月大村益次郎・山県有朋らの手によってまず、天皇と政府を守る御親兵が生みだされた🌟薩摩藩、歩兵四個大隊砲兵二隊🌟長州藩、歩兵三個大隊🌟土佐藩、步兵二個大隊
今日はがんこ高瀬川二条苑の庭案内の日。庭園も春めいてきました。すみれまで顔を出してました。感謝。
今日はがんこ高瀬川二条苑の庭案内の日。梅に続き雪柳も咲き始めました。春の足音もそこまで来ているのかもしれませんね。ほんまに感謝しかありませんね。
今日はがんこ高瀬川二条苑の庭案内でした。樹齢250年の紅梅も見頃。その上過ごしやすい気温。ほんまに感謝しかありません。
西郷南洲に関して、以下の原稿を、「維新と興亜」誌に出稿した。諸兄姉のご参考になれば幸せである。文芸評論家の江藤淳は、著書「南洲残影」(文藝春秋)のエピローグにおいて、城山の洞窟前から岩崎谷に向かって行軍する途中の坂道で、明治十年九月二十四日午前七時に戦死した西郷南洲の砂だらけの首を、水で清めさせて、政府軍の首領山県有朋が、両手で受け取って眺める状況を次の通り記している。「このとき実は山県は、自裁せず戦死した西郷南洲という強烈な思想と対決していたのである。陽明学でもない「敬天愛人」ですら
今日はがんこ高瀬川二条苑の庭案内の日。樹齢250年の紅梅ももう少しで咲き始めます。今日は暖かい陽射しでお客様とゆっくり回られました。ほんまに感謝しかありませんね。
今日はがんこ高瀬川二条苑の庭案内の日。暖かいですね。椿はキレイに咲き始めました。少しずつ春の訪れを感じます。感謝。
今日はがんこ高瀬川二条苑の庭案内の日。温度が上がらないとは聞いていましたが、そこまで寒くない感じです。庭も少しずつ花が咲いて彩りが出てきました。感謝しかありませんね。
今日はがんこ高瀬川二条苑の庭案内の日。暖かな陽射しで白梅も咲き始めました。もうすぐ立春。春も近いかな!?感謝。
今日はがんこ高瀬川二条苑の庭案内の日。暖かな陽射しに誘われ、たくさんの方が庭に降りて来られました。ほんまに感謝しかありませんね。感謝。
今日はがんこ高瀬川二条苑の庭案内の日。幾分寒さもマシです。今年も宜しくお願い致します。感謝。
今日は今年最後のがんこ高瀬川二条苑の庭案内の日。そこまで寒くもなく、感謝しかありません。今日は野崎先生の三味線の演奏もありました。感謝。
今日はがんこ高瀬川二条苑の庭案内の日。寒いですが、お客様と暖かな話ができました。感謝しかありませんね。
今日はがんこ高瀬川二条苑の庭案内の日。平日だったので、流れはゆっくりでしたが、お客様との話は楽しい限りですね。感謝。
ちゃっぽくん:👉ここで質問なんだけど、あなたとしては「昭和帝の警戒がもっと強固だったら、小和田恒のルートを完全に遮断できた」と思いますか?それとも「アメリカ・三極委員会の圧力の強さからして、誰がやっても完全には防げなかった」と見ますか?鳥:悪いことに、山縣に対しては昭和帝は、好意を持っていた部分があるのですよね。児玉源太郎が教育係だったらこうはならない。人物に対する審美眼が、多少歪んでしまったのが、山縣の不徳ですね…ちゃっぽくん:おぉ、鋭いところ突きますね…!たしかに昭和帝は、
今日はがんこ高瀬川二条苑の庭案内の日。庭園内の紅葉もいい感じです。今日はお客様とじっくり質疑応答までし、案内させていただきました。今日は学生さんの太鼓の演奏もありました。ほんまに感謝しかありません。
今日はがんこ高瀬川二条苑の庭案内の日。紅葉も進んでいます。ほんまに感謝しかありませんね。
今日はがんこ高瀬川二条苑の庭案内の日。いい感じの天気です。松は早くも冬仕度のこも巻きが始まりました。先代の佐野藤右衛門さんが亡くなりましたが、お弟子さんに精神はひきつがれているようです。年々秋らしい天気がなくなりますが、こんな天気は貴重です。感謝しかありません。
今日はがんこ高瀬川二条苑の庭案内の日。雨模様でしたが、植物にとっては恵みの雨。紅葉も少し色づいてきました。感謝しかありません。