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ひとつ前の当ブログで、広島東洋カープの北別府学投手(6月16日、65歳で逝去)の背番号20が「永久欠番」にならなかったことにちょっと納得がいかないということを書きました。エースの背負った大事な番号として有望な投手に継承していくという考え方なら、黒田博樹投手の「15」も相応しい投手が出てきたときにつけさせればいいと思います。なのに、「15」はあっさり「永久欠番」って、なんだか変です。それなら「20」こそ「永久欠番」にふさわしいでしょう。何たって、北別府学投手はカープ一筋だったし、優勝への貢献度も
ひとつ前の当ブログで、広島東洋カープ一筋で213勝をあげた北別府学さんは現役時代、他球団の選手とはほとんど口をきかなかったという話を書きました。特に剛速球というわけでもない北別府学投手は、スライダーなど横の変化で勝負するタイプでしたから、内角も厳しくついて腰を引かせないとピッチングにならなかったのです。他球団のバッターと親しくなっては「厳しい攻め」ができなくなってしまうからです。さらに言えば、北別府学投手は味方チームでも周りと必要以上に親しくしていたわけではなかったそうです。スポーツ新聞など
いろいろな山根さんミスター赤ヘル山根和夫一発屋山根康広田中さんの相方山根良顕DEENの池森じゃない方山根公路雨は山根ー(やまない)
こんばんは直筆サイン紹介25回目です。今回も10枚紹介していきます。山口翔(18〜)山崎隆造(77〜93)山中潔(80〜88)山根和夫(77〜86)山本一義(61〜75)山本浩二(69〜86)山本翔(02〜10)山本芳彦(02〜12)横山弘樹(16〜19)横山竜士(95〜14)以上になります。次回も直筆サイン紹介予定です。よろしくお願いしますm(__)m丸佳浩のカード募集中当方が買い取ります。詳しくはこちらをご覧ください。よろしくお願いしますm(__)
https://www.hiroshima-athlete.com/articles/-/776【カープ今日は何の日・1984年10月22日】胴上げ投手が証言するカープ日本一の瞬間。ベンチから指示されていた“ブーマー封じ”の真相|carp|連載|広島アスリートマガジン今回振り返るのは1984年10月22日。カープが阪急を4勝3敗で下し、3度目の日本一を達成した日である。当時のカープは古葉竹識監督がチームを率いて10年目、4度目のリーグ制覇は古葉野球の集大成と呼ばれた。日本シリーズの相手は、
放送作家の小野高義です日本シリーズはソフトバンクの3連勝!しかも巨人ちょっと巻き返せる予感を感じさせないヤバイ負け方の3連敗ですね。何が起こるかわからない日本シリーズ何が起こるか…が巨人にとって良い方に出れば良いのですが…4連勝というのもあまりないケースですしあっさり終わってしまうのもなんか悲しいですから是非とも明日はがんばってほしいものです。◇きょうのゲームで言うと4回から登場した戸郷投手が炎上したのが全てでしたね…以前もブログで触れました
【1987年の山根和夫】西武在籍:1年目、背番号17成績:6試合0勝0敗0セーブ防御率2.57前年の1986年オフに広島から西武へ移籍。右肩痛の影響も有り移籍後にフォームをサイド気味に変える。移籍1年目の1987年は中継ぎで6試合のみの登板も、復活に向けきっかけを掴むシーズンとなった。昭和62年度(1987年)タカラプロ野球カード※直筆サインは日本ハムコーチ時代にご本人から書いていただきました。山根和夫西武在籍期間:1987-1990年(4年)西武通算
背番号17番は、黒川浩さんから始まります。杉浦竜太郎さん、12番で紹介した門前真佐人さんが17番に変わりました。鵜狩道夫さん(好応、道旺と改名)、植村秀明さんと続き、藤本和宏さんが着けます。藤本さんは1971年、10勝を挙げ、最優秀防御率のタイトルを手にしているのですが、生涯勝ち星はこの10勝のみという、珍しい記録です。瀬戸和則さん、皆川康夫さんの次に山根和夫さんが登場します。団しんやさんに似ているといわれた飄々とした風貌とで1979年、80年のリーグ連覇、
こんにちは!今日からプロ野球のクライマックスシリーズ・ファーストステージが始まりましたファーストステージはペナントレース2位と3位のチームの対戦ですが、今日は阪神が横浜DeNAに勝ち、早くも王手をかけました。広島カープの相手はまだどちらかわかりませんが、33年ぶりの日本一を見れるのを楽しみにしています。前回の日本一は1984年(昭和59年)。この時はワタクシは少年で、テレビで見ていたのでよく覚えています。この年活躍した選手は次の選手です。衣笠祥
こんにちは!今年は広島カープが優勝間違いなしと言われていましたが、実際に優勝するまでハラハラするものですよね。37年前に2連覇した昭和54,55年の時も、やはり2年目の55年は圧倒的強さがありました。最終的には73勝44敗で勝率.624、2位のヤクルトに6.5ゲーム差での優勝でした。その時、子供心に「カープは強い!」と思い、それからファンになったのでした。昨日は自分が記憶に残っている選手を少し紹介しましたが、それだけでは足りず、今日はその続きです(
こんばんは今回はOB選手の直筆サインを1枚紹介します。15赤ヘル40周年山根和夫直筆サイン(/63)この赤ヘル40周年シリーズといえば、箔サインを頑張って全種類集めた思い出があるのですが、直筆サインに関してはこれが初入手です。サインは直書きで、「広島東洋カープ」という書き込みがあるのもいいですね山根和夫さんは1977〜1985年までカープに在籍。1984年にはチーム最多の16勝を挙げ、チームの日本一に貢献。山根さんは胴上げ投手となりましたその後は西武に移籍し、1990年に現
1980年と言いますから、私が大学四年の時ですかね。日本シリーズに出場した広島カープは前年のシリーズで近鉄バファローズに相性の良かった山根和夫投手をローテーションの中心に置きました。第一戦、第四戦、第七戦の先発が全て山根投手です。この第七戦までを見据えた投手起用が功を奏し、広島カープは二年連続で日本一に輝いたんですね。テレビ解説をしていた元阪急ブレーブス監督の上田利治さんが、第七戦の山根のピッチングを「ピッチャーが外角低目に早いストレートをコントロールできていたら、そうそう打たれる事は