明治5年(1872年)7月、近衛兵沸騰の急報に接し、急遽帰京して事件の調査に当たった西郷の下には、山県の不正を追及し、辞職を求める桐野利秋ら薩摩系近衛士官から彼の「悪行」を非難する報告が続々と寄せられたであろう。それによって西郷は、山県が権力者の地位を利用して昔の部下を陸軍省に引き入れ、御用商人に仕立てて軍需物資の調達を任せ、巨富を積ませたことや、その男が長州系の士官たちを遊興に引き入れ、資金を貸し付けて彼らを手なづけ、しばしば陸軍省公金を借り出して投機を行っていたこと等が動かし難い事実であるこ