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くみっきー、カリスマ時代のギャラは「時給1000円」|日本海新聞NetNihonkai日本海新聞NetNihonkaiくみっきー、カリスマ時代のギャラは「時給1000円」...モデルのくみっきーこと舟山久美子、益若つばさらが、22日放送の読売テレビ・日本テレビ系『ダウンタウン...「国会議員時給1000円案」はアリか?アリであろう。下々の国民の報酬と比べたら、国会議員の報酬は「ぼったくり」である。自分たちがぼったくっているため、ついつい米国によるぼったくりもかばってし
鎌倉殿の13人を観るのが毎週苦しくて、そして辛くてたまりません。今日は和田義盛様が矢衾になってしまいました…。実は、私が明月院様で突然受け取ってしまったのは、むりやり言葉にすると「忘れるな」、または、「語り継いでくれ」というような、強い感情を伴うメッセージでした。けれど、何しろ私はひどいポンコツで、色々キャッチしてもそれが一体誰なのか、そして私は何を伝えたらいいか、いつも具体的な所がさっぱりわからないので、もう、とんと役に立たないのです。
『鎌倉殿の13人』~後追いコラムその117第32回災いの種今回は、平賀朝雅(山中崇)について。その2。三日平氏の乱を追討した朝雅。その功によって、伊勢国(三重県)の守護となる。守護・地頭は、鎌倉幕府の将軍と御家人の主従関係を構築する中核をなす仕組み。武功を立てた武士(=奉公)に対して、鎌倉殿が守護・地頭の権利を授与する(=御恩)。この御恩と奉公こそが鎌倉幕府を支えた。以前にも書いたが、モンゴルが日本に侵略した元寇は、防衛戦であったため、武功を立てた武士への恩賞が不十分だったこ
『鎌倉殿の13人』~後追いコラムその116第32回災いの種今回は初登場平賀朝雅(山中崇)について。その1。ナヨっとしたおかまチックなキャラで初登場した平賀朝雅。演じている山中崇は、朝ドラの『ちむどんどん』で主人公比嘉暢子(黒崎結菜)の夫青柳和彦(宮沢氷魚)が勤務していた東洋新聞の上司田良島甚内役のイメージが強くて、どうもしっくりと大河ドラマに集中できない(笑)最近のNHKは俳優の使い回しが激しい(笑)(『ちむどんどん』での山口崇)閑話休題朝雅は、清和源氏
長戸ふーっ、一汗かいてきたぜ。千佳朝からランニングでもしてたの?長戸草刈りだ。朝の方が刈りやすいからな。荀攸住宅地では騒音や飛石に注意しよう。それでは始めよう。千佳和田合戦の戦後処理の話になっていました。荀攸1213年5月6日の話を続けよう。【得宗】北条義時は【義時の腹心】金窪行親を侍所の所司にした。長戸【義時の腹心】行親は御内人だったよな。御家人を統制する侍所の所司が御内人?【得宗】義時がやりやすい人事ということなんだろうけど、よく御家人が黙っているなあ。千佳それ
(東京都杉並区西荻窪)清盛忌その夜の海の荒れにけり誠司NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」を毎週楽しみにしている。別に三谷幸喜が好きというわけではない。彼の大河の脚本は3作目だが、1作目の「新選組!」は途中で見るのをやめてしまったし、「真田丸」もそんなに好きというわけではなく、戦国時代のオールスターが出演しているので見ていた。が、今回はとても面白い。私が三浦半島に住んでいるから、ということもあるだろう。ただ、観ていて、この人は本当に歴史が好きなんだな~、
石橋山の合戦では手痛い敗戦をしてしまいますが、「時代に生かされた」頼朝です。時代が必要とあらば、大きな困難も人を助けます。その表れが、今回ちょい役でしたが今後のキーマン(13人の1人)の梶原景時。勝利の盃で賑わっている大庭景親(國村隼)はこの戦いで「勝ったも同然」なムード油断は禁物!梶原景時(中村獅童)は「敵の大将の首を見てからゆっくり呑むといたします」と答えています大庭景親の態度は(私は結果を知っているだけに)「驕れる(人)平家は久しからず」の典型と描写している
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の第二話では、源頼朝が起つときには味方すると約束していた山内首藤経俊でしたが・・・「山内首藤氏」は、藤原秀郷の後裔といわれ、資清の代で「首藤」を名乗ります。その後、孫の俊通が相模国鎌倉郡山内荘を領して「山内」を名乗り、「山内首藤氏」と呼ばれるようになったといわれています。「首藤」という氏は、資清が「主馬首」(しゅめのかみ)という役職にあったため、「主馬首」の「首」と、「藤原」の「藤」に由来しているといわれています。首藤氏は、代々源氏に仕えてきた家で、俊通は源義
今晩は、所沢市田中則行です。昨夜30日のNHK総合テレビ大河ドラマ『鎌倉殿の13人』第4話「矢のゆくえの巻」のあらすじと解説をリポートします。[第4話あらすじ]治承4(1180)年8月、遂に挙兵を決断した源頼朝(大泉洋さん)の一党は伊豆国の目代・山木兼隆を討って初戦を飾るべく戦支度を始める。しかし、頼朝の乳母子である山内首藤経俊(山口馬木也さん)に助力を断られるなど、強大な平家の威光の前に思うように兵が集まらない。強気な兄・宗時(片岡愛之助さん)とは対照的に、自身の浅慮を後悔する北条義時(
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」第2話「頼朝の腹」2022.1.16放送NHK総合,BSプレミアムこんばんは~今夜もお楽しみ「鎌倉殿の13人」第2回。タイトルは「頼朝の腹」以下、ネタバレ、史実バレ多々ありですので、知りたくない方はお読みにならないでください~まずは前回に引き続き、出演紹介の字幕をチェック!知らない人が3人いました。堀内敬子さんが演じた“道”、山口馬木也さんが演じた”山内首藤経俊”、吉見豊さんが演じた“堤信遠”。誰?と思いつつ、女性“道”はきっ
松井慶仲の「虎図」新春展で初公開長崎ゆかりの絵師長崎市歴史民俗資料館-47NEWS47NEWS長崎市平野町の市歴史民俗資料館は、今年の干支(えと)「寅(とら)」にちなんだ絵や絵馬など約40点を集めた新春展を開いている。長崎ゆかりの絵師・松井...プレミアの歴史上「最も偉大だったスペイン人」TOP5-QolyQoly今回は『Sportskeeda』から「プレミアリーグの歴史上最も偉大だったスペイン人選手」をご紹介する。5位:セサル・アスピリクエタ.クラブ:チェルシ
日本料理の奥深さを伝える「庖丁式」日豪プレス磐鹿六雁命が料理を披露したとされる場所には、磐鹿六雁命を祀る高家神社(千葉南房総市)があり、その子孫である高橋氏による高橋神社が、栃木県...テーマソングに込められたゲームへの想いも披露!EXILEメンバー&大原優乃さんの豪華ゲストも...ニコニコニュース今作はシリーズ初の、織田信長と明智光秀というダブル主人公を採用。応仁の乱後の戦国時代から信長が最後を遂げる本能寺の変までを、それぞれの...川野太郎、大学5年で受けた初オー
荀攸そういえば、千佳ちゃん家庭菜園何植えたの?千佳ミニトマトです。長戸ホームセンターで店員が「ちかちゃん」って言ってるのに千佳が反応しちゃって(笑)荀攸ああ、ミニトマトの「千果」か。千佳そういうことです。荀攸千佳ちゃんが千果を作る、それもいいんじゃない?それでは始めよう。千佳牧氏事件の余波について話していました。荀攸まずは関係ない話から。1205年8月15日はどしゃ降りだったらしい。千佳雨が何か関係あるんですか?荀攸あるようなないような。長戸なんだそりゃ
千佳今日は終わったらホームセンターに行くから手伝って。長戸いいけど何でだ。千佳コロナで巣籠もりだから野菜でも作ろうと思って。土とかプランターと買うもの沢山あるでしょ。長戸つまり荷物持ちしろって話だな。荀攸夏野菜は管理次第で収量めちゃくちゃ変わってくるからね。それでは始めよう。千佳【若妻に狂う】北条時政さんが追放され、【将軍候補】平賀朝雅さんを殺すよう命令が出されたところでした。荀攸その知らせが京都に着いたのが1205年閏7月25日だ。勿論、経緯の説明が御家人達にあった。
長戸この時間スタートは腹が減るぜ。千佳そういうと思って、持ってきたわよ。長戸なんだこれ、雛あられ?千佳一昨日は雛祭りでしょ。荀攸ここで女性は千佳ちゃんだけだからなあ。という訳でスタートしよう。長戸どういうわけだ(笑)千佳それはさておき、1204年4月、伊勢での平家の反乱を見ていました。長戸同時並行で鎌倉の様子もな。荀攸【将軍候補】平賀朝雅は4月10日、反乱軍に攻め混んだ。10日に朝明郡、11日に安濃郡、12日に多気郡の反乱軍を平定した。千佳破竹の勢いです。っ
千佳唐突だけど、2月って春なのか冬なのかはっきりしないよね。長戸日本海側や北日本は冬の話ばかりだが、太平洋側は早春の話題が多いなあ。千佳こんな調子で2月も終わっていくのね・・・荀攸はっきりしないときは、はっきりしない話をしよう。というわけで始めようか。前回の続きから。千佳伊勢・伊賀で平家の残党という事はわかりますが、なんかよくわかんない人たちが反乱を起こしました。長戸首謀者は【小野城】若菜盛高だったな。荀攸この反乱を三日平氏の反乱という。でも実際は3日間では終わっていな
長戸最近、左肩の調子が悪いんだよ。千佳年なんじゃない?長戸年、はないだろ!千佳元気なお年寄りもいるからね。荀攸元気な年寄りといえば、【若妻に狂う】北条時政もそうだね。それでは始めよう。長戸なんかこじつけだな。荀攸ええい黙れ。1204年2月22日、【若妻に狂う】時政は【児玉党】四方田弘長の備後における地頭職を停止した。千佳【児玉党】弘長さんって人は何かしたんですか?長戸それか、朝廷からの要請か、だな。荀攸『吾妻鏡』には朝廷からの要請という文字は入っていない。で
もう眠いし疲れたので続きは明日書こうとしてお風呂に入っていたら、文字にすると怖いので詳細は書きませんが怪奇な現象が起きました。「誰得なの❔私のブログなんてこんなの誰も、読まないでしょ❔」と思ったのですが、書くのが丑三つ時に及んだらもっと嫌なので頑張って続きを書きました。(;∀;)丑三つ時になったので慌てていったん寝て、翌朝起きてまた慌てて書いています。たくさん調べて納得したら書くモチベーションが自分の中になくなっていたのに、「そうやって自分だけで
明月院の前身の明月庵は、永暦元年(1160年)に父親である山内首藤俊通の菩提供養の為に、持仏の如意輪観音を本尊として山内首藤経俊によって創建されました。明月院のある近辺は、元々山内家の所領でした。(ブログ内では便宜上、一律に敬称を略します。)山内首藤経俊は1160年の平治の乱で父親である俊通と兄である俊綱とを、亡くしています。また、1180年の以仁王(もちひとおう)の乱では兄の俊秀を亡くしています。保元・平治の乱の後、源氏が衰退する一方平清盛が太政
こんにちは。治承・寿永の乱第54弾ですこれまでの話はこちらから。治承4年(1180年)10月23日(『吾妻鏡』)、駿河国から引き上げた鎌倉源氏軍(頼朝勢)は相模国府に到着。そこでこれまで付き従ってきた武士たちの論功行賞(それぞれ功績の大小を論じて、それに応じた賞を与えること)が行われました。しかし、頼朝方は挙兵以来新たに得た土地もほとんどなかったため、武士たちに新たな土地を与えるというよりは、武士たちが従来管理してきた土地に対する保障(本領安堵)が中心になりました。こ
屋島の戦い前後の活躍に見られるように、【蟹蟹】伊勢義盛は口舌がたつ。【御曹司】源義経と別行動し、露払い、足場がため的な活躍をさせるには絶好といえるだろう。この人を生かすには別行動は必至である。そんな【蟹蟹】義盛であったが、伊勢・伊賀の守護である【とりえは乳兄弟】山内首藤経俊(失態の多い御家人であるが、乳兄弟という事で処分されないどころか伊勢・伊賀を任されていたので命名)の襲撃をするが失敗、捕縛され晒首となっている。【蟹蟹】義盛にとって地の利がある伊勢・伊賀は元来平家の勢力が強いので、不満があ
どもっ今日もあっついねぇ~治承・寿永の乱、第19弾ですこれまでの話はこちらから。北条時政(ほうじょう-ときまさ)からの助言を受けて、早速、義朝(よしとも:頼朝の父)と縁が深かった関東の武士たちへ頼朝支持を呼びかける使者が送られました。使者として正使に安達盛長(あだち-もりなが)、副使に小中太光家(こちゅうた-みついえ:中原光家〔なかはら-の-みついえ)の2名が派遣されました。安達盛長は頼朝の乳母である比企尼(ひき-の-あま)の娘婿で、常に流人・頼朝の側に控えて、苦楽をとも