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こちらは、ローソン南城市役所前店の向かい側にある森の頂上にあります。幸運にも反対側からも入ることができ、そのルートですと、老人ホーム「朝日の家」の裏駐車場からのエントリーとなります。まるで末吉宮のような参道ですね。こちらは周知の通り、尚巴志王の生誕伝説の残る場所ですが、今回訪れた目的は、「ニギハヤヒ」様の神霊関連で伺いました。広角で見ると、こちらから南東へ1㎞程進んだところに、「天智門女龍宮王御神」様が祀られた拝所があります。そちらも「アマチジョーメリュウグウオウオ
本当は、ガンガン、テレピア(外来魚)を釣って、テレピア釣りの記事を書く予定だったのですが・・・。朝10時から、午後4時まで粘ってノーヒット・・・。水の色が変わっているので、深く見えますが、子どもの胸ぐらいの深さで泳げることがわかりました。(地元の子は、釣りはしても泳いで無かったので、安全面から、泳がないように指導されている様子でした。)以前に来た時は、地元の方が3組ほど釣りをしていて、子ども達は、湧き水すぐの浅瀬(洗濯場)で遊んでいました。(メチャクチャ滑るので、ご注意下さい。観
沖縄最終日はお城の下見と観光南城市教育委員会の方に佐敷上グスク(上)と島添大里グスク(下)を案内してもらいました。※グスクとはお城のこと前者は琉球を統一して首里城を建てた尚巴志王の最初の、そして後者は首里城の前の根城。我々は11/20に北谷(ちゃたん)で公演しますが、それとは別に奉納をしたいと思ってます。11/23正殿一般公開スタートで首里城に注目が集まってますが、その前歴史となるお城で尚巴志に捧げる舞を。あまり知られてないけれど、かえって静寂な空気が流れてて素敵な場所でした。鍛冶
本日より11/20沖縄公演の販売開始します!2024年東京公演「尚巴志と琉球王朝」の再演。尚巴志(しょうはし)とは1429年に初めて琉球を統一した王。明治維新で沖縄県として日本に統合されるまでの450年の繁栄の礎を築きました。その際に首里城を拠点として、大規模に整理・発展させた。つまり今日の首里城を築いた人!2019年の火災をきっかけに始まった沖縄とのコラボ。その集大成となる舞台。首里城正殿一般公開(11/23)を前に盛大に祝い、盛り上げたいと思います🎶首里城復興記念〜前夜祭
ついに首里城正殿が11/23より一般公開が正式発表されました!あれっ、、23日??秋=11月1日には復興する予定と聞いていたので11/20で沖縄は北谷のライブハウスを押さえちゃったよ。。翌日皆で観光!と思ってたのに😹一瞬、どうしよう??と思ったけど、こうなったら復興前祝いイベントに切り替えて盛り上げるしかない💨そしてせっかくなら23日まで滞在して見届けたいので、21か22日にも別でイベント、奉納できたら良いな〜これをアンラッキーな出来事ではなく、神様からのメッセージと受け止めれば、ま
加那(阿麻和利)天から降ってきた男。そういう意味らしい。屋慶名赤は無頼漢の頭目赤の部下の四天王→氷角・白先・朱舛・真呉茂知附は勝連按司で、勝連城の城主で悪政を敷く。加那は茂知附の部下阿麻和利は、もとは現在の嘉手納町の出身で、幼少期は身体が弱かったと伝えられています。前按司を倒し、民衆に推されて新たな按司となりました。海外貿易や農業の改善に努め、勝連に莫大な富と高い文化をもたらしました。(真牛)護佐丸は中城の主で、尚巴志が護佐丸の才能を見出し、北山討伐などで
首里城(別称:中山城)(Ⅱ)那覇市首里金城町1正殿に入ります。奉神門奉神門古写真北殿南殿と番所正殿正殿正殿前の大龍柱京の内の石垣奥書院鎖の間の庭園御殿継世門方向正殿内部、王座玉座王冠国王印内部石掖門
首里城(別称:中山城)(Ⅰ)那覇市首里金城町1今回から沖縄の城を登城します。最初の城跡は火災にあう前の首里城です。創設年代・・・・13~14世紀創設者・・・・・中山王察度形態・・・・・・平山城遺構・・・・・・復元正殿・復元門・曲輪・土塁・石垣他ポイント首里城は内側城郭と外側城郭に分けられる。正殿をはじめとする城内の各施設は東西の軸線に沿って配置されており、西を正面としている。そして日本・中国との長い交流の歴史から、正殿・南殿・北殿など両国
今日は尚巴志王のお墓にゃん読谷の分かりにくい場所にあるんだにゃ
久しぶりに戻ってきたZE.アメバ。相変わらずThreadsを中心に日々の沖縄生活や沖縄琉球歴史のことを発信。気が付いたらフォロワーさんが6000人を超えていて驚きと感謝の連続である。thanks「珍」しい「歩」み|沖縄を珍歩スル?(@okinawa.start33)•Threads,Saymore6.3KFollowers•2.8KThreads•Threads×沖縄琉球歴史投稿していたら..自分らしい人生を手にした思考(シコ)りビト沖縄出身🦅「珍」
その丘に立つ......やがて琉球の統一を成す父子の居城そう伝わる此処は、いつ訪ねても静か。手入れの手が足りていなさそうな今は旺盛な木々が海への視界を阻み少年が見つめていた青は、小さい。鬱蒼とした様子が時間が流れたのだと囁く少年は、やがて青年へ「統一」という野望?「ひとつに」という願い?或いは、夢。想像するだけで好奇心が疼く...春だね琉球王国”プチ”スピンオフ~尚巴志という「はじまり」の風を尋ねて~✿.*・✿
前ブログの続き取材開始時刻まで時間があったので、沖縄知識の薄~い私は、歴史や風土を学ぶため、今帰仁城跡を訪れました。琉球王国の貴重な遺産群として2000年に世界遺産に登録された、首里城とほぼ同じ面積を誇る名所です。その歴史は古く、沖縄本島の北部を「北山」、中部を「中山」、南部を「南山」が支配していた「三山鼎立」時代の頃。北山の王が今帰仁城を拠点にして、島の北部一帯を支配下に置き、中国と貿易していたそうな。しかし、中山の「尚巴志(しょうはし)」王が攻めてきて、北
只今、城郭建造物の一つであります「城門」(『全国「城門」を巡る』シリーズ)をお届け中です。「城門」については、『全国「城門」を巡る”はじめに”』において、簡単に説明していますので、どうぞご覧ください。はじめに↓『全国「城門」を巡る”はじめに”』「城郭建造物」の「御殿(居館)」シリーズを終えました。「御殿」には殿さまやその家族が居住したり政務を執る為の所謂「御殿」や、城主・家族の憩いの場や来客対応の…ameblo.jp「はじめに」でも記載しましたが、「城門」は軍事施設である「お城」へ
*6月15日エントリーの続きです。R大学文学部史学科のぜんざい教授と教え子の院生・あんみつ君の歴史トーク、今回のテーマは琉球の前近代史です。本日は、尚巴志の三山統一のおはなし。あんみつ「先生、中山王・察度(さつと)は明王朝と活発に交流し、中国史書にその名が記されました。でも中山だけでなく、北山・南山の按司たちも明に使者を派遣してるんですね。この時期の琉球が、国際的にも三山時代と認識されている所以です」ぜんざい「うん。北山は現在、
YouTube一回目の台本が書けました✨ここまで、なんとも長い道程でした🥲まずは基礎知識編「宇宙の仕組と法則」(題未定)。情報源は…•宇宙の全情報層へのアクセス•あらゆる存在とのコンタクト•時空を超えて現場を見に行くリモートビューイングによるもの。アヌンナキ、イエスなど「帰還」「再臨」されると預言されている存在達が、このプロジェクトを通してメッセージを発していきます。(真実は皆さんの自由意志でお選びください)それらの中には肉體を持つ者も、持たない者もいますがいずれにせよ身
尚巴志ハーフマラソンですマラソンする気温じゃない気がする汗私はしばらくは、高校生のお弁当作りと、チビのお世話に追われる予定なので、あと数年間はマラソンは無理だろうなー限界10キロぐらいならいけるかな?😅しばらくは、沿道から眺めてテンションを上げようと思います!!
二日徹夜したマックが動かなくなり、昨日は海に行ったら回復したので😆今日は神楽の映像編集。こちらは8/1に11月公演の販売開始します!さて、今日は沖縄の歴史について質問です。沖縄がいつから日本になったか知ってますか?答えは1972年、ではありません。これはアメリカからの返還の年です。明治政府により琉球王国は1872年に琉球藩とされ、その後の廃藩置県で沖縄県になりました(1879年)。それまで450年続いた琉球王国を築いたのが尚氏一族の尚巴志(しょうはし)です。今回この役で踊ったので
本日より配信開始!沖縄×フラメンコ「尚巴志と琉球王朝」〜2026首里城復興に向けて過去ないくらいに評判が高く、口々に最高でした!沖縄とフラメンコの両方を感じられて楽しかった!歴史もわかって面白かった!とお客さんに言われました。改めて沖縄とフラメンコのコラボに至った経緯:2019年に恋フラ撮影ツアーで人生初の沖縄、首里城へ。47都道府県の中でも沖縄の文化は独特で強烈でした。それがなんと半年後に燃えてショックでした。そこで2021年に首里城内での復興祈念祭に参加。この時に作ってもらった曲、
クーラーが直りました!暖房から冷房に切り替わる配線が壊れてたそうです💦都知事選についていろいろ書いたので振返りです。石丸伸二氏、猛烈な追い上げも知名度と組織票には及ばず残念ながら2位で終わりました。とはいえ30代までの得票ではトップ。逆に70代は圧倒的に小池氏。ネットvsテレビだけでなく、若者vs年寄りという新旧対決の構図でもあったわけで、言い方は悪いけど老人大国の日本が変わるにはまだもう少し時間がかかるということだろうか。とはいえ今回の石丸氏の立候補で、僕も含めてずいぶん多
ハイサイ!わんねー永田健やいびーん(永田健です)ヤマトタケルが終わり大和から琉球へと飛び、脚本を書いています。テーマは首里城とその礎を気づいた琉球王の尚巴志(しょうはし)。しかし信長やヤマトタケルと違って琉球史は馴染みがないし、資料も少ない。去年読んだ本を改めて読み直す。15世紀の琉球は北、中、南山にわかれた三山時代(戦国時代)でした。戦乱を制して三山統一したのが全く無名の按司(首長)尚巴志でした。軍事的才能にに加え、華人をうまく活用して明国とも良好な関係を築いた。小国から彗星のよう
人生激変する方続出!!天狗、七福神・大黒天、弁財天、毘沙門天様、布袋様、龍達……様々な神様と同居中主に天狗(愛称:天狗っち)にチャンネルを合わせてご相談にお答えしております天狗霊視家きょんちゃんです☺️ハイサイー!今私は沖縄にいます点と点がつながり導かれて沖縄本部にある尚巴志(ショウハシ)城に行きましたら視えました。[過去世からのメッセージ]沖縄本部尚巴志(ショウハシ)城過去世私もここにいたのが視えました。門をくぐってすぐ聞こえた
お待たせしました!7/13(土)沖縄×フラメンコ第3弾ライブの受付開始しました!今回は2022年の音楽&踊りコラボからさらに一歩踏み込んで、琉球王朝と尚巴志王(しょうはし)の舞台を作ります!琉球史、僕も初めて勉強したので簡単に紹介します。琉球にも戦国時代、三山時代がありました。そんな中、南の小按司(小大名)にすぎなかった尚巴志が台頭して短期間のうちに初めて琉球王朝を統一しました(1429年)。そこから首里に遷都して首里城を整備、450年続く琉球王朝の礎を築きました。ちなみに王朝
近所の神田川で花見ランチ&ビールしかし、先週の桜フラメンコ撮影で映像が足りなかったなぁとすぐ仕事モード😅昨日に続いて琉球史、尚巴志(しょうはし)の下巻読破そもそも尚巴志って誰?A15世紀に琉球王朝を作った王ですそして7月の舞台の主人公です(7月13日空けておいてください!)2年前の沖縄×フラメンコ公演の再演ですが、今回は琉球史をテーマに物語のある舞台に挑戦します。とはいえ、僕もよく知らないのでまずは読書から去年小説読んだけど忘れてしまいました。。本能寺の変やヤマトタケルのよ
2年ぶりの沖縄①の続きです。伊平屋島2日目。とは言っても、1日目は到着が日暮れで、ほぼ観光できず明日は朝1番のフェリーで帰るので、動けるのは実質今日だけです。ボリューム満点の朝食を頂いて、日の出と共に出発!オハヨーこの日、最初に行くのは屋蔵墓だと決めていました。多分ご先祖さんなので、朝一で挨拶しておきたかったのです。第一尚氏なので、ひっそりしている思ってたけど、道路には大きな看板があり、ちゃんとした案内板もありました。海が近いので波の音が聞こえます。母が子供の頃に連れられて行
追加で5年前UPのランの花を再UPしました。『2018花の文化園7ランの花』昨日の続きです。今日は大温室のランの花です。ランの花は入口と熱帯温室にあります。大温室の入口です。…ameblo.jp前回の続きです。南山王と尚巴志です。今回は何故南山城の攻略が最後になったか?今まで紹介した中山王の居城浦添城や北山王の居城今帰仁城に比べて、南山王の居城南山城(島尻大里城)は小ぶりで、海抜50m程なので、南山に
こんにちは。マンツーマンレッスン専門フィットネスジムLIKESPORTSの糸数です。今月も第四木曜日はラジオ生放送の日です。いつもはゲストをお迎えしている番組ですが、今回はあえて呼んでいません。あえて、ですよ。さて、ゲストを呼ばずに一体何をしたのか!?いつも通りYouTubeも撮影をしてきました。オープニングだけ先行公開します!笑ラジオの全編はこちらです。ラジオの裏側はまたLIKESPORTSのYouTubeチャンネルにてアップいたします!!チャ