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今日は郵政記念日だそうですね。最後に手紙を書いたのはいつだったかしら?もう20年以上書いてないかもしれませんね。引き出しに可愛いレターセットがいくつもありますが、もう使わないでしょうね。それで数年前、小学生低学年だった孫が来た時にあげたのです。彼女は首を傾げ、「?これ、なにに使うの?」と聞くのです。お手紙出すのよ。ここに伝えたいことを書いて、ここには相手の住所を書いて、ここに切手を貼ったらポストに入れると、郵便屋さんが相手まで届けてくれるのよ。孫
manga-bookshelfCocoon版にUPしました本編をブックレットで紹介しました。構成は下の画像の通りです。谷に消えた久美松本あきら(松本零士)-谷にきえた久美作:松本あきら(松本零士)『少女』1959年(昭和34年)11月号付録「可奈ちゃーん」併録事故manga-bookshelf.com谷にきえた久美作:松本あきら(松本零士)A5版64頁15歳のときに『漫画少年』で「蜜蜂の冒険」が同誌第1回の新人王になる。その後、
昭和28(1953)年5月。人気童謡歌手・近藤圭子もお整理箱を手にニコニコしてしまう、2大ふろくつき少女クラブ(講談社=110円)6月号の新聞広告。「お整理箱」ではない2大ふろくのもう一つは「少女スター総出演青い鳥劇場」とあるから、別冊の小冊子かな?2年後には、かの有名な『パン売りのロバさん』を歌唱し、6年後には『豹の眼』(KRテレビ)で清王朝再興を目指す「青竜党」を率いる少女・錦華を演じ、7年後には『快傑ハリマオ』にて拳銃少年・太郎の姉・令子を演じ、挿入歌『南十字星の歌』を
実家にて亡き両親の遺品、写真を整理していたら、皇太子殿下(現・上皇陛下)の御写真が、かなり綺麗な状態で出てきた。写真盾に飾られているのではなく、メインの写真の台紙のように挟み込まれた形での発掘だ。親戚でもないのに一体なぜ???と思いつつ、写真の裏面を見てみると、なんと皇太子殿下(当時18~19歳)の写真は講談社の少女向け雑誌『少女クラブ』の昭和28年新年特大号の特別付録ということが判明。当時の新聞広告を探してみたところ、この新年号が発売された昭和27(1952)
「水野英子」が気になりすぎて3000円もかけてコアな中古本を購入。沼ってる〜ぅ。。今年いっぱいマンガ沼から抜け出せそうにないがお陰で沢山の事が解ったよ。少女漫画の原点がトキワ荘!ってちょっと意外な気もするが。それはトキワ荘が「漫画家の卵」の巣だったから。どういうことか?少女とタマゴの関係は?現在の水野英子先生。全ての始まりは手塚治虫。既に超人気作家の手塚がトキワ荘に入るのは1953年。「ジャングル大帝」を連載する「漫画少年」の編集者が新婚で新築されたトキワ
あのトキワ荘に入ることのできた唯一の女性漫画家、水野英子さん。興味は尽きず、さらに深掘り中。先ずはトキワ荘の全体像を知りたくて「まんがトキワ荘物語」を読む。トキワ荘の面々自らが当時の生活を漫画で描いていて、画風もそれぞれ楽しい。水野英子さんの入居は昭和33年、18歳春。連れて来たのは講談社の「手塚番」編集者「少女クラブ」担当の丸山昭氏で彼が計画した「U・マイア」の仕事の為の入居なので、7ヶ月間の短期間であった。「トキワ荘パワー」より、年表。丸山さんが水野英子を《発見》し
地震に不安を感じつつ酷暑お見舞い申し上げます。「楓坂四駒堂」耄碌妄想日記日曜版No.109でおます!当ブログは日・木曜日午前0時週2回更新しております。夏子の季節♪ブルーのスカート風がとぶはじらう瞳に海があるうつくしい夏子夏子夏子うつくしい※詞・丘灯至夫「夏子」と言って誰を思い浮かべますか?「伍代夏子」「横澤夏子」?それとも女優の「夏子」?「佐伯夏子」を憶えてますか?「夏子の酒(1988~・モーニング
雨の日のことを書いているうち「本も読んだけど漫画も読んでた」ことを思い出した。小学生の頃は月刊誌一年生の頃には「少女クラブ」か「少女ブック」を読んだ記憶がある。どっちも読んでたかも。一年生にしてはませたものを読んでいたな。そこには水野英子の漫画が掲載されていた。とすると少女クラブ?この雑誌で覚えたフレーズは、誰が描いていたか忘れたがファッショナブルでスポーツカーまで乗り回している「スーパーお嬢さん」のセリフ「あくびから着替えまでわずか五分」ヘエ~、すごい⤴️⤴️と感心していた幼児ワ
今回より「むかつき話」をリニューアルこれまでの「桃太郎篇」を「桃太郎黒伝説」としてしばらく第1木曜、メインで更新予定です。時々浮気…。一応、鬼退治出発まで続けます。さて・・・「1週間のご無沙汰でした…」冒頭、このフレーズで始まる日曜午後の懐かしい歌番組。「ロッテ歌のアルバム(1958~・TBS)」如何にも昭和テイストの番組名…司会の「玉置宏」の決め台詞。「西郷輝彦」の訃報を耳にした時…まだ引きずってます。何故かこの番組を想い出しま
少女漫画を調べていたら「少女クラブ」と出て来たのでwikiより少女クラブ1923年に『少女倶楽部』として創刊され1946年に雑誌名を『少女クラブ』に改め1962年に廃刊となった(『週刊少女フレンド』へと発展)少女小説や詩を中心に掲載していたが後に漫画作品が主となった『少女倶楽部』は長編小説に力を入れていたのが特色で小学校高学年から女学校(高等女学校)低学年の少女を主な読者対象としていて受験シーズンになると入試のための心得が掲載されたライバル雑誌の『少女の友』・『少女画報』とは対照
北島洋子(キタジマヨウコ)1961年にデビューした漫画家生年月日1943年10月8日女性1961年高校3年生のとき『少女クラブ』に「氷の城」を発表してデビュー高校卒業後水野英子のアシスタントを経て『週刊少女フレンド』を中心に外国を舞台にしたロマンチックコメディーで人気を得る(プロフィール簡単に記載)牧美也子を調べていたら出てきた~うわー!懐かしいそして原作者として有名な池田悦子有名に成ったのは悪魔の花嫁(あしべゆうほ)だと思う(1975年~)も
画像をクリックするとブログ内のリンク先で以下の内容が確認できます◽️雑誌の表紙◽️グラビア◽️ふろくの予告◽️まんが扉絵◽️読み物扉絵◽️その他◽️[少年雑誌]少年2019/04/26あああああ2019/10/24____2020/02/11S39/07月号あああああ1S42/10月号ああああS40/07月号2020/08/19あああああ2020/09/262021/03/22S38/08月号あああああS38/09月号S38/10月号2021/1
ユカをよぶ海ちばてつや人間は幸せに向かって生きていて、それは信ずればやがておとずれる・・・・・・・・「ユカをよぶ海」は月刊少女雑誌『少女クラブ』に多数の名作を残したちばてつやの連載漫画である。当時、少女漫画の王道であった「悲しいまんが」でありながら、そこに描かれたユカは、どんな苦難にも負けず、幸せを求めて生きる少女であった。昭和30年代、それは、まだ多くの人たちが貧さの中にあった時代である。「ユカをよぶ海」に描かれたのは「人間は幸せに向かって生きていて、それは信ずればやがておとずれる」とい
ちばてつやの少女まんが人間は幸せに向かって生きていて、それは信ずればやがておとずれる・・・「ユカをよぶ海」は月刊少女雑誌『少女クラブ』に多数の名作を残したちばてつやの連載漫画である。当時、少女漫画の王道であった「悲しいまんが」でありながら、そこに描かれた少女ユカは、どんな苦難にも負けず、幸せを求めて生きる少女として描かれた。それは、「人間は幸せに向かって生きていて、それは信ずればやがておとずれる」といちばてつやから少女たちへのメッセージとして読める。1959年6月号から1960年8月号まで
金時さん本作は石ノ森章太郎が南汀子名で発表した当時の王道少女まんがとも言える「悲しい」を描いた珍しい作品である。昭和30年代中盤、ストーリーまんがの王道であった「悲しい」を描いたまんがとは一線を画し、試験的な作品を次々に発表し続けていた石森章太郎が八木基克の原作を得て描いたこの作品は、主人公の金時さんが、父の死で優しいおばさん家族の元で暮らすことになり、転校先の学校で金持ちの坊ちゃんとそのとりまきに意地悪をされてもくじけずに頑張る姿を描くという、石森章太郎のオリジナル作品にはないテイストのス
少女クラブ1923年に『少女倶楽部』として創刊され、1946年に雑誌名を『少女クラブ』に改め、1962年に『週間少女フレンド』へと発展して刊行を終了した。少女小説や詩を中心に掲載していたが、後に漫画作品が主となった。この号で連載を開始した三作品、水野英子「星のたてごと」、細川知栄子「母の名よべば」、東浦美津夫「夕月の山びこ」はいずれも『少女クラブ』終盤の人気連載となった。星のたてごと連載第1回全19頁紹介少女クラブ1960年(昭和35年)1月号掲載リンクMANGAbo
ちばてつやの少女まんが人間は幸せに向かって生きていて、それは信ずればやがておとずれる・・・「ユカをよぶ海」は月刊少女雑誌『少女クラブ』に多数の名作を残したちばてつやの連載漫画である。当時、少女漫画の王道であった「悲しいまんが」でありながら、そこに描かれた少女ユカは、どんな苦難にも負けず、幸せを求めて生きる少女として描かれた。それは、「人間は幸せに向かって生きていて、それは信ずればやがておとずれる」というちばてつやから少女たちへのメッセージとして読める。1959年6月号から1960年8月号まで
少女クラブ1960年(昭和35年)1月号1923年に『少女倶楽部』として創刊され、1946年に雑誌名を『少女クラブ』に改め、1962年に『週間少女フレンド』へと発展して刊行を終了した。少女小説や詩を中心に掲載していたが、後に漫画作品が主となった。この号で連載を開始した三作品、水野英子「星のたてごと」、細川知栄子「母の名よべば」、東浦美津夫「夕月の山びこ」はいずれも『少女クラブ』終盤の人気連載となった。星のたてごと連載第1回全19頁紹介少女クラブ1960年(昭和35年)1月号掲載
見出しの画像をクリックするとブログ内のリンク先で雑誌内容が確認できます。◽️雑誌の表紙◽️グラビア◽️ふろくの予告◽️まんが扉絵◽️読み物扉絵◽️その他◽️少女雑誌りぼん2019/04/15ああああ2019/10/17____2020/02/26S38/10月号ああああS42/05月号ああああS39/08月号2020/03/21ああああ2020/06/07ああああ2020/08/02S42/09月号ああああS37/01月号あああ
リボンの騎士概要・あらすじ・無料動画配信先情報リボンの騎士概要・ざっくりあらすじと解説リボンの騎士少女クラブ版の表紙『リボンの騎士』は、手塚治虫による初期の少女漫画作品であり、日本初の戦う少女漫画ヒロイン。当時、まだ珍しかった少女向けストーリー漫画の先駆けとなった。手塚先生自身が幼い頃から親しんだ宝塚歌劇団の影響を強く受けて描いた漫画作品で、サファイアのモデルは元宝塚歌劇団娘役の淡島千景。サファイアの声優:太田淑子天使チンクの声優:貴家堂子(サザエさんのタラちゃんの人)リボン